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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第4章
42/189

漢達の戦い

 街道での異変をギルドに報告したビリー達は、4人でアミィの店に夕食を食べにきていた。50体を超える魔物を討伐したおかげで、報酬がかなりの額になったからだ。

 街道や町からまだ完全に脅威は取り除かれていないかもしれないが、それはそれ、これはこれ。楽しめる時に楽しむのが冒険者の流儀である。

「それじゃあ、依頼の成功とオレ達の出会いに!」

「「「乾杯っ!!」」」

「乾杯」

 ビリーの音頭に合わせ大きく声を上げるビッケルとゲオルグ。アルクラドも声量はいつもと変わらないが、同じく声を上げ彼らの木杯に自らの杯をぶつける。

 そして皆、天を仰ぎ杯を大きく傾け、麦の穂から滴り落ちた泡立つ神の雫を飲み干した。

「っぷはぁ~! やっぱ一仕事終えた後の酒は最高だな!」

 口元に白い髭を生やしながら、幸せそうに大きく溜息を吐くビリー。ビッケルとゲオルグも、大きく頷き同意を示している。

「しかし今日は、アルクラドがいなかったら危なかったな!」

「あぁ、そうだな。ほんとあんたのおかげで助かったよ」

「全くだ。ワシはあの群れを見た時に死を覚悟したぞ」

 新たな酒を飲み注文した料理を待ちながら、3人は今日の依頼を振り返る。アルクラドのおかげで難なく終えることができたが、通常であれば生き残ることさえ難しい状況だった。それを乗り越えたことで、3人はアルクラドに強い信頼を覚えていた。

「はい、お待たせしました。熊肉の煮込みよ」

 そこへアミィが料理を持ってやってくる。この店で一番人気の料理である。

「あとアルクラドさんには熊の生肉ね」

 まだ本日仕入れた生食用の熊肉が残っていた為、アルクラドはそれをあるだけ注文した。結局、アルクラドが熊の生肉を食べた後も他の客から注文はなかった。その為5~6人前の生肉が残っていたのである。

「ところでよ、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 そんな中ビリーが神妙な顔をして、小さな声で言う。

「アルクラド。お前、アミィちゃんのこと、どう思ってるんだ……?」

 ビッケルとゲオルグがピタリと動きを止める。

 そして強張った表情でアルクラドを見る。

「どう思っている……?」

 アルクラドは首を傾げながら、言葉の意味を考える。他人についてどう思うなど普段は考えないが、関わりのある者に関心がないわけではない。

 アミィについて考えて見れば、よく働く娘だという印象だった。賑わう店の中を笑顔で動き、料理の説明も淀みなく行う。元々の味がいいのもあるが、それを更に美味しく感じさせる術を彼女は知っているように思えた。

