秘密の会合
ある薄暗い部屋。夜も更けた時刻に、数名の男達が集まっていた。部屋に灯りはなく、月明かりだけがぼんやりと室内を照らしていた。
「近頃の陛下は、何かと我らを軽視なされている!」
「しっ、声が高い……」
「失敬……」
「しかし卿の言わんとするところも、分からんではないな」
余り大っぴらにはできない話をしている3人の男達。皆、月明かりでも分かるほどの、上質な衣服を身に纏っている。
「平民にも公平な裁きをなどと、我らと奴らは別の種族ですぞ」
とは、痩せたつり目のずる賢そうな男。
「諸侯や他国へもやり方が温い。もっと強気で行かねば」
とは、小柄でずんぐりした男。
「倹約のきらいが強すぎる。国の為に働く我らには、少しの贅沢は許されるはずだ」
とは、大柄な肥えた男。
日頃の不満が溜まっているのか、吐き出す様に思い思いに言葉を発する男達。このことが国の耳に入ればただ事では済まないが、彼らがそれを気にする様子はない。
そんな男達を見つめる男が1人。彼らと同じく上質の衣服を身に纏った、初老の男だ。
「貴卿ら、気持ちは分かるが、思いを語るだけに意味はない。実のある話をしようぞ」
「失敬……」
「その通りですな」
「いやぁ、つい……」
窘める様な初老の男の言葉に、痩せた、小さい、大きい男が順に言う。3人が神妙な様子を見せると、初老の男は頷き、口を開く。
「魔獣討伐の手柄に関しては、貴卿らも知っての通り、失敗だ」
彼の言葉に、3人は難しそうな顔でうなりながらも、諦めた様なため息を吐く。
「まさかあれほどの者がいるとは、思いませんでしたな」
とは、痩せた男。
「若造は、あれでも史上最年少であの地位を得た強者。諸国でも奴以上の武威を持つものは見たことがない」
とは小柄な男。
「そんな奴が、全く手も足も出ず、まさしく赤子の手を捻る様にやられていましたからな」
とは、大柄な男。
彼ら4人は、自分達の策が見事に破られるところを、その目で見ていた。まさか流れの冒険者に策を潰されるとは思ってもいなかったが、逆に失敗して良かったとも思っていた。
「うむ。失敗は残念なことだが、悪いことばかりでもない」
初老の男が言う。
「まずはあの化け物を知ることができた。奴を知らぬまま事を進めていたら、どこでひっくり返されないとも限らない。奴がここへ来ないことが一番であったが、それは言っても詮無きことだ。また奴が手強いのは戦いだけで、それ以外では恐れることはない。理性的で好戦的ではなく、美味い料理や酒があれば御すこともできるだろう」
そう言って思い出すのは、昼の食事の事。
件の人物は、驚くほどの大喰らいで大酒飲みであり、礼儀もなかった。しかし夜盗の様に汚く食い散らかすこともなく、力を振りかざし無理な要求をすることもなかった。無表情ながら料理を1欠片も残すことなく美味そうに食べ、お終いだと言われれば残念そうにしながらも素直に諦めていた。
そんな様子から、力は強いが世間を余り知らない、純粋な人物である。というのが4人の見解だった。
「次に、あの若造が負けたことにも意味がある。黒衣の者がどれほどの強者か、武人でない我らには推し量ることはできない。しかし仮にも国の守護の要たる者が負けたとあっては軍部にとって、大きな失態だ。ここに付け入る隙がある」
ニヤリと初老の男が笑い、他の3人も同様の笑みを浮かべる。
「確かに。接戦ならばまだしも、惨敗ですからな。負けた本人はもちろん、任命した者にとっても失態ですな」
痩せた男が言う。
「そこを突けば、あいつのデカい顔も少しは小さくなるでしょうな」
肥えた男が言う。
「しかし失態を突いたところでどこまで有利に事が運べるでしょうか? 代わりを立てるとしても、あの若造より強い者などそうは見つからないでしょう」
愉快げな2人と違い、小さい男は不安げに言う。その言葉に2人も表情を変え、確かにと唸っている。
「案ずるな。確かに奴は強いが、強者は奴だけでないのは、見た通りだ。儂の手の者に心当たりがある。近いうちに寄越すことにしよう」
