閑話 ~アルクラドと互いの呼び方~
セーラノを発ったアルクラドとシャリー。王都を目指すその道中は平和そのものだった。
獣や魔物に襲われることもなく、食事も新鮮な鳥獣を狩り取り充実していた。
鳥獣の狩りは専らアルクラドが行っていたが、シャリーは山で生きてきた経験を活かし様々な野草を摘み取ってきた。単に食べるだけでなく、肉の臭み消しや香り付けに使えるものなど、その種類は様々だった。
いつでも新鮮な肉が食べられるだけでも贅沢なのに、その味を更に引き立てる野草を得ることができる。
アルクラドはいつも以上に味のいい食事に、ひどくご満悦だった。
そうして食事を取っている時、シャリーがこんなことを訪ねた。
「そういえば旦那。これから旦那のことを何て呼べばいいですか?」
「其方の好きにするが良い」
シャリーの問いに対し、アルクラドは考える間もなく答える。
シャリーは、彼の予想通り過ぎる反応にため息を吐く。彼から呼び方に対する要望が出てくるとは思っていなかったが、もう少し何か反応があってもいいのではないか、と彼女は思う。
「ほんとに私の好きにしていいんですか? アルクラド、とか呼び捨てにしたり、アル、とかって愛称で呼んだりしますよ?」
「構わぬ。好きにすると良い」
呼び捨てや愛称は怒られるかも知れない。そう思いながら言ってみたが、これまたすぐに返事を返された。好きにしろ、と。
「本当にいいんですか? 後で嫌だって、怒らないでくださいね?」
「好きにしろ。我は先程からそう言っているであろう」
しつこく念を押すシャリーに、アルクラドはため息を吐きたい気分になっていた。この娘は、時折何を言っているのか解らなくなる、と。
アルクラドが理解できないシャリーの行動は、人族の機微または乙女心の様なものだ。それをアルクラドに理解しろというのも酷なものである。
「分かりました、私の好きにします!」
シャリーは大きくそう宣言する。
それに対してアルクラドは無言で頷いている。その心の内を覗くことができれば、ため息交じりに何かを呟く彼が見れたことだろう。
「私はこれから旦那の事……アルクラド、様……って呼びますからねっ、いいですね!」
「構わぬ。其方の好きにしろ」
若干頬を染め斜め下を向きながら、小さく怒鳴る様に言うシャリー。アルクラドは静かに頷き、何度行ったか分からない台詞を繰り返した。
「それじゃあ旦那、じゃなくて、アルクラド、様。これからよろしくお願いしますね」
「うむ」
シャリーがアルクラドの旅に同行した直後は、押しかけた気まずさをシャリーが勝手に感じており、余り話をしていなかった。まともな挨拶もできていなかった。今がそれをするちょうどいい機会であった。
「あっ、私のことは、今まで通りシャリーって呼んでもらっていいですから」
本当はアルクラドから、呼び方について尋ねてほしかったが、そんな言葉が出てこないことはシャリーはよく分かっていた。だから自分から要望を伝えることにした。
しかしよく考えてみれば、名前であるシャリーという呼び方以外されたことがない、とシャリーは思った。短い名前であり、名前を略した愛称など付けようもない。
だから聞きなれた名前そのもので呼んでもらうのが一番なのだ。
「うむ。宜しく頼む、薄汚れのシャリーよ」
「ちょっと待ってください」
名前の上に変な言葉をくっつけたアルクラドに、シャリーは鋭く言い放つ。
「どうして薄汚れ、なんて言うんですか?」
思い返せば町にいる時にも、1度だけアルクラドに薄汚れと呼ばれたことがあった。しかしその時は、町人から言われ慣れていた為、特に違和感を覚えなかった。
他にも忌み子などとも呼ばれたが、それにも違和感を感じなかったし、アルクラドの様な古い者であれば、混血児をそう呼ぶのも納得できる。
しかし旅の同行者である仲間からそう呼ばれるのは、とても違和感があり悲しかった。仲間になっても自分を見下す気持ちがあるのか、と。
「……薄汚れは、其方の字ではなかったのか?」
しかしアルクラドの蔑みの気持ちなど一切なかった。単純にシャリーの二つ名の様なものだと思っていたのだ。
「違います! それは私を蔑む為の呼び方です。薄汚れだなんて呼ばないでください!」
あながち間違いではないが、本人にとっては不名誉極まりない二つ名である。
アルクラドに改めて、薄汚れ呼ばわりされたシャリーは、悲しくてつい大声を出してしまう。
「そうか。今後、薄汚れとは呼ばぬ事にしよう。シャリーよ、よろしく頼む」
「はいっ、よろしくお願いします!」
アルクラドの言葉に満面の笑みで応えるシャリー。
こうして2人は互いの呼び方を決め、ほんの少しだけ仲間として絆を深めたのであった。
そう思っているのはシャリーだけかも知れないが……
お読みいただきありがとうございます。
かなり短くなったので、もう1回、閑話があります。
次回もよろしくお願いします。