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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第5章
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指名依頼

 王宮での料理を堪能した日から5日ほど経った日。アルクラドとシャリーはギルドへと足を運んでいた。

 王宮での昼餐会が終わった後、アルクラド達はエピスやヴァイスに勧められた料理屋を巡っていた。そのどれもが、王国で地位ある人物が勧めるだけあって、料理の質、値段ともに高い店であり、1人の食事代が金貨1枚に届くことも珍しくはなかった。もちろん料理1つがその値段ではなく、2人が量を食べたからなのだが、それでも今までの町の料理屋よりは遥かに高かった。

 1回の食事で金貨1枚を使ったことに、当初は青褪めた顔をしていたシャリー。しかし段々と感覚が麻痺してきたのか、2人で金貨1枚に収まれば安いと思うようになっていた。しかし当然だが、決して安くはない。金貨1枚は一般の庶民の月の収入に匹敵するのだから。

 そうした食生活を続けた結果、5日という短い期間で、魔獣討伐の報酬である金貨12枚がなくなったのである。そしてなくなった分の金を稼ぐ為に、ギルドへ依頼を探しにきたのである。

「アルクラドさん、よろしいでしょうか?」

 依頼板を眺め依頼を探すアルクラドに声をかける者がいた。

「何だ?」

 アルクラドが振り返れば、そこにいたのはギルドの職員である。

「アルクラドさんに指名依頼が出されています。それの説明をさせていただきたいので、こちらへ来ていただけませんか?」

 指名依頼。依頼者が仕事を任せる冒険者を指名する依頼形態で、実力があり依頼者とも面識のある冒険者に出されることが多い。

 アルクラドの強さは王都の中で一番であるが、それを知る者は限られている。また面識のある者も少なく、指名をされる心当たりがなかった。通常であれば何故自分に、と訝しんでも不思議ではないが、アルクラドはその様なことは考えない。

「分かった」

 疑うことも警戒することもなく、職員の後を付いていく。聞くだけ聞いて、面倒であれば断ればいい、と考えているのだ。

 職員が案内したのはギルドの奥にある個室で、エピスと会った時の様な、質素だが頑丈な造りの部屋だった。

「指名依頼は、王宮の宰相マニストル様からのものです」

 アルクラド達が椅子に座ると同時に、職員は依頼の説明を始めた。アルクラドは何とも思っていないが、シャリーは宰相の名前を聞き、驚きと疑いの気持ちが沸き上がってきた。

 宰相は、最後はアルクラドに謝罪をしたものの、始終アルクラドの無礼な振る舞いに腹を立てていた。アルクラドの印象は悪く、彼が指名依頼を出すとは考えにくかったのだ。

「詳細は王宮にて説明されるそうですが、依頼内容は盗賊の討伐で、報酬は金貨5枚です」

 怪しい指名依頼ではあったが、報酬は破格だった。今の状況であれば金貨5枚など2~3日でなくなってしまうが、中級冒険者が1回の依頼で稼げる額ではない。

「アルクラド様、どうしますか?」

「討伐なら容易いが、先ずは話を聞くとしよう」

 シャリーが尋ねれば、アルクラドはやる気の様だった。盗賊など何人いようがアルクラドには関係なく、それだけで金貨が得られるのだから受けない手はない。依頼の中に面倒ごとが含まれていれば、その限りではないが。

「分かりました。それでは王宮へ向かい説明を受け、依頼を受けるかどうかを決めてください。馬車と書状を用意しますので、少しお待ちください」

 職員はそう言って、ホッとした様子で立ち部屋を後にした。

 ギルド長から全職員へ、黒ずくめの2人組にはくれぐれも失礼のないようにとの通達があった為、対応をした職員もアルクラドがどんな人物なのか、と不安を感じていたのだ。しかし話してみれば古めかしい喋り方をするだけで、特におかしい様子はなかった。逆にその見目の麗しさに、彼女が見惚れたほどだった。

 程なくして馬車の準備ができたと、先程の職員が部屋に戻ってきた。その手には王宮の門を通る為の書状が握られていた。それを受け取り、アルクラド達は王宮へ向かう馬車へと乗り込んだのであった。


