リオンの盗賊
リオンの町には北と西に伸びる街道がある。
西側の街道は王都へ繋がる街道であり、アルクラドとシャリーが馬車に乗ってやってきた道だ。もう1つの北の街道は、王国の北部の町々へと繋がる道である。
リオンの町から見て南東側には王国の食を支える穀倉地帯が広がっており、秋が深まった今、麦などはもう見当たらないが、芋などの地中に生る穀物の葉で地面が覆われている。対して町の北西側には街道に沿う様にして広い森が広がっている。
しかし沿う様にとは言っても、それは鳥の様に高いところから見た場合であって、実際に歩くとなれば、街道と森とは3刻歩くほど離れている。アルクラド達は、リオンの街道を荒らす盗賊を討伐する為、その森に向けて歩いていた。
アルクラド達が町を出発したのが朝鐘の2つが鳴る前。途中、朝食を兼ねて鳥を狩ったが、小さく食い出がなく味もいまいちだった為、腰を据えて食べることもしなかった。その為、昼鐘が鳴る頃までには、件の森へと到着することができた。
「アルクラド様、どうやって盗賊を探すんですか? 根城かも知れない砦にいればいいですけど、そこに居なかったらこの広い森の中から探すのは大変ですよ?」
広い森を見ながら、シャリーが尋ねる。森は町からも見ることができ、まるで地平の先まで続いているかの様であった。元はただの平野だったらしいが、長い年月の間に広大な森が出来上がったのだ。
「我は人族よりも遠くの音と臭いを知覚する故、それらを辿り探し出す」
アルクラドは当たり前の様に答えるが、広い森の中から任意の音と臭いを拾い判別するなど、まず無理なことである。吸血鬼たるアルクラドにしかできない、小細工なしの力技である。
「そんな方法で……私達エルフは精霊の声を聴いたりしますが、必ずしも欲しい情報が得られるわけじゃないんですよね」
アルクラドの凄まじさに改めて驚くシャリー。アルクラドの他者を寄せ付けない圧倒的な強さは分かっていたが、耳や鼻の感覚まで人とかけ離れているとは思っていなかったのだ。
「其方らは精霊に聞くか」
「はい。けれど精霊からすれば、人も動物も変わりありません。人間の集団を探してもらったのに、獣人や獣の群れの場所を教えられたりします」
精霊魔法の使い手であるエルフは精霊と言葉を交わすことができる。しかし精霊は、この世界に生きるものとは別の存在。自分達とは違うものであることを、念頭に置いておかねばならないのだ。
「精霊とはそういうものか……うむ、居たぞ。この先だ」
シャリーの話を聞きながら盗賊の居場所を探っていたアルクラド。僅かに顔を上に向け、耳を澄ませ鼻をヒクつかせていた彼が、森の奥へと視線を向ける。
視線を向けた先は、北西からやや西にずれた方向。ギルド職員から聞いた、盗賊の根城と目されている砦跡の場所とおおよそ一致する。どうやら今は根城にいる様だった。
「昔の砦が、やっぱり盗賊の根城だったんですかね」
「うむ。往くぞ」
アルクラドの盗賊を見つける速さに驚くシャリー。そんなシャリーにひと言だけ告げ、アルクラドは歩き出す。リオンに棲みつく盗賊の、終わりが近づいていた。
森の入り口から更に1刻ほど歩いた頃、高い木々に紛れる様にして、古びた砦が姿を現した。それほど大きな砦ではないが、高さは見上げるほどであり、幅もそれに近い。砦の地面と接する部分は四角く、その中央から丸い塔の様なものが突き出ている。砦は長い時間の中で老朽化し、所々崩れている。中央の塔も崩れ、屋上と3階部分が地上からでも見て取れた。
そんな砦の中で、大勢の盗賊達がたむろしていた。ギルドの情報通り、30人を超える大所帯である。
「お頭ぁ~、バカな冒険者どもがやって来ましたぜぇ~!」
アルクラド達の接近に気付いたのか、盗賊の1人が屋根の上で声を上げた。間延びした声の男は、顔を赤くし手には杯が握られている。
「ようやくか、待ちくたびれたぞ」
お頭と呼ばれた男も、赤ら顔で杯を持ち、酒盛りの真っ最中だった。
