再びの呼び出し
ギルドから出たアルクラド達の前に、見知った人物が笑顔で立っていた。
王国騎士団の騎士団長たるヴァイスである。
「アルクラド殿。ぜひ私と一緒に王宮に来ていただきたいのですが」
「断る」
もうじき昼鐘のなる時刻。
アルクラドは間髪入れずに断り、再び歩き出す。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
ヴァイスは動揺を抑えることができなかった。まさか王宮への呼び出しを、こうもすげなく断られるとは思っていなかったのである。
「へ、陛下がお呼びなのです」
「識らぬ」
アルクラドはヴァイスを見ることもしない。ヴァイスは王の呼び出しを断る者がいるなど予想外もいいところで、思わす足を止めてしまった。
「陛下からのお呼びですよ!?」
「識らぬと言っておる」
ヴァイスは慌てて追いすがり、ドール王国王からの呼び出しであることを強調するも、アルクラドは気にもしない。頭の中は、エピスに教えてもらった店のことで一杯だからだ。
「話だけでも聞いていただけませんか?」
しかしアルクラドが何の興味も示さないからと言って、このまますごすごと帰るわけにはいかない。まずは話だけでも、と思うが、アルクラドは足を止めもしない。
「アルクラド様。話くらいは聞いた方がいいんじゃないですか? 流石にこの国の王様からみたいですし」
全く興味も示さないアルクラドに対し、シャリーが言う。アルクラドが国だの王なのを気にしないのは分かっているが、無下に断りこの国で活動しにくくなってはアルクラドの不利益になるからだ。
「この国の王と我に何の関係がある。我はこの国の住人ではない」
しかしアルクラドは、それでも歩みを止めようとしない。王都に着いてから思う様に活動ができず、イライラしているのかも知れない。
「確かにそうかも知れませんが、この王国で一番の権力を持っているのが王様です。もしかしたら今後、王国内で動きづらくなるかも知れません。無暗に誰かと敵対するのは、アルクラド様もお望みではないでしょう?」
しかしと言うシャリーの言葉に、アルクラドは考える。人との無用な諍いを避ける為に人族の振りをしているのだから、シャリーの言葉にも一理あるのではないかと。
「シャリーよ、確かに其方の言う通りかも識れぬ。だが食事が先だ。その後であれば、話を聞こう」
それでも今は食事が先だった。料理屋は1日中開いているわけではなく、広い王都の中を歩き回ることを考えれば、料理屋を探し料理を食べる時間は多いに越したことはない。
そう言って歩みを止めないアルクラドの背中を、ヴァイスは慌てながら追う。
後では遅いのだ。国王の予定をそうコロコロ変えることなどできない。加えて食事を優先され連れ帰ることができなかったなど、許されるはずのない失態である。王からの呼び出しを食事を理由に断る者など初めてで、ヴァイスはどうすればいいのか分からなかった。
しかしその時、彼はあることを思い出した。
アルクラドと初めて会った時のことである。ヴァイスの記憶の中のアルクラドは、料理屋の話題にとてもよく食いついていた。そして今も食事のことを優先させようとしている。
「王宮の料理に、興味はありませんか……?」
もしかすると、と思ったヴァイスの言葉に、アルクラドが足を止める。
「王宮の料理……?」
そして振り向き、そうつぶやいた。
食いついた! とヴァイスは心の中で拳を握りしめた。
「ええ、そうです。王都には美味しい料理屋がたくさんありますが、王宮の料理も相当に美味しいものです。その料理を食べる機会は、貴族でも滅多にありません。冒険者の方はこの様な機会でもない限り、恐らく食べることはできません」
アルクラドは、先程までと打って変わって、ヴァイスをじっと見つめながら話を聞いている。これはいける、とヴァイスは笑みを深くする。
「もし呼び出しに応じていただければ、王宮の料理をご用意します。元々その予定はなかったので少しお時間は頂きますが、いかがでしょうか?」
まさしく食事をエサに呼び出すなどヴァイスにとって初めての経験だが、王宮の料理を用意させることは簡単だ。もしこれで無理だった時に、どんな食べ物で釣るかをヴァイスは考えていた。
