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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第4章
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魔王の誘い

 ビリー達との男らしさ対決をアルクラドが制してから10日が経った。その間、アルクラドは毎日同じ行動を取って1日を過ごしていた。

 ギルドでセーラノ熊の狩猟依頼があるかを確認し、ギルドの前でシャリーから山で採れる食べ物を買って食べ、その後セーラノの料理屋を回るというものである。

 10日間の間、狩猟依頼が貼り出されることはなく、アルクラドは毎日、セーラノで食べ歩きをして過ごしていた。そのどれもが美味しい料理であることには間違いないが、アルクラドは一番美味しいと感じるアミィの店に毎日通っていた。

 ただでさえ目立つアルクラドが10日も通い詰めたのだから、店側の人間であるアミィや彼女の父親だけでなく、店の客とも顔なじみになっていた。

 当初はアミィを狙う常連客達に敵視されていたが、ビリー達との対決を経て、アルクラドに彼女を狙うつもりがないことが知れ渡り、好意的に接せられていた。

 その情報はもちろんアミィにも伝えられ、彼女は一時落胆することになるが、すぐに気持ちを切り替え、アルクラドが町に滞在する間は精一杯接待をすることに決めたのである。

 アミィは今後、店を父から引き継ぐつもりで調理の修行に励んでおり、その試作品を無償でアルクラドに食べてもらったりしていた。

 父である現主人の方が洗練された味であるものの、アミィの料理も充分美味しいものだとアルクラドは感じていた。アルクラドがそれを伝えると、アミィは踊り出しそうなほど喜んでいた。

 そうして迎えた11日目、セーラノ到着から考えると13日目の朝、アルクラドは半ば日課となった狩猟依頼が貼り出されていないことの確認にギルドへと向かった。

 アルクラドに諦めるという選択肢はない。結局、熊の生肉は2日目に食べたきりで、それ以降食べることができていない。アルクラドは何としてでも熊を狩らなければならなかった。

 そんな思いで到着したギルドの前に、シャリーの姿はなかった。彼女はいつも昼頃に姿を現すため、今頃は山で果実を集めているのだろう。

 ギルドの扉の脇に視線を飛ばしてから、アルクラドは建物の中へ入っていった。

 真っ直ぐに依頼板へと向かう。

 視線を巡らせる。

 いつも通り目当ての依頼は貼り出されていない。

 と思ったら、狩猟依頼が貼り出されていた。


依頼:セーラノ熊の狩猟

内容:セーラノ山に棲むセーラノ熊1頭を狩猟

報酬:大銀貨5枚。獲物の傷が少なければ追加報酬あり。2頭目以降報酬なし


 アルクラドは目にも止まらぬ速さで依頼票を剥ぎ取った。他の誰かに取られてしまっては堪らないとばかりに。そのまま受付で依頼を受け、すぐさまセーラノ山へと向かっていった。

 依頼を達成するのに時間は関係ないが、早く終わらせれば終わらせただけ、早く熊の生肉を食べることができる。アルクラドははやる気持ちを抑えること無く、ギルドを飛び出していった。