屋根の上、砦の2階部分にあたる場所で10人ほどの盗賊が酒を飲んでおり、中から武器を持った者達が30人ほど現れた。彼らの口振りからするに、どうやら待ち伏せをされていた様だ。
「話で聞いていた以上の上玉だな。オレらで楽しんだ後も、こりゃあ高く売れるぞ」
案の定、アルクラドとシャリーを見て、嫌らしく唇の端を吊り上げる頭の男。他の盗賊達も彼に賛同する様に、下卑た笑い声を上げる。アルクラド達が討伐に向かってくることだけでなく、その容姿までも盗賊達には筒抜けだった様だ。
「其方らがリオン周辺を荒らす盗賊か?」
武器を構える男達に怯む様子も見せず、アルクラドが尋ねる。今にも襲われそうな状況であれば、彼らは確実に盗賊だが、もしもということもある。
「だったら何だって言うんだぁ?」
意味の分からないアルクラドの行動に、盗賊の頭は、アルクラドが恐怖でおかしくなったのだろうと思い、話に付き合う。
「其方らがリオンを荒らす盗賊であれば、討伐依頼を受けた故、殺す。そうでなければ、我に剣を向けねば見逃そう」
彼らが盗賊ではないと言い張り武器を下げるなら、アルクラドは見逃すつもりだった。盗賊行為を見ていない以上、違うと言われればそれを確かめる術はない。
しかし盗賊達はアルクラドの言葉を鼻で笑う。彼らは自分が狩る側であることを信じて疑っていないのだ。
「バカがっ、誰が逃げるか。オレらがリオンの盗賊で間違いないが、そうじゃなくても手前ぇらの運命は変わらねぇよ。オレらに弄ばれて奴隷になる運め……」
「そうか」
盗賊の頭は、勝ち誇った笑みを浮かべ、アルクラドを見下す。しかし、その言葉はアルクラドの短い呟きに遮られる。
いつの間にか握られていた、冷たい輝きを放つ細剣。既に振り抜かれている。
30を超える人の頭が地面に転がり、それと同じ数の赤い噴水が周囲を汚す。
「えっ……」
盗賊の頭は言葉を失った。何が起こったのか分からない。
地面を濡らす不快な水音。周囲に漂う生臭い錆の臭い。弱々しくも確かに聞こえた、死にゆく手下の呻き声。
盗賊達の顔から血の気が失せた。
「て、手前ぇ、な、何をしやがったっ!」
「首を切っただけだが?」
青褪めた顔で怯えた様に叫ぶ盗賊に、アルクラドは何でもない風に言う。しかし剣の間合いの外の敵を切ることが、何でもないわけがない。
「アルクラド様……それってもしかして魔力の刃ですか?」
そんな中、シャリーが驚愕の表情を浮かべ、恐る恐る尋ねる。
「その通りだ」
またしてもアルクラドは何でもない風に答える。しかしシャリーは驚くばかり。
魔力で武器を覆い、その強度や切れ味を高める『武器強化』。魔力強化の延長の技術であり、上級冒険者ともなれば人族の中でも使える者は存在する。シャリーも強度を少し強くする程度であれば使うことができる。しかし魔力自体を刃にするなど、どうすればできるのか、シャリーには想像もつかなかった。
「次は貴様らだ」
そう言ってアルクラドはもう1度、剣を振るう。
屋根の上から顔を覗かせていた5人の首が飛んだ。その中には盗賊の頭のものもあった。
「「「うわああぁぁっ!!」」」
剣の軌道の外におり首狩りの難を逃れた数名の盗賊が、悲鳴を上げて逃げ出す。
アルクラドは再び振ろうとした腕を、ピタリと止める。残りの盗賊は砦の陰に隠れており、その姿を見ることができない。その状態でも切ることは可能だが、砦を傷つけてしまう。根城を壊すなと言われたので、それはできなかった。
剣を下ろしたアルクラドは、軽く脚に力を込め、地面を蹴る。
「くそっ! 話が違うじゃねぇか!」
「あんな化けもん、聞いてねぇよ!」
残りわずかとなった盗賊達は、一心不乱に森の中を逃走する。
「何とか逃げ切れるか……?」
そのうちの1人が、チラリと後ろに視線を向ける。彼の視界に、追いかけてくるアルクラドの姿はなかった。
「よし、これなら……」
そう呟いて前を向く盗賊。その目に、涼しい顔の麗人が剣を構える姿が映った。
「え……」
恐怖に驚く間もなく、4つの首が落ち、鈍い音を立てた。
