力の証明
アルクラドに対し魔獣を倒した実力を示せと言う宰相。その案を良しとし、アルクラドに戦う姿を見せてくれと言うシャルル王。
それに対するアルクラドの答えは、否。
謁見の間に沈黙が流れる。
王の言葉を有無を言わせない様子で拒否を示したアルクラドの言葉が理解できず、半ば固まる宰相を含めた大臣達。まさかこうもハッキリと断られると思っていなかった国王。不安が的中したヴァイス。やっぱりとため息を吐くシャリー。
そんな沈黙を破ったのは宰相の金切り声だった。
「きっ、貴様っ……! 陛下の命に背くとは、何事だ!?」
「何故、我が命令されなければならぬのだ」
額に青筋を浮かべながら怒鳴る宰相に対し、相手の申し出を断っただけで何故これほど怒鳴られるのかと、首を傾げるアルクラド。
「身分を考えろっ! 平民の冒険者風情がっ!」
「我はこの国の者ではない。この国の身分など、我は識らぬ」
唾を飛ばしながら怒鳴る宰相に、身分など関係ないと言うアルクラド。それが更に宰相の怒りを加速させる。
「たとえこの国の人間でないにしても、陛下は王家の血筋! 貴様ら平民とは比ぶべくもないのだ!」
国が違えば身分も違う。しかし貴族の血筋が平民の上に立つという構図は、どこの国もそう変わらない。王家の血筋ともなれば、そんな貴族達の更に上であり、平民はおろか貴族からも敬意を集める立場である。
宰相は、少し平民軽視の言葉が過ぎるが、言っていることは概ね正しい。常識から外れたアルクラドがおかしいのだ。
「貴き血筋か……血は血だ。そこに貴賤などありはしない」
血は誰も変わらないと言うアルクラド。王権軽視とも言える言葉に、皆が絶句する。シャリーだけはその真意に気付き、貴方にしか分かりませんよ、とため息を吐いていた。
「貴様っ……! どこまでも陛下を愚弄する気か!?」
宰相の怒りはいよいよ大きくなり、額から血が吹き出そうな勢いであった。
「マニストルよ、もう良い」
だがそこにシャルル王からの制止が入る。
「陛下、しかし……」
「良いのだ。言ったところで変わらんだろう」
本来であれば、国王自身が王族の血筋を軽んじる発言を捨て置くのは問題なのだが、シャルル王は今までのやり取りでアルクラドの人となりを把握し始めていた。
礼儀は無くとも悪気はない、と。
また自分達とは視点の違うアルクラドに、只人ならぬ気配を感じていたのも、彼の発言を許す根拠にもなっていた。
「アルクラドよ。何故、己の力を示すことを拒む。お主が魔獣を倒したと証明するには、それが一番早かろう」
とは言ってもその全てを把握できているわけではなかった。シャルル王の質問に対して、アルクラドは既に答えているのだから。
「先程から、魔獣は我が狩ったと言っている。事実を証明する事に意味はない。加えて、我は力を示す為に来たのでは無い。其方の呼びかけに応じたに過ぎぬ」
まるで自身の言葉が真実であるかの様な口振りのアルクラドの言葉。事実、彼は真実を語っているのだが、その堂々とした語り口には確かな説得力があった。しかしシャルル王は、その後に続いた言葉に疑問を感じていた。
シャルル王がヴァイスを遣いにやる際、アルクラドを招く理由を全て話すように命じていた。国王の興味だけではなく、アルクラド達の魔獣討伐に疑問を持つ者がいる為に、彼らを王宮に招こうとしている、と。
それらの理由を聞き王宮に来たのだから、自分達の疑いを晴らしに来たのだろう、とシャルル王は考えていたのだ。そこに齟齬が生まれた。
シャルル王はヴァイスに目をやる。
ヴァイスはすぐに国王の傍へ行き、そっと耳打ちする。
謁見の間に入るなり起こった、宰相とのいざこざ。その為に報告できていなかったヴァイスの話に、シャルル王は驚き、そして笑った。
王宮からの招きをすげなく断り、王宮料理をエサに何とか連れてくることができた。そんなことは前代未聞だった。
「アルクラドよ。時にお主、酒に興味はあるか?」
しかし前代未聞のことであっても、使えることだとシャルル王は判断した。
「ある」
無表情ながら今までとは異なる反応に、シャルル王は笑みを浮かべる。
「お主が戦いを見せてくれたならば、料理に加え酒も用意しよう。市井には出回らぬ、特別なものだ」
