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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第5章
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王宮料理~2つの主菜と食後の酒~

 泡の出る葡萄酒、オジェの葡萄酒を食前の酒とし、前菜、スープと続いた王宮の料理。それぞれの泡、酸味、温かさで食べる者の食欲を刺激したところで、主菜が運ばれてきた。

「1つ目の主菜の魚料理でございます」

 そう言って食卓に並べられたのは、香ばしく焼かれた魚の切り身に緑色のソースが添えられた料理だった。

 まず目につくのはこんがりと焼け、針山の様に逆立った薄い鱗だ。ナイフを入れればパリパリと音を立てて崩れていく。それだけで噛んだ時の軽快な食感が予想され、早く噛みしめたいという衝動が沸き起こってくる。そして鱗の下に隠れている身はフワフワで、ホロホロと崩れる様にナイフが吸い込まれていく。

 口に入れれば、鱗の軽快な歯応えと身の柔らかな食感を感じることができた。しかしそれらは、ナイフから伝わる感触以上で、その対比がより一層楽しい食感を作り上げていた。

 感じる味わいは、まず魚の旨味。噛む度に染み出す静かな旨味が、口の中に広がっていく。決して力強く濃厚な味わいではないが、じんわりと染み込む様な余韻の長さがあった。次に感じるのは香草で作られたというソースの爽やかさと僅かな苦味。夏の太陽に照らされ青々と輝く草原の様な清々しさが、魚の持つ甘味を引き出し、僅かな苦味もそれに一役買っている。単体であれば少し淡泊に感じた魚の味わいが、ソースを付けることによってコク深いものへと変化していた。

 硬さと柔らかさの対比。そして苦味による甘味の強調。異なるものを掛け合わせることによって、重層的な味わいを作り上げた、非常に美味で技巧に満ちた料理であった。

「アルクラドよ、この葡萄酒を一緒に飲んでみよ。味が一層深くなる」

 料理が並べ終わると同時に、給仕達が葡萄酒を注いで回る。

 食事の前に供されたものと違い、泡は出ていないが、やや緑がかった白の葡萄酒であった。

 グラスから立ち昇る香りは、やや青みを残した果実の香りで、それに続き香草に似た爽やかさもあり、ソースと共通する部分の多い葡萄酒であった。

 口に含みまず感じるのはまだ青い果実の強い酸味。しかしその後に穏やかな甘さが続き、味わいの角を丸くしていた。酸味は穏やかだが心地良く後を引き、葡萄酒全体の味わいはスッキリ爽やかなものになっていた。

 料理と葡萄酒を交互に口へ運ぶと、まず魚の甘味が更に強調された。葡萄酒の、余韻として残る酸味の為だ。そして更に、ソースの味も膨らみを見せていた。香草のソースに、似た香りを持つ葡萄酒が合わさることでより複雑性が増したのである。

 更には葡萄酒も単体で飲むよりも美味しさが増していたのである。穏やかな酸味はそのままに、甘味や旨味をより強く感じ、心地良い余韻がいつまでも続く様であった。

「どうだ、美味いであろう?」

「うむ、美味だ」

 聞くまでもないと分かりつつ、シャルル王はアルクラドの反応を窺う。アルクラドは、他の者達よりも食べるのは速いが、料理と葡萄酒の相性を確かめるようと真剣に味わっている様子であった。

 アルクラドは思う。酒の味を知って以来、料理とともに酒を飲むのが常であった。自分なりに料理との相性を考えてもいた。しかしそれは料理の脂っこさや強い味わいを消し去り、口の中をスッキリとさせるものでしかなかった、と。

 どうすればこの様な組み合わせを思いつくのか。その考えに耽りながら、アルクラドは料理と酒のお代わりを頼むのであった。

「2つ目の主菜、肉料理をお持ちしました」

 そうしてもう1つの主菜である、肉料理が運ばれてきた。

 皿に載っているのは、鳥のものらしき皮つきの肉に、僅かに赤みがかった乾酪チーズの様な色合いの丸く平べったいものと、キノコと芋であった。

 肉は鴨の胸肉の様で、皮目は格子状の切れ目が入れられ、こんがりと焼かれている。更にその表面に薄く透明な層が1枚あり、濃い飴色のそれからは焦げに似た、しかし濃厚な甘い香りが漂ってくる。肉はすでにひと口で食べられる薄さに切られており、肉の断面は、中央は生に近い濃い赤色をしており外にいくにつれ段々と淡い色合いになっている。