 町の中から山へと向かい、山頂付近を目指す。

 前回、熊が現れた場所は覚えている。熊の臭いも覚えている。発見に時間はかからない。

 そんな時、良く知った匂いと足音を、それぞれの器官が捉えた。それはすぐ近くであり、目をやれば金と黒の髪を揺らしながらシャリーが歩いていた。

「あれ? 旦那、何してるんですか?」

 アルクラドに気付いたシャリーは、そう言いながら彼の下へ駆け寄っていく。手にはカゴを提げ、中からは甘い香りが立ち上っている。

「依頼だ。熊を狩ってくる」

 アルクラドは短く答える。

 匂い立つ果物も気になるが、何よりも今は熊だった。

「やっと依頼が貼り出されたんですね。あんまり狩りすぎちゃダメですよ? 山の生き物の均衡が崩れちゃいますから」

 シャリーも山に暮らす一員。生活が完全に自然に依存しているわけではないが、山に生きる者として山の環境が大きく変わることは避けたかった。

「うむ、善処しよう」

 アルクラドの視線はシャリーではなく、山頂付近へと向けられていた。

「お願いしますよ~?」

 これほど信憑性のない言葉はそうないであろう。アルクラドの食欲を知っているだけに、シャリーはより強く、そう思った。

「それじゃあ怪我だけは気を付けて、頑張りすぎずに頑張ってくださいね」

「うむ」

 アルクラドは言うが早いか山頂へと歩き出した。

 その背中を不安そうに見送り、シャリーも引き続き山の幸を探して山の中を歩き回り出したのだった。


 アルクラドは迷いのない足取りで山頂付近を目指し、山を登っていた。既に臭いや足音を捉えており、熊を見つけるのも時間の問題だった。

 すぐに以前、熊と戦った場所へと出る。急な斜面に立つ木には熊の爪跡が残され、血の臭いも他よりも強く感じることができた。そこでアルクラドはあることに気付く。

 セーラノ熊とアルクラドの距離が先程よりも離れていたのだ。以前は熊の方からアルクラドの方へやってきたのに対し、今回はアルクラドから逃げる様に距離を取ろうとしていた。

 アルクラドは首を傾げつつ熊に追いつくため歩調を速める。その実、セーラノ熊を5頭も狩り殺したアルクラドの存在は山の生き物に知れ渡っており、その存在を感じ取った熊が殺されてはなるものか、と逃げていたのである。

 しかし食べ物に目が眩んだアルクラドから逃げることは叶わず、その姿を捉えられてしまった。

「グルルゥゥ……」

 怯えの混じったセーラノ熊の唸り声。逃げられないと悟ったのか、逃げるのを止めアルクラドに向き直る。ジリジリと間合いを測るかの様に僅かに後ずさるセーラノ熊に対し、無造作に間合いを詰めていくアルクラド。手には既に剣が握られている。

「グルアァァ!!」

 爪の間合いに後数歩のところで、セーラノ熊が咆吼を上げ腕を振り上げた。

 全てを叩きつぶす為に渾身の力を込めたその腕は、しかして振り下ろされることはなかった。

 既に熊の脳天には聖銀の剣が突き刺さり、セーラノ熊はその活動を停止していたのだ。

 ズシンと地面に倒れた熊を黒布で包み、担ぎ上げる。

 顔を僅かに上に向け、森の中の匂いと音に意識を向ける。森の中に漂う膨大な情報の中からセーラノ熊に関するものだけを拾い上げ、次の目的地を見つけ出す。

 捉えたのは、やはりアルクラドから遠ざかる様な足音。今の戦いで熊の雄叫びが森に響き渡り、アルクラドの襲撃が知れ渡っていたのだ。

 遠ざかる足音の中から一番近いものを見つけ出し、それに向かって歩き出すアルクラド。熊の方から向かってきた前回と違い面倒だと感じているが、美味しい食事の為ならその面倒も苦ではなかった。

