王都への道
皆さま、お待たせしております。
本日より5章開始です。
隔日更新で頑張っていきますので、ぜひお読みいただければ幸いです。
都市を覆う高く堅牢な防壁。
隙間なく敷き詰められた石畳。
階を複数持つ建物が並び立つ街並み。
頂に白を残す雄大な山を背にそびえ立つ城。
町を往く種々様々な人々。
大陸の北部を納める王国の都たる、王都ドールである。
セーラノの町から10日以上の旅を続け、アルクラドとシャリーはこの都に着いたのである。
他の町とはかけ離れた、美しい街並みに優れた建物。そして町にいる人の数も尋常ではない。アルクラドはそれに驚いている様子はないが、シャリーは眼を見開き口を開けて驚いていた。
彼女にとって町といえばセーラノであり、セーラノが優れた町だと思っていた。
セーラノは豊かな山に恵まれた町であり、木々の販売で経済も潤っている。シャリーは一番でないにしてもセーラノが栄えていると思っており、事実、セーラノは栄えた町である。いくら王都と言えど、それほど大きな差はないであろう。そうシャリーは思っていた。
しかし違った。
何よりも町の大きさが違う。町の端から端がどこだか分からない。
人の数が違う。セーラノで大勢の人が集う市場や祭りが開かれた時よりも人が多い。まるで波の様に人が行き来している。
建物が違う。木が剥きだしの土壁の建物はなく、全て形の揃った石が壁として覆われている。
王都というだけで、これだけ違うのか。これが王都と呼ばれる町なのか、とシャリーは思った。同時に、こんなところなら、セーラノではなかった体験や経験が得られるのではないか、とも。
しかし都に着いて早々、シャリーはある危機に直面していた。
都へ入る為の検問の最中に、門番に目を付けられたが、それは危機でもなんでもない。
爽やかな秋晴れの下、全身を真っ黒な衣服で覆い隠した2人組。どちらも飛び切りの美形。しかし片方は全くの無感情で、もう1人は何が楽しいのか常に笑っている。怪しいと思われても仕方がない。
加えて町に着く直前に魔物と遭遇し、退治をした。その証明として魔物の首を持ってきている。黒布で覆っているとは言え、血の匂いを周囲にまき散らしているのだ。周囲の目が集まるのも無理はない。
自分達がどんな2人組に見えているのか、シャリーはおおよそ察しがついていた。なので門番に引き留められても大きな心で、丁寧に対応した。少し時間はかかったが、ちゃんと町に入ることができた。
こんなもの危機でもなんでもない。
それでは一体何が危機なのか。
アルクラド達は今、揃いの鎧を身に着け、同じく揃いの意匠が施された剣と盾、槍を構えた男達に囲まれていた。彼らはシャリーの言い分を聞こうともせず、問答無用で連行しようとしている。
訳も聞かず、愚かにもアルクラドを連行しようと刃を向けるのは、ドール王国の兵士達。
シャリーは今、兵士達の言動がアルクラドの逆鱗に触れないか、と冷や冷やしていた。
彼女が直面している危機とは。
ドール王国の滅亡であった。
ことの起こりは、ドールに着く前の魔物との遭遇であった。
王都までの道のりが後1日をきった頃、アルクラド達は街道から外れたところで朝食の為の狩りを行っていた。日が僅かに顔を覗かせている早朝の為、シャリーはまだ寝惚け眼だった。
「この辺り、草があまり生えてませんね」
シャリーは眼をこすりながら言う。
彼女の言う通り、街道の周囲は背丈の低い草で覆われており、街道から離れれば生い茂るほどだった。しかし王都に近づくにつれ、街道から離れたところの草がほとんどなかった。
一面の緑の絨毯から一転し、大地は土がむき出しになり、草はほとんど見当たらなかった。土は硬い何かで掘り返した跡もあり、草が根こそぎなくなっていた。
「此処は獣の臭いが強い」
不思議そうに首を傾げるシャリーに対し、アルクラドはその原因の痕跡を捉えていた。
