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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第5章
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王宮、再び

 リオンの町で盗賊を討伐したアルクラド達。盗賊の全滅をギルドが確認したその日に、王宮への報告の為、リオンの町を出発した。

 リオンで買ったパンや干し肉など日持ちのする食べ物を齧りながら、馬車に揺られること2日。町へ向かった往きと同様、帰りの道中も何事もなく、無事王都に到着した。

 王都に着いたアルクラド達は、依頼完了の報告の為、すぐにギルドに向かった。リオンで受け取った討伐証明の書状を提出し、それを以て依頼完了となった。そして報酬の金貨5枚を受け取り、ギルドを後にした。

「アルクラド様。今度はもうちょっと計画的に使いましょうね」

 そんなシャリーの言葉を残して。

 依頼中は自由に使える金が銀貨数枚もなく、節約を余儀なくされた2人。そのことが麻痺していたシャリーの金銭感覚を元に戻した。よく考えれば当然のことだが、金貨が飛んでいく食事を5日も続けてはいけなかった、と。

 そんなシャリーの言葉もあり、味だけでなく手頃な金額の料理屋を探して、アルクラド達は王都を彷徨い歩く。そんな中、王宮で彼らのことが話題に上っていた。

「何と、アルクラドがリオンの盗賊を討伐しただと!?」

 驚きの声を上げたのは、ドールの国王シャルル。傍に控えるのは宰相マニストルだ。

「私も驚いております。リオンのギルドによれば、盗賊は全滅。それも全て首を斬り落とされていたそうです」

「何とも凄まじいことだ。エピスの言う通り、あの者の実力は相当なのだな」

 宰相からの報告を聞き、改めてアルクラドの実力の高さを理解するシャルル王。ドラゴンより強いと言われても、漠然としか理解できなかった。しかし単身で盗賊団を全滅させたとなれば、身近なだけ理解しやすかったのだ。

「エピス殿は何と言っていたのですか?」

 宰相も、ギルドがアルクラドを呼び出したことは知っていたが、ギルド長の評価や会話の内容は掴んでいなかった。

「自分よりも強い、それも遥かに。そう言っておった」

「何と……」

 驚き言葉をなくす宰相を見て、ドラゴンより強いという言葉は飲み込んだ。余りに強さを強調すれば、危険すぎると言い出しかねないと思ったからだ。

「剣ではヴァイス殿を、魔法ではエピス殿を……それだけの力を持つ者、少々危険ではありませんか?」

 しかし宰相は、剣と魔法の両方で高い実力を持つという辺りで、既にアルクラドを危険視していた。

「マニストルよ、滅多なことを言うでない。確かに力だけを見れば危険かも知れぬが、あの者は理性的だ。いたずらに力を振りかざすこともなく、話も通じる」

 シャルル王の頭に、権力者は力があり過ぎるものを排除しがちだ、という言葉が蘇る。もし宰相が変な気を起こしアルクラドの逆鱗に触れれば、国が亡ぶかもしれないのだ。シャルル王は慌てて、宰相に釘を刺す。

「分かっております。あの者は魔獣や盗賊など、我が国の問題を解消してくれましたからな。しかしあれほどの力を持つ者が我が国に属していないということは、危険だということも事実でありましょう」

 暗にアルクラドを国に取り込めと言う宰相。高い実力を持つ者が他国に渡ってしまうのは確かに避けたいことであり、宰相の言うことも間違いではなかった。しかしそれよりもアルクラドの気分を損ねることを、シャルル王は危険視していた。エピスの言葉を借りれば、アルクラドはドラゴンよりも恐ろしく、その気になれば1刻もかけずに国を滅ぼしてしまえるのだから。

「確かにあの者が我が国の為に力を貸してくれるのならば心強いが、無理強いはできぬ。お主もエピスの実力は知っておろう。あの龍殺しをして自分よりも強いと言わしめる者と、敵対は避けたいであろう」

 国王の言葉に、その通りです、と宰相は頷く。

 王都に住まうある年齢以上の者で、エピスの名を知らぬ者はおらず、もちろん宰相も知っている。その苛烈な性格は知られていなくとも、龍殺しの偉業は広く知れ渡っていた。

「しかしそれだけの力を持つ者なら、尚更野放しは危険。誰かが手綱を握っている必要があるのではないですか?」

 しかし宰相の中では、危険視の考えが抜けきらない様だった。気持ちは分からないでもない、とシャルル王は思う。

「分かっておる。余もみすみす他国に渡したくはない。あの者を国に留め、たとえそれが叶わずとも友誼は深めたいと思っておる」

 本当はドラゴンより恐ろしい者など早く国から出て行ってほしいが、臣下の手前怖れを見せるわけにはいかない。しかし宰相の言う通り他国の力となれば、それはそれで困る。なので、せめてその力が自国に向かない様にはしたかった。