 頭の中は今晩、熊の生肉を食べることでいっぱいのアルクラド。静まりかえった森の中を、かさばる荷物を背負いながら歩いて行ったのだった。


 宵鐘が鳴り始める前に町に戻ったアルクラド。

 狩り取った獲物を黒布で包み、ギルドの裏を目指して歩いている。結局、その日は3頭の熊を狩り、山を下りていた。

 本当ならもっと沢山の熊を狩りたかったところだが、夕食の時間に間に合わせたかったことと、シャリーに狩り過ぎるなと言われたこともあり、3頭で止めにしたのである。

 ギルドの裏に着いたアルクラドは、包みを解きセーラノ熊を検査場に置く。

「頼む」

 ギルドの職員に声を掛け、依頼票を渡す。

「おっ、あんたか。獲物は、今日もセーラノ熊か」

 獲物の状態を調べる職員は、前回と同じ人間だった。セーラノ熊を完璧な状態で5頭も狩り取ったアルクラドのことは、もちろん覚えていた。

「すぐに調べるから、ちょっと待っててくれ」

 彼は検査場に向かい、仰向けに並べられているセーラノ熊をじっくりと観察する。

「今回も脳天を一撃か、すげぇもんだ……」

 かつては冒険者であった彼はそんな感想を漏らしながら、熊の細部まで逃さず調べていく。手足を持ち上げ、時には裏返し、細かな傷まで確認していく。

「今回も完璧な状態だな……おしっ、これで検査は終了だ。中に持ってきな」

 依頼票に検査完了の印を書き、アルクラドに手渡す。

「うむ」

 アルクラドは頷きながら依頼票を受け取ると、すぐさま依頼の完了報告へと向かう。

 ようやく生の熊肉が食べられる。

 1年の時間でさえ瞬きと変わらないアルクラドであるが、今はたった1刻でさえ途轍もなく長い時間に感じられていた。

「依頼の完了報告だ」

 滑り込む様に受付の前に行き、素早く依頼票を提出する。

「完了報告ですね…」

 そんなアルクラドに驚きつつも、依頼票に目を落とすギルド員。

「検査もお済みですね……って、あれ……?」

 しかし依頼の内容と検査員の印を見て、首を傾げる。それら2つの内容が一致しないのである。

「あの、こちらの依頼は、セーラノ熊1頭を狩猟するものなのですが……」

 ギルド員は戸惑いがちにそう言い、依頼票を改めてアルクラドに見せる。

「何……?」

 訝しげな様子で依頼票に目を落とすアルクラド。


依頼:セーラノ熊の狩猟

内容:セーラノ山に棲むセーラノ熊1頭を狩猟

報酬:大銀貨5枚。獲物の傷が少なければ追加報酬あり。2頭目以降報酬なし


「ここにある通り、2頭以上狩られても、報酬は1頭分しかお支払いできないんです……」

「そうか……」

 ギルド員の指摘され、はじめて依頼の内容が前回と違うことに気が付いたアルクラド。依頼票の内容など全く目にしていなかったのである。

 山の環境を大きく変えない為にセーラノ熊の狩猟依頼をしばらく出していなかったギルドだが、アルクラドが毎日熱心に依頼板を見ていたことは知っていた。もし前回と同じ様に依頼を出せば、また大量に熊を狩ってくると考え、それを制限する為に依頼内容を変更していたのである。

「構わぬ。我の目的は肉。それ故、報酬の金額は問題ではない」

 しかし依頼内容の変更も意味はなかった。

 そもそもアルクラドが内容を確認しておらず、更にギルド員に告げたように目的は肉。恐らく2頭以上狩ることが禁止されていなければ、報酬がなかったとしても熊を狩っていたに違いないからだ。

「……分かりました。熊の状態は完璧ですので、追加報酬を含め、報酬は金貨1枚です」

 アルクラドの言葉に若干引きつった笑みを浮かべながら、報酬を渡す職員。アルクラドが文句を言わなかったことに安心しながらも、肉の為だけにそこまでするのかと内心呆れていた。

報酬を受け取ったアルクラドは、すぐさまアミィの店へと向かっていった。いつもより心なし速い歩調で進んでいく。

 店に着いてからすぐに熊の生肉が食べられるわけではない。店が肉を仕入れ、調理をする時間が必要だ。更に言えば、店の人間はアルクラドが熊を狩ったことを知らない。その為、肉の仕入れが本日行われない可能性もある。

 それ故、アルクラドは熊肉を仕入れるように伝えることも含め、できるだけ早く店に着くように努めているのだ。

「いらっしゃいませっ! あっ、アルクラドさん、こんばんはっ」

 店に着くとやはり中は客で賑わっており、アミィが笑顔でアルクラドを迎えた。

「先程、セーラノ熊の狩猟依頼を終えてきた。熊の生の肉を食したい」

 アルクラドは店に入るなり早速、熊を狩ったことを伝える。

「えっ、本当ですか?」

「うむ。以前と同様に頭を一突きで仕留めた。生で食すことも問題ないだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、お父さん!」

 アルクラドの要望に応えたいアミィであるが、生食用の肉はもちろんなく新たに仕入れる必要がある。本日分の仕入れは既に終わっており、また肉の見極めも彼女の父でなければできない。