「それであれば、呼び出しに応じよう」
しかし半ば予想通り、半ば予想に反して、アルクラドはすぐに呼び出しに応じた。アルクラドの中でどの様な天秤の揺らぎがあったのかは分からないが、ヴァイスにとってありがたいことには変わりなかった。
「ありがとうございます。それでは向かいましょう」
そう笑顔で言って、ヴァイスはアルクラド達を先導して歩き始める。シャリーは、その一番後ろを複雑な表情で歩いていた。
アルクラドが王宮に向かうことに異論はない。シャリー自身もそれを勧めたし、これで変に王国から睨まれることもないだろう、と。
しかし、ともシャリーは思う。
シャリー自身もアルクラドのそういった性質を利用しようと思ったこともあるので強くは言えないが、改めてアルクラドのこれからが心配になってきた。
アルクラド様、食べ物に釣られ過ぎです、とシャリーは心の中で呟き、ため息を吐くのだった。
王宮からの呼び出しに応じ、ヴァイスの先導で王宮へ向かうアルクラドとシャリー。
「どうしてアルクラド様が、王宮に呼ばれることになったんですか?」
そういうシャリーのもっともな質問にヴァイスが応え、2人は呼び出しに至るまでの経緯を聞いていた。
「まずは陛下が、アルクラド殿にご興味を持たれたのです。
草原の魔獣はここ最近の王国の悩みの種でした。数が多い上に強力で活動範囲が広い。私も討伐隊として出ましたが、親玉に遭うことができず取り巻きを倒すに留まりました。その魔獣をアルクラド殿に退治して頂いたのです。
私は魔獣が討伐されたこと、その状況などを陛下に報告しました。陛下も誰がどの様に討伐したのかにご興味を持たれましたので、ありのままを報告しました」
実際に見たわけではありませんが、と前置きをして、ヴァイスは自分が見たありのままを国王に報告していた。魔獣の親玉を倒したのは旅の冒険者2人であること。魔獣を仕留めた太刀筋は素晴らしく、魔獣を倒すに足る十分な実力を有しているだろう、と。
「そうすると陛下は、益々興味深い、と仰って、お2人へのご興味を深められました」
ギルドだけでなく、国としても強い冒険者は把握しておきたいという思いがある。ギルドを通して指名依頼を出すこともできるし、本人の気持ち次第では国に召し抱えることもできるからだ。
「それでアルクラド様を呼ぶ、ということになったのですか?」
しかしそれだけで、国王が冒険者を呼ぶだろうか、とシャリーは思う。
アルクラドに興味を持つ気持ちはよく分かると、シャリーは思う。王国騎士団がなかなか仕留められずにいる魔獣の群れをほぼ1人で討伐した冒険者。確かに興味深い人物だが、どこの誰とも分からない者でもある。国王の安全を考えれば、そう軽々しく王宮へ呼ぶべきではないだろう。実力や人となりを確かめるのならば、ヴァイスの様に戦いに秀でた者を寄越せば済むのだから。
「いえ、実はそれが理由ではないのです。この様な場合、騎士団から人を出すのが通常ですから」
呼び出しの理由はシャリーの考えた通り、国王の興味だけではなかったようだ。
「実は王宮の中で、魔獣討伐の手柄を黒服の冒険者2人に横取りされた、と言う者がいるのです」
「えっ、私達がですか?」
驚くシャリー。黒服の冒険者2人組で魔獣討伐に関係がある者など、アルクラド達以外に考えられない。何故そんな嘘が王宮で話に上がるのか、シャリーは理解できなかった。
「何故その様な嘘を言う者がおるのだ?」
アルクラドもシャリーと同様、理解できぬ様で首を傾げている。
「まだ詳しいことは分かりません。しかし相手は冒険者が嘘を吐いていると声高に主張しています。私がどれだけ諫めても、相手に言葉を撤回する気はありません。それどころか、冒険者の嘘を暴く為に王宮に呼んではどうか、と言う始末なのです。
それと陛下のご興味が重なり、お2人をお呼びするに至ったわけです」
申し訳なさそうな顔をするヴァイスに対し、シャリーは顔をしかめる。
話を聞く限り、呼び出しの主たる相手は国王ではなく、アルクラド達を嘘つき呼ばわりする誰か。アルクラドが行くと言った以上もう引き返すことはできないが、明らかに面倒ごとの臭いがする。相手の出方次第で、アルクラドが何をするか分かったものではない。
