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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第4章
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旅の道連れ

 アミィの店で町を救ったお礼代わりの食事を食べつくしたアルクラド。

 町を出た彼は、しかし街道ではなく、セーラノ山の中にいた。

 セーラノを出る前にシャリーを探していると、シャリーもアルクラドに用事があったのか、山への同行を求めてきた。

「ちょっと付いてきてください」

 そう言って先に歩き出すシャリーの後にアルクラドは付いていった。急ぐ旅でなく時間はあるし、もぎたての美味しい果実を食べさせてくれるというので、特に断る理由はなかった。

 シャリーがアルクラドを連れてきたのは、山の頂上にある木の下だった。山の中でもひと際大きく、枝葉が横に広く広がったその木の下に2つの石板が置かれていた。シャリーはその前で膝をつき手を組んでいる。

 2つの石板は、シャリーの両親の墓であった。

 シャリーは眼を閉じて、一心に祈りを捧げている。アルクラドはその後ろに立ち、シャリーの祈りが終わるのを、果物を食べながら待っている。

 どれだけの間、祈っていただろうか。アルクラドがすっかり果物を食べ終えた頃、シャリーは組んだ手をほどき立ち上がった。

「お待たせしました」

 シャリーは、スッキリとした様な表情でアルクラドに向き直る。

「この下で、私の両親が眠ってるんです」

「そうか」

 シャリーの言葉に、アルクラドは短く返す。

「私、毎日ここで両親にその日あったことを話してるんです。旦那のこともいっぱい話しました」

 両親にアルクラドのことを話していた時のことを思い出したのか、シャリーはそう言った後にクスリと笑った。

「そうやって毎日話してるのに、忘れてることがありました。でも、それを思い出したんです」

 アルクラドは返事をしないが、構わずシャリーは続ける。

「私がどうしたいか、旦那の言う通り、自分で決めないといけなかったんです。だから私、決めました。これからどうするのか」

「そうか」

 アルクラドは言葉短く答える。

 それを見てシャリーは満足そうに頷く。この決意を伝える為に、アルクラドに両親の墓の前に来てもらったのである。

「ところで旦那は私を探していたみたいですが、どうしたんですか?」

 言いたいことを言ってスッキリしたシャリーは、アルクラドに尋ねる。元々はアルクラドがシャリーを探して彼女の下を訪ねたのだ。

「うむ。アミィから言伝がある」

 アルクラドはシャリーを訪ねた目的を話す。

「アミィさんから、私にですか……?」

 シャリーは首を傾げる。アミィから何かを言われる心当たりがなかったのだ。

「うむ。其方への感謝の言葉だ。

 其方が魔族の血を引く事など関係なく、助けられた事に感謝をしている。

 あの娘は、そう言っていた」

 シャリーは、大きく目を見開く。

 アルクラドを称える祝賀会で、店の男達がざわめきの声を上げる中、アルクラドの頬に顔を近づけたアミィ。

「シャリーさんに伝えてください。

 私達の怪我を治してくれてありがとうございました。魔族の血だとかそんなことは関係なく、シャリーさんはシャリーさんです。本当にありがとうございました。

 きっともう町には来ないと思いますから、アルクラドさんから伝えてください」

 この言葉を伝える為に、アルクラドに顔を近づけ、そっと耳打ちしたのである。

 シャリーが町の為に戦ったことは助けられた人の言葉から、多くの町人の知るところとなった。しかしシャリーの行動を称える者がいる一方で、そもそも魔物や魔族が攻めてきたのはシャリーが原因だと、悪しざまに言う者もいた。

 アミィはシャリーを悪く言うことはできなかったが、大っぴらに彼女を肯定するのは憚られた。シャリーに申し訳ないと思いながら、小声で話すためにアルクラドに顔を近づけたのである。

「アミィさんが、そんなことを……?」

 シャリーの色違いの目はフルフルと震え、涙が滲みでてくる。それは粒となり、頬を伝い流れていく。

 魔族の血を引く自分が、認められることはない。魔神の血を引くことが町人達に知られた時の彼らの反応、それはシャリーの心の大きな傷をつけていた。

 その傷が癒えていく様だった。

 シャリーはポロポロと涙を流しながら、再び両親の墓の前で膝をつき手を組む。

「お父さん、お母さんっ……私を認めてくれる人がいたよっ。魔族なんて関係ないって、言ってくれたよっ……」

 心から溢れる感情を抑えられないのか、直接言葉で両親に話しかける。大粒の涙を流しながら、満面の笑みを浮かべている。

「確かに伝えた。我はもう往く」

 墓の前で大泣きするシャリーの背中にそう告げ、アルクラドは山を下りる為に歩き出した。シャリーの泣き声を後ろに聞きながら。


 セーラノを発ったアルクラドは、街道沿いを南に向けて歩いていた。

 疲れを知らない吸血鬼ヴァンパイアであるアルクラドの旅は速い。眠りも休息も必要としない彼は、食事の時以外立ち止まることなく歩き続ける。

 今も彼は休むことなく歩いている。目指すのは、大陸の北部を納めるドール王国の都である王都ドール。特別な目的があるわけではないが、最も栄えている都市の1つを見るのもいいかと向かっている。もちろん今まで食べたことのない料理があることは期待している。