こうして接敵後、僅かの時間で、リオンを荒らしていた盗賊団は全滅したのである。
リオンの盗賊を全て殺したアルクラド達は、その報告の為、町へと戻っていた。当初の予想通り、町に戻るまでの時間は8刻ほどで、まだ宵鐘の内であった。
「良かった! ご無事だったんですね!」
ギルドに戻ると、アルクラド達を対応した職員が、安堵の表情を浮かべながら駆け寄ってきた。アルクラド達は自信満々でギルドを出発したが、彼女は最悪の事態も想像していたのである。
「うむ。盗賊共は全滅させた。首領の首を持ち帰った故、確認を頼む」
自分達を心配してくれた彼女に対し短い言葉だけを返し、アルクラドは黒布の包みを手渡す。
「えっ……」
思わず包みを受け取った職員。
それはちょうど人の頭と同じくらいの大きさで、硬くもあり柔らかくもある不思議な感触をしていた。黒い包みは僅かに湿っており、顔をしかめたくなる悪臭が漂ってきていた。
「ぅひっ……!」
首領の首を持ち帰ったというアルクラドの言葉が頭の中で繰り返され、彼女は慌てて手を放す。ゴンッと鈍い音を立てて、黒い包みが床に落ちる。
「アルクラド様……いきなり生首を渡しちゃダメですよ」
呆れた様にため息を吐き、アルクラドを窘めるシャリー。しかし彼女も触りたくはないのか、床の包みを拾おうとはしない。
「そういうものか」
アルクラドはよく分からない様子で呟き、黒布に包まれた盗賊の生首を拾い上げる。
「どこに運べは良い?」
そして職員に謝罪するでもなく尋ねる。
「……盗賊について説明した時の部屋にお願いします。盗賊の首領か分かる者を呼びますので、それまで包みはそのままでお願いします」
彼女は手のひらが服に触れない様に手を宙に浮かせながら言う。一刻も早く手を洗いたいのか、とても不快そうだった。
「分かった」
アルクラドは頷き、朝に使ったギルド奥の部屋へと向かう。シャリーは職員に対して、ごめんなさい、と頭を下げてからアルクラドの後を追った。
アルクラド達が部屋に入りしばらく待っていると、首の検分ができるという者が職員と共にやってきた。リオンの町の冒険者と兵士だった。2人とも盗賊討伐作戦へ参加し、首領の顔を見たことがあるようだった。
「本当に全滅させたのか?」
「何はともあれまずは、その首とやらを見てみよう」
冒険者は短髪の大柄な男で、強そうに見えないアルクラド達が盗賊を討ったことを疑っている様だった。引き締まった身体つきの精悍な顔立ちの兵士も、その点には同意の様だが、表情には出さず包みに手を伸ばす。
男の首が晒され、血の臭気がより強く感じられた。生首の顔は血と土で汚れてはいるが、損傷はなくそれが誰のものなのかは、判別可能だった。
「間違いない……奴だ」
兵士が呟く様に言った。冒険者も無言で頷いている。
「首領の他に手下共が30は居たが、其奴らも全て殺している。首は持ち帰っておらぬ故、其方らで確認して欲しい」
アルクラドの持ち帰った首が盗賊の首領のものと確認された為、全滅の確認を依頼する。アルクラドとしては全ての首を持ち帰っても良かったが、シャリーに止められた。
首領であれば顔を知られており、首で判別できる可能性が高い。しかし大勢いる手下となれば、そうとは限らない。なので確認は根城のあった場所を見てもらった方がいいと判断したからだ。単純に30以上の生首が傍にあるのが嫌だったというのもあったが。
「分かりました。明日、確認に向かいますので、それまではこの町に滞在をお願いします」
そう言った職員は、アルクラドから盗賊を殺した場所を聞き、部屋を後にした。冒険者と兵士も、盗賊の首領の首を持ち、その後に続いた。
これで盗賊討伐の依頼は、ギルドの確認と王宮への報告だけとなった。確認が取れるのは明日になるので、今夜の宿と料理屋を探す為に、アルクラドとシャリーはリオンの町へと繰り出すのであった。
お読みいただきありがとうございます。
盗賊退治は一瞬で終わってしまいました。
そろそろ締めに向かっていきます。
次回もよろしくお願いします。





