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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第4章
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ある少女の歩み

 昼下がり。セーラノの町の外れでアルクラドを怒鳴りつけてシャリーは、荒々しく肩で息をしていた。全力で走り全力で怒鳴ったことが原因だ。

「旦那は一体、何を考えてんですか!?」

「何の事だ……?」

 問題発言をしたアルクラドを問い詰めるシャリーに対し、アルクラドは本当に分からない様子で首を傾げている。

「さっきの人に言ったことです! 私の正体について話している、って言ったじゃないですか!」

 そう言われて、やっと何の話かを理解するアルクラド。

「それの何がいけないのだ? 其方の正体が忌み子である事は言っておらぬ」

「そんなの、正体を隠してるって言ってる様なものじゃないですか!」

 真面目な様子で言うアルクラドに、シャリーは怒りを通り越して呆れる気持ちだった。

「正体を隠してると知られたら、その正体を探る人が出てきます。そしたら私の正体がバレてしまうかも知れません!」

「そういうものか……しかし其方が忌み子であると言ってはおらぬ。我は言葉を違えた訳では無い」

 怒るシャリーに自身の正当性を語るアルクラド。少しも悪びれた様子はない。

「ですが! もしこれで正体がバレたら、その原因は明らかに旦那です!」

「たとえそうだとしても、それは我の識る事ではない。其方の正体を口にはしない。それ以外は識らぬ」

 アルクラドの責任だと詰め寄るシャリー。そんなことは知らないと突き放すアルクラド。

「いいえ! 仮に約束を破っていなかったとしても、バレた時の責任は旦那にあります! 責任は取らなければなりません、それが人族です!」

「む……」

 しかし言葉のやりとりではシャリーの方が上手だった様だ。

 人族らしく振る舞おうとしているアルクラド。人族としての正しい行動を説かれると、無視するわけにはいかなかった。

「人族として生きていれば、様々な責任がついて回ります。人は、その責任を取りながら生きているのです。それを無視していては人族の社会で生きてはいけません」

 言葉に詰まるアルクラドに話す隙を与えないようにシャリーはまくし立てる。

「旦那はこれからも人族として生きていくのですか? それならちゃんと、責任は取るべきです!」

「……」

「もちろんまだバレたわけではありません。もし正体がバレて私がこの町にいれなくなった時は、お願いしますね?」

「……分かった。その時はどうにかしよう」

 ついに折れたアルクラド。シャリーの理屈が正しいのかは分からないが、それが人族として正しいのならばと、アルクラドは頷く。どうにかしようと言いつつ、何をすればいいかも分かっていないが、どうにでもなるとは思っている。

 結果、よく分からないまま、シャリーと約束を交わしてしまった。

 アルクラドから約束の言葉を取り付けたシャリーは、満足そうに頷き、ニッコリと笑った。彼女にはアルクラドが約束を破らないという確信があった。そんな彼にもしもの時の約束を取り付けたのだから、最悪の事態は避けられるだろうと思ったのだ。