 肉を1枚口に入れる。

 パリッとした小気味いい食感に続き、肉を噛み切る柔らかい歯応えがあり、溢れる肉汁の旨味を感じる。

 初めに感じた食感の正体は、表面の飴色の層だった。薄い飴を噛んだ様な食感で、歯応えだけでなくコクのある甘さと心地よい苦味を感じることができた。肉を焼く際に、ハチミツを塗り表面を焼く工程を繰り返すことにより、絶妙な歯応えと、甘さと苦味の調和を出しているのだ。

 鴨特有の血を感じるクセはあるものの、刷り込まれた香辛料と焦げたハチミツの香りと相まって、複雑で誰もの食欲を誘う風味になっていた。

 次にアルクラドが手を付けたのは乾酪チーズの様な色合いの丸く平べったいもの。表面はこんがりと焼けており少し硬さがありそうだが、ナイフを当てると、驚くほど柔らかく、何の抵抗もなく吸い込まれていく。表面はテラテラと光っており、先程食べた鴨に近い香りが漂ってくる。

 口に入れれば、広がるのは鴨の濃厚な脂の旨味とコク、そして甘味である。その正体は鴨の肝であり、脂肪をたっぷりと蓄えたものだった。表面は香ばしく焼け、中は程よく温かい鴨の肝は、蕩ける様な食感で、口に入れた瞬間からトロリと溶けていく。肝の生臭さは一切なく、どこまでも濃厚な旨味が口の中に余韻として残っている。その傍には葡萄の実を煮詰めたものが添えられており、一緒に食べると脂の濃密さと果実の爽やかさが見事に調和し、より深い味わいとなっていた。

 添え物であるキノコと芋は目新しさこそなかったものの、料理の際に出た肉や肝の脂をしっかりと吸い込み、単体でも食べ応えのあるものとなっていた。加えてキノコを噛みしめると、肉汁と言っても過言ではない程の旨味があふれ出し、それが肉汁と合わさると互いの美味さを更なる高みへと押し上げていた。

「こちらをご一緒にどうぞ」

 目を輝かせながら肉料理を食べるアルクラドの杯に、赤の葡萄酒が注がれる。

 紅の宝石をそのまま溶かし込んだかの様な、鮮やかな紫がかった赤の液体。杯の奥を見通せないほど色が濃いはずなのに、澄んだ輝きを放っているのが分かる。

 杯から立ち昇る香りは、深い森の奥で咲き乱れる真っ赤な花。そして木々から垂れ下がる完熟の果実。

 森に満ちる、爽やかで、華やかで、甘やかな香りが小さな杯の中に閉じ込められている。意識が蕩け、ため息が出る様な芳醇なその香りは、甘く濃密で、けれど繊細でどこまでも静かだった。

 紅玉の雫を舌の上にそっと落とす。

 手を取りあった豊かな酸味と完熟した果実の甘味が、舌の上を覆っていく。その調和の奥に僅かな渋味が見え隠れし、繊細さの中の芯となり味わいの骨格をなしていた。豊かな甘味に嫌みはなく、繊細で上品。余韻がいつまでも残り、ゆっくりと息を吐けば、鼻腔内が花と果実の香りで満たされる。

 たったひと口。それだけで、余韻がいつまでも続いている。

 しかし問題はここからである。

 先程、驚く様な調和を見せた、魚料理と白の葡萄酒。今度はどの様な調和が生まれるのか。アルクラドは期待を込め、再び料理を口にする。

 葡萄酒の余韻が残るうちに肉を噛む。鴨の血の香りが際立って感じられたが、それは生臭くなったわけではなく、滋味深く身体に染み入る様な味わいをもたらしていた。葡萄酒の酸味が肉の旨味を更に高め、ハチミツと果実の甘さが合わさり、濃厚で爽やかなものとなっていた。

 葡萄酒を口に含む。僅かに酸味が和らぎ、甘味が強調された。果実を煮詰めた様な甘さでありながら、爽やかさは失われていない。僅かに感じられた渋味は、強い旨味と甘味の後ろに完全に隠れてしまったが、しかし味わいの骨格という役割はしっかりと果たしている。

