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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第5章
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王都の宿

 アルクラドがギルドの中に足を踏み入れると、どこの町でも同じだが、中にいる冒険者達の視線が一気にアルクラドに集まった。しかしその視線は、いつもよりも驚きに満ちており、なかなか元には戻らなかった。

 1つはシャリーの存在だろう。

 全身を黒で埋め尽くした麗人というだけでも目立つのに、その隣に更に黒ずくめ美少女がいるのだ。表情がなく近寄りがたい麗人と、人当たりの良さそうな顔をした美少女。2人の両極端な様子が、更に注目を集めていた。

 そしてもう1つは、王国騎士団長であるヴァイスの存在だ。こちらの方が影響は大きいだろう。

 王国の守護を担う王国騎士団、その団長となれば王国最強の戦士と言っても過言ではないだろう。外見は若く優しげな表情の青年で、整った顔立ちの為、女性からの人気も高そうだ。事実、ギルド内にいた女性から歓声が聞こえてくる。他にもヴァイスの名を口にしながらアルクラド達を遠巻きに見る者もおり、その名が広く知られていることが窺えた。

 そんな視線に晒されながら、しかし気にすることなく進み、アルクラドは依頼板の前へ行く。そしてしばらく眺めてからひと言、呟いた。

「無いな」

「もう誰かが依頼を受けてるのかも知れませんね。受付で聞いてみましょう」

「うむ」

 そもそも依頼が出されていない可能性もあるが、シャリーの言うように誰かが依頼を受けた後という可能性もある。むしろヴァイスも街道の魔獣について知っている口ぶりだったので、依頼が出されていないことはまずないだろう。

「ギルドへようこそ……っヴァイス様! 今日はどうされましたか?」

 受付へ行くと職員が騎士団長の姿を見つけて驚いている。今度はギルド側の人間からの視線が集まってくる。

「私はただの同行人です。私のことは気にせず、こちらの方々を」

「は、はいっ……失礼しました、本日はどうされましたか?」

 ヴァイスが微笑みながら言えば受付の女性は頬を染め頷き、アルクラド達に向き直った。

「街道の外れで魔獣を狩った。群れのぬしの頭部と皮を持ってきた」

 アルクラドはそれに加え、討伐依頼があるのならば報酬をもらいたいこと、そして魔獣の素材の買い取りをしてほしいこと、を簡潔に伝えた。

「ま、魔獣の討伐ですか? 確認しますので、少々お待ちください。魔獣の頭部などは報告のカウンターへお願いします」

「分かった」

 アルクラドは包みを解きかけていた手を止め、言われた通り報告のカウンターへ向かう。

 受付の女性は一足早く報告カウンターへ着いており、そこの職員に何か耳打ちしている。そしてすぐにギルドの奥へと向かっていった。

「魔獣の素材は、そこの扉の近くに置いてください」

 アルクラド達が着くと報告の職員は壁の扉を指さした。そこだけ床が1段低くなっており、木でなく石の床となっている。床にはいくつものシミができており、ここで依頼による討伐対象の確認などを行っているのだろう。

「すぐに検査の者が来ます。それまでの間、いくつか質問させていただいてよろしいでしょうか」

 アルクラドが包みを置くのを確認すると、彼女はアルクラド達が魔獣を狩った際の状況を尋ねてきた。場所や時間、魔獣の強さなどを聞かれ、アルクラドがそれに答え、何かあればシャリーが補足をした。その間、ヴァイスはじっと魔獣の頭部を見つめていた。

 そうしているうちに検査官がやって来て、魔獣の検分を始める。しかし検査官はひと目見ただけで、目の前にある魔獣の頭部が街道に出現していた魔獣のものだと断定した。なんでも何度か交戦し、群れの数頭を狩ることには成功し、魔獣の素材が持ち込まれているようだった。

「この依頼は群れの全滅に金貨10枚、群れのリーダーの討伐に金貨10枚、合計金貨20枚のものでした。今回は群れの全滅が確認できていませんので、暫定的にリーダー討伐の金貨10枚分をお支払いします。後日、調査員を派遣し群れの消失が確認できれば、残りの10枚をお支払いします」

 アルクラド達に文句はなく、ギルドの提示する金額を受け取ることにした。また持ち帰った魔獣の皮は、傷のない状態の良い皮ということで、5枚で金貨2枚となった。こちらについても問題なく、2人はこの日、合計で12枚の金貨を得た。

