初めてのパーティー
昇級試験を始めるためギルドを出た3人。
「オークは西の森の奥にいるんだったな。早速行こうぜ!」
ライカがいきなり走り出そうとする。
「ちょっと待ちなさい、ライカ!」
それをロザリーが慌てて引き止める。
「目的地までは1日かかるのよ。最低でも野宿とか食べ物の準備は必要でしょ。そうですよね、アルクラドさん」
考えなしに突っ走ろうとするライカの手綱をロザリーが上手く握っているようだ。
「人は食事と睡眠を摂らなければならぬのだろう? 其方がそれらの準備せぬまま行くと言うのであれば、我はそれでも構わぬが」
事実、アルクラドには食事も睡眠も必要ないので、今から向かうことに一切問題はない。しかし彼の言った通り人は食事と睡眠が不可欠だ。
アルクラドが思ったまま口にした言葉は、言外に、食事と睡眠をせずに依頼をこなせるのかという様に聞こえ、ライカも思いとどまった。
それから3人は必要なものの相談をし、それらを揃えていった。
目的地までの行き帰りと現地での行動時間を見越して5日分の食事を。また雨風をしのぐ為のテントを。毛布などの防寒具は季節が夏であり、必要最低限の枚数を。
3人は必要と思えるものを買い揃え、その後すぐに町を出発した。
制限時間がないとは言えあまりダラダラしていては不合格になるかもしれない。その他、相談が必要なことは移動中に行えば良い。目的地まで1日かかるのだから。
そう考えて、町でしかできないことが済めばすぐに町を発つ3人だった。
そろそろ昼に差し掛かろうかという頃、3人は町の外を、太陽に照らされながら歩いていた。
「荷物、全部持ってもらってすみません……」
「構わぬ。気にするな」
3人分の食料や野宿道具を全て1人で持つアルクラドに、ロザリーが申し訳なさそうに言う。
アルクラドは薬草採取にも使ったいつもの大袋を出し、荷物を全て詰め込み背負っている。それほど長い依頼でもないため荷物はそれほど多くないが、それでも結構な荷物である。が、アルクラドにとっては大した荷物でもない。
「我がこの中で一番力があるであろうから、その我が持つのが効率的であろう」
初めは分担して持つという話になったが、こう言ってアルクラドが全て持つことになったのだ。
太陽が空の頂点に近づいた頃、歩きながらではあるが昼食となった。
移動しながらの食事であるため、それぞれ干し肉や固く焼いたパンなど質素なものである。魔法使いがいて、自由に水を飲めるだけ、このパーティーは恵まれている。
「そういえばアルクラドって変わった喋り方するよな」
「あっ、それ分かるかも。なんか長老様みたいな話し方だよね」
昼食を摂り終えた後、ライカがふと思いついたように呟き、ロザリーが大いに頷く。見晴らしのいい草原で周りに魔物の姿はなく、少し退屈してきたのだ。
「ふむ……其方らの祖父母よりも更に長く生きておるからな。我からすれば其方らの話し方も奇妙に聞こえる」
人との接し方をまだ上手く理解できていないアルクラドだったが、話を振られればそれに答える努力はしていた。
「へぇ~……ってことはアルクラドはエルフ、なのか……?」
「でも、さっき帽子とったとき、耳は普通だったよね?」
アルクラドの種族を聞きながら、ライカにロザリーは首を傾げている。
長命種のその最たる例はエルフであり、人間よりも遙かに長い時を生き、一生のほとんどを若く美しい姿で過ごす。そのエルフの身体的な特徴として、笹の葉の様に尖った長い耳が挙げられる。その点、アルクラドの耳は人間と変わらないものだったので、2人は首を傾げたのだ。
「我はエルフではない。我自身も、我の種族が何であるかは分からぬが、エルフより長く生きる種族であることは確かだ」
本当は魔族で吸血鬼であるが、それを言う訳にはいかず曖昧な言葉で済ます。
「2人はどうして冒険者になったのだ?」
代わりに自分から話題を振ってみる。
「俺たち、同じ村の幼なじみなんだ。けど魔族に村が襲われて親が死んじまって、村にいても良いことなかったから冒険者になったんだ」
「なるほど……」
アルクラドは頷きながら考える。どうやら今も魔族はいるようだ。
魔族は、人族から魔族として一括りにされているが、それほど仲間意識が強い訳ではなく、それぞれの種族で分かれて生きていた。吸血鬼の様に力のある種族は特に顕著で、アルクラドにとって魔族であっても歯向かう者は敵であった。
「そういうアルクラドは、どうして冒険者になったんだ?」
「……」
ライカからのお返しの質問に、アルクラドは少し考える。理由などない。魔族だとバレずに金を得るために冒険者になったが、それをそのまま言うわけにはいかない。
「世界を識るためだ。この世がどうなっているのか、それを識るために冒険者になったのだ」
封印などのくだりは省略する。封印されていた理由が分からず、よみがえった際に人間を2人殺している。ギルドの規則でも国の法でも人を殺めるのは禁止されていた。アルクラドに彼らを殺める気はないが、変な気を起こされ戦いになると面倒であるからだ。
「へぇ~。それじゃあ今まで色んなとこ見てきたのか?」
「でも私たちと一緒に試験受けてるってことは冒険者になったばかりだし、これからなんじゃないの?」
ライカは最初からアルクラドに気さくに話しかけていたが、ロザリーも慣れてきたのか口数が増えてきた。ライカと一緒になってアルクラドに質問を投げかけている。
3人は何気ない話をしながら草原を歩いて行く。魔物に襲われるどころかその姿、気配さえもなく至って平和な道のりだった。