「とにかく、もしもの時はよろしくお願いしますね? それじゃあ私は山に戻って、美味しい果物をたくさん採ってきます。旦那、明日もたくさん買ってくださいね」

 そうしてシャリーは山にある庵へと戻っていった。

 アルクラドはただ、その背中を見つめながら頷くしかなかったのである。


 山の庵に戻ったシャリーは、久しぶりに両親のことを思い出していた。アルクラドとの会話がそのきっかけだろう。

 シャリーは今からおよそ100年前、魔人イビルスの父とエルフの母の間に生まれた。年若い少女の様な容姿をしているが、それは内に流れる長命種エルフの血の為である。

 シャリーの両親は、かつて人族と魔族が領土と種族の優劣を巡り種族間で争っていたおよそ500年前、俗に言う人魔大戦の頃に生まれた。

 その者達の名は、魔人イビルスの男はシラー、エルフの女はセリーヌと言った。

 お互いが一族の中で強い力を持っていた為、大戦に勝つ為の戦士として育てられ、いくつもの戦場で戦果を上げてきた。

 その活躍は正に一騎当千。

 彼らは圧倒的な力で敵陣を蹂躙し、自陣を勝利に導いた。

 そうして局地的な戦いで次々と戦果を上げた2人が、大戦の趨勢を決める大きな戦場で、ついに出会ったのである。

 現在、人族と魔族の領域の事実上の境界だとされている大平原、イリグック平原。そこで熾烈な戦いが繰り広げられた。

 力のない者から倒れていき、両陣営ともに兵士は全滅。最終的に生き残ったのは、2人の男女。シラーとセリーヌだった。

 2人は味方が全滅してなお戦い続けた。自族の勝利と安寧の為に死力を尽くす2人の戦いは、3日3晩続く激しいものだった。

 しかしそれでも決着はつかず、結局は互いに体力も魔力も底をつき、引き分けという形に終わったのである。

 それが大戦終結のおよそ100年前である。

 幾万幾千の屍が積み上げられた戦場に残された2人。長い戦いを経て生き残った2人の間には、互いを憎む気持ちは存在していなかった。

 おずおずと話し始めた2人。敵族と罵りの言葉以外を交わすのは初めてで、彼らはとても晴れやかな気分を感じていた。

 自分のことを話し、相手のことを聞く。

 今まで1度も行うことのなかったごく普通の話し合い。それを通じ、2人は人族も魔族も何も変わりはないのだと知った。今まで相手を見下し蔑んできたことは、単なる思い込みだったのだと。

 2人は自然と惹かれ合っていた。

 大戦当時、人族と魔族が友誼を結ぶなどなく、恋仲になるなど考えられることではなかった。しかし1度起きた気持ちを消すことなどできず、2人は一緒になることを決めたのだった。

 それから2人は1度、自分達の国へ戻り、密かに逢い引きを続けた。また両陣営に甚大な被害をもたらしたイリグックの戦いを境に、人魔間の戦いは徐々に終息に向かっていった。

 局地的に小競り合いが起こることはあったが、その数も時間が経つにつれ少なくなり、50年が経つ頃には戦いはほとんど起きないようになっていた。

 そこから更に50年の歳月をかけ、人族と魔族の両陣営が大戦の終結を宣言。何百年にも及ぶ長い戦いがようやく終わったのである。

 まだ敵を滅ぼしていないと不満を漏らす者もいた。しかし大勢の者達は争いが止んだことを喜び、やがて訪れるであろう平和を待ち望んでいた。

 もちろん2人も大戦終結を喜んだ者達の内だ。これでコソコソと隠れて会う必要もなく、堂々と2人一緒になれる。

 そう思っていた。

 しかしここからが2人の苦難の始まりであった。

 誰憚ることなく一緒に暮らすことができると思っていた2人。しかしそれを世界が許さなかった。

 人族は魔族を、魔族は人族を、大戦終結前と変わらぬほど憎み見下し蔑んだ。争いは終わっても、2つの種族の間には大きな溝が横たわっていた。

 2人が、自身の家族に一緒になることを報告する為、エルフの国を訪れようとした時。魔族であるシラーは人族からの攻撃を受け、まともに道を歩くことさえできなかった。伴侶となる女の親に会うどころか、エルフの国に入ることさえできなかった。

 それは魔族の領土でも同じだった。魔族達は、人族と見れば問答無用で攻撃を仕掛け、容赦なく殺しにかかってきたのだ。

 2人は互いの家族からは縁を切られ、自族からは裏切り者の烙印を押されてしまった。結局、大戦が終わってからも、周囲の目から隠れる様にして暮らすしかなくなってしまったのであった。


 そして2人は各地を転々とし、まだ町はなく小さな村しかなかったかつてのセーラノに辿り着いたのである。

 2人は山の中に庵を築き、人目を避けてひっそりと暮らしていた。しかし山に入ってくる人間もいる為、村人とある程度、関わりを持つようにもなっていた。

 その相手をするのはもっぱらセリーヌであった。魔人イビルスも見た目は人間ヒューマスと変わりはないが、いつ正体がバレこの地を追い出されるかも分からない。そう考えると、自然と人との関わりは少なくなっていった。