「もしかして、狙ってんのか……?」

「狙うと言う意味が分からぬが、良い娘であるとは思う」

 焦れたビリーが返答を促せば、アルクラドは首を傾げたまま答える。

「「「……っ!」」」

 その答えに3人が揃って絶句する。

 その見た目から武器を持った戦いにおける戦闘力は、お世辞にも高そうには見えない。しかしそれがこと恋路における戦いとなれば、それはもう計り知れない。

 ビリー達3人は、アルクラドとの戦いを想像し、深い溜息を吐いた。

 勝てるわけがない、と。

 女性と見紛う一切狂いなく均整の取れた顔立ち。線は細いが背は高く、気品溢れる佇まい。その見た目とは裏腹に、戦えば魔物の群れを1人で退ける力を持つ。

 物語の主人公の様であり、今まで女に大層モテてきただろう、と3人は邪推する。

 しかし、とも3人は思う。

 人の好みは千差万別。醜女を良しとする男もいれば、過ぎた美形は嫌な女もいる。その好み如何によっては、勝ち目があるかも知れない。

 勝ち目のない戦いにも、時には挑まなければならない。それが冒険者である。

 3人はここ最近で、一番の大勝負を仕掛けようとしていた。


 さて、どうする。

 3人は考えた。

 勝負をすると言っても、一斉に自分の気持ちをぶつけて返事を待つ、などという手段は取れない。じっくり時間をかけていれば成るものが、成らなくなる可能性もある。

 ここはひとつ、自分達の良い所を見せるべきだと考えた。客観的に見れば見た目で劣っていることは明白なので、それ以外の長所を見せようというのだ。

「アルクラド……オレ達と、勝負しようぜ」

 自分達にあって、アルクラドにないもの。それは男らしさだと、ビリーは考えた。

 線が細く均整の取れた中性的な顔立ちを持つアルクラドは、確かに美しい。しかし強い男が持つ荒々しさの様なものは持っていない。そこに勝機があると、ビリーは考えたのだ。

「勝負……?」

「そうだ、勝負だ。オレと力比べをしよう」

 首を傾げるアルクラドに、ビリーは言う。そして指差すのは、店の中央にある1つのテーブルだ。

 樽の上に板を乗せた様な作りだが、天板の大きさは小ぶりだ。その分かなり厚みがあり、とても頑丈そうであった。

 そのテーブルを挟み、向かい合う男達がいた。

 テーブルに肘をつき、互いの手を握りしめ、空いた手で天板の端をしっかりと持っている。握り合う2人の手の上に、もう1人の男が手を置いている。

「始めっ!」

 男はかけ声とともに手を離し、向かい合っていた男達は相手の腕を倒すべく互いに全力で押し合っている。

「あれは腕闘って言ってな。ああやって、どっちの力が強いか、力比べをするんだ。普通は金を賭けて勝負するんだが、オレ達と別なものを賭けて勝負しようぜ」

「良くは分からぬが良いだろう。次の食事が来るまでなら相手をしてやろう」

 力比べなど興味のないアルクラドだが、食事中でもなければ特に断る理由はない。店の様子を見てみれば大いに盛り上がっている様子なので、勝負を受けてみるのも一興か、と考えていた。

「お前が勝ったら今日の金はオレが全部出す。オレが勝てば……アミィちゃんのことは諦めてくれ」

 真剣な表情のビリー。決死の覚悟で戦いを挑む時の様な顔である。一方アルクラドはいつも通りの表情だが、首を傾げている。

「良いだろう」

 結局、深く考えることを諦め、タダで食事ができるのだとだけ理解した。

 先程の男達の腕闘が終わったのを見て、ビリーとアルクラドは中央のテーブルへと向かう。ビッケルとゲオルグも一緒に向かい、力にそれほど自信の無いゲオルグが審判を務めることになった。

「おい、ビリー! そんなの相手じゃ勝負になんねぇだろ!」

「賭けにもならねぇじゃねぇか。もっと強ぇやつと勝負しろよ!」

 ビリーとアルクラドの組み合わせを見て、周りの客がはやし立てる。背丈こそ近い2人だが、身体の厚みは全く違う。

 筋骨隆々のビリーと比べると、アルクラドは余りにも痩躯に映る。周りの客達の言葉も納得である。

「うるせぇ! これは漢と漢の真剣勝負なんだ、邪魔すんじゃねぇ!」

 が、そんなことはビリーには関係ない。卑怯でも何でも、アルクラドの口から諦めるの言葉を引き出さねばならないのだ。

「やるぞ、アルクラド」

「うむ」

 2人はテーブルに肘をつき、互いの手を握る。

 ビリーは初めから腕に力を込め、相手の手をグッと握りしめる。対してアルクラドは握手程度の力に留め、ビリーの手を握っている。手袋越しに伝わるその頼りなさに思わず力を緩めそうになったビリーであるが、首を振り力を込め直す。

「……始めっ!」

 2人の準備が整ったことを確認し、ゲオルグがかけ声とともに手を離す。

 ビリーは持てる力の全てを解放した。

 勢い余ってアルクラドの腕をテーブルに思い切り叩きつけてしまうかも知れない。そのせいでアルクラドが怪我をしてしまうかも知れない。それでも力を弱めることなく相手の腕を倒しにかかった。

 アルクラドの腕が何の抵抗もなく倒れ始めた。

 行けるっ!!

 ビリーが勝利を確信した、次の瞬間。

 絶望した。

 腕が全く動かない。

 拳1つ分傾いたところから髪の毛1本分も動かすことができない。まるで鉄の彫像を相手にしている様だった。

「おいおい、そんなところで止めたら、逆にかわいそうだぜ」

「そうだぜ。どうせならさっさと終わらせてやりな」

 今の状況を見て、周りはビリー優勢だと思っている。早く決めてしまえと急かされるが、それどころではなかった。

 目の前の美しい顔はいつもと変わらず涼しげで、力を入れている様には見えない。なのに少しも動かない。

「もう力は出し切ったか?」

 アルクラドが静かに言う。

 その言葉と同時にアルクラドが腕を動かし始めた。

 ビリーは更に力を込める。顔を頭まで真っ赤にして対抗するが、全く押し返すことができない。

 周囲の客達も、嘘だろ、とざわめき始めている。

 少しずつ少しずつビリーの手が傾き、テーブルが迫ってくる。そして音もなくビリーの手の甲が、テーブルにピタリとくっついた。

 アルクラドの勝利である。

 周りは余りの出来事に一瞬言葉を失うが、すぐに爆発的な歓声を上げたのだった。

 ちなみに続いて勝負を仕掛けたビッケルも、ビリーと同じく手も足も出なかったのであった。


「次はワシと飲み比べで勝負だ! お前さんが勝てば次に飯を奢ってやる。ワシが勝った時の条件はさっきと一緒だ」

 次に勝負を挑んだのはビッケルだった。

「良いだろう」

 既に食事が運ばれてきているが、飲み比べならばテーブルから離れる必要はない。料理と一緒に酒も飲めるため、アルクラドに否やはなかった。

「ビッケル! お前、ドワーフの血が入ってるじゃねぇか!」

人間ヒューマスがドワーフに勝てるわけねぇだろ!」

 周りの言う通り、ビッケルはドワーフの血を引いている。

 ドワーフは酒好きの種族として知られており、その酒の強さも有名だ。焼酒を麦酒や葡萄酒の様に飲むのだから、普通の人間ヒューマスには手も足も出ない。それが世界の常識だ。