 その為にも、アルクラドとの親交は深めておきたいとシャルル王は考えていた。国から出て行ってほしいという考えとは矛盾するが、友誼を結んだ相手に無闇に剣を向けることはないだろう、という考えもあった。

「それでは一席設けてはいかがでしょうか? この度のリオンの件はただの盗賊退治ではなく、領主の不正が絡む問題。その解消の一助となったのですから、陛下が直接お言葉を授けられるに十分な手柄です。その手柄は我ら自身で立てたかったところではありますが」

「うむ。確かに此度のあの者の働きは大きい」

 ただの盗賊を倒しただけで王宮へと呼ぶのは大げさで憚られるが、貴族絡みの問題を解決したとなればそれほどおかしなことでもない。

「マニストルよ。アルクラドとの席を設け、あの者の功を労うとしよう。遣いにはヴァイスを寄越すとして、お主は日程の調整など手はずを整えよ。それとアルクラドへの食事の手配もだ」

 事が決まれば後は行動するのみ。シャルル王は宰相に、饗応の準備を命じる。ただ呼び寄せただけでは来ないのは前回で経験済み。初めから食事込みで呼び出すことにした。

「承知致しました」

 宰相は深く頭を下げ、準備の為に部屋を後にする。

 本人は大したことをしていないと思っているが、こうして再びアルクラドが王宮に出向くことになったのである。


「アルクラド殿、お久しぶりです」

 アルクラドとシャリーがリオンの町から王都へ戻ってきた日の翌日、昼食を食べ終えた2人の下へヴァイスが使者としてやってきた。アルクラドを王宮へ招く為である。

「先日は盗賊の討伐、お疲れ様でした。その功績を称える為に、陛下が参内してほしいと仰せです。私と一緒に王宮へ来ていただけませんか?」

「断る」

 ヴァイスの言葉に対し、アルクラドの答えは予想通りのものだった。ヴァイスも心得たもので、彼は顔色を変えずに言った。

「参内いただければ、極上の菓子をご用意しますよ」

「往こう」

 それを聞いたアルクラドは、態度を一変。迷うことなく王宮へ向かうことを決めた。

 そのやりとりを見て、シャリーはため息を吐く。ここ最近、アルクラドは食事に釣られて行動することが多い。アルクラドが気にしていないのだから口にはしないが、周囲がアルクラドを軽く見ている様な気がしてならなかったのである。

「ありがとうございます。馬車を用意しています、参りましょう」

 今回も、ヴァイスは馬車で2人を迎えに来ていた。その馬車に乗り、アルクラド達は王宮へと向かった。

「アルクラド殿、よく参られた」

 王宮に着いたアルクラド達が通されたのは、謁見の間ではなく饗応の間であった。そこには宰相や外務卿を含めた大臣達が既におり、宰相が代表してアルクラドを迎える。

「うむ」

 アルクラドは鷹揚に頷き、視線をテーブルへと向ける。そこには空の皿や茶を飲む器、フォークとスプーンが置かれている。

「アルクラド殿の席はここになる。座っていても構わないが、陛下が来られればすぐに立ち、お言葉があるまで座らぬよう」

 宰相自らアルクラドを席まで案内し、しかし礼儀についての注意は忘れない。たとえアルクラドに礼儀がなく形だけでも、やらせないよりはマシだと考えたのだ。

「分かった」

 アルクラドは椅子に深く腰掛け、宰相の言葉に頷く。宰相から言われた動作の意味は分からないが、立って座るだけである。そんなものは手間でもなく、断ることはしなかった。

 そしてアルクラドが部屋に着いてすぐ、饗応の間にシャルル王がやってきた。部屋にいた全員が話を止め、座っていた者は立ち、正面を向いた。アルクラドもそれに倣う。

「皆の者、楽にせよ」

 シャルル王はその中を鷹揚に歩き、自らの椅子に腰かけた後、皆に座る様に言う。

「アルクラドよ、よく来たな」

 全員が座ったことを確認すると、シャルル王は正面に座るアルクラドに言う。

「うむ」

 国王からの言葉に対して、やはりアルクラドは鷹揚に応える。相変わらずの無礼ぶりだが宰相はもう何も言わない。それが無駄だと、充分に分かっているからだ。

「此度の、リオンでの盗賊討伐、大儀であった。お主も聞いておると思うが、あそこの領主は盗賊と通じておったが、尻尾を出さず頭の痛い問題であった。お主の働きはその解消の一助となった。今日の茶会はその労いの為であり、美味なる菓子を用意した。遠慮なく食べるといい」