 そんなアルクラドが食事以外で立ち止まったのは、ある者の言葉が原因だった。

「旦那ぁ~……ちょっと休憩しましょ~よ~。もう4刻は歩き続けてますよ~」

 不平を漏らすシャリーの言葉である。

 アルクラドが山を下りてすぐ、シャリーが大慌てで後を追ってきた。母の形見だという、頭に鳥の意匠が施された杖を持って。

「旅をしなさい、って両親に言われていたんです。2人が死んだことが悲しくて、思い出に縋って町を離れることを拒んでたんだと思います。だから私も旅をすることにしたんです」

「そうか」

 そう言って頷き、アルクラドは歩き始めた。その後ろを、シャリーは当たり前の様に付いていく。

 方角が同じなのか、と思い、アルクラドはシャリーに何も言わなかった。

 同行を認めてくれた、と思い、シャリーはアルクラドに何も言わなかった。

 そんな状態で街道を歩き続け、今に至る。

「休みたければ休んで行け、其方の自由だ。我は往く」

 それだけ言って再び歩き始めるアルクラドに、シャリーは慌てた様に言いすがる。やはりアルクラドの中では、2人の旅は別々のものだったのだ。

「ちょっと待ってください! 一緒に行きましょ~よ~」

「何故、其方と共に往かねばならんのだ?」

 駄々をこねる様な口調で外套を掴んでくるシャリーの手を振り払い、アルクラドは尋ねる。

「町にいられなくなった時は、どうにかしてくれるって話だったじゃないですか~」

「待て。我はその様な事は言っておらぬ」

 当たり前の様に責任を取らせようとしてくるシャリーを、アルクラドはすかさず否定する。

「いいえっ。旦那はちゃんと言いましたよ」

 しかしシャリーは、勝ち誇った様な笑みを浮かべ、もったいぶる様に言う。

「何……?」

 その自信たっぷりな様子に、アルクラドも怪訝そうな顔をする。

「旦那。私と話をした時のことを、よぉ~く思い出してください。私が何と言い、旦那は何と答えたのか。いいですか、私はこう言いました。

 もし正体がバレて私がこの町にいれなくなった時は、お願いしますね。と。

 旦那はそれに対し、何とかしよう。と言いました」

「確かにそうは言った。しかしそれは我が原因だった場合であろう。我は其方の正体を語ってはおらぬ」

 発言の内容は認めつつも、シャリーの言葉は間違っているというアルクラド。自身が原因でシャリーが町にいられなくなった時は、何とかする。それがアルクラドの認識だった。

「確かにあの時、旦那が原因で町にいられなくなったら、責任を取ってください。と、そういう話をしていました。しかしその後の話では、町にいられなくなった原因が旦那にあるかどうかは、言っていません」