 シャリーは今まで見たことのない、手に山盛りになった金色の輝きに興奮気味であった。対して今まで何度も金貨を得たことのあるアルクラドはいつも通り無表情である。

 そうして報酬を受け取り、後日、群れの消失の確認についてギルドを訪ねることを約束し、2人は魔獣の死体の処理を終えたのであった。


「お2人は、王都滞在中はどこにお泊りになるか、決められていますか?」

 ギルドを出ると、最初に受付と話してから1度も口を開かなかったヴァイスが、そう尋ねてきた。

「まだ決めておらぬ」

 2人は王都に着いたばかりであり、門番に死体の処理を催促されたこともあり、宿を探す時間も決める時間ももちろんなかった。

「もしよろしければ、私に宿を紹介させていただけだけませんか? 先程の騒動のお詫びと魔獣討伐のお礼を兼ねて、お2人のお世話をさせていただければと思うのですが、いかがでしょうか?」

 騎士団長らしからぬ腰の低さでそう提案するヴァイスに、アルクラドは首を傾げる。

「世話? 其方が、我らの……?」

「宿を紹介して部屋を取ってもらえるみたいです。恐らくお金も、あの人が出してくれます」

 遠回しな表現に首を傾げていたアルクラドに、シャリーが補足する。

「お詫びとお礼ですから、もちろん宿のお代は私が。いかがでしょうか」

 爽やかな笑顔でそう言うヴァイスに、怪しい、とシャリーは思った。王国の騎士団長が、一介の冒険者にここまでするだろうか、と。

 警備兵隊長の行動は確かに問題だったが、相手が貴族でもなければ謝罪の言葉だけで済むだろう。更に魔獣討伐もギルドから十分な金額を得ている。それに加えて宿の手配と代金の肩代わりなど、やる理由が分からない。何か裏があるだろうか。

「謝罪と礼を受け取ろう。その宿へ案内してもらおうか」

 そんな勘繰りをしている間に、アルクラドが先に答えてしまった。

「ありがとうございます。それでは、こちらです」

 シャリーが割り込む間もなく、アルクラドはヴァイスの先導で歩き始めてしまった。シャリーはその後をすぐに追うが、さすがに本人の前で裏があるなどと言うことは憚られ、その後ろを静かに付いていくのだった。

 宿に着くまでの間、ヴァイスはアルクラド達について尋ねることはせず、王都の案内役に徹していた。傍を通った店の評判に始まり、アルクラドが料理に興味があると分かると、王都で評判の店を色々と挙げていった。アルクラドは料理屋に関する情報については、しっかりと聞き逃さないようにしていた。

 ギルドから半刻ほど歩いた辺りで、町の雰囲気が変わってきた。

 先程までは賑やかで騒がしい雰囲気で、様々な店が並び人がおり、少し雑多な印象もあった。しかしこの辺りは人通りが少なく建物の様式も似通っており、とても上品な雰囲気の漂う場所だった。

 そうしてそこからもうしばらく歩いたところで、ヴァイスの紹介するという宿に到着した。

「お疲れ様でした。こちらです」

 そう言ってヴァイスが指し示すのは、白を基調とした大きな建物。4階建ての宿は、屋根や壁の一部に色つきの煉瓦を使い、また窓にも色ガラスが使われ、上品さ漂う装飾がなされていた。

 その周りには左右対称に作られた庭園が広がり、町中にもかかわらず高い塀で囲まれている。門番の控える門は、とても頑丈そうで馬車がすれ違えるほどの大きさだった。

 誰がどう見ても分かる、途轍もない高級宿だった。

 何の躊躇いもなくヴァイスの後に続くアルクラドの背中を、シャリーは口を開けたまま見つめていた。しかしすぐに我に返り、慌ててその後を追うのだった。


 ヴァイスは2人を最上階の部屋に案内した後、すぐに宿から出て行った。

 時刻はすでに宵鐘の4つ目が鳴る頃。この宿は食事も美味しいということで、アルクラド達は注文した料理が届くのを部屋で待っていた。

 普段と変わらず泰然とした様子で椅子に座るアルクラドと、ソワソワソワソワ視線を彷徨させながら部屋の中で立って待つシャリー。対照的な2人である。

「この部屋、めちゃくちゃ凄いですね……」

「うむ。確かに広くはある」

 部屋に関する感想も対照的だが、恐らくシャリーの反応が一般的である。

 真っ白な布の敷かれたベッドは人が3人は寝られるほど大きく、それが2台。部屋の中央には10人は座れるであろう大きなテーブルがあり、その傍には4人は座れる脚の短い革張りの長椅子と小さなテーブルが置かれている。

 更に部屋の隅には、衝立で仕切られた場所に湯浴みの為の浴槽が置かれており、これも2人がゆったりと足を伸ばせるほどの大きさだった。この部屋だけで一般的な庶民の家よりも確実に大きい。内装も華美な装飾はなく、上質なものが品良く置かれ、とても落ち着いた雰囲気の部屋だった。

 しかしこの部屋に落ち着きを感じられるのは、お金に余裕のある貴族くらいなもので、一般の庶民には部屋の中の品々が豪華すぎで落ち着きなど感じられたものではない。今まで極貧だったシャリーは言わずもがなである。

