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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第5章
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王宮料理~食前酒からスープ~

 息つく間もないほど激しく繰り広げられたアルクラドとヴァイスの戦いは、時間にしてみれば10や20を数えるほどの短さでしかなかった。

 常人離れした2人の戦いは修練場にいる僅かの者にしか理解できず、シャリーでさえ目で追うのがやっとのものだった。つまりアルクラドに力を示せと言ったシャルル王や宰相達は、何が起こったのかほとんど理解できていなかった。

 しかし1つだけ分かったことがある。

 それはヴァイスの剣をアルクラドが軽々と受け止めていること。つまりはヴァイスの敗北である。

 アルクラドは、枯れ枝を折ったヴァイスが勝者だと言っているが、そもそも勝負にすらなっていなかった。戦いの詳細を理解できた者達はもちろん、それが出来なかった国王達にも、ヴァイスの敗北は明らかだった。剣を指で受け止めるなど、どれだけかけ離れているか分からない程の実力があって、初めてできることなのだから。

「王よ。我の力は示した。これで文句はあるまい」

 肩で息をし立ち尽くすヴァイスに背を向け、アルクラドは王に尋ねる。

「うむ。お主の力、確と見た。ヴァイスよ、実際に戦ったお主はどうだ?」

 アルクラドの問いに鷹揚に頷くシャルル王。そうしてその力の評価をヴァイスに尋ねる。

「騎士団をまとめる者として情けないばかりではありますが、私では手も足も出ずアルクラド殿の力は計り知れません。ただ草原の魔獣など、どれだけ群れようとも容易く狩られるでしょう」

 何とか息を整えたヴァイスは、背筋を伸ばして答える。

「うむ、よく分かった。マニストルよ、あの者は魔獣討伐に足る力を示した。警備兵の発言について、今一度確認をし事実を明らかにするように。良いな?」

「はっ」

 ヴァイスの言葉を聞いたシャルル王は頷き、宰相に目を向ける。宰相も、自身の提案通りアルクラドが力を示した為、王の言葉に素直に頭を下げる。

「冒険者アルクラドよ。騎士団長を退けるその力、見事であった。貴殿を疑ったことに対して謝罪し、警備兵達の発言の真偽を確かめることを約束しよう」

 そう言って宰相はアルクラドに向けて、頭を下げた。浅くではあったが頭を下げた宰相の、手のひらを返した様な態度に、大臣達を含め幾人かは怪訝な様子を見せる。

「謝罪を受け入れよう。繰り返すが、魔獣を狩ったのは我故、其奴らが嘘を言っている」

 宰相の謝罪を受け入れるアルクラド。警備兵達の発言については、真偽を確かめるまでもないと、自らの魔獣討伐の事実を繰り返す。

「これで一先ず問題は片付いた。皆の者、ご苦労であった。さて、アルクラドの所望する料理がそろそろできる頃であろう。饗応の間へ向かうとしよう」

 シャルル王の言葉で、魔獣討伐に関わる一連の話は一先ず終結した。ようやくアルクラドお待ちかねの、食事の時間がやってきた。

 シャルル王も食事に同席する様で、宰相を伴い、饗応の間へと向かっていく。その後ろを、ヴァイスの先導でアルクラドとシャリーが付いていくのだった。


「皆、揃ったな。ここにいる冒険者アルクラドが、王都周辺の草原地帯を荒らしていた羊の魔獣を討伐した。その功績を称えるとともに、我らの出会いを神に感謝し、ここに昼餐会を開く。では杯を手に……乾杯っ!」

 シャルル王の言葉に合わせ、食卓を囲む面々が杯を手に持ち、目の高さまで掲げる。昼餐会の始まりである。

 シャルル王を一番の上座とし、王宮での身分の高い者ほど国王の近くに座る形で、細長い食卓を囲んでいる。アルクラドとシャリーは国王の対面であり、その隣にはヴァイスが接待役として座っている。