 そんな国王の言葉を合図に、アルクラドを招いた茶会が始まった。給仕達が饗応の間にやってきて、それぞれの皿に菓子を置き、茶を注いでいく。

 数種の菓子が並べられるが、その中でアルクラドの目を惹いたのが、陶器の器に入れられた菓子だった。

 表面は焦げた様な色をしており、しかし飴の様な艶がある。器は汗をかいた様に細かな水滴がついており、触れれば冷たい。

 どうやって食べるのだろうか、とアルクラドが頭を捻っていると、スプーンで食べるのだと、給仕に教えられた。

 教えられた通りスプーンを刺し込もうとするが、表面は氷の様に硬い。凍っているのかと思ったが、次の瞬間にパキッと音を立てて表面が割れた。飴の様な層は薄く、その下から薄黄色の層が新たに顔を出した。この層はとても柔らかく、何の抵抗もなくスプーンが沈んでいく。

 薄い飴色の層は、まさしく飴でありパリッとした食感の後に、甘さと焦げの苦味が感じられた。そして薄黄色の層は柔らかで滑らかな食感と豊かな甘味とコクを感じる。ヒンヤリとした冷たさも心地よい。

 薄い飴の正体は砂糖を焼き焦がしたもので、甘味よりも苦味を強く感じるものだった。砂糖の焦げた香ばしさは芳醇で、その匂いは嗅ぐ者を虜にするが、単体で食べるには苦味が勝ち過ぎていた。

 飴の下に隠れていた薄黄色の層。その正体は卵。溶いた卵と牛の乳を混ぜ合わせ、砂糖を加えて蒸し上げたものだった。

 焼いた卵とは違い、固まるか固まらないか、固体か液体か、そのギリギリの境を保っている。掬えば確かに山なりに形を保つが、頼りなくフルフルとして今にも溶けてしまいそうなほどだ。

 しかし口に入れれば、その頼りなさが何とも心地良い。噛むまでもなく舌の上で、淡雪が溶けるかの様に、崩れ広がっていく。甘さは強いものの上品で嫌味はなく、卵と乳のコクと相まって、深い味わいを生み出していた。

 この2つの層が合わさることで、味わいが一変した。

 苦味は和らぎ、焦がすことで香ばしさが増した甘味を感じることができた。また全体の甘さが引き締まり、その奥に隠れていた旨味が感じられ、コク深さがより増していた。

「美味しいっ! これっ、すごい美味しいですよっ、アルクラド様っ!」

「うむ」

 アルクラドと同じ菓子を初めに食べたシャリー。余りの美味しさに感激している。

 果実の甘味とはまた違う砂糖の力強い甘さ。ともすればクドくなりそうなものだが、苦さと調和させることで甘味の良い面だけを引き出していた。

 その美味しさにシャリーは興奮しっぱなしだ。しきりにアルクラドに話しかけ、菓子の美味しさを伝えている。

「どうだ、美味であろう? この菓子には南国から入る砂糖を使っておる。我が国のものより味が深く、菓子にすれば絶品だ」

 砂糖は高価で庶民が手を出せるものではなく、他国から買い入れたこの砂糖は更に高い。そんなことはアルクラドの知ったことではないが、美味であることは確かだった。

「うむ。この様な菓子は食したことがない。非常に美味だ」

「そうであろう?」

 美味だというアルクラドの言葉に、シャルル王はご満悦の様だった。

 出された菓子はアルクラド達お気に入りの卵菓子だけでなく、練った小麦粉に干し果物を混ぜて焼いた、しっとりとしたパンの様な焼き菓子。固く泡立てた卵の白身を茹でた、フワフワもちもちの雪玉の様な菓子。薄く焼いた小麦の生地と生や煮詰めた果実を何層にも重ねた、甘く爽やかな菓子。など様々であった。

 アルクラドはそれらを全て平らげ、お代わりを要求した。アルクラドの饗応を仰せつかった宰相もこれは予想済み。余裕を持って菓子を用意させていた。

 再び目の前に置かれた菓子に、早速手を伸ばすアルクラド。最初に手に取るのは、一番のお気に入りの卵菓子だ。

 表面の焦げた砂糖を割り崩し、卵の層と一緒に掬い取る。

 柔らかな菓子が崩れて零れない様に、素早くスプーンを口に入れる。

「……っ」

 アルクラドの動きがピタリと止まる。いつも無表情な顔が、誰にでも分かるほどの困惑に覆われていた。皆の視線がアルクラドに集まり、饗応の間が静けさに包まれる。

 アルクラドが空いた手で、口元を押さえる。

「っぅ……」

 皆が見守る中で、そんな呻きに似た声が、アルクラドの口から漏れ出たのであった。

お読みいただきありがとうございます。

一体どうしたアルクラド!?

次回もよろしくお願いします。

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