閑話 ~アルクラドとシャリーの衣服~
王都を目指す道中のある時、シャリーは気になることがあった。
アルクラドの衣服についてである。
アルクラドの全身を包む漆黒の衣服。
星のない夜空の如き黒でありながら、絹よりも艶めかしい輝きを放つ布地。アルクラドの身体にピッタリと合わさった衣服の曲線。
どこにでもある、ただの品ではないことは確かだった。
対して自分の服を見れば、ため息と同時に涙が出てきそうであった。
大きな布を手に入れることもできず、穴に端切れを当てて修復を繰り返した、継ぎ接ぎだらけのローブ。袖口や裾は擦り切れボロボロで、汗や植物の汁で染め抜かれた薄汚い斑模様が浮かんでいる。
よくよく考えなくても、花も恥じらう乙女としてあるまじき格好であった。
加えて言えば、肌や髪のハリツヤでも、軍配は完全にアルクラドに上がっていることが、シャリーには我慢ならなかった。
シミ1つない真っ白で白磁の如き肌は、触るまでもなく柔らかく滑らかであることが見て取れた。髪は、その殆どが漆黒の衣服の下に隠れているが、僅かに覗く銀髪はまさしく銀糸。その1本1本が陽光に輝き、曇りやくすみは一切なかった。
シャリーもシャリーで負けてはいなかった。
美しさと併せて語られることの多いエルフらしく、肌のキメは細かくハリツヤも十分。淡く輝く金髪の中に漆黒の房が1条あり、金髪の輝きを更に際立たせていた。
しかし如何に美しいエルフであれ、汗をかくことは止められないし、そこに風が吹けば土埃で肌や髪が汚れるのはどうしようもない。腹立たしいのは、アルクラドにはそれがない、ということだった。
陽光は吸血鬼の天敵だというのに、アルクラドは涼しい顔で陽の下を歩いている。
吸血鬼のくせに、とシャリーは心の中で悪態を吐く。
しかしそればかりではいられない。
旅の道中、肌や髪が汚れるのは仕方がない。風の吹く大地を数刻歩き続け、全く汚れていないアルクラドが異常なのである。
だが、衣服は別である。
アルクラドのものに対して、シャリーの服は余りにもみすぼらしかった。先日洗ったばかりだというのに、取れない汚れが染みついている。これでは薄汚れと呼ばれても仕方がない。
何とかしてまともな服を手に入れなければ、とシャリーは思った。できればアルクラドと揃いが良い。なのでアルクラドに服の入手経路について尋ねることにした。
「アルクラド様。その服はどこで買ったんですか?」
正直に言えばアルクラドが服を買うとは思えなかった。アルクラドが身体の寸法を測ってもらい、服を作ってもらう姿が全く想像できなかった。古代の魔法具を今でも使っていると言われた方が、まだ納得できるというものだ。
「これは買った物では無い」
やはり売り物ではなかった。どこかの遺跡などで手に入れたのだろうか。お揃いの服を着るのは無理かもしれない。そうシャリーは思った。
「じゃあどこで手に入れたんですか?」
しかしシャリーは諦めなかった。同じようなものがどこかにあるかも知れない。そう思い、入手当時の話を聞き出そうとする。
「我が創ったのだ」
「アルクラド様が作ったんですか!?」
しかしそこに思わぬ返事が返ってきた。
まさかアルクラドの自作だったとは、これこそまさに、予想だにしていないことだった。
「ど、どうやって作ったんですか?」
その製法が知りたかった。本当ならアルクラドに手ずから作ってほしかったが、製法を知れば自分で作れるかもしれない。
しかしアルクラドから返ってきたのは、更に予想外の言葉だった。
「我が魔力で創ったのだ」
「えっ……?」
魔力で服を作る。
シャリーは、生まれてこの方、そんな魔法は聞いたことがなかった。魔法使いとして高名であった両親からももちろん聞いていない。
「えっ、魔力でどうやって作るんですか……?」
「こうやるのだ」
アルクラドは宙に手をかざし魔力を集める。すると手のひら大の黒布が現れた。
「どう……?」
「こうだ」
シャリーはわけが分からず首を傾げる。が、アルクラドはさも当たり前の様に言う。
「どういう理屈なんですか?」
「識らぬ」
シャリーも魔法使いとして、それなりの訓練を積んでいる。魔法の理屈さえ分かれば再現できるかも知れないと思った。しかしアルクラドは理屈を知らなかった。できるからできる。と、そう言われてしまった。
「あの、アルクラド様……その魔法で、私の服を作ってもらえませんか?」
魔法の再現は無理だったが、服の入手はまだ可能だ。アルクラドは事も無げに魔法で布を創り出している。頼めば服を作ってくれるかも知れない。シャリーは眼に力を込めて頼み込んだ。
「構わぬ」
「やったっ、ありがとうございます!」
もろ手を挙げて大喜びするシャリー。その頭に手を乗せるアルクラド。濃密な魔力がシャリーを包み込む。あっという間に1着の黒い衣服が現れる。
単純な作りのひとつなぎの衣服。首を覆う詰襟に、手首まで完全に隠れる袖口、地面すれすれのスカートの裾。肌の露出が極めて少ない作りだが、とても上品でひと目で質の高さが伺えるものだった。
「うわぁ……すぐに着てきますね!」
出来上がったばかりの服を胸に抱えて、シャリーは物陰へと走っていく。そしてすぐに姿を現し、真新しい衣装に包まれた自分を、アルクラドに見せる。
「どうですか、似合ってますか?」
「我に服の良し悪しは判らぬ」
予想通り期待外れの返答に肩をガックリと落とすシャリーだが、その表情には笑顔が浮かんでいる。
何はともあれアルクラドと揃いの衣服を手に入れられたのだ。第一の目的が達成できたのだから、それでよしと思うことにした。
シャリーはご満悦な様子で、アルクラドの後を付いていくのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回から5章に移ります。
開始まで少し時間があくと思いますが、お待ちいただければ幸いです。
次回もよろしくお願いします。