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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第5章
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警備兵との諍い

 王都へ入り、門番に教えられた通りの道順でギルドを目指す2人。

 町は広く、なかなか大通りの交差地点に着かず不安になるシャリーだったが、とても大きな通り同士がぶつかる為、見逃すことはなかった。

 ギルドに着くまでの間、やはり多くの通行人から奇妙なものを見る目で見られていたが、アルクラドにそれを気にする様子はない。シャリーは少し居心地悪そうにしていたが、もうしばらくの辛抱だ、と意識しないように努めていた。

 そして王都に入ってから1刻近く歩いたところで、左手に盾の前で2本の剣が交差した意匠の掲げられた建物が見えてきた。

 3つの階を持つ建物で、アルクラドの見てきたギルドの中で最も大きいものだった。領主の館と言われても不思議でない大きさで、国中のギルドの総本山である堂々とした佇まいであった。

「やっと着きましたねぇ……」

 王都の人達の視線と、余りの広さにいつ着くか分からない気疲れからか、シャリーは大きく息を吐く。身体の疲れはないが、1刻の時間をかけて歩き通しても端に着かない、王都の広さを痛感していた。

「そこの2人、止まれ!」

 ようやく魔獣の頭部や皮などを処理できる、とそう思った時、アルクラド達の後ろから制止の声がかけられた。声のした方を振り向いてみれば、揃いの鎧を身に着けた兵士が12人と、彼らよりも豪華な鎧の男がいた。

 彼らの視線はアルクラド達に向けられており、別の誰かを呼び止めたわけではなさそうだった。

「何の用だ?」

 緊張した面持ちの兵士達と、高圧的な表情のこの集団の長らしき男。彼らの手は既に武器に伸びており、尋常の雰囲気ではなかった。しかしアルクラドは泰然とした様子でいた。

「街道の魔獣を倒したというのはお前達だな? お前達の持っている魔獣の頭を提供してもらおうか!」

 兵士達の長は、腕組みをした姿勢で、偉そうにそう言った。しかしアルクラド達に、魔獣の頭部を他人に渡す謂れはなく、そのつもりもない。

「何故、其方に渡さねばならんのだ?」

「お前達が知る必要はない。さっさとそれを寄越せ!」

 アルクラドが訳を尋ねるも、兵長らしき男は聞く耳を持たない。とにかく渡せ、と大声でわめいている。

「断る」

「何だと……?」

 そんな相手と話をしても無駄だ、とアルクラドははっきりと拒否の意思を突き付ける。しかし男は断られると思っていなかったのか、驚き、そしてすぐに怒りをあらわにする。

「貴様……警備兵隊の隊長であるこの俺に逆らうのか!?」

「其方が誰であろうと、謂れ無くこれを渡すつもりは無い」

 相手の態度などアルクラドにはどうでもいいことだが、言動にちゃんと理由があるのかどうか、それが問題だった。

「理由があるのならば話せ。話せぬのなら、我は往く」

「貴様が知る必要はないと言っただろう! 引き渡しを拒否するなら、こちらにも考えがあるぞ」

 アルクラドの話を聞かず自分の要求だけを突き付ける男は、部下の兵士達に目配せをする。

 ガチャリ、と兵士達の腰元で金属の擦れる音が聞こえる。

 アルクラドの目に、一瞬、剣呑な光が差す。

「あのっ、ちょっと待ってください!」

 それを見て慌てたのがシャリーである。

 人の態度に寛容、または無関心ともいうが、なアルクラドは、相手がどれだけ偉そうな態度を取ろうと、嘲りをもっていようとも、基本的に怒ることはない。それが単なる言葉だけで、実害が及ばないうちは。

 しかしこの兵士達が剣を抜き、最後の警告さえ無視して切りかかってくれば、彼らの命はない。

 これが町の外であり、襲ってきたのが盗賊であれば何の問題もない。相手の力量も判らぬ愚か者が命を落とすだけである。しかしここは王都であり、アルクラド達を囲むのは国の兵士である。理由はどうあれ、切り殺すのは問題だ。