 肝を口にする。葡萄酒の酸味が強い脂の風味を和らげていた。しかしその為に味わいはより力強くなり、旨味が溢れ、甘味さえ感じるほどであった。

 そして葡萄酒を飲む。脂と果実、それぞれの甘味が複雑に絡み合う。更には酸味、渋味と混然一体となり、底の見えない深みを感じさせていた。

 料理と葡萄酒を交互に食べることでどんどんと味が広がり深みが増していく。魚料理の時以上の味わいの調和がここにあった。

「言い忘れておったが、この葡萄酒はその1杯しかないのでそのつもりで」

 アルクラドの手が、ピタリと止まる。

 突然、シャルル王がそんなことを言った為だ。皆に知らせる様に言っているが、視線はアルクラドに注がれている。

 料理と葡萄酒の味わいに酔いしれていたアルクラド。ひと口でも十分に味わえる為に少しずつ飲んでいたが、既に注がれた量の半分は飲んでしまっている。

「この葡萄酒は、余が王位を継承した年に、この国で最も良い葡萄ができる畑の、最高の品質のものだけを使い、造られたのだ。それ故に数が非常に少ない。お主の為に開けたので、お主に多く注いではいるが、ここにいる者達にも飲ませてやりたくてな」

 国王の言う通り、シャルル王とアルクラドには同じ量の葡萄酒が注がれ、他の者はそれよりも少なく、わずかな量だけが注がれていた。しかし開けられた瓶は1本だけ。全員に注げばすぐになくなってしまったのである。

「これだけか……」

 僅かに残念さが滲み出た声でアルクラドが呟く。しかし手が止まっていたのは一瞬のことで、すぐにまた料理と葡萄酒を口にし始めた。

 極上の葡萄酒を少ししか飲めないのは残念なアルクラドであったが、国王は言葉通りに稀少な酒を振舞った。量に関してはもともと言及しておらず、彼の行いに偽りはない。それ故にアルクラドは文句を言うことはない。

 杯に半分しか残されていない葡萄酒を惜しむ気持ちは生まれたが、大事に飲んだところで量は変わらない。加えてアルクラドの永い生の中で、再び飲む機会があるかも知れない。それを思えば、これだけの葡萄酒が在るということを知れただけで十分であった。

 またとない、料理と酒の調和を舌に刻み込む様に味わい、残りを口に運ぶアルクラドであった。

 ちなみに料理はお代わりが可能だったので、葡萄酒の分までお代わりをしたのだった。


 昼餐会が終わり、各々が食事の余韻に浸りながら歓談をしていた。

 アルクラド達は料理や模擬戦の話をしていた。と言っても話しかけてくるシャリーやヴァイスに対して、アルクラドが短い言葉で返すだけであったが、特にシャリーは料理の味に大興奮だった様子で一方的に盛り上がっていた。

「明日からいつもの食事が食べられなくなりますね!」

 などと言っていたが、翌日、安い屋台の料理を大絶賛する自分を、彼女はまだ知らない。

 大臣達は初めて飲んだ極上の葡萄酒の話で盛り上がっていた。大臣という要職にあってもそうは飲めない葡萄酒の美味しさを語り、国王に感謝の言葉を述べ、そして誰それに自慢できると笑っていた。

 そんな大臣達の傍で、国王と宰相は難しい顔でボソボソと言葉を交わしていた。

「アルクラド殿の強さは凄まじいものなのでしょう。しかし……国の守護者たる王国騎士団長が、名も知らぬ冒険者に惨敗してしまったというのは、由々しき問題なのではないでしょうか」

 宰相の言葉に、シャルル王はむぅ、と唸る様な声を漏らした。

 饗応の間に響く大臣達の笑い声。

 それに隠れた囁く様な声でのやり取りを、アルクラドの鋭敏な耳は確と捉えていた。しかし彼にとっては些事でしかなく、気に留めることもなかったのである。

お読みいただきありがとうございます。

話の約9割がメシというまさかの展開です。

最初のころから食事シーンは楽しく書いていましたが、ここまでになるとは……

次話からちょっとずつシリアスモードに移行します(するかな? できるかな?)

次回もよろしくお願いします。

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