どうする、と尋ねるシャルル王だが、愚問だな、と薄く笑う。アルクラドの眼が、先程までと全く違うのだ。
「いいだろう」
力など見れば分かるものを示す為にわざわざ戦って見せるなど面倒ではあったが、未知の味とは比ぶべくもない。アルクラドは即答した。
「よろしい。では場所を変えよう」
ただ国王の呼びかけに応じるだけのはずだったアルクラドは、こうして酒に釣られ国王に己の力を示すことになったのである。
一行は謁見の間から、城の兵士達が使う修練場へと移動していた。
その移動の間、ヴァイスは申し訳なさそうな様子でアルクラドと話していた。
「アルクラド殿。この様なことになってしまい、申し訳ありません」
「構わぬ。決めたのは我故、謝罪の必要は無い」
アルクラドとしては早く王宮の料理を食べたかったが、それまでの時間が多少伸びたとしても彼にとっては瞬きにも満たない僅かな時間だ。その瞬きの間に些事をこなすだけで、未知の酒を味わえるのなら、アルクラドに否やはなかった。
加えて言えば、この戦いの間に料理の準備をすると、ヴァイスは言う。料理ができるまでの間、ただ待つだけだったのが、酒の為に戦うことに変わっただけである。今になってみれば、力を示せと言われて良かったとさえ思えていた。
修練場は城の裏手、王宮と山の間にある広場だった。実際の戦場を想定しているらしく野ざらしで、草は生え放題で枝や石も散乱している。
修練場の城側には国王や貴族の為の場所があり、劇場の観覧席の様な少し高いところに、シャルル王や宰相達が座っている。
「さて、皆揃った様だが、誰と戦ってもらおうか」
修練場に集まる面々を見ながらシャルル王が言う。先ほど謁見の間にいた者達だけでなく、騎士団の中から腕利きを幾人が集めたのである。
「ヴァイス殿にお相手頂くのがよろしいのではないでしょうか。騎士団をまとめる彼であれば、あの冒険者の実力を計ることができるでしょう」
国王の問いに答える宰相。アルクラドの化けの皮を剥げるとあってか、少し機嫌が良さそうであった。
「ふむ、確かに。ヴァイスよ、問題はないか?」
宰相の言葉に一理ありと頷くシャルル王。聞かれたヴァイスはもちろん頷く。
「はい、問題ありません」
ヴァイスはそう告げて、国王の傍から修練場へと降りていく。
「アルクラド殿、よろしくお願いします」
「うむ」
アルクラドの前で軽く礼をするヴァイスに対し、アルクラドは鷹揚に頷く。
「アルクラド様、気を付けてくださいね!」
皆が修練場の端へと寄っていく中、シャリーが大きな声で言う。傍から見れば仲間の身を案じる声援であり、事実この場にいる全員がそう感じていた。しかしシャリーが案じているのは、どちらかと言えばヴァイスの身の安全だ。
気を付けてください。その言葉の前には、大怪我をさせないように、殺さないように、と言った言葉が付くのだが、シャリー以外知る由もない。声をかけられた本人は、しっかりと頷き返事を返すが、シャリーの想いが伝わっているかは甚だ怪しい。
「勝敗はどうしますか?」
模擬戦のきまりはどうするか、と尋ねるヴァイス。しかしアルクラドは首を傾げる。
「勝敗……?」
「ええ。先に攻撃を当てた方を勝ちとしますか? それともどちらかが降参するまで戦いますか?」
模擬戦なのだから、何を勝利とするのかを決める必要がある。今回の目的はアルクラドの実力を計ることで、どちらかの命を奪うことではないのだから。
「勝ち負けを決める事に何の意味があるのだ? 其方を殺し、我の力を示すのであろう?」
だがそんな世の常識を知らぬ者が1人。やはりシャリーの想いは少しも伝わっていなかった。アルクラドは最初から、ヴァイスを殺す気でいたのだから。
「殺しちゃダメです!!」
「何……?」
思わず叫ぶシャリー。アルクラドはその意味が分からないのか、怪訝そうな様子で首を傾げる。
「ただの力比べですから、殺しちゃダメです! 大怪我させるのもダメですからね!」
諭す様な口調で叫ぶシャリーに、アルクラドは僅かに眉間に皺を寄せる。
「私も、殺されてしまっては困りますね……」
そんな2人のやり取りを、ヴァイスは苦笑いを浮かべながら眺めていた。騎士団長として負けるつもりは更々ないが、あれほど純粋に殺すと言われたのは初めてだった。