 たとえ王国を敵に回してもアルクラドは生き残るが、アルクラドと戦うことになった王国側が大変である。国民を皆殺しにすることはないだろうが、王宮に乗り込み、敵と見なした国の重鎮を血祭りにあげることなどアルクラドには容易いことなのだから。

 だからシャリーは兵士達を止める為に声を上げる。兵士達、特に隊長の男の態度は気に入らない。この様な兵士による横暴が常日頃から行われていたとすれば許されない、などと思ったりもするが、とにかくアルクラドと王国が事を構えるのは避けたかった。

「何だ!? ガキが口出しするな!」

 男はかなり頭に血が上っているのか、制止の声を上げたシャリーを怒鳴りつける。しかしシャリーも引くわけにはいかない。

「私達は冒険者です。魔獣の討伐依頼が出ていれば、私達は報酬を得ることができます。その為にもこの頭を渡すわけにはいきません。もし死体の確認が必要であれば、その後で貴方からギルドに依頼してください」

 苦労はしていないが、せっかく倒した魔獣を渡してしまい、みすみす報酬を得る機会を失うわけにはいかない。アルクラドもシャリーも手柄に関しては余り興味はないが、金銭となれば話は別だ。アルクラドは自分の楽しみの為にも金はいくらあっても足りないし、最近まで貧しい生活をしていたシャリーには必要か不要かにかかわらず金を得る機会を自ら捨てるなど考えられなかった。

「何だ、金が欲しいのか、卑しい冒険者め。よし、特別に金貨を1枚やろう。だからさっさとそれを寄越せ」

 男は嘲る様に鼻で笑いながらそう言う。

 金貨1枚。一般的な庶民の1月の収入よりも多い金額である。しかし、シャリーはもちろん首を縦に振らない。

「足りませんね」

「何だと……?」

 呆れた様にため息を吐くシャリーに、男は眼の下をピクリと震わせる。

「私達の倒した魔獣は、20頭以上の群れで、そのぬしは人よりも何倍も大きい危険な魔獣でした。小さな町なら簡単に滅ぼしてしまいそうな魔獣の群れを、金貨1枚で討伐しようという冒険者なんていませんよ」

 シャリーの言う通り、魔獣の群れの討伐報酬に対して金貨1枚は少なすぎる。アルクラド達からすれば何でもない相手でも、普通の冒険者からすればかなりの強敵だ。

 牛ほどの大きさの魔獣の群れだけでも苦戦するのに、それを遥かに超える山の様に大きな魔獣がいるのだ。よほど腕に自信のある冒険者でなければ、どれだけ報酬を積まれても依頼を受けない可能性もある。だからシャリーは吹っ掛ける。

「ですから、少なくとも魔獣1頭に対して金貨1枚を頂きたいですね。ぬしの魔獣は5枚は欲しいところです」

「はぁ……? そんな大金、貴様らに払うわけがないだろう!」

 最低でも金貨25枚を寄越せ、と真面目な顔で言うシャリーに、隊長の男は怒りを通り越して呆れた様子だ。

「ではギルドに持っていきます。報酬をもらうのは、誰からでも構いませんから」

「ギルドがそれだけの金を用意していると言うのか!?」

「それは分かりませんが、それを確かめる為にも私達はギルドへ行きます」

 男は言葉を詰まらせた。ギルドなど関係なく、金貨25枚も出すことはできなかった。自分の懐からは出せるはずもなく、隊の予算を誤魔化すには大きすぎる金額だからだ。しかし彼としては、何としても魔獣の頭部を手に入れなければならなかった。

「金貨1枚で満足しておけ。でなければこちらにも……」

「いいんですか?」

 こちらにも考えがある、と再び言おうとした男の言葉を、シャリーは遮る。強い語気の言葉に、男は思わず口をつぐむ。

「20頭を超える魔獣の群れを2人で、正確にはこのお方が殆どお1人で倒されました。そんな2人を相手に、事を構えるんですか?」

 静かだがはっきりと意思のこもった言葉。同時にシャリーは周囲へ魔力を漏らす。

 アルクラドの足元にも及ばずとも、大戦の英雄の血を引くシャリーの魔力は、兵士達に言い知れぬ圧力を与えていた。射抜く様な鋭い視線も相まって、兵士達は身体を動かせずにいた。