「獣ですか……草を食べる獣が増え過ぎたんでしょうか」
牛に馬に羊にと、草食の獣の中には、人の生活に関わりの深いものもいる。家畜として飼育しているそれらの獣を増やし過ぎてしまった、または野生のものが繁殖し過ぎた。となれば、草が食い尽くされてしまってもおかしくはない。
「けど、ここまでなりますか……?」
しかし大地は見渡す限りの土色。もしこれが王都まで続いているのであれば、異常としか言い様がない。
「判らぬ。だが未だ近くにいる」
草原が消えた理由などアルクラドには分からない。しかしその耳と鼻は、遠くない距離にその原因がいることを掴んでいた。
「丁度良い。数もそれなりにいる。朝の食事は彼奴らにするとしよう」
朝早く木々のない街道周辺には鳥がおらず、野を駆ける獣もいなかった。そんな時に見つけた獣の群れ。逃がす手はない。
アルクラドは獣の群れに目標を定め、歩き出したのだった。
アルクラドが獣の群れを察知してから半刻もしないうちに、シャリーもまたその存在を感知していた。
「あれ? 獣の群れって、もしかして魔獣ですか?」
魔力を持った何かの集団が歩く先にいることをシャリーは感じ取ったのだ。
「恐らくそうであろうな」
もちろんアルクラドも、その魔力は感じ取っている。
この世界に生きるものは、全て魔力を持っている。しかし人族を含めその魔力を意のままに扱えるものは少ない。獣となればそれは顕著で、基本的に魔力を扱える獣はいない。魔力を扱えるのは、長き時を生き霊獣と呼ばれるようになった獣だけである。
しかし魔獣と呼ばれる獣の魔物となれば話は別である。通常よりも過剰に魔力を身体に取り込み凶暴化した獣を魔獣と呼び、自我が薄れた代わりに魔力強化や魔法を使うことができる。魔獣の強さは元の獣の強さによるが、総じて強力で戦う術を持たない一般人は簡単に殺されてしまう。
「魔獣がこれだけいるって、かなりマズくないですか……?」
まだ姿が見えない段階で、魔力が感知できるのだ。かなりの数の魔獣が集まっているのか、よほど多くの魔力を有した個体がいるのか。どちらにしても、王都から1日の距離にそれだけの魔獣がいる状況は、よろしくない。
「判らぬ。が、群れているのは羊だ。恐らく食せるであろう」
しかしアルクラドにその危険度は分からない。彼からすれば魔力的にも戦力的にもその脅威は微々たるもの。近くの王都や自分達の危機よりも、早く朝食が食べられるかどうかの方が問題であった。
アルクラドの驚異的な視力はすでに魔獣の姿を捉えており、その眼に映るのは群れて地面の草を食む羊達の姿だった。
「えっ、食べるんですか?」
「無論だ。あれを逃せば朝の食事は無しになるぞ」
シャリーは魔獣を食べるなど聞いたことがなかった。セーラノに魔獣がいなかったし、両親からも食べたという話は聞かなかった。アルクラドは魔獣を逃せば朝食がなくなると言っているが、シャリーとしては魔獣を食べるくらいなら、という思いだった。
そうしてシャリーが難しい顔をしながら歩いているうちに、彼女の目にも魔獣の姿が映るところまで来ていた。
下を向きひたすらに草を食む羊の群れ。その数は20頭を超えている。少し汚れた乳色の毛を持つ彼らが通った後には、緑の草は1本も残されてはいなかった。
肉食の獣に比べれば危険度の少ない、羊の魔獣。その群れの中に、ひと際大きな羊が1頭、混じっていた。
他の羊に比べ身体の高さが他の羊より倍以上高く、親羊と仔羊ほどの体格差がある。
他の羊がどれほどの大きさはまだ分からないが、遠くからでもその姿がはっきりと見える為、かなり大きいだろう。そして、それを遥かに超す大羊。
あの群れが一斉に襲い掛かれば、小さな町であれば壊滅状態になるだろうと、思われた。
「あの1頭だけ、めちゃくちゃ大きくないですか!?」
シャリーは、自分の眼がおかしくなったのではないかと、何度も目をこする。が、遠くの大羊は変わらずそこにいた。