 王宮に着いたアルクラド達が通されたのは、客人をもてなす部屋の1つだった。部屋に入るなり香りの良いお茶と数種類の菓子が用意され、それを食べながら待つことになった。

 程なくして部屋に扉を叩く音が聞こえ、1人の男が中に入ってきた。

「いやぁ、しばらくぶりですな! 以前の戦いは見事でしたぞ、今日はご足労頂き感謝しますぞ」

 まくし立てる様に話しかけてくるのは、人当たりの良さそうな顔をした、小柄でずんぐりとした体形の男だった。

「其方は誰だ?」

 しばらくぶり、という挨拶や、戦いの話に言及することから、ヴァイスとの闘いを見ていた者であることは予想できたが、アルクラドはこの男に見覚えがなかった。王宮に招かれた時にいた人物の中で、アルクラドが覚えているのは、直に話をした国王、宰相、ヴァイスぐらいである。その3人以外に人がいたことは覚えているが、その顔までは分からなかった。

「あの時は話をしませんでしたからな。私は外務卿のオノックと申します、以後お見知りおきを」

 アルクラドに覚えられていなかったことを気にも留めない様子で、外務卿は話を続ける。

「さて、本来なら宰相殿がお見えになるはずだったのですが、なにせお忙しいお方。呼びつけておいて失礼ではありますが、私から今回の依頼についてご説明させてもらいましょう」

 外務卿の話を、茶菓子を口にしながら聞くアルクラド。それを気にすることもなく、オノックは依頼の説明を始める。

「今回の依頼はギルドに伝えていた様に盗賊の討伐です。しかし只の盗賊ではありません」

 余り大っぴらにはできないのですが、と小声で言って外務卿は話を続ける。

「王都から馬車で2日ほど行ったところに、リオンという町があります。その付近を根城にする盗賊を討伐していただきたいのですが、リオンの領主と盗賊が裏でつながっているという疑いがあります」

 外務卿曰く、リオンの町では定期的に討伐隊を編成しているが成果は上がらず、また領主と共同で極秘裏に行った討伐作戦も情報が洩れていたのか、盗賊に逃げられてしまったらしい。

「領民を守るべき領主が盗賊と繋がり、往来での略奪行為を許容しているなど、断じて許すことはできません。王国の為に是非、盗賊を討ってほしいのです」

 外務卿は眼に力を込めて依頼の説明を行った。その語り口からは、領主と盗賊に対する憤りが感じられる様であった。シャリーも話を聞き、憤慨しそうになる気持ちをグッと抑えた。

「アルクラド様、どうしますか?」

 シャリーが尋ねる。

 アルクラドにとってリオンという町の領主や領民のことは問題にはならない。問題なのは、依頼が面倒かどうか。話を聞く限り、ただの討伐依頼であり、アルクラドにとっては面倒になり得ないだろう、とシャリーは考えた。

「1つ聞きたい。盗賊を生け捕りにする必要はあるか?」

 アルクラドが尋ねる。その問いの答えによって、依頼の面倒具合が変わる。

「生け捕りにする必要はありません。捕えたところで領主に殺されて終わりです。盗賊を全て殺すことができればそれが一番ですが、最低でもしばらく活動ができない程度には打撃を与えていただきたいですね」

 これで1つ面倒ごとが消えた。

「もう1つ。盗賊の根城は破壊しても構わないか?」

 根城の破壊、これができれば早い。魔法1つで済むのだから、一番面倒が少なくて済むのだ。

「それは……領主との繋がりの証拠となるものがあるかも知れませんので、破壊はしないでいただけると助かります」

 しかし、根城の破壊は駄目のようだ。

「分かった。依頼は、リオンの町の盗賊を皆殺しにすること。これでいいなら依頼を受けよう」

 ひと手間で依頼を片付けるのは無理だったが、殺していいなら根城に乗り込み1人残らず殺すだけ。全員を探す手間が増えただけだ。

「おぉ、ありがたい! よろしくお願いしますぞ」

 外務卿は、破顔し手を叩いて喜んでいる。

「それではリオンへ向かう馬車を用意しましょう。必要なものがありましたら、こちらで用意しますが?」

 外務卿は傍に控えていた者に出立の準備を命じ、アルクラドに用意はいいかと尋ねる。

「不要だ。すぐに向かおう」

 しかしアルクラドはいつでも準備万端。と言ってもいつも準備らしい準備はしていない。身1つあればそれでいいのだから。

「分かりました。それではよろしくお願いします。お気をつけて……」

 外務卿はゆっくりと頭を下げて、改めてアルクラドにお願いをする。

「うむ」

 深く頭を下げた外務卿に言葉だけを返し、アルクラドは部屋を後にした。

 外務卿はアルクラドが出た後も、唇を吊り上げ床を見つめていた。


 それから2日。外務卿の用意した馬車に揺られ、アルクラド達はリオンの町に到着した。王都の東にあるこの町は、広い穀倉地帯を持ち、王国の食糧事情を支える大切な町であった。