「何事だ!?」

 そんな中、1人の若い男が、怒鳴り声とともに駆け寄ってきた。

 兵士達そして隊長の男よりも凝った意匠の鎧を身に纏った、整った顔立ちの男だった。


「オチャット警備兵隊長。これは一体どういうことですか?」

 突然アルクラド達の話に入ってきた男は、厳しい目つきで警備兵隊長の男を見つめている。

 細身だが引き締まった身体と高い身長。今でこそ剣呑な雰囲気を発しているが、全体的に優しげな面持ちをしており、やや長い流れるような金髪と相まって、女好きのする整った顔立ち男だった。

「これはこれは、ヴァイス王国騎士団長殿。どうしてこちらへ?」

 突然現れた騎士団長にオチャットは深く頭を下げて礼をする。部下の兵士達も隊長に倣い、慌てて礼をする。

「私がどこにいようと問題ではありません。それよりこれは何の騒ぎですか?」

「この者達が討伐したという魔獣の頭部を、証拠として提供してもらおうとしていたところです」

 立場が上のヴァイスに対して、オチャットはへりくだった様子で答える。

「提供……なぜその必要があるのですか? その場で確認すればいいでしょう」

 やはりオチャットの行いはおかしいのか、ヴァイスも怪訝そうな顔をしている。

「それはお答えできません。我々の問題ですので」

 しかしオチャットは、国の騎士団長という上位の者に対して、自分達の行いの説明を拒否する。

「何ですって……?」

 ヴァイスは若干の怒りと呆れの籠った目でオチャットを見た後、小さくため息を吐いた。

「シャリー、往くぞ」

「えっ、あ、はいっ」

 アルクラド達を置いてけぼりにしてヴァイスとオチャットの話が過熱しそうになったところで、アルクラドがそう言い歩き出した。もうオチャットと話をしても仕方がないと思ったのだ。2人を置き去りに歩き出すアルクラドの後を、シャリーも慌てて追う。

「待ってください!」

 しかしそれをヴァイスが引き留める。

「……まだ何か用か?」

 アルクラドは少し間を置いてから振り返り、ヴァイスに尋ねる。

「すみませんが、貴方達が討伐したという魔獣を見せてもらえませんか?」

「断る」

 魔獣を見せてくれというヴァイスに、アルクラドは間髪入れずに答える。オチャットとのやり取りで、もうこの国の兵士と魔獣絡みの話をする気がなくなっていた。

「その男にも伝えたが、理由もなくこれを渡す気はない。我はこれをギルドへ渡す。その後、ギルドと其方らで話をするが良い」

 アルクラドはそれだけ伝え、再び歩き出した。

「おい、貴様! 我らに逆らってただで済むと思ってるのか!?」

「オチャット警備兵隊長! 貴方は少し黙っていてください!」

 ヴァイス達が騒いでいるが、アルクラドはもう反応を返すことすらしない。騒ぐオチャットをヴァイスが窘めているが、そんなことはどうでも良かった。

「とにかく貴方は通常の業務に戻ってください。誰の命令かは聞きませんが、魔獣討伐の確認は私が行います。これは国の守護を預かる騎士団長としての命令です。分かりましたね?」

 後ろではまだヴァイス達のやり取りが続いていたが、ヴァイスが有無を言わさぬ口調でオチャットに命令を下す。

「……承知致しました」

 オチャットは不承不承とした様子で、絞り出すような声でヴァイスに応えた。

「待ってください! 私もギルドに同行させてください、決して邪魔はしませんので」

 オチャットとの話が終わったのか、ヴァイスがアルクラドの傍までやってきて横に並ぶ。真剣な目でアルクラドを見ている。

「好きにするが良い」

 ヴァイスに一瞥をくれた後、アルクラドはひと言そう返した。付いて来るだけなら問題ない。横から何か口出ししてくるのなら別だが、見られて困る様なものはないのだから。

 こうしてギルドの前でひと悶着あったが、アルクラド達はやっとギルドに入ることができた。国の守護を担う王国騎士団、その団長を引き連れて。


お読みいただきありがとうございました。

シャリーと騎士団長のおかげで、警備兵たちは命拾いしました。

次回もよろしくお願いします。

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