しかし魔獣の群れから感じる魔力は、大量ではあるが何とかできる程度の量だと、シャリーは感じていた。つまりアルクラドにしてみれば、いつもの様に何の脅威にもなりえない。まさしく獲物としか映っていないのだろう。
シャリーが視線を向ければ、やはり大羊の大きさを気にしている様子はなく、狩人の目つきで羊の群れを見つめている。
そうして羊の群れとの距離がある程度詰まると、魔獣達がアルクラド達に気付いた。
「ン゛メ゛エ゛ェ゛ェ゛!!」
野太い声で大羊が吠えると、他の羊達も一斉に吠え、アルクラド達向けて突進を始めた。
「往くぞ」
アルクラドは1度だけシャリーに目を向けると、すぐに前を向き直り、聖銀の剣を抜き放った。
「はいっ!」
その背中に声を返し、シャリーは鋭い目つきで魔獣の群れを見やった。
羊の魔獣は1頭が牛ほどの大きさを持っており、その突進を受けるだけで相当な被害になるだろう。しかし羊達との間には、魔法を使うのに十分な距離があった。シャリーは杖を構え、身体の周囲に魔力を巡らせる。
「緑を抱く地の精よ、我は汝に希わん……汝の子らを食む者を、其の腕に縛り給えっ!」
シャリーが精霊魔法を唱えると、大地がうねり魔獣の動きを阻害していく。ある時は足を取る落とし穴となり、ある時は足を縛る枷となった。
羊の魔獣達は苛立ちや苦悶の声を上げながらも、突進を止めない。足を取られ倒れようとも、ひたすらに目の前の敵に向けて突進を続ける。
しかし突進の勢いが弱まったのは事実。シャリーが魔法を使う為の時間が更に増えた。
さてどうしようか、とシャリーは考える。
魔獣の肉を食べるなど聞いたことはないが、その素材は有用なものが多い。通常の獣でも、毛や皮、角に牙に骨は、様々な使い道がある。魔力との親和性が高い魔獣の素材となれば尚更だ。そうした素材を無暗に傷つけるのは得策ではない。
魔獣達をまとめて倒す魔法を使えば楽だが、そんな魔法を使えば毛も皮もダメになってしまう。なので少し時間はかかるが、1体ずつ倒すことにシャリーは決めた。魔獣達の動きは精霊達が邪魔してくれているから、時間の余裕はある。
「土よっ! 集い凝りて岩となれ! 敵を貫く槍となれ! 土槍」
シャリーの指さす先で、鋭く尖った岩が飛び出し、その真上にあった羊の頭を貫いた。
頭を貫かれた羊は、声を上げることなくピタリと動きを止める。そして間もなく絶命し、荒れ果てた大地に倒れ伏した。その様子に、シャリーは満足げに頷き、次の標的へと視線を向けた。
その時、アルクラドは敵の目の前へと移動していた。
数条の銀閃が走る。
アルクラドの周りの羊達の首が落ち、彼の目の前に大羊が迫る。
互いの視線が正面からぶつかる。大羊の背中は盛り上がり見上げるほどで、まるで小山が迫ってくる様だった。その顔にはいくつもの切り傷があり、背には折れた矢が刺さっている。
大羊はもう一度吠え、突進の速度をもう1段上げる。
常人であれば、それだけで腰を抜かす様な圧力。しかしアルクラドはそよ風を受ける様に涼し気な表情をしている。
迫る魔獣の巨大な頭部。
突進の勢いが強い風となって、アルクラドの銀糸の髪を揺らす。
その頭部に向けて、アルクラドは聖銀の剣を突き出す。
得てして硬く頑丈な頭部の骨。その一番分厚いであろう正面に、銀の輝きが吸い込まれていく。一瞬で大羊は絶命し、しかし突進の勢いのままアルクラドにぶつかっていく。
それを、剣を突き刺したままの姿勢で受け止め、勢いがなくなったところで剣を引き抜く。薄く開いた細長い穴から、赤黒い液体がゆっくりと流れ出てくる。
残りの羊は10匹と少し。親玉であろう大羊が倒されても怯むことなく突進を続けるが、呆気なくアルクラドとシャリーに狩られてしまった。
接敵しシャリーが初めに魔法を唱えてから、10を数える頃には、羊の群れは全て狩られたのであった。