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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第4章
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魔王軍の勧誘

 ギルドから町に溢れる魔物の討伐指示が町中に響いた時、アルクラドは熊肉の煮込みを食べていたところだった。

「町が魔物に襲われてるって本当かよ!」

「おいっ、お前ら! 行くぞっ!」

 店の中が慌ただしくなっていく。食事の最中の者達も、各々の得物を手に次々と立ち上がっていく。

 冒険者達は自分達の武器を、そして山仕事をする男達はそれぞれの仕事道具を。

「おい、アルクラド。俺達も行くぞ!」

 そんな中、魔物の襲来など知らないとばかりに料理を食べるアルクラドに、ビリーが声を掛ける。

「待て、食事の最中だ」

 しかしアルクラドは動かない。

「そんなこと言ってる場合かよ! 町の危機なんだぜ!?」

 憤るビリー。彼もセーラノに長く住んだ1人であり、町の危機にいてもたっていられなくなっているのだ。

「この皿を食せば討伐に向かう。それまで待て」

 しかしアルクラドは動かない。ビリーは歯がみする。10日ほどの短い付き合いだが、アルクラドがかなりの強情者だということは分かっていた。

 1度口にしたことは必ずやり遂げる男。聞こえは良いが、それは善いことでも悪いことでも同様にやり遂げるのだ。助けると言えば助ける。見捨てると言えば見捨てる。

 食事が終わるまで戦わないと言えば、戦わないのである。ビリーがいくら戦いに行くように言っても、アルクラドは一切聞く耳を持たなかった。

「お父さん、大丈夫かな……?」

 そこへアミィの不安げな呟きが聞こえてきた。

 ピクリとアルクラドが反応する。それに目敏く気付いたビリー。

「町に魔物が溢れてたら、おやっさんが危ねぇ。襲われりゃ、生肉が食えなくなるぜ」

 食への執着が激しいアルクラドの言葉を覆すには、食への執着しかないとビリーは踏んだ。その目論見は見事に成功した。

 アルクラドは無言で立ち上がり、店の外に出る。無表情ながら料理を食べているいつもと雰囲気の違う彼に、店の客達も興味津々で後に続き店を出る。

アルクラドは音もなく店の屋根に飛び上がり、町を睥睨する。その紅い瞳に、食事を邪魔する愚か者の姿が捉えられる。

「紅き焰よ……汝は荒ぶる我が怒り……彼奴が穢すは蜜の時……荒れ狂う怒りを以て、彼の愚か者を灼き焦がさん……焦熱フラム・の火焰インフェルナル

 荒れ狂うアルクラドの魔力。凄腕の冒険者でさえ圧倒される魔力が、町の上空を覆っていく。

 アルクラドの詠唱に呼応し、空に緋色の球体が生まれていく。石ころほどの大きさのそれが数を増やし、10を超え20を超え、50、100を超えた。

 アルクラドは空に掲げた手を町に向けて振り下ろす。空に浮かぶ球が町へ落ちていく。

 緋色が町に落ちた瞬間、町のあちこちで炎の華が咲き乱れた。

 その苗床は町を襲う魔物達。アルクラドの食事を邪魔し、その怒りを買った愚か者達であった。

 ギルドとアミィの店の間、つまりはアミィの父が通るであろう範囲にいた魔物は、今の攻撃でそのほとんどが丸焦げとなって地面に崩れ落ちた。

 圧倒的な魔法の威力。

 一緒に依頼を行ったことのあるビリー達でさえ驚き言葉もでない余りに強力な魔法に、他の者達は夢でも見ているかの様だった。

「これでアミィの父は無事だ。我は食事に戻る」

 音もなく地面に飛び降りたアルクラドは、店に入り自分のテーブルへと急ぐ。魔物討伐の義務は果たした。アミィの父の安全も確保した。

 これで誰憚ることなく、そして後顧の憂い無く食事を楽しむことができる。

 まだ料理が温くなっていないことに満足そうに頷きながら、アルクラドは食事を再開したのだった。


 ギルドの指示が町中に響きアルクラドとビリーが押し問答をしている頃、シャリーは風の様に町中を駆けていた。

「危ないっ!」

 町中を魔物を探しながら走っていた彼女は、オークとゴブリンに襲われそうになっている町人を発見した。急いでその間に割って入り、町人を守る盾となる。

「土よ、盾にっ!」

 簡易詠唱の魔法。しかし魔物の攻撃を1度凌ぐには充分だった。

「心優しき地の精よ、我は汝にこいねがわん……無礼に汝を踏みつける、汚れた足を掬い給えっ!」

 敵の攻撃を凌ぐとともに精霊魔法を唱え、魔物の動きを制限する。

 精霊魔法は使い手が少ない反面、とても強力な魔法だと言える。存在自体が魔力や魔法に近い精霊に助力を願う為、同じ魔力で用いても通常の魔法よりも大きな力を発揮することができる。