 まず2人は、盗賊の詳しい情報を手に入れる為にギルドへ足を運んだ。

「この辺りの盗賊について知りたい」

 そう言ってアルクラドは、王宮で渡された手紙を、受付のギルド職員へと渡す。職員は手紙を受け取り、王宮の印の押された封を見て、驚いた表情をする。

「し、少々お待ちください。すぐに確認します」

 彼女は慌てて封を切り、手紙の内容を確認する。そこにはリオン周辺の盗賊を討伐する為に、アルクラドに可能な限りの便宜を図る旨が記されていた。手紙を読み終えた職員は、喜びと不安の混じった表情をしていた。

「承知しました。ご説明しますので、奥の部屋までお願いします」

 しかしそれも一瞬のことで、すぐに表情を元に戻し、アルクラド達を別室へと案内する。

「それでは盗賊についての説明をさせていただきます」

 部屋に着き、椅子に座るなり彼女は説明を始める。

「まず初めに盗賊の正確な居場所は掴めていません。街道沿いの森の中に根城らしき場所を発見しましたが、ご存じの通り討伐作戦は何度も失敗しています。ですので現在もその根城を使用しているかは定かではありません。しかし被害は依然として、森のそばの街道ですので、恐らく森の中に潜んでいると思われます」

 リオン近辺に根城があると外務卿が言っていたので、盗賊はそこにいるものだと思っていた。しかしそうではなく、おおよその場所しか分かっていない様であった。本来であれば、広い森の中から討伐対象を見つけ出すのは容易ではないが、アルクラドにとってはそうではない。

 大まかな場所さえ分かっていれば、驚異的な聴覚、嗅覚で以て、対象を見つけ出すことができる。手間には違いないが、アルクラドにとっては大してものではなかった。

「次に盗賊の規模ですが30~50人ほどだと予想されます。また盗賊達は実戦的な戦闘訓練を受けた者が多数いるとの報告が入っています。ただ数と力で押すだけではなく、個々の力が強く手練れであった、というのが実際に戦った兵士や冒険者の意見です」

 30人を超える集団。盗賊団としては規模が大きい方だろう。そして兵士や傭兵くずれがいるのか、戦う技術を心得ている者までいる。通常であれば同数以上の戦力を用意し討伐を行うような相手であった。少なくとも中級冒険者が1人、2人で立ち向かう相手ではなかった。

「あの……本当にお2人で行かれるのですか? 相手に知られない為にギルドからの援護や増員は不要と、書状にはありましたが……」

 ギルド職員も、アルクラド達と盗賊の戦力さを心配している様だった。線が細く余り強そうには見えないアルクラド。傍にいるシャリーも、見た目はまだ成人前の少女。大規模な盗賊団に立ち向かえる様には、とてもでないが見えない。

 加えて2人とも、非常に見目麗しい。盗賊に挑み勝てなかった場合、ただ殺されるよりも辛い目に遭わされることが、容易に予想できる。男はたいてい殺されてしまうが、アルクラドほどの美貌であれば、その気はない男でも、変な気を起こしてしまうだろう。

「問題ない。根城があるという森まで、どの位かかる?」

 そんなギルド職員の心配をよそに、アルクラドは盗賊のいる森の場所を尋ねる。たとえ盗賊がどれだけいようと、強い者がどれだけいようと、彼には関係ない。彼からすれば等しく弱者であり、何の脅威も持たないのだから。

「……分かりました。町の北門を出て北西方向に3刻ほど歩けば森に着きます。根城と目されているのはかつての古い砦ですが、森の奥へ1刻ほど歩けば着きます」

 ギルド職員の説明によれば、4刻ほどで盗賊の根城らしき場所へと着く様だった。

 アルクラドは考える。片道4刻、往復で8刻。根城にいなかった場合、2刻もあれば捕捉できる。つまり10刻あれば依頼を終わらせることができる。今は朝鐘が鳴ったばかりで、日が暮れるまでにほぼ丸々12刻ある。今出発すれば本日中に依頼を終わらせられる、と。ちなみに盗賊と戦う時間は考えに入っていない。10数える時間があれば戦いは終わるからだ。

「今から向かう。往くぞ、シャリー」

 面倒ごとは早く済ませるに限る。そう考えたアルクラドは、シャリーに声をかけ、盗賊の棲みつく森へと向かうのであった。

お読みいただきありがとうございます。

久しぶりに冒険者として働いているような気がします。

次回もよろしくお願いします。

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