初老の男の言葉に、3人から、おぉ、と歓声が上がる。これで自分達の派閥の発言力が増す、と都合の良い未来を思い描いているのだ。自分達の傀儡を忍ばせることができれば、敵の内部から浸食していくことができると。
「貴卿ら。それとは別で、1つ策がある」
浮かべていた怪しげな笑みを消し、初老の男が言う。他の3人も彼に倣い、僅かな声も漏らさぬようにと、互いの顔を近づける。
「手柄を得るわけではないが化け物を退治し、2人ほどに失態を犯してもらおうと思う」
曖昧な言葉に首を傾げる3人。策の内容を聞き、大きく頷く。
「それは名案ですな!」
肥えた男が、手を打って初老の男の案を褒める。
「エサとなる依頼は、私が探しましょう。他国も含めれば、国益となる依頼を見つけられるでしょう」
「その策に適う人物であれば私に心当たりがあります。必ずや奴らの眼をかいくぐるでしょう」
肥えた男に続き、小さい男、細い男が策を実行するにあたっての行動を挙げていく。
「私も依頼への報酬に色を付けられるように動きましょう」
肥えた男もそれに続く。
「よろしい。作戦の要となるブツは儂が用意しよう。貴卿ら、準備は怠らず、報告は密にするよう……頼んだぞ?」
「「「承知」」」
初老の男の言葉に対する返事を締めくくりに、男達の話し合いは幕となった。
各々が別々に部屋を後にし、月明かりに照らされた部屋に1人残った初老の男は、ニヤリと笑みを浮かべるのであった。
ところ代わって王宮の中、王の私室にある美女が現れた。美女と言っても国王の母と言ってもよい、老齢の女性である。
「夜分にすまんな、エピスよ……」
そう言うシャルル王の前に立つのは、王国ギルドのギルド長たるエピス=トラミネルであった。
「とんでもないことでございます、陛下」
シャルル王からの謝罪の言葉に、エピスは跪き深く頭を下げる。
「止せ、余とお主の仲だ。公式な場ではないのだ、もっと楽にしろ」
「分かったわ。久しぶりね、シャル」
気安い国王の言葉に、エピスは立ち上がり気安い態度で応える。
この2人、国王が王太子の時からの仲であり、一時エピスがシャルル王の教師の様な役割をしていたこともある。その為、身分は違えど、エピスはシャルル王が気安く接することができる数少ない者の1人なのである。
「それにしても貴方、老けたわね。あの可愛らしかった少年が、見事に中年ね」
エピスはシャルル王を見て、しみじみと呟く。式典などで見かけることはもちろんあるが、部屋の様な狭いところで2人だけで話すのは数年ぶりだ。かつての少年が、威厳ある壮年の男となった姿を見て、時の流れの速さを感じるエピス。
「それはお主もであろう。魔法の力だけでなく、その美貌も随一と言われたお主が、今ではシワシワの婆さんではないか」
一方シャルル王も、時の残酷さを感じていた。子供ながら見惚れた美貌の魔法使いは、当時の面影を残しつつも見事な老婆となっていた。過行く時間に誰も逆らうことができないのだと、改めて感じていた。
「うるさいわね。ところで今日はどうしたの? 直に会って話したいだなんて、珍しいじゃない」
シャルル王の軽口にひと睨みをくれて、エピスは尋ねる。お互いに顔は合わせないまでも、国王とギルド長としてのやり取りは頻繁に行っている。しかし直接話すというのは珍しく、ここ数年はしていなかった。
「直に会ったお主からも感想を聞きたくてな。アルクラドという冒険者のことを」
驚きに見開かれたエピスの眼が、すぐに鋭く細められる。
「そういえば王宮に招いたそうね。それで何を聞きたいの?」
エピスも、アルクラドが王宮に行ったことは知っていた。王宮の中で誰かがアルクラドの逆鱗に触れないか心配だったが、王都は無事に夜を迎えているのだから、一先ずは大丈夫だったのだろうと、安堵の息を吐く。
「あの者を、お主はどう思う?」
シャルル王の関心はアルクラドの人となり、ただそれだけである。
王宮での彼の振る舞いは、無礼のひと言に尽きる。しかし礼儀を知らぬというよりも、他者とのやり取りの経験が圧倒的に少ないという印象であった。会話にしても食事をチラつかせればあっさりと提案を飲み、食事を出せば喜んで食べる。しかしその強さは、只人には理解できないほど。