「アルクラドよ。遠慮をせず、好きなだけ食べるといい」

「うむ」

 もとよりアルクラドに遠慮する気などないが、シャルル王の言葉に大きく頷く。そうして杯に注がれた酒を一息で飲み干す。

「美味だ」

 しみじみと呟くアルクラド。

 乾杯の酒として供されたのは葡萄酒であった。しかしただの葡萄酒ではない。

 泡のある葡萄酒だった。

 透明な杯に注がれた、淡く黄色みがかった液体は澄んだ輝きを放っており、底から小さな泡が連なる様に続々と立ち昇っている。それは泡でできた紐の様であり、魅入るほどの美しさであった。

 葡萄酒からは泡とともに香りが立ち昇り、杯に鼻を近づけずとも分かるほどに香りを広げていた。

 まず感じるのは良く熟した果実の香り。今にも落ちそうなほど熟れた果実の濃密な香気の中に、冷涼さを感じる爽やかな香りが隠れている。そして不思議なことに葡萄から作られた酒であるのに、焼いたパンの様な香ばしさも感じ取ることができた。

 爽やかかつ濃厚な果実の風味が飲み口を良くし、パンの香ばしさが複雑さとコク深さを生み出していた。その味わいと泡の刺激で、飲む者の食欲を増進させていた。

 アルクラドが2杯目を飲み干したところで、シャリーも1杯目を飲み干し、2人そろってお代わりを頼む。2人とも泡の葡萄酒を気に入った様で、彼らの腹の中の猛獣が鎌首をもたげた様だった。

「気に入ったか? これは最近造られ始めた葡萄酒なのだ」

 2人の様子を見て、シャルル王は得意げに言う。

 国王曰く、王宮には酒造りの為に働く者達がおり、その中に、早く酒が飲みたいが為にまだ瓶に入れるべきでない葡萄酒を瓶に詰めた者がいた。

 ある日、早く瓶詰めした葡萄酒の栓が飛び、泡を吹いていた。その男は大層な酒好きで、泡の吹いた酒を気味悪がりながらも飲んだのだという。すると驚くほど美味かった為、その事を国王へと奏上した。本来であれば罰が下るところだが、国の名物にもなり得るものだった為、罰は与えず今もその男が泡のでる葡萄酒を造っている。

「不届きな愚か者ではあるが、この葡萄酒は得難いものであった。その為、その男の名前にちなみこの葡萄酒を『オジェの葡萄酒』と呼んでおる」

 喉の乾ききった旅人の如くオジェの葡萄酒を飲むアルクラド。シャルル王の由来の説明を聞きながら、既に5杯目に差し掛かろうとしていた。

「前菜をお持ちしました」

 そこへ給仕の者達が料理を持ってきた。色とりどりの野菜が、皿の中央にこじんまりと美しく盛り付けられている。

 料理が全員に行きわたるのを待ちシャルル王が一番に手を付けようとするが、その時には既にアルクラドが料理を口にしていた。食前酒は乾杯の合図を待てと言われていたが、前菜からはその様な注意をされなかった為、料理がやってくると同時に食べ始めていた。

 王よりも先に料理を口にするアルクラドに眉をしかめる大臣達と、苦笑いを浮かべるシャルル王とヴァイス。その様子を見ていたシャリーは、伸びかけていた手を慌てて引き留める。

「アルクラドよ、美味いか?」

「うむ、美味だ」

 良く味わいつつも淀みなく手を動かすアルクラドに、シャルル王が尋ねる。アルクラドは応えはするが、視線は皿から離れていない。

 前菜の野菜は、それぞれが赤、緑、黄色と色鮮やかで、酢や香辛料の香りが食欲を刺激する料理だった。野菜をたくさんの油で焦げ目がつかないようにじっくりと焼いて甘味を引き出し、果物から作った酢に砂糖や香辛料を混ぜ込んだ液に漬け込まれていた。