 シャリーは両手を広げて語りながら、笑みを深くしていく。この舌戦での勝利を確信しているのだ。

「私はただ、町にいられなくなった時はお願いします。と、そう言いました。そして旦那は、何とかしよう。と、そう言いました。だから私を一緒に連れていってください」

「待て。それは話が違……」

 シャリーの詭弁に反論するアルクラド。

「嘘を吐くんですか?」

 切り付ける様なシャリーのひと言。

「何……?」

 アルクラドはピタリと動きを止める。

「確かに話の流れから、旦那が原因だった場合と捉えることもできます。しかし旦那は、町にいられなくなった私をどうにかしてくれると、言ってくれました。

 それは、嘘だったんですか?」

 黙り込むアルクラド。

 シャリーの言葉は詭弁や屁理屈もいいところで、詐欺と言っても過言ではない。しかし騙されていたとしても、アルクラドは1度口にしたことを覆しはしない。

「……分かった。共に来ると良い」

 しばらくの沈黙の後、アルクラドは静かにそう言った。

「ありがとうございますっ! それじゃあ早速、休憩しましょう」

 アルクラドから同行の許可を取り付けたシャリーは、満面の笑みを浮かべ、休息の為に地面に座り込むのであった。


 街道脇での休憩の間、アルクラドは自身のことをシャリーに語っていた。旅の仲間の過去を知りたいと、シャリーが強く願った結果だ。

「過去のことを覚えていなくて、辛くはありませんか?」

 アルクラドの話を聞き、まず初めに思ったのはそれだった。世界から独り取り残された様な状況を、どう思っているのだろうか。シャリーは尋ねずにはいられなかった。

「その様な事は思わぬ。我は我だ。我が我である事に、これ以上は必要ない」

 だが、アルクラドには今があれば、それで良かった。

「そうですか。ところで旦那は吸血鬼ヴァンパイアなんですよね?」

「うむ」

「生きる為に、どれくらい血が必要なんですか?」

 吸血鬼ヴァンパイアは御伽噺の中に出てくる程度の稀少な種族。その生態を知る者などおらず、同行者である自分が把握しておかなければ、とシャリーは思っていた。

「我は殆ど血を必要としてはおらぬ。先に魔人イビルスの血を得た故、暫くは血は要らぬ」

 アルクラドにとって魔族の血は好ましいものではないが、力を得るという点においては人族のものと変わりはしない。そもそも血を必要としていなかったし、この戦いで1人分の血を得た。その為、数十年、またはそれ以上の間、血は必要なかった。

「あっ、全然必要ないんですね。ちょっと安心しました」

 毎日1人の血が必要だと言われたらどうしよう、などとシャリーは心配していた。セーラノでは血を欲する様子は見られなかったが、もし大量の血が必要な場合はどうしよう、などと考えていた。

「吸血欲みたいなのも、ほとんどないんですか?」

「うむ。僅かにあるが、それも頭を過る程度。血を渇望する事は無い」

 アルクラドが目覚めた瞬間は、数百年を超える封印の後であり、聖銀の剣で著しく魔力も散らされていた。それ故に干乾びた朽ち木の様な姿であり、元の姿を取り戻す為にも血が必要だったわけである。

「あるにはあるんですね。でも、人を襲っちゃダメですよ?」

「我は無為に命を奪う事は好まぬ。必要で無ければ襲いはせぬ」

 アルクラドの言葉はつまり、必要に迫られれば襲うということでもある。しかし本人の言葉を信じるならば、しばらくは必要ないのだ。エルフよりも遥かに長い時を生きる吸血鬼ヴァンパイアのしばらく。少なくとも人の一生ほどの時間はあるだろう。

 それならしばらくアルクラドが人を襲う心配はないだろう、とシャリーは安心する。

「そろそろ往くぞ」

「はいっ」

 休憩を始めてから半刻ほどが経っていた。

 十分に休息したと判断し、アルクラドは立ち上がった。シャリーの表情からも疲れの色が消えており、彼女の立ち上がる動作は滑らかだ。

「そうだ、旦那。私、良いこと思いつきましたよ」

 歩き出したアルクラドの背中に向けて、シャリーがそう言う。

「何だ?」

 アルクラドは首だけを後ろに向けて尋ねる。

「それはですねぇ……」

 シャリーはもったいぶる様に言い、アルクラドを追い越し、彼に向き直る。

「血が欲しくなったら……私の血、飲んでいいですよ?」

「要らぬ」

 起伏の乏しい身体で精一杯しなを作り、熱っぽい視線を向けるシャリー。一瞬の間さえなく拒否を示すアルクラド。立ち尽くすシャリーを放って、スタスタと歩き進めている。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! どうしていらないんですか!?」

 シャリーは慌ててアルクラドを追いかけ、外套を何度も引っ張る。

「我は魔族の血は好まぬ」

 アルクラドはシャリーの手を振り払い、冷たく言い放つ。

「私は魔族じゃありません。半分はエルフです!」

「魔族の血がある事には変わりない」

 純粋な魔族であることは全力で否定するシャリーだが、割合の多寡などアルクラドにはどうでもよかった。あるか、ないか。2つに1つなのだ。

「旦那っ、食わず嫌いはいけません! 試してみたら美味しいかもしれないじゃないですか!」

 シャリーは必死に自分の血に興味を向けさせようとするが、アルクラドは聞こえていないが如く無言で歩き続ける。

「旦那っ、旦那っ! 私の話、聞いてますか?」

 無言で歩くアルクラドに、服を引っ張ったり手を引いたり、腕を突いてみたりするが、アルクラドは一切の反応を返さない。シャリーの相手はしないことに決めたのだ。

「旦那っ、ちょっとだけでいいんです、ちょっとだけ!」

 しかしシャリーは諦めない。

「絶対、美味しいですから! ねっ? ちょっとだけでもっ!!」

 爽やかな秋晴れの空の下、そんなシャリーの叫びが木霊した。

 こうして永き眠りから目覚めた始祖たる吸血鬼ヴァンパイアの旅に、騒がしい道連れが1人、できたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

この話で4章終了、閑話を挟んで5章に移ります。

アルクラドとシャリーの2人組、両方シリアスブレイカーな気がする……

次回もよろしくお願いします。

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