 そこへノックの音が聞こえてくる。

「ど、どうぞっ!」

 なかなか応えないアルクラドに代わり、シャリーが上ずった声で返事をする。

「失礼します。お食事をお持ちしました」

 ドアが開き、宿の給仕達が料理の乗った盆を持って現れた。料理は半球状の蓋がされていたが、僅かな隙間から漏れ出る香りだけで、食欲が激しく刺激された。昼食として朝と同じ魔獣の肉を食べた2人だが、アルクラドだけでなくシャリーもすでに腹は空っぽだった。

 テーブルの上に料理が並べられていく。

 給仕達が持ってきたのは、前菜、スープ、主菜、パンの乗った皿で、それぞれとても鮮やかで彩りのあるものだった。

 アルクラド達は給仕された順に料理を食べていく。

 まずは前菜。

 前菜は様々な野菜が半透明のもので一塊にされた料理だった。野菜はそれぞれが細かく切られておりその正体は分からなかったが、赤に緑に黄色とそれぞれが彩りに満ちていた。

 ひと口食べれば、まず伝わるのが野菜の周りの半透明のもののプルプルとした柔らかさだった。ゲラーレと呼ばれるそれは、肉を煮た汁の上澄みを冷やしたもので、肉の旨味や脂の甘味も伝わってくる。

 そしてゲラーレに包まれている野菜は生のものやしっかりと火が通ったものなど様々で、シャキシャキとした歯ごたえや溶ける様な食感を楽しむことができた。

 味わいは野菜の甘味と肉の旨味が調和しており、時折感じる辛味や苦味が、良い味の引き締め役になっていた。

 次はスープ。

 スープは浮き身が数個浮かんでいるだけの簡素な料理だった。しかしそのスープは一切の濁りがなく黄金色に輝いている。湯気と共に立ち昇る香りは、濃厚で複雑な芳香に満ちていた。

 ひと口飲めば、口に広がるのはどこまでも深く、澄んだ肉と野菜の旨味だった。具材はその姿形がひと欠片すらないにもかかわらず、丸ごと齧るよりも強く素材の味を感じ、全ての味わいをひと雫に凝縮したかの様なコク深さだった。一体どんな具材が使われているのか、スープを飲み進める度に味の複雑さは増し、その謎は深まるばかりである。

 最後は主菜。

 主菜は焼いた肉と野菜にソースをかけた料理だった。皿の中央に盛り付けられた肉は牛を焼いたものだが、ただ焼いただけではなかった。薄く切られた肉は周囲がほんの薄くだけこんがり焼けており、後は中心まで全てが綺麗なバラ色になっていた。生でもなく火が通っているわけでもない微妙な色合い。どうすればこんな焼きあがりになるのか、想像もつかない。

 肉の周りにあしらわれた野菜はキノコや根菜が中心で、こちらは表面に綺麗な焼き色が付く様に焼かれていた。

 またソースは黒に近い紫色のソースで、葡萄酒と焼酒、牛から取ったスープを煮詰めたもので、果実に似た爽やかな香りが漂っている。それが肉の焼けた香りと相まって、前菜とスープで活発になった腹が更に激しく動き出してきた。

 ひと口食べる。

 肉はとても柔らかい。焼き過ぎた肉の強靭な硬さも、生肉の噛み切れない硬さもない。確かな歯ごたえはありつつ、溢れでる肉汁と共に肉の繊維がほどけていく。

 ソースの味も抜群で仄かな甘みと果実の爽やかさが肉の旨味を更に引き上げているが、何よりも香りが素晴らしかった。果実の香りの奥に、鼻から頭のてっぺんまで突き抜ける様な、刺激的で芳醇な香りがあった。ソースに浮かぶ黒い粒々が香りの元でその正体はキノコの様だが、アルクラド達はこの様な香りの良いキノコを今まで見たことがなかった。

 肉だけ、野菜だけ、またそれらを一緒に。食べる組み合わせを変えるだけで味の広がりが変わり、1皿でいくつもの料理を食べている様な気分になれる料理だった。

 付け合わせのパンも、どこにでもあるものではなかった。中まで真っ白なパンはフワフワと柔らかく、黒パンや保存を聞かせた堅焼きパンとは違い、それだけでも美味しく食べられるパンだった。単体でも美味しいパンは、スープやソースをつけて食べても絶品だった。

 料理の味に大満足の2人。しかし料理の量に関しては、若干、多少、少し物足りなくはあった。それを給仕に伝えると、お代わりの用意もあるということだったので、追加で注文することにした。アルクラドはもう5人前、シャリーはもう2人前と、それぞれが酒を注文した。

 給仕達は、表情に出そうになる驚きと呆れの表情を精一杯隠しながら、その給仕を務めたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

ご飯パートその1。

王都には美味しい食べ物が色々あるはずなので、他にも色々食べると思います。

次回もよろしくお願いします。

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