「うるせぇ~! これは漢同士の戦いだ! 部外者が口出すんじゃねぇ!」

 ビリー同様、周りの客達に怒鳴るビッケル。彼もまた、アルクラドの口から諦めたという言葉を引き出す為に、手段など選んでいられないのだ。

「ビリーの時の様にいくとは思わないことだな。漢の酒の飲み方を教えてやる。『ドワーフの隠し酒』を持ってきてくれ!」

 ドワーフの隠し酒。

 別名『ドワーフ殺し』

 ただでさえ強い焼酒の酒精を更に強くした、ドワーフさえも酔わせる恐ろしく強い酒である。

 余りに強い為、量を飲めるのはドワーフかその血を引く者だけである。しかし味はよく少量であれば酷く酔う事はないので、結構な人気のある酒である。

「こいつをどれだけ飲めるか勝負だ。飲み過ぎるとおっ死んじまうから気を付けろよ」

 調子に乗って飲み過ぎ死んだ者がいるくらい、本当に危険な酒である。そんな酒の入ったかめが2つ、テーブルの上に置かれた。それぞれかめの傍に杓と木杯が置かれている。

 ビッケルはかめを身体の前に寄せ、掬う杓から直接、酒を飲んでいる。まるで水を飲むかの様にガブガブと飲んでいく。その様に周りの客達は、流石ドワーフ、と歓声を上げている。

 対してアルクラドは木杯に酒を注ぎ、食事と一緒に飲んでいる。ビッケルよりも飲む速度は遅いとは言え、ドワーフ殺しの強さに顔をしかめることはない。

 店の客達も、稀に見る見応えのある飲み比べに、白熱していた。

「アルクラド、なかなかやるな! だがそんなチンタラ飲んでると、酔って飲めなくなっちまうぞ」

 ドワーフ殺しはとても強い酒で、ドワーフの血を引く者でさえ最後は完全に潰れてしまう。ビッケルは酔いが回ってしまう前にできるだけ多く酒を飲む作戦なのだ。

「我は酔わぬ。其方は酒を味わって飲め。造った者への礼に欠ける」

 あらゆる毒も効かぬアルクラドは、いくら強くとも酒に酔うことはない。ドワーフ殺しの強い刺激は感じているが、酔いがやってくる気配は一向にない。

「ふんっ、そんなことを言っていられるのも今のうちだ」

 ビッケルはアルクラドの言葉を戯れ言と判じ、更に飲む速度を上げる。酔いが回ったときの苦しみは地獄だが、勝てるならそれで良かった。

 アルクラドはビッケルの態度が気に食わなかったが、それを口にすることはなく淡々と酒を飲んでいく。

 そうこうしているうちに、ビッケルが1つ目のかめを空にした。

「どうぁ~! ワシまらまらまだまだ飲めるぉ……」

 ドワーフ殺しをかめ1つ空ける偉業に客達は沸くが、ビッケルはかなり酔っている様だ。視線はあちこちを彷徨い定まらず、言葉もかなり舌っ足らずになっている。

「我もまだ飲むが、食事がなくなった。アミィ、炙り熊肉を頼む」

「はぁい! すぐに持ってきますねっ!」

 対するアルクラドは全く酔っている様子もなく、平然としている。かめの中も残り少なく杓であと数回掬えば、空になるだろう。

 アルクラドに注文をもらい嬉しそうに店の奥へアミィが消えた後、アルクラドはひと口だけ酒を飲み料理がくるのを待っている。

 ビッケルは己が限界にあることを悟っていたが、このままでは負けてしまう、と追加で酒を注文した。

「もうっ個、追加!」

 それに驚いたのは周りの人間達だ。

「止めとけ! もう無理だ!」

「さすがのお前も死んじまうよ!」

 流石のドワーフも、ここから更にドワーフ殺しを大量に飲めば死んでしまう。ビッケルの知り合い達が、止めに入る。

「うるぇ~! 酒死ねるなら、本望!」

 ビッケルはそう言って必死に抵抗するが、酔いのせいで思う様に身体を動かすことができず、テーブルから引きずり下ろされてしまった。

 その間に料理がやってきた為、アルクラドは引き続き酒を飲み始めた。

 すぐに1つ目のかめがなくなり、2つ目に突入した。

 そして途中で料理を待つ間の僅かな休みを挟みながら、2つ目のかめも空にしてしまった。

 その頃にはビッケルは酔いつぶれ眠ってしまっており、誰がどう見てもアルクラドの勝利だった。

 力でビリーを圧倒し、酒でビッケルを寄せ付けもしなかったアルクラド。

 凄い奴が現れた、と店の客から畏敬の念を集めていた。

お読みいただきありがとうございます。

閑話以外では恐らく初の、がっつりギャグ回です。

思ったより長くなったので、次回も半分くらいはギャグ回です。

徐々に4章の核に向かっていきます。

次回もよろしくお願いします。

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