嘘つき呼ばわりされるのは不愉快だが、アルクラドの行動が問題になるかもしれないと考えるのも憂鬱だった。
「はぁ~……」
これから先のことを思い、シャリーは重い溜息を吐くのであった。
ギルドから王宮を目指していたアルクラド達3人は、ヴァイスの先導で1度、アルクラド達の泊まる宿へと向かった。そこには2頭立ての豪華な馬車が停まっており、アルクラド達を迎える為にヴァイスが寄越したものだった。
それに乗り揺られることおよそ半刻。アルクラド達は、王宮へ通じる門をくぐっていた。
堀にかけられた跳ね橋を通り門をくぐった先にあるのは、見事な庭園。樹木や植え込みが完全な左右対称に配置され、枝葉は形よく整えられている。
次に目に入るのは美しい王宮。白を基調にところどころ色硝子や色煉瓦で装飾のなされた、左右対称の宮殿。白銀の輝きを頂く雄大な山を背景にする白亜の城は、見る者を圧倒する荘厳な迫力を有していた。
その城に続く長く伸びた道を馬車が進み、衛兵の控える王宮の入り口である大きな門の前で停まった。
ヴァイスがひと足先に降り、衛兵に言伝をした後、アルクラド達に降りる様に促す。
「お待たせしました。さぁ、向かいましょう」
そう言うヴァイスの後に続き、アルクラド達は王宮の中を歩いていく。
王宮を支える大きな列柱には意匠を凝らせた彫刻がなされており、高い天井には神話を題材にして絵だろうか、光に照らされた人物の異形の怪物との戦いが描かれている。
そこを抜け右手に現れた階段を昇れば、長椅子がいくつか置かれた部屋へと出た。階段から見て左右に扉があり、そこへ入るまでの控室の様な場所だった。壁には建国の歴史だろうか、冠を頂く人物の絵や戦いの絵が掲げられている。
ヴァイス曰く、左の扉の先は舞踏会などが開かれる広間であり、右の扉の先で国王に謁見するという。
「もうしばらくここでお待ちください」
ヴァイスは入り口の衛兵を通じて部屋に入れるかの確認を取っており、それが分かり次第入るのだと言う。
「陛下は、我々が揃った後に来られます。くれぐれも失礼のないようにお願いします」
この様なことはわざわざ言うまでもないのだが、ヴァイスは言わずにはいられなかった。さすがに国王の前で失礼な言動はしないと思っているが、国王の呼び出しよりも食事を優先するのがアルクラドという人物である。アルクラドの浮世離れした雰囲気に、そこはかとない不安を感じていた。
「うむ」
堂々とした様子で応えるアルクラド。本人には礼を失するつもりはないのだから、この堂々とした態度もさしておかしなものではない。しかし本人の意思と現実の行動が、必ずしも一致するとは限らない。
「あの、アルクラド様……」
シャリーは思う。アルクラドが王を前にした、礼儀作法を知っているのか、と。
シャリーは思う。間違いなく知らない、と。
先程、ヴァイスから呼び出しについて聞かされた際に、王など識らぬと言って食事を優先させようとしたのは、他でもないアルクラドだ。そんな人物が王への礼儀を弁えているだろうか。
加えてアルクラドは何者にも害されることのない、圧倒的強者だ。封印される前もそれは変わらず、その圧倒的な力の前に権力など意味はなく、王が頭を垂れていたのではないか。
そんな考えに至った時、シャリーは形だけでも作法を教えておくべきではないか、と思った。しかしその時、扉が開き中の衛兵がヴァイスへと目配せをする。
「いいようですね。それでは入りましょうか」
そう言うヴァイスに続き、アルクラドが歩き始めてしまった。
「あの、アルクラド様っ……」
「往くぞ、シャリー」
シャリーは引き留めようとするも、アルクラドはシャリーに呼びかけどんどん先に進んでいく。
大変なことになるかも知れない。
シャリーは大きくため息を吐き、アルクラドの背中を追った。
そうして入った部屋の中では、胸の前で天に剣先を向けた剣を構える騎士達の列が、アルクラド達を待ち構えていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ギルドに続いて王宮からも呼び出しがかかりました。
アルクラドに因縁をつけるのは誰なのか、国王に対して失礼はないのか。
次回もよろしくお願いします。
皆さんが飯テロ飯テロと仰ってくださるので、こっそりタグに追加してみました。