 それらを確認する為にアミィは店の奥に消えていく。待てと言われたアルクラドは、入り口の傍で立ったまま待っている。

「お~い、アルクラド。こっち来いよ!」

 すると店の奥の方からアルクラドを呼ぶ声が聞こえた。ビリー達だ。

 呼ばれたアルクラドが彼らのテーブルへ向かうと、ビリーが誰も座っていないイスを持ってきてアルクラドの席を作った。

「今日は熊を狩ってきたらしいな。何体狩ったんだ?」

 アルクラドが席に着くと、ビリーが尋ねる。黒布で包まれた巨大な荷物を担ぐアルクラドの姿は、噂話となってビリー達の耳に届いていたのだ。

「3匹だ」

「3体か! そりゃ凄い!」

「よく1人で運べたな……」

 アルクラドの答えに、ビッケルもゲオルグも驚いている。

「アルクラドさんっ!今父さんが仕入れに行ってくれてます。だからちょっとだけ待っててくださいね」

 そこへ父との話し合いを終えたアミィが戻ってきた。

 厨房の主が開店中に店を離れることは滅多にないが、一番人気かつ手間のかかる煮込み料理は仕込みが終わっており、盛り付けは自分でする必要はない。他の料理に関してはアミィがある程度作れるようになっているので、彼女に任せても問題ない。

 それらの理由とアミィの説得があり、店の主は熊肉の仕入れに走ることになったのである。

「分かった。熊肉の煮込みと焼いた熊肉、それと芋の焼酒を頼む」

 熊の生肉が食べられることに喜ぶアルクラド。店主が戻るまでの間、他の料理を食べて待つことにした。

 この店の料理を2品も食べれば普通の人であればお腹が一杯になるが、アルクラドにしてみれば準備運動にもならない。むしろ胃が刺激され、更に食欲が増すだけである。

「ありがとうございます、すぐ持ってきますねっ」

 アルクラドの要望に応えることができ、アミィはとても嬉しそうだった。そんなアミィの姿を見る客の男達。彼らはとても複雑な思いで彼女を見つめていた。

 熊肉にしか興味のないアルクラドに対して、笑顔を見せるアミィ。彼女の嬉しそうな表情を見ることができて喜ぶ反面、その笑顔が自分に向いていないことに落胆していた。

 そんな周りの気持ちなど気にも留めず、そもそも理解できないアルクラドは、1人熊の生肉に思いを寄せながら、他の熊肉料理を堪能していたのだった。


 所変わりギルドの前、アルクラドがアミィの店に着いたのと同時刻。シャリーの下に不思議な3人組が訪れていた。

「やっと見つけたよ」

 そう言うのは1人の女性。

 星のない夜空を思わせる紫を帯びた黒の髪と瞳を持つ美しい女性。誰もが見惚れる美貌を持つにもかかわらず、冷たい手で背筋を撫でられる様な感覚を周囲に与えていた。

 その両脇にはローブを被り顔を隠した大柄な者が2人、控えている。性別は定かではないが、真ん中の女性よりも遙かに大きな身体をしている為、恐らく男であろう。

「えっと……どちら様ですか?」

 シャリーは首を傾げながら尋ねる。

 シャリーは自分に話し掛けている女性のことを知らなかった。しかしこうして話し掛けてくるということは、知り合いなのだろう。どこかで会ったことがあるのだろうか、とシャリーは記憶の中に彼女の姿があるかを探っていく。

「あ、貴女は……」

 その時、シャリーは気付いた。彼女が知り合いかどうかが分かったわけではない。彼女がただの人間ヒューマスではないことに気が付いたのだ。

「アタシに付いてきな。アナタを魔王様の配下に加えてやるよ」

 そう言って笑う、冷たい美貌を持つ女性。

 これがセーラノに訪れる波乱の始まりだった。

お読みいただきありがとうございます。

サブタイトルと関係あるのが最後の一部分だけでしたが、次回から波乱の予感です。

次回もよろしくお願いします。

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