 村の者達と食料の交換を行ったり、時には魔法で助け、また病の時は村人の施しを受けた。積極的に関わることもないが蔑まれることもなく、2人は寂しくも穏やかな時を過ごした。

 大戦終結から200年が経とうとした頃、2人の間に1人の子供が生まれた。シャリーである。

 髪が生える頃にはセリーヌの面影が色濃く出ており、正にエルフらしい姿をしていた。

 淡く輝く美しい金の髪、芽吹いた若葉を溶かし込んだ様な翡翠の瞳、細く長い木の葉の様な耳、そして幼子をして将来の美貌を感じさせる整った顔立ち。

 しかし夜の帳が落ちたが如く深く吸い込まれる様な黒紫が、片方の瞳と髪の1房に宿っていた。純血のエルフには出るはずも無い特徴。見る者が見れば、混血、それも魔人イビルスの血が混じっていると、すぐに分かる姿だった。

 2人の親はシャリーに尽きることのない愛情を注ぎ、育てた。その生まれから、人族からも魔族からも受け入れられないだろうことが分かっていた。それでも、だからこそ、シャリーがこれから貰うはずの愛を、2人は惜しみなく与えたのである。

 2人の愛情を一身に受け育ったシャリーは、心優しい少女となった。人を恨まず、助けを求める者には手を差しのべた。心ない言葉にも笑顔を絶やさず、人を愛した。

 そんなシャリーには魔法の才能があった。

 かつて人魔大戦の英雄と呼ばれたシラーとセリーヌの間に生まれた子供は、幼いながらその力の片鱗を見せたのだ。

 2人は喜び、シャリーに魔法を教えた。しかしそれは人を殺す為にではない。大切な誰かを守る為の力として。

 そうしてシャリーは人との関わりの少ない山の中で暮らしながら成長し、50年が経つ頃には両親に迫る程の戦士となっていた。

 そんなシャリーにある悲しみが降りかかる。

 両親との死別である。

 まず始めに父のシラーが寿命でこの世を去った。500年。魔人イビスルとしては長い一生、愛する妻と子に看取られ彼は目を閉じた。

 それを追うようにして、母、セリーヌも生涯に幕を下ろした。エルフとしてはまだ盛りの頃ではあったが、愛する夫を亡くした悲しみの為か、眠る様に息を引き取った。

 悲しみに暮れるシャリー。しかしそれを引きずることはなかった。

 父母の教えの下、心身共に強くなったシャリー。母を弔い、墓を父の隣に作ると、彼女はいつもの生活に戻っていった。

 山の中で生活の糧を得、時には山の麓で村人達と物品の交換を行う。

 この頃になるとセーラノは町として成立し始めていた。山の資源が豊富。他の町々の中央部に位置し、凶悪な獣や魔物も少ない。これらの環境の為、街道を行き町を訪れる人が増え、段々と発展してきていた。

 その変化の中、シャリーは山で引きこもるのではなく、積極的に町へ降りていくことを選んだ。

 セーラノの山で採れるものを旅人などに売れば、収入にもなりセーラノのことをよく知って貰えると考えたからだ。50年棲んだ山は庭と変わらず、地元の人間でも探すのが難しい食材なども簡単に見つけることができた。

 今と変わらず山に隠れ住むシャリーを蔑む者はおり、普段から着飾ることはなくいつしか薄汚れとも呼ばれる様になったが、シャリーはこの町が好きだった。

 愛する両親が居付き、息を引き取ったセーラノの山と町。この大地の発展と共にシャリーは今まで生きてきたのである。

 アルクラドと出会ったことも、そうしたシャリーの日常の一部であったのだ。


 しかし、その日常にも終わりが近づいていた。

お読みいただきありがとうございます。

転勤のバタバタの後、引っ越しのバタバタがあり、少し更新時間遅れてしまいました。

これでようやく落ち着いたはずですので、改めて小説執筆、更新に努めます。

次回もよろしくお願いします。

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