 そして精霊魔法は1度魔法が発動すれば、後は精霊がその魔法を維持してくれる。つまり魔法の維持に掛かる労力を別に回すことができるのだ。

「風よっ! 敵を切り裂く、鋭き見えざる刃となれっ!」

 精霊魔法で揺らぐ大地に足を取られた魔物達は、シャリーが放った風の刃を避けることができず、身体中を切り刻まれた。弱いゴブリンは即死。オークも生きてはいるが息も絶え絶え、動くことはできない。

「速く逃げてくださいっ! ギルドであればここよりは安全です!」

 恐怖で動けない町人にシャリーは怒鳴る様に言う。

「す、すまねぇ!」

「助かった、ありがとう!」

 シャリーが魔族の血を引くことを知らない者達なのか、口々に礼を言いその場を去って行く。

 自分が原因で魔物が暴れているのに礼を言われる。

 シャリーは複雑な気分だったが、町の人を守れたことにひとまず安堵する。

 すぐさま気持ちを切り替え、すぐに次の魔物を探す為に走りだそうとした時、途轍もない魔力に驚き、空を見上げた。

 濃密な魔力が渦巻く空から、緋色の球体が降り注ぐ。それは町に蔓延る魔物にぶつかり、一瞬で魔物を包む炎となった。

 余りに規模の大きい魔法に何が起こったのか分からなくなったシャリーだが、すぐに心当たりに思い至った。あんなことができるのは、アルクラド以外に有り得ないと。

 シャリーは少し心が軽くなる様な気持ちになっていた。

 町の魔物はどうにでもなる。しかし魔物をけしかけた女達3人は、シャリーをしても強敵と言わしめる実力を持っていた。下手をすれば町の人に被害が出てしまう。

 しかしアルクラドが一緒に戦ってくれれば、そんな心配は一切ない。赤子の手を捻る様に、簡単にあの魔族達を倒してくれるだろう。

「町の魔物を倒したら、旦那にお願いにいきますか」

 今の魔法で、だいたいの位置は分かった。恐らく毎日通ってるというアミィの店だろう、とシャリーは考える。

 アルクラドに助力を願っても、そう簡単に頷きはしないだろうが、アルクラドの食への執着を知っているシャリーには考えがあった。

 特別美味しいものを用意すれば、案外簡単に助けてくれるかも知れない。

 そんなことを考え薄く笑った後、シャリーは再び町の中を駆け回るのだった。


 アルクラドが魔法で魔物の多くを葬った後、冒険者と腕に覚えのある山男達は、魔物を倒すべく町へと向かっていった。

 戦いが本職でない山男達も、ゴブリンなど弱い魔物であれば充分倒せるのである。また日々、太い樹木に向けて斧を振るう木こりの一撃は、オークさえ殺しうる侮れない威力を持っているのである。

 店に残っているのはアミィとその父。そして戦えない者達とアルクラドである。

 アルクラドが魔物を倒したすぐ後に、アミィの父が帰ってきたのだ。もちろん仕入れた熊肉を持っており、後は調理するだけで熊の生肉が食べられる。

 その様な状況でアルクラドを町に引っ張り出すのは無理だと判断したビリー。店の護衛だと思い、アルクラドを置いていくことにしたのである。

「父がすぐに調理しますから、もう少しだけ待っててくださいね」

「うむ」

 他の客は、もう食事をするどころではなくなっているが、アルクラドは生肉を食べる気満々である。今も繋ぎとして注文した熊の串焼きを頰ばっているところだった。

 そんな時、1人の女が店の中に入ってきた。漆黒の髪と瞳を持つ美しい女性だ。見惚れる男達の視線の中を悠然と歩き、アルクラドの傍に立つ。

「まさかあの娘以外に、アンタみたいな奴がいるとはね。随分上手く力を隠してるじゃないか」

 あの大規模な魔法でアルクラドの位置を察知したのは、シャリーだけではなかったのだ。

 魔族の女もアルクラドの力に気付き、魔王の配下とするべく、こうしてやってきたのである。

 が、アルクラドは応えない。

 女を含め、店中の視線が自分に集まっているというのに、それに気付かぬ素振りで串焼きを頰ばっている。

「アンタに言ってんだよ、聞こえてるんだろう?」

 女は頬を引きつらせながら言う。自分が無視されているはずがない。相手がビビってしゃべれないだけだ、と自分を言い聞かせ、心の平穏を保つ。

 が、アルクラドは応えない。

 女の距離が詰まり、声が大きくなっているにもかかわらず応えない。アルクラドの驚異的な聴力をもってすれば、声が誰に向けられたものか容易く判別できるにもかかわらず、アルクラドは応えない。