初めは御しやすいと思った。話に裏表はなく、腹の探り合いをする必要もない。むしろ素直過ぎて、簡単に手玉に取れると思ったほどだ。しかしその戦いを見ると、実際には何が起こったのか理解はできなかったが、王国最強とも言える男が軽くあしらわれて負けてしまった。
あの男はかなり危険なのではないか。シャルル王の率直な感想であった。
「あの方をどう思うか、ね。とにかく近くに居たくないわね」
国王に問われ、ギルドでの邂逅を思い出すエピス。若干、震えを感じた。
「居たくない……何故そう思う?」
彼女の感想はシャルル王の考えていることに近いものだった。御しやすいが、何かの折に怒りに触れれば危険にもほどがあるからだ。
「何故って……いつ暴れだすか分からない龍の近くに居たくなんてないでしょ?」
ヤレヤレとため息を吐く様に言うエピス。けれどアルクラドの真の力を見抜けるのは、エピスと同等の魔法使いだけ。それを思い出し、分からないのも仕方ないか、とも思った。
「それはそうだが、龍とは……あの者はそれほど強いのか?」
龍。この世界において最強と言われる種。
竜種は空を飛べず地を走るだけのものから、巨大な身体で大空を舞うものまで様々。しかし総じて全身が硬い鱗で覆われ、牙や爪は鉄を容易く貫き、切り裂くほどに鋭い。特に龍と称される上位種となれば見上げるほどの巨体ながら空を自由に翔け、魔法や人語までも操るという。
シャルル王は思う。アルクラドは確かに強かったが、龍と比肩されるほどなのかと、驚きと疑問を感じていた。
「あ~……例えが悪かったわね。龍よりも恐ろしい者の傍には、居たくないでしょ?」
シャルル王の疑問に答えるエピス。強さの表現が更に上がっていた。
「龍よりも恐ろしい!? そんな馬鹿な!」
シャルル王は信じられない気持ちだった。
龍の成体が現れれば、その1体だけで国が亡ぶ。龍の象徴とも言える龍の吐息が放たれれば、それだけで城は崩壊し、都は壊滅状態になる。
そんな龍の成体を、エピスは若かりし頃、パーティーの仲間と共に討伐している。その龍殺したる彼女が近くに居たくないと言う。
「あの者は、一体どれほどの強さだというのだ……?」
シャルル王は尋ねるのが怖くなってきた。しかし聞かないわけにはいかない。知ることが対処への第一歩なのだから。
「正直に言えば私にも分からないわ。けれど確実なのは、全盛期の私が100人いても傷1つ付けられないこと。そして私がかつて倒した様な、そこらの龍なんて、道端のトカゲの様に殺されるでしょうね」
「そんな馬鹿な……」
シャルル王は額を抑え、眩暈に耐える。龍の成体がトカゲと変わらないなど、想像もできなかった。が、それよりもエピスが100人いても勝てないという事実の方が、彼にとっては衝撃的だった。
「そんなまさか……暴虐の魔女が100人いても……一体何の悪夢だ」
「何ですって……?」
シャルル王の呟きに、部屋の空気が凍り付く。
ハッと彼が目を上げれば、エピスの髪や服がユラユラと揺れている。
「すっ、すまんっ!」
「……次は貴方でも容赦しないわよ?」
「分かった……」
暴虐の魔女。
かつて、余りにも強く、余りにも暴力的だった女魔法使い、エピスに付けられた二つ名である。
彼女の強さと性格を見事に言い表した秀逸な名前だと周囲は笑っていたが、本人はこの二つ名を嫌っていた。彼女の前でその名を呼ぼうものなら、二つ名の意味をその身体で存分に体験させられたものだった。
かく言うシャルル王も教え子時代に、その恐怖をこれでもかと体験していた。当時の記憶が蘇り、国王は顔を青くして身体を震わせた。
「とにかく下手に手を出さないこと。友誼を結ぶのは構わないけれど、もし敵対すればこの国は1刻ももたないわ。権力者は何かと突出した力を持つものを排除したがるけど、あの方に絶対にそんなことはしちゃ駄目よ、絶対にね」
真剣な表情で繰り返し念を押すエピス。シャルル王は無言で何度も頷く。
あの暴虐の魔女がここまでいうのだから、絶対に手を出してはいけない。
そう心に誓いながら。
お読みいただきありがとうございます。
何やら怪しげな集団と、王とギルド長の会談でした。
次回もよろしくお願いします。