 ひと口食べてまず感じるのは、甘さで和らげられた果実の風味感じる酢の酸味だった。その後、香辛料のピリリとした辛味と仄かな苦味を感じる。それらが野菜の旨味と甘味を引き出し、力強さはなくとも深みを感じる味わいとなっていた。

 野菜は全体的にはしっとりとした食感であるが、ところどころカリッとしたところもあり、また野菜自体の食感もそれぞれが違っており、様々な食感の対比が楽しい料理でもあった。

 それに加えてオジェの葡萄酒と料理の相性が抜群であった。

 葡萄酒と料理の持つ酸味がお互いの甘味を引き出し、交互に口にすることで美味さを何段も高めあっている。じっくり焼かれた野菜の香ばしさと葡萄酒の香ばしさも見事に調和しており、葡萄酒と合わせて食べることで1つの料理として完成している様でもあった。

 料理と酒の組み合わせも気に入った様で、アルクラドはパクパクと前菜を食べ進めていく。国王や大臣達が上品にゆっくり食べる中、すぐに1皿目を食べ終え、お代わりを求めている。

 その様子にシャルル王は、味の感想など聞かなかった。そんなものは聞くまでもなく、見れば分かるのだから。

「スープでございます」

 国王が前菜を食べ終え、その時アルクラドは3皿目を食べていたのだが、少しして、給仕が次の料理を運んできた。陶器の器に入れられた、グツグツと煮え立つスープで、取っ手がかなり熱くなっているのか布が巻かれていく。

 スープは濃い飴色で、香ばしさと野菜の甘い香りが漂ってくる。表面にはパンが浮かべられ、その上から僅かに黄色みがかった乳色の何かがかけられている。それはかなり粘度が高く、また表面がきつね色に炙られている。

 まず初めに感じるのは、濃密な野菜の旨味と甘味。数種の野菜を焦がさぬようにじっくりと炒め、旨味と甘味を凝縮させた味わいは、肉の類が一切入っていないにもかかわらず、口の中でどこまでも広がるコク深さを感じるものだった。

 パンはその旨味の塊とでも言えるスープをしっかりと吸っており、しかし表面は炙られている為、カリッとして香ばしい。スープに浮かぶのは高価な白パンではなく、硬く酸味のきいた黒パン。しかし硬く密度のあるパン故にスープをこれでもかと吸い込み、黒パンの持つ仄かな酸味がスープの甘味を更に際立たせていた。

 パンの上にかけられていたのは乾酪チーズであり、熱で溶けたそれは乳の仄かに甘い香りとこんがりと焼けた香ばしさが漂っていた。

 野菜の旨味と甘味、黒パンの酸味、乾酪チーズのコクのある味わい。それらが混然一体となり、深く複雑な味わいに、舌がいつまでも小躍りをしている様だった。

「アルクラドよ……熱くないのか?」

「熱い」

 供されたスープは器ごと窯に入れ、乾酪チーズを乗せた表面を炙っている。つまりスープもパンも熱々で、更に陶器の器自体も熱を持ち、なかなか冷めない。

 食卓を囲む面々がスプーンですくったスープに息を吹きかけ冷ましている中、アルクラドは煮え立つスープを冷ますことなく口に入れている。そして熱さなど感じていないかの様に、どんどん食べ進めていく。

 しかし熱さを感じていないわけではなく、熱いものは熱いうちに、という信念の元、熱々のスープを食べており、口の中は火傷と再生を繰り返している。常人であれば味わうことすら困難な状況だが、アルクラドはスープの味わいを余すことなく感じていた。

 結局、冷製のスープを飲むように、アルクラドの器はすぐに空になり、他の面々が1杯を食べ終わる頃には、アルクラドは3杯目のスープを飲み干していたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

アルクラドお待ちかねの、飯パートです。

戦いの後処理を含めると思いのほか長くなったので、2つに分けております。

後半はほぼ飯になるのではないかと思います。

次回もよろしくお願いします。

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