「無視してんじゃないよっ!」

 ついに我慢の限界に達した女は、乱暴にアルクラドの肩を掴み、無理矢理自分の方を向かせる。

「何だ……?」

 アルクラドが、初めて話し掛けられたかの様に尋ねる。

 女の怒りが爆発的に高まっていく。アルクラドにそのつもりはないが、ここまでバカにされるとは思っていなかったのだ。

 が、女は何とかその怒りを静める。

 魔王軍の配下を増やす為にここに来たのだ。自分の怒りでその配下となる者を殺してしまっては意味が無い。

 怒りを押し殺しアルクラドに言う。

「アンタに話がある。アンタを……」

「食事の最中だ。少し待て」

 しかしアルクラドは言葉を遮り、食事に戻る。テーブルに向き直り、再び串焼きを口に運んでいく。

 女の怒りは我慢の限界。爆発寸前だった。

 無視をされ、話を途中で遮られ、挙げ句の果てに食事を優先される。女はこれまでの人生で、これほどまでにバカにされたことは1度もなかった。魔王軍の中隊を率いる者としての誇りはズタズタに切り裂かれていた。

「アンタ……いい加減にしないと……」

「アルクラドさん、お待たせしましたっ!」

 しかしそれでも、自分の使命を思い出し、爆発しそうな怒りを必死に抑えた。しかしアルクラドは女の方を見てはいなかった。アルクラドの視線は、店の奥から出てきたアミィの手元に注がれている。

 プツン

 女は、頭の中で張り詰めていたものが切れる音を確かに聞いた。

「バカにするんじゃないよ!!」

 女の身体から魔力がほとばしる。

 魔族の中でも特に魔法に秀でた種族である魔人イビルス。そんな魔人イビルスである彼女もまた、人族を遙かに凌駕する魔力を有していた。

 その有り余る魔力に任せて、詠唱もせず無理矢理に魔法を発動させる。詠唱時に比べれば威力は格段に落ちる。しかしそれでも人を殺すには充分な威力が込められている魔法だ。

 怒りに任せて生み出した魔法の炎を、アルクラドに向けて撃ち放つ。

 アルクラドは魔法を避けようともしなかった。

 アミィの運ぶ熊の生肉に気を取られていたからだ。加えて女の魔法を受けても結果的に無傷なので、避ける必要がなかったのだ。

 しかしアルクラドは失念していた。自分がどこにいるのかを。周りには魔法を受ければ、ただでは済まない者達がいることを。

「っ……!」

 慌てて魔法を消そうと試みる。しかし既に遅かった。

 こぶし大になった魔法の炎は、アルクラドの前で炸裂し、炎と風をまき散らした。

 アルクラドには魔法が直撃し、身体を風で切り裂かれ炎で焼かれた。そしてその魔法はアルクラドだけでなく、店の壁を破壊するにまで至り、店には馬車も通れるような風穴が空いていた。

「へぇ……今のを防ぐとは、やるじゃないか」

 魔法を放ちある程度怒りが収まったのか、女は興味深そうにアルクラドを見ている。詠唱がなかったとはいえ、怒りに任せて放った高威力の魔法。まさか相手が無傷だとは思わなかったのである。

「それだけの力があれば魔王軍でもやってけるさ。アタシに付いてきな」

 女は、目の前の黒ずくめの男が自分の言葉に従うことを、疑っていない様に言う。自分の怒りと魔法を目の当たりにしたのだ、逆らう気など起きないだろう、と。

 しかしアルクラドは女の言葉に気付いてもおらず、視線は地面に注がれている。

 そこにあるのは、砕け散った皿と熱で茶色く変色した熊の肉。

 アルクラドは、自分の中で沸々と怒りが沸き立つのを感じていた。しかしそれを沈めるように努めていた。

 ここで暴れてはいけない。もう一度注文すればいいのだ、と。

「アミィよ、済まぬが……」

 そうアミィを呼びかけようとした時、初めて気付いた。

 客の男達と彼女の父が庇う様に倒れ伏すその先で、アミィが血を流しながら倒れていることに。

 心が凪いだ。

 次の瞬間、アルクラドの視界が紅く染まっていった。

お読みいただきありがとうございます。

次回、ようやく本格的なバトルパートです。

最近、本当に食べてるだけですからね……笑

次回もよろしくお願いします。

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