「何とも面倒な事だが仕方あるまい。ヴァイスよ、勝敗はこれで決する事としよう」
アルクラドはため息を吐く様に呟き、足元の枝を拾い上げる。腕よりも短いよく乾いた枯れ枝を、アルクラドは右手に持ち構える。
「この枝を折る事が出来れば、其方の勝ちだ」
同時に修練場に剣呑な空気が流れる。
「アルクラド殿……私を馬鹿にしているのですか?」
「馬鹿になどしておらぬ」
騎士団の長を務める者に対して木の枝で戦うなど、相手を馬鹿にしているとしか思えない。事実、ヴァイスや騎士団の者達は馬鹿にされたと思い、怒りを感じていた。しかしアルクラドは大真面目で、ヴァイスの身の安全と勝敗を決めることを両立させた結果が、木の枝で戦うという選択なのだ。
「ヴァイスよ、構えろ。其方に稽古をつけるとしよう」
そう言って思い出すのは、初めての町でパーティーを組んだ少年達との訓練。あの時と同じ様に、相手よりも少しだけ強い力で戦うよう、その力量を見極める。それと同時に、ヴァイスよりも少しだけ多い魔力を身体に巡らせる。
その瞬間、ヴァイスは剣を抜き放ち、慌てた様に距離を取る。いつもの穏やかな目は鋭く、そこにはもう馬鹿にされたという怒りはなかった。強者を前にした油断のない警戒だけがそこにあった。
「来い」
アルクラドのその言葉と同時に、ヴァイスは駆け出す。
全身に巡らせた魔力で身体を強化し、飛び出したその勢いのまま、悠然と構える隙だらけのアルクラドに向けて、剣を振るう。
ガキィン!
有り得ない音が聞こえた。
大木を打ち付けた様な音と衝撃がヴァイスに伝わる。ヴァイスの攻撃を受け止めたのは華奢な枯れ枝であった。そんな物でヴァイスの剣を受け止められるはずはなかった。本来であれば。
ヴァイスはすぐさま距離を取り、隙を窺う。しかし隙しかない。前後左右、どこからでも好きなだけ打ち込める。
ヴァイスは駆ける。
アルクラドの正面に向かって駆け、剣の間合いのギリギリ外で右に跳ね、側面から頭部目がけて剣を振り下ろす。
アルクラドの形の良い頭を切り裂くかに思えた剣は、魔力をまとった枝に軽く打ち払われる。
剣を弾かれ無防備を晒すヴァイスの胴を、アルクラドが打つ。
ヴァイスの眼に、やけに遅く映ったアルクラドの攻撃は、しかし途轍もない衝撃をもってヴァイスを襲った。
弾かれた様に吹き飛び、修練場を転げるヴァイス。しかし何とか受け身を取り、すぐに体制を立て直してアルクラドへと駆けていく。
怒涛の攻撃を見せるヴァイス。
頭を狙い、胴を狙い、脚を狙い。
打ち下ろし、切り払い、突き込み、切り上げ。
常人であれば手では足りない数だけ死んだであろう、速く鋭い剣閃の嵐。
しかし、届かない。
縦横無尽に繰り出されるヴァイスの攻撃は、躱され、逸らされ、受けられる。
1つとして攻撃は届かず、代わりに攻撃の数だけ自らに傷が増えていく。腕を、胴を、脚を打たれ、頬にも赤い筋がいくつも刻まれている。
再度距離を取りアルクラドの様子を窺うヴァイスは、肩を激しく上下させている。1拍、息を整え、全身に力を漲らせる。
「うおぉぉおおぉ!」
剣が届かぬならせめて、と渾身の力を込めて、下段に構えた剣を枝目がけて振り上げる。
突進の勢い、大地を踏みしめる力、身体の捻り。
その全てを剣に乗せて、腕を振り抜く。
キィンッとした甲高い音の後に、カランっと乾いた音が響く。
ヴァイスの剣が、アルクラドの魔力をまとった枯れ枝を切り飛ばしたのだ。
そしてヴァイスの渾身の力が込められた鋭き剣は。
アルクラドの2本の指の間に収まっていた。
「見事だ。ヴァイスよ、其方の勝利である」
修練場に響くアルクラドの声。アルクラドは切られた枯れ枝を投げ捨て、もう片方の手に収まっているヴァイスの剣を放す。
雷光の如き速さで振るわれた剣は軽々しく指で受け止められ、剣を振るった本人は肩で息をし滝の様な汗を流している。
剣を受け止めた黒ずくめの白き麗人は、汗ひとつ掻かず息も乱さず、よくよく見れば戦いの始まりから1歩も動いていない。
誰がどう見ても、完全なるヴァイスの敗北であった。
お読みいただきありがとうございます。
ヴァイスさんは頑張りましたが、やはりどうにもなりませんでしたね。
そろそろ、やっと、王宮料理が登場です。
次回もよろしくお願いします。