戦いの果てに
男らしさを決める戦い。
腕闘での力比べで筋骨隆々の大男ビリーを破り、世界最強の酒『ドワーフ殺し』の飲み比べてドワーフの血を引くビッケルを下したアルクラド。
残るゲオルグが提案したのは、食べ比べの勝負だった。
「条件はさっきまでと同じだ。お前が勝てば次の時に食事を奢る。俺が勝てばアミィちゃんを諦めろ」
「良いだろう」
アルクラドは考える間もなく答える。先程からビリー達が繰り返す、アミィちゃんを諦めろ、との言葉の意味は分からないが、負けるはずのない勝負を厭う理由はないからだ。
ゲオルグ、アルクラド、そしてビリーの3人がテーブルに着く。ビッケルは未だ酔いつぶれたままなので、そのまま床に転がされている。
「それじゃあ始めるぞ。アミィちゃん、料理を頼む」
「分かったわ。でもあんまり無理しちゃダメよ?」
ゲオルグの言葉にアミィは頷き、奥から料理を運んでくる。
勝負は単純。
焼いた熊肉と野菜、そしてパンを1人前として、それをどれだけ多く食べられるかを競うのだ。
各々、自分の料理を食べ始める。
アルクラドがいつもの速度でゆっくり食べていくのに対し、ゲオルグとビリーはいつもより速く食べ進めていく。ビッケルと同様の作戦で、満腹感がやってくるまでにできるだけたくさん詰め込もうというのだ。
そんなアルクラド達を見て、店の客達は勝手に賭けをやり始めていた。
この勝負も一見するとアルクラドが不利だが、力が強く大酒飲みとなれば大食いであっても不思議ではない。ビリーとゲオルグもかなりの大食漢として有名であり、かなりの接戦になるのではと皆は思っていた。
現在の人気は、1番からゲオルグ、アルクラド、ビリーの順で、身体の一番大きなビリーが勝利は薄いと思われていた。やはり力比べと飲み比べで勝利したアルクラドは、かなり期待されている様だ。
開始からしばらくして、早くもビリー達は5皿を平らげた。対してアルクラドはまだ2皿目の途中だ。
そこからもどんどん差を広げるべくビリーとゲオルグは一心不乱に料理を食べ進めていく。
「葡萄酒を頼む」
一方アルクラドは料理を楽しむ為に酒を注文する。2人と差は開いているが、時間に制限はない為、慌てる必要はないのだ。
アルクラドが酒を注文するのを見て、まだ飲むのか、と客達は驚愕する。ただビリー達と差が開いても食べる速度を変えない為、徐々に人気が下がってきた。
モシャモシャとひたすら料理を食べる3人。1皿、また1皿と空になった皿が積み上げられていく。
開始から1刻になろうとする頃、ゲオルグ15皿、ビリー12皿、アルクラド10皿と、かなり差が詰まってきていた。更にゲオルグの料理を運ぶ手が遅くなり、ビリーは完全に止まっていた。
対してアルクラドは開始直後と一切変わらない様子で、未だ料理を食べ進めている。すぐにでもビリーを追い越し、ゲオルグに近づくだろう。
それを見て焦るビリー。止まっていた手を何とか動かし、料理を口に詰め込んでいく。その表情は苦しげだ。
「ビリーよ、腹が膨れたのなら無理に食すな。その様な顔で美味いと思えるはずが無い。店の主人も愉快では無いだろう」
食に対して並々ならぬ関心をあげるアルクラドは、ビリーの様が気に入らなかった。
「寄越せ。其方はもう食すな」
アルクラドは、苦しげに料理を食べようとするビリーから皿を奪い取り、自分の皿に移してしまう。初めこそ返せと目で訴えていたビリーだが、すぐに自身の限界を悟り料理の奪還を諦めた。
「其方もだ、ゲオルグ。その様な食事を何とも思わぬ顔で食すのなら、もう止せ」
端から見れば一番何とも思っていない顔で食べているのはアルクラドだが、彼は1皿ごとに美味いと思いながら食べている。対してゲオルグは量を食べることだけに注力し、味など気にもしていなかった。
結局、アルクラドが16皿目でゲオルグに追いつき、食べる速度の変わらぬアルクラドにゲオルグの心が折れた。アルクラドはゲオルグからも料理を奪い、16皿と半端を2皿を食べきった。
こうしてアルクラドは、3人から挑まれた男らしさ比べに見事勝利したのである。
アルクラドと3人の男らしさ比べが終わった後、店の中は歓声に包まれていた。ビリー達3人を歯牙にもかけない様子で勝利したのは、勝負にすらならないと思った細身の麗人だったからだ。
「あんた凄ぇよ!」
「いいもん見れたぜ!」
「あんたのおかげで稼げたよ。ありがとよ!」
などと、客達から妙な人気を勝ち取った。賭けで勝った者も、ホクホク顔でアルクラドに礼を言っている。
