街道の異変
セーラノの町に来てから2日目の昼時、アルクラドは町から2~3刻ほど歩いた街道にいた。
シャリーと別れギルドで熊の狩猟依頼があるかを確認したところ、依頼は貼り出されていなかった。ギルド員に尋ねると、山の環境を大きく変えない為にしばらく狩猟依頼はないと言われたが、その代わりに街道での魔物退治を依頼されてしまったのだ。
初めは他の依頼をするつもりはなかったが、ギルド員に是非と頼まれ、結局は受けることにした。強い冒険者を必要としていたギルトが報酬をはずんだことも、アルクラドが依頼を受ける後押しをした。いくらでも食べる彼にとって、金の多さは食事の多さと等しいのだから。
そうして依頼を受けたアルクラドは、現在あるパーティーと一緒にいた。男3人のパーティーで、彼らは皆、アミィの店の常連客であった。
リーダーは金属製の槍を携えた大柄な男で、頬に傷があり頭に髪はなかった。身体は大きく鍛えられており威圧感があるが、その表情は愛嬌があり温和そうなものであった。
もう1人は小ぶりな戦鎚を携えた男で、大きな盾を背負っている。リーダーと違い背丈はそれほど高くはないが、身体は太くがっしりとしている。濃いひげ面の男だが、意外にも目が大きくクリッとしている。
最後の1人は平均的な背丈の、引き締まった身体をした男だった。茶色の髪を短く刈り込み、精悍な顔つきをしていた。腰に片手持ちの剣と盾を携え、弓矢を背負っていた。
彼らは順に、ビリー、ビッケル、ゲオルグと言い、セーラノの冒険者の中でも実力の高いパーティーだった。
「オレはビリーだ。よろしくな」
「ワシはビッケルだ。そんな細っこい身体で戦えるのか?」
「俺はゲオルグだ。よろしく頼む」
3人は睨む様な目でアルクラドを見ながら、とりあえず挨拶をする。
「我はアルクラドだ。よろしく頼む」
アルクラドは3人のそんな視線を気にすることなく、そもそも気付くことなく挨拶を返す。
余り雰囲気の良くない中、4人は街道を歩きながら、魔物を探していたのであった。
鋭い風切り音に続き、大地を抉る鈍い音が辺りに響く。オークソルジャーの大剣が空を切り、地面にめり込んだのだ。
「そんな鈍い攻撃が当たるかよっ!」
ビリーが巧みな槍捌きでオークを追い詰めていく。敵の攻撃を躱し石突きで相手を殴打し、そこで生まれた隙を突いて、穂先での斬撃や刺突を与えていく。
「ぬぅおおぉぉ!!」
ビッケルが雄叫びを上げ、オークの棍棒を真正面から受け止めている。棍棒と盾が激しくぶつかり合い、細かい木片が飛び散っている。ビッケルは攻撃を防いだと同時に戦鎚を振るい、オークに傷を与えていく。
ゲオルグも剣を持つオークと戦っていた。盾で上手く相手の攻撃をいなしながら、剣で手堅く傷を与えていた。武器の長さが違いなかなか致命傷となる攻撃はできていないが、確実にオークを追い詰めていた。
3人がオークと戦っている間、アルクラドはゴブリンの群れと対峙していた。それもゴブリンジェネラルが率いる軍団であった。20体以上いるゴブリンの半分近くがゴブリンソルジャーで、中にはゴブリンメイジまでいた。一般的な中級冒険者のパーティーでも太刀打ちできない、かなりの軍団である。
「すぐ片付けてそっちに行く! それまで何とか堪えてくれ!」
オークソルジャーと戦いながら、ビリーがアルクラドに言う。アミィの店のこともあり余り良い感情を持ってはいなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
中級冒険者の中でも高い戦闘力を持つであろうビリー達3人だが、オークソルジャーを瞬殺できるほどの力はない。更に早く助けに向かわねばという焦りが、いつもの実力を出す妨げになっていた。
「助けは不要だ」
しかしアルクラドにとってこれくらいは何でもない。
ゴブリンジェネラルは身体の大きさや力の強さでこそオークに敵わないが、それを補って余りある俊敏さや技術がある。場合によってはオークソルジャーに勝つこともありえるのだ。
更に通常のオークと同程度の強さを持つゴブリンソルジャーとゴブリンメイジが複数いる。通常であればこちらも複数でかからなければ、間違いなく殺されてしまう戦力差である。
が、それでもアルクラドにとっては、何でもないことなのである。
通常のゴブリンが十数体、一斉にアルクラドに向かって突撃してくる。その後ろにソルジャーが続き、更に後ろでメイジが魔法の準備をしている。ジェネラルは後方でその様子を窺っていた。
アルクラドに群がるゴブリン達。その手には各々が思い思いの武器を持っているが、そのどれもが欠けていたり刃が錆びていたりした。
そんな武器で攻撃しようと腕を振り上げた時、アルクラドは聖銀の剣を振るう。ゴブリン達が腕を振り上げたままアルクラドの傍を走り抜け、1拍遅れて、その腕と首が落ちた。
ゴブリン軍団のおよそ半数がこの一瞬で命を落とした。
ジェネラルはその様子を見て驚いている様であったが、ソルジャーやメイジはそうではなかった。仲間がやられたことに怒りを覚えたのか、ギャアギャアと喚きながらアルクラドに殺到し、また魔法を放ってきた。
通常のゴブリンと同じく小柄で緑色の体表をしたソルジャーだが、その体つきは随分と違った。その身体は逞しいと思える筋肉に覆われており、武器もまだまともだと思えるものを持っている。