「そろそろ野宿の準備をしましょうか」
太陽が傾き辺りが薄暗くなったところでロザリーが立ち止まる。
「えっ? まだ明るいし疲れてないから進めるぜ? なぁ、アルクラド?」
「我は、問題ないが……」
まだまだ行けると言うライカに同意を示すアルクラドだが、自身の基準で考えてはいけないことを理解しているので、歯切れは悪い。
「バカねっ、暗くなってからじゃ準備も大変でしょ!」
そのまま歩いて行きそうなライカをロザリーが、首根っこを掴んで引き止める。ロザリーはライカの無計画さを咎め、明るい内の行動の大切さを説いている。
そんな2人のやりとりを見て、アルクラドは「なるほど……」と1人頷いていた。
昼夜問わず視界が変わらない彼にとって夜の作業が手間取る感覚が想像できないが、人間である彼らには困難な作業なのだ。テントを組むなど野営地を築くにしても、焚き火の明かりで出来ないことはないが、陽の光がある内の方が楽なのは確かだ。また食事の確保のための狩りは、夜になってしまえば余程訓練を積んだ狩人でなければ何の成果も上げられないだろう。
「とにかく野宿の準備をしましょう。薪や石を集めて野営地の準備をする人と、食べれるものを探す人で分かれる感じでいいかな?」
ロザリーの言葉に従い、それぞれの役割を決めていく。まず一番難しそうな、食料調達の狩りに行くかを決めることになった。
「狩りならば得意だ。何かしらの獲物は狩ってこられるだろう」
アルクラドの人間を遙かに凌駕した五感は、既に生き物の存在を察知している。皆の望む獲物を捕らえる自信があった。
「ほんとか~? 動物の気配なんて全然ないぜ?」
「本当だ。其方の食したい獲物を言ってみろ。ここに棲む獣ならば狩ってみせよう」
疑いの目を向けるライカだが、アルクラドの自信は揺るがず、狩りの担当はアルクラドとなった。ちなみにホウロ鳥という、白と黒のまだら模様の鳥がいい、とライカから注文があった。一抱えほどある鳥で美味でもあるため、今日の獲物はホウロ鳥に決まった。
「では、行ってくる」
ライカ達の見送りの声を背に、獲物の気配のする方へ駆けていく。中々見つかりづらい鳥ではあるが、木や地面で休んでいることが多い様で、その情報さえあればアルクラドには充分だった。
彼が獲物を探しに近くの林へ向かった後、ライカ達も薪となる木の枝や、かまどのための石を探しに向かった。ライカは石を、ロザリーは枝を集めていく。
程なくして充分な量が集まり、2人はかまどを組み火を熾す。
「火の精よ、集いて小さき火を灯せ……灯火」
ロザリーが日常生活でも使われる生活魔法を用いて、焚き火の火を点ける。親指程度の火が灯り、小枝からどんどん火が大きくなっていく。
その火が安定したところでアルクラドが戻ってきた。2人の予想よりもかなり早い戻りであったが、手にはしっかりとホウロ鳥が握られている。体表に目立った外傷はなく頭だけが綺麗になくなっている。
「うおっ、ホントにホウロ鳥だ!」
「すごい……本職の狩人でも中々獲れないのに」
どうやら2人は本当にホウロ鳥を狩れるとは思っていなかった様で一様に驚いている。
「近づいて首を刎ねただけだが……?」
さも簡単そうに言うアルクラドだが、それが出来ないから2人が驚いているということを理解していない。結局、運が良かったということで片付けられた。
薪や食料など野営に必要なものは揃ったので、後は寝床を作るだけである。
「それじゃあ、テントを立てましょう。アルクラドさん、テント出してもらっていいですか?」
ロザリーの言葉に従いテントを出して地面に置く。ライカは道具をほどきてきぱきとテントを組み立てていく。その様子をアルクラドは興味深そうに見つめている。簡易のテントではあるが、あっという間に組み立てが終わった。
「見事なものだな」
「へへっ、慣れれば誰でも出来るよっ」
感心するアルクラドに、ライカは何でもないと言いつつ得意げである。
その後、ホウロ鳥を捌き、薪を削った串に刺して、焚き火の傍で焼いていく。それらをする2人の手際は見事なもので、またしてもアルクラドは感心した様子で見つめていた。彼らの故郷は裕福ではない農村であったため、獣を捌いたりといったことには慣れているようだった。
肉が焼けるにつれ脂が滴り、辺りに香ばしく芳しい香りが漂ってくる。その香りに空腹を刺激され、3人とも肉が焼けるのをまだかまだかと待ち構えている。
「そろそろいいんじゃないか?」
「そうね、食べましょう」
ホウロ鳥の串焼きが完成した。
直火に当てられていた表面は少し強めの焼き色が付いている。その香ばしさと脂の甘い香りが見事に調和し、食欲をより強く刺激している。表面はパリパリで噛めば小気味良い音を立てる。
肉には弾力があり噛めば噛むほど、肉の中から肉汁が溢れ出して来る。優しい脂の甘味とじんわりと舌を刺激する旨みが交互に押し寄せてくる。野性味に富んだ味わいではあるが、臭みは一切なくただひたすらに美味い。
3人とも大満足で次々に肉に食らいつき、一抱えもあるホウロ鳥の半分以上をその胃袋に納めてしまっていた。昼が粗食だっただけに、美味しい肉を食べられた喜びはより大きかった。
満腹の幸福感に包まれる3人は、見張りの順番を決め、それぞれ眠りに就いていった。
こうして昇級試験1日目は終わりを迎えた。
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