そんな店内の高揚した様子とは裏腹に、ビリー達の表情は暗かった。全力を尽くして負けたのだから文句の言い様はないが、これから更に絶望的な勝負が始まるかと思えば、表情も暗くなる。つまりアミィを賭けた恋の戦いである。
「アルクラド……勝負はやってみねぇと分からねぇ。最後はアミィちゃんが決めることだからな」
それでも彼らに諦めるという選択肢はない。精一杯の強がりである。
「待て。何故、先程からアミィの名が出てくるのだ? そも我は何故、其方らに勝負を挑まれたのか、分かっておらぬのだが……」
ここに来て意外なアルクラドの告白。3人は同時に首を傾げる。
「なぜって……お前もアミィちゃんを狙ってるんだろ?」
「いい娘だって言ってたし」
「狙う、とはどう言う意味だ……?」
何を今更、と言うビリー達に対し、アルクラドは首を傾げたまま。
「意味って……恋人や夫婦になりたいってことだよ」
「夫婦になりたいと……? 我はその様な事は思っておらぬが……」
「何だって……?」
双方の食い違いが浮き彫りになっていく。
「我は伴侶を得るつもりはない」
アルクラドがアミィに対し良い娘だと思ったことは事実だが、あくまでそれは店での働きぶりやその姿勢に対してである。女性としての評価をしたわけではなかった。
「……っなんだよ! 心配して損したじゃねぇか!」
大きな溜息とともに、安堵の表情を見せるビリー達。今までの暗い表情が嘘の様である。
「お前さん、二言はないだろうな?」
「後から違うと言い出してもダメだからな!」
いつの間にか復活していたビッケルと、ゲオルグも大いに喜んでいる。
「無論だ。我は嘘を好まぬ」
そもそもそのつもりがないのだから、嘘も何もないアルクラドである。
「よっしゃ! お前がこの町にいる間、改めてよろしく頼むぜ!」
晴れやかな笑顔でビリーはアルクラドに握手を求める。勝負に負けて散財したのは痛いが、そんなものはまた依頼で稼げばいいのだ。強大な恋敵が、実はそうでなかったと分かったことの方が大事だった。
「うむ。依頼を共にする事があれば、その時は頼む」
ビリー達がなぜこれほどまでに元気になったのかはよく分かっていないが、ひとまずアルクラドは握手に応じる。ビッケルとゲオルグとも握手を交わし、アミィに関する停戦協定が締結された。
そうして騒がしい食事が終わったのだが、飲み比べ、食べ比べをした結果、代金が途轍もないことになっており、ビリーは顔面蒼白になっていたのだった。
翌日の昼頃、アルクラドはギルドの扉の近くで、良く熟れた果物にかぶり付いていた。もちろんシャリーから購入したものであり、いつも通りのいい食べっぷりに驚きつつも満足げな表情で、シャリーはそれを見ていた。
いつもの赤い果実イカクに加え、イルクという木の実も採ってきていた。イルクは剣が何本も付いた様な殻を持つ木の実で、茹でたり焼いたりして食べる。小ぶりな芋ほどの大きさで、見た目や食感も芋に似ている。しかし芋とは比べものにならない甘味を持っている。
「これも美味だ」
口に入れると溶ける様に崩れ、滑らかな舌触りと共に甘味が広がっていく。優しい甘さが口の中に纏わり付き、余韻として長く残っていく。
その味をアルクラドも気に入ったのか、口の中の水分が奪われる食べ物にもかかわらず、次々の口の中にイルクを放り込んでいく。
表情に変化はないが、どこか満足げな雰囲気を醸し出している。
その姿を見て、シャリーは思う。
こうしているとよく食べる人間にしか見えない、と。
だからだろうか、思わず尋ねてしまった。
「旦那はどうして、人族のフリをしてるんですか?」
一瞬動きを止めた後、手元からシャリーへと視線を移すアルクラド。無言でシャリーを見つめている。
アルクラドは驚かない。人族でないことなど、見れば分かるのだから。
対してシャリーは戦慄した。無言で自分を見つめるアルクラドに、禁忌に触れたのではないか、殺されるのではないか、と顔を青くした。同時に自分の軽率さを呪った。
「……世を識る為だ。我は、我が我である事以外、良く識らぬ。人族として振る舞うのは、人族の領域にいるからに過ぎぬ」
シャリーの恐れに反して、アルクラドは何でもない様に答える。殺されずに済んだと、ホッと胸をなで下ろす。
「でも旦那なら魔族だとバレても、問題ないんじゃないですか?」
「それはそうだが、面倒ではある」
アルクラドにとって魔族だとバレることは、確かに問題はない。町から出て行けと騒がれたり、討伐隊が組まれるかも知れないが、それも大した問題ではない。が、面倒は面倒だ。特に食事の調達が困難になるのはできるだけ避けたい。