メイジは身体こそ華奢であるが、その目には通常のものにはない知性の光が宿っている。だが油断なく敵を見る目も、今は怒りに染まっていた。
ソルジャーが自身の間合いにアルクラドを捕らえ、武器を振りかぶる。鋭い剣や槍、鉄を使った頑丈な棍棒や戦鎚が、アルクラドに殺到する。それとほぼ同時に、メイジの放った火の玉や土の矢、風の刃がアルクラドに襲いかかる。
しかしそれもアルクラドには届かない。銀閃ひとつで5体のソルジャーの首が地面に転がり落ちた。魔法も返しの1振りで魔力を散らされ消えてしまった。
メイジは驚き狼狽える。仲間が死に、自分達の魔法が全く効果を表さなかったのだから。
ジェネラルは歯痒い気持ちで仲間が死んでいくのを見つめていた。そしてアルクラドに対し途轍もない恐怖を感じていた。アルクラドからは強さを感じない。なのに叫び声を上げることすらできずに、斬り伏せられていく。
しかし戦わなければ待っているのは死だけだ。どのみち死が手招きをしているのであれば、少しでも生き残る可能性に賭けるしかない。ジェネラルは覚悟を決めて、愛用の手斧を握りしめた。
アルクラドは、意を決したジェネラルと戸惑いながらも再び魔法を放とうとするメイジ達に向かってゆっくり歩いて行く。
3体のメイジからバラバラに魔法が飛んでくるが、それらを軽々と斬っていく。
徐々にゴブリン達との距離が詰まっていく。
「グギャアァァ!!」
後少しで剣の間合いに入るというところで、ジェネラルが雄叫びを上げ走り出した。激しく隆起した密度の高い筋肉に精一杯の力を込め、大上段から思い切り振り下ろす。
ガキィイィンッ!
耳をつんざく様な音が響き、ジェネラルが後方へ吹き飛ぶ。アルクラドはジェネラルを斬り飛ばすつもりでいたが、振り下ろされた斧が思った以上に速く、結果としてジェネラルを守る盾の役割を果たしたのだった。
しかし強烈な斬撃を受けた斧は大きく傷つき、ジェネラルの腕もボロボロになってしまった。激痛と身体がバラバラになりそうな衝撃にジェネラルうずくまり動くことができない。
そのうちにアルクラドはメイジを剣の間合いの内に捉え、その首を刎ね飛ばした。そして地面に倒れ伏すジェネラルの傍らに立ち、聖銀の剣を高く掲げる。陽光に煌めく銀閃が首を斬り落とした。
未だビリー達がオークと戦っている中、アルクラドはゴブリン軍団を軽々と撃滅してしまったのである。
アルクラドがゴブリンの群れを倒した後しばらくして、ビリー達もオークを倒し終え、アルクラドの下にやってきた。
「お前、ほんとに強いんだな……」
「あんたのこと、甘く見てたよ」
アルクラドの強さを目の当たりにし、各々思うことがあった様で少ししおらしくなっている。ただアルクラドは彼らの雰囲気の違いに気が付かず、ただ極端に変わった表情に首を傾げていた。
「この辺りの街道では、あの強さの魔物が現れるのが当たり前なのか?」
ビリー達の表情の変化はさておき、アルクラドはセーラノへ続く街道界隈の普段の様子を尋ねる。アルクラドにとっては何ら脅威になり得ない存在でも、人族にとってどれほどの脅威になるのか。それも少しずつは分かってきていた。
少なくとも中級冒険者の中でも上位の人間が苦戦する魔物が頻繁に現れるのは異常だ、と思える程度には。
「いや……さっきのは異常だ。この辺りだとゴブリンの通常種と、ごく稀にゴブリンソルジャーかオークが出るくらいだ」
アルクラドに問われ、ビリーも表情を真面目なものに戻す。セーラノで長く冒険者をやっているビリーだが、中級冒険者が手こずる様な魔物の被害は聞いたことがなかった。
「それにおかしいのはこいつらの強さだけじゃねぇ……オークとゴブリンが仲間みたいに一緒に戦うなんて基本的にねぇんだ」
ビリーの経験上、そして多くの先輩冒険者から聞いた話でも、オークとゴブリンが足並みを揃えて人を襲ったことなど有り得ることではなかった。ビリーは何か底知れない不安を感じていた。
ビリーの言葉を聞き、アルクラドにも思い当たる節があった。この町の討伐依頼はゴブリン退治がせいぜいで、通常のオークの依頼ですら貼り出されてはいなかった。それだけ魔物の被害が少ないのだろうし、だからこそ今の状況は異常であった。
「こいつは、腰を入れて調べねぇとダメかも知れねぇな……」
1体やそこらのオークやゴブリンソルジャーが流れてくるだけなら、たまたまで済まされるかも知れないが、集団となれば話は別だ。異変の原因を突き止めないことには、被害を減らすことはできない。
「昔オーク討伐に行った場所が、いくつかある。そこも見てみようと思う。みんな、いいか?」
数は少なくともセーラノの近くでもオークは出現する。ビリーは今までの冒険者生活の中で何度もオークの討伐をしてきた。その中で出現率の高い場所はある程度決まっていた。そこを見れば何か手がかりが見つかるのではないか、と思ったのだ。
「アルクラド。あんたもそれでいいか?」
仲間が頷いたのを見て、改めてアルクラドにも確認する。先程の戦いを見て、ビリーはアルクラドに対する認識を改めていたのだ。
「異論はない。我はこの土地には明るくない故、其方に任せよう