ドール王国王との謁見
国王との謁見の為にアルクラド達が訪れた部屋で待ち構えていたのは、全身を揃いの鎧で固めた総勢20名を超える騎士達の列。抜き身の剣を天に掲げる様に胸の前で構える様は、玉座の置かれた部屋の豪華さと相まって荘厳な雰囲気を持つと共に、どこか威圧的であった。
「これは一体何事だ!?」
部屋に入るなり、ヴァイスが怒鳴り声を上げる。しかし騎士達は剣を構えたまま、微動だにしない。
「陛下の安全の為だよ、ヴァイス団長」
怒れるヴァイスに向けられた男性の声。声の元に目を向ければ、頭が薄く口ひげを蓄えた小柄な初老の男性が、数人の男達の中から歩み出てきた。黒を基調とした落ち着いた色合いの衣服ながら袖口や襟元に金糸の刺繍がなされており、身分の高さが窺えた。
「マニストル宰相……」
声をかけてきた男、マニストル宰相を、苦虫を噛み潰した様な表情で睨むヴァイス。先ほどまでの穏やかな表情が嘘の様である。
「マニストル宰相、彼らは陛下の客人です。客人を剣で以て迎えるなど、無礼にもほどがあります」
剣で以て、とヴァイスは言う。つまり彼らは儀礼や形式としてそこにいるのではない、ということである。それを聞き、シャリーの表情が険しくなる。アルクラドはいつも通りである。
「なれど客人はどこの誰とも知らぬ冒険者。それも魔獣を打ち倒したという強者。礼よりも陛下の安全が優先でしょう」
怒りをあらわにするヴァイスに対して、宰相はどこ吹く風。自分の行いに誤りはないと、飄々と応える。
「彼らを迎え入れようと言い出したのは、貴方だ!」
「だから万全を期しているのです」
ああ言えばこう言う、といった様子で、宰相はヴァイスに一切取り合うつもりがない様だった。その様子を先ほど宰相と一緒にいた男達、他の大臣達が薄く笑みを浮かべながら眺めていた。
「お前が、魔獣を倒したという冒険者か?」
ひと通りやり過ごしヴァイスが言葉に詰まったところで、宰相はアルクラドに目を向ける。
「うむ」
ヴァイス達の言い合いに興味のないアルクラドは、聞かれるがままに応える。
「魔獣はお前が倒したと言うが、王都の警備兵も自分達が魔獣を倒したと言っている。これをどう考える?」
「其奴が嘘を言っている」
睨む様に尋ねる宰相に対して、アルクラドは当然の様に応える。魔獣を倒したのは自分であり、それが事実なのだから。
「それは奇妙なことだ。彼らは嘘を吐く様な者達ではない」
「その様な事は我は識らぬ。魔獣を狩ったのは我で、嘘を吐いているのは其奴らだ」
お互いに話は平行線と辿る。事実を知っているシャリーからすれば宰相の行いは滑稽に映るが、彼は主張を曲げようとはしない。
「あくまでも自分が倒したと言い張るか……」
宰相は呟く様に言い、2度、咳ばらいをした。
ガシャリ
騎士達が、胸の前で構えていた剣を、一斉に下ろす。そして皆が、敵を前にした様な構えを取る。
「マニストル宰相!? お前達、すぐに構えを解け!!」
ヴァイスは慌てた。最早これは話し合いではなく脅迫だった。王宮の中でこうもあからさまに暴力を背景にした話し合いをするなど、許されることではない。
部屋に列をなす騎士達は王宮内を守護する近衛兵。対するヴァイスは国内を守る王国騎士団。立場や管轄は違えど団長であるヴァイスは彼らよりも上位者となる。しかしそんな彼の命令にも、騎士達は従う様子はない。
「嘘は好ましくない。真実を話したらどうだ?」
薄く笑みを浮かべながら宰相が言う。しかしアルクラドはどこ吹く風。
「我は嘘を好まぬ。魔獣を狩ったのは我だ」
ここに来て初めて、宰相の表情が変化した。余裕たっぷりだった表情が消え、険しさが表れていた。
剣呑な雰囲気が部屋の中に満ちていく。シャリーは気が気でなかった。
「陛下がお入りになられます!」
その時、部屋に別の衛兵の声が響いた。
騎士達が一斉に剣を鞘に仕舞う。
部屋の中にいた全ての人間が一斉に玉座に向く。
「話は後だ」
宰相は前を向いたままそう言い、背筋を伸ばして玉座を見つめている。
「国王陛下の、御成り!」
再び衛兵の声が響く。
皆が一斉に跪き、頭を垂れる。
長き歴史を持つ北国の覇者、ドール王国。
その国王その人が、現れたのである。
細身ながらも口髭とたっぷりの顎鬚をたくわえた威厳に満ちた風格。赤や青で鮮やかに染め抜かれた艶やかな衣装には、金糸や銀糸で細やかな刺繍がなされている。
国王は鷹揚な足取りで玉座に近づいていく。
皆の者、面を上げよ。
そう言って玉座に腰掛ける。それが謁見の前における国王の常であった。
しかし、国王は王位を戴いてより初めて、その言葉を詰まらせた。
紅い瞳と視線がぶつかる。
跪かず、頭も垂れず、剰え脱帽すらしていない人物が1人。
アルクラドである。
「其方がこの国の王であるか」
謁見の間に最初に響く、国王以外の声。
驚きざわめいたのは王国の者達、ため息を吐いたのはシャリーである。
シャリーは、王を前にした正しい礼儀を知らない。しかし友人に接する様な態度が駄目なことくらいは分かる。なので周りの者達に倣い、膝をつき顔を伏せていた。
そんなシャリーの視界の端に、黒い衣服に包まれ真っすぐに伸びた足が見えていた。
やっぱり、とシャリーは呆れる思いだった。
彼女の予想通りアルクラドは、王を前にした礼儀を知りはしなかった。跪かず立ったままで迎え、それどころか国王よりも早くに口を開いていた。
無礼にもほどがある。不敬罪を言い渡されてもおかしくないほどだ。
「き、貴様っ! 陛下の許しも得ず口を開くとは何たる不敬か!?」
アルクラドの発言にいの一番に反応したのは、宰相であるマニストルであった。未だ国王が言葉を発しておらず口を開いていいものか悩む面々とは異なり、彼は真っ先にアルクラドを問い詰めた。
「何の事だ?」
しかしアルクラドは、どうして自分が怒鳴られているのかが分からない。
「陛下より先に喋るなと言っているんだ!」
「何故だ?」
アルクラドの答えるのも馬鹿らしい質問に、宰相は思わず絶句してしまう。
「そんなことも分からぬのか、この愚か者めっ! とにかくひざまず……」
「もう良い」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす宰相の言葉に、言葉が重ねられる。玉座に座る国王である。
「しかしっ……」
「良いと言っている」
「はっ……」
無礼な冒険者の行いを改めさせようと食い下がる宰相だが、国王の制止に頭を下げ身を引く。
謁見の間に沈黙が流れる。
国王はじっと紅い瞳の冒険者を見つめている。国王の力のこもった目に映るアルクラドは、堂々とした様子で国王を見返している。互いの視線が揺れることなく、互いの眼を見据えている。
「もう1度問おう。其方がこの国の王であるか」
宰相の怒鳴り声で質問を邪魔されたと思ったアルクラドは、再度、国王に尋ねる。
国王よりも先に話すという不敬に驚いていた面々だが、よくよく聞いてみれば言葉遣いもかなり問題だった。一国の王に対して、まるで目下の者に接する様な態度で話している。通常であれば不敬罪が確定。その場で切り捨てられてもおかしくはない。シャリーもヴァイスも、謁見の間にいる皆が、ハラハラしながら王の言葉を待っていた。
「うむ。余が第15代ドール王国国王、シャルル・ド・ドールである」
しかしシャルル王は、アルクラドの態度を咎めることはしなかった。緩く口角を上げ答える。
「お主が草原の魔獣を倒した冒険者か?」
「うむ」
それどころか、そのまま会話を続けている。シャリーもヴァイスも、ひとまずホッとした様に安堵の息を吐いていた。
「皆の者、面を上げよ」
アルクラドとの会話の途中、シャルル王は忘れていた言葉を告げる。ようやく皆が顔を上げることができた。
「お主、名は?」
「我はアルクラド。この娘は我の連れであるシャリーだ」
皆が顔を上げた後も、アルクラドは不遜とも取れる態度でシャルル王と話を続けている。名前を聞かれたアルクラドはそれに答え、後ろに控えるシャリーを紹介する。
「シャリーと申します」
シャリーはその場で、深く腰を折り礼をした。謁見の間における礼儀など知らないシャリー。これ以上自分達の心証を悪くしない為にも努めて丁寧に、必要最低限の言葉でその場をやり過ごす。
「うむ。アルクラド、シャリーよ。草原の魔獣の退治、大儀であった」
交互に2人を見、緩く頷きながらそう告げるシャルル王。
もったいないお言葉、ありがたき幸せ、などと言った言葉がアルクラド達側から出てくるのが常だが、2人の口からその言葉が出ることはない。2人とも、その様な定型的なやり取りなど知らないのだから。
「時に、我が王都の警備兵隊より魔獣を討伐したのは自分達だ、との声が上がっておる。それについてはどう考える?」
いつもの言葉を待ち、それが返ってこないと分かると、シャルル王は話を続ける。アルクラド達を王宮へ呼んだもう1つの理由について、本人の口から聞く為だ。
「それは嘘だ。魔獣を狩ったのは我らである」
アルクラドの答えは、宰相に聞かれた時と変わらない。間違いなく自分自身が魔獣を狩ったのだから、答えを変えようがない。
「ふむ……お主が嘘を言っている様子はない。だが……」
堂々と言うアルクラドから嘘の気配は感じられない。それがシャルル王の考えだった。しかし、だが、と言った王の言葉に被せる様に、声が上がる。
「陛下。我が国の民よりも、その様な無礼な冒険者の言葉を信じられるのですか?」
宰相マニストルである。
嘘を吐いているのはアルクラドだと言って譲らない彼は、諫言するという体でシャルル王に進言する。
「この様に、お主が嘘を吐いていると考える者がいるのも事実だ。余としても我が民を信じたい気持ちもある」
そう言ってシャルル王は、困った様に息を吐いた。宰相の言葉に信憑性が感じられない部分もあったのだが、確証もなしにどちらがどうと決めつけるのは国王としても具合が悪かった。本来であれば国の重鎮である宰相の言葉を信じるところだが、シャルル王はアルクラドに感じるところもあったのだ。
「可笑しなことを言う。信じようが信じまいが、事実は変わらぬ」
そんな国王に、不思議そうに言うアルクラド。自分が事実を述べているにもかかわらず、何故こうも問答が続くのかと。
「何が事実だ。適当なことばかり言いおって」
「我は嘘を好まぬ。先ほどから言っておるであろう」
宰相とアルクラドは、先程からのやり取りを繰り返す。お互いに若干、辟易した様子が見て取れる。いい加減うんざりしているのだろう。
「そもそも貴様、そんなナリで魔獣を倒す強さがあるのか?」
突然、アルクラドの外見に言及する宰相。言葉でのやり取りでは埒が明かないと考えたのか、別の切り口で攻めることにしたのだ。
魔法や魔力強化といった魔力による戦う術がある為、外見と戦闘力が一致するとは限らない。一見ひ弱に見えても、魔力強化で見た目以上の身体能力を発揮する者もいる。また魔力強化がなくとも魔法の威力は強く、ひ弱でも魔法使いは大きな戦力を持っているのだ。
しかしその様な場合、大きな戦力を示すだけの大きな魔力が必要となってくる。つまり肉体から力を感じれずとも、その魔力から相手の力量を図ることができるのだ。
宰相は戦いに秀でた者ではなく魔法も使えないが、国の重鎮として様々な者に会ってきた。その中で、武術に秀でた者からはそれ相応の覇気を、魔法に優れた者からは強い魔力を感じ取ってきた。そして今、その両方をアルクラドから感じれないでいたのだ。
結果、宰相の眼には、アルクラドはその見た目通り、背が高く線の細い麗人としか映っていないのだ。そしてそこに、アルクラドの魔獣討伐を否定する道を見出したのだ。
「そんなもの、見れば分かるであろう」
しかしアルクラドは、自分で自分の力を隠しているにもかかわらず、見れば分かると言う。分からないからこその宰相の言葉であったが、アルクラドにはそれが理解できない。
「見れば、か。成程、貴様の言う通りだ。ならば戦って己の力を示してみよ」
言葉通り見るだけで、というアルクラドの言葉を、しかし宰相は別の捉え方をした。実際に戦う姿を見れば分かるだろう、と。
「陛下。この者の戦う様子を見れば、魔獣討伐に足る力を持つかが分かるのではないでしょうか」
宰相は心の中で笑みを深めながらシャルル王に進言する。これでアルクラドが魔獣を倒していないことを証明できると確信して。なにせまったくもって力を感じない外見をしているのだから。
「ふむ。お主の言うことも一理あるか……」
シャルル王も宰相の言葉には納得するところもあった。実力を示させるのが一番早く、また興味を持った人物がどう戦うのかも知りたかった。
「アルクラドよ。宰相の言う通りお主の戦う姿を見せてくれぬか?」
国王の言葉も相まって、アルクラドが戦う力を示す、という空気が謁見の間に満ちていく。シャリーやヴァイスは不安げで乗り気ではなかったが、その他の者達はそれを良しとしている様だった。
「断る」
しかしアルクラドは、何の躊躇いもなく拒否を示すのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ひとまず王国の即滅亡は避けられたようです。
次話は若干のバトルパートです。
次回もよろしくお願いします。