「でも、貴方の様な方なら、その力で全てを手に入れられるんじゃないですか?」
先程のやりとりで何を聞いても大丈夫だと思ったのか、少し突っ込んだことを尋ねるシャリー。それに対し考えるそぶりを見せるアルクラド。
「全てを手に入れる事に興味は無い。我が欲するのは、美味なる物を食する事だ。諍いが起これば面倒故、人族として振る舞っておる」
アルクラドの力を持ってすれば世界を支配することなど容易い。しかしアルクラドはそんなことには興味はない。世を識ること、更に言えば美味しい物を識ること食べることが、興味の対象なのだ。
「美味しいものもタダで、いくらでも食べれますよ?」
「金を得る手間など無いに等しい故、それは今も変わらぬ。其方も金が支払われねば困るであろう」
「それはもちろん!」
「我も其方ら、食事を売る者がいなくなっては困る故、金は払う」
アルクラドにとって食事の欲求は、今やとても大きなものだが、生きる為に必須なわけではない。依頼をこなす時間などアルクラドにとってはないに等しく、その時間を惜しんで無銭飲食するつもりはなかった。料理店や屋台を営む者が、生きる為に食べ物を売っていることを、分かっているからだ。
「旦那が世界を支配するつもりがなくて良かったです。私も売り物をタダで取り上げられちゃ、生活が苦しくなりますからね」
アルクラドに支配欲求がなくてホッとするシャリー。そのシャリーをアルクラドはじっと見つめている。
「どうしました……?」
その様子に首を傾げるシャリー。
「其方も物売り等せずとも金を得られるのではないか? 其方であれば冒険者として充分であろう」
単純な疑問。しかしそれに続く言葉は、多くの者からすれば的外れともいえるものだった。
みすぼらしい恰好をした華奢な少女。そんな彼女が冒険者として充分だとは、誰も考えないだろう。
「それは……」
そんなアルクラドの疑問に言いよどむシャリー。言葉に詰まるのか、口だけが言葉の形を作っている。
しかしアルクラドもそれほど興味があるわけではない。ただ疑問が浮かんだに過ぎない。
「言えぬなら言う必要はない。我は特別識りたい訳でも無い」
考え込むシャリーに言う。
「私や私の両親に関わることで、余り言いたくはありません。すみませんが……」
「気にするな、我も聞かぬ事にしよう」
彼女にとって大切なことなのだろう。謝罪を口にし目を伏せた彼女の表情には、申し訳なさと愛おしさが混在していた。
「アルクラドじゃねぇか。何してんだ?」
その時、アルクラドを呼ぶ声が聞こえた。髪の毛のない筋骨隆々の大男、ビリーである。
ビリーの声にアルクラドは振り返り、シャリーはローブを目深に被りなおした。
「果実を食していた」
「へぇ~。ん? そっちはもしかして薄汚れか……?」
ビリーはアルクラドの陰に気配を断つ様にして隠れていたシャリーを見つける。
「識っておるのか?」
「名前だけはな。俺もこの町に長くあるから、色んな奴の話も聞こえてくるんだ。嬢ちゃん、安心しな。俺は他の奴らみたいに、あんたをいじめたりしねぇよ」
おずおずとロープの境目から覗き見るシャリーの目に、ビリーの愛嬌のある笑顔が映っていた。
「ところで2人は何を話してたんだ? 俺は今から依頼を見に行くんだが」
何気ない様子で尋ねるビリー。まさしく何気ない世間話のとっかかりである。何の他意も含まれていない。もちろんそれはシャリーも分かっている。
しかしアルクラドはその言葉を言葉通りに受け止めた。
「この娘の正体についてだ。だが他言せぬと言う契り故、其方に言う事は出来ぬ」
「えっ……!?」
「ん……?」
バカ正直に答えてしまった。
慌てるシャリー。首を傾げるビリー。
「何でもありませんただの世間話です! 今から依頼に行くんですねお腹が空いた時に食べてください!」
シャリーは大慌てでまくし立て、少し残っていた干し肉や果物をビリーに押しつけ、ギルドの中へと押しやった。
「こっちに来て下さい!」
続けざまにアルクラドの手を引き、町の外れへと走って行く。
そして人のいなくなった場所へ着くとキッとアルクラドを睨みつけた。
「貴方は何を口走ってんですか~!!」
昼下がりのセーラノの町に、シャリーの怒声が響き渡ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ギャグパート終了です。
この話の後半からシリアスに突入できるかな、と思っていましたが、結局ギャグっぽく終わってしまいました。
次回から徐々にシリアス、バトルパートに移行していくと思います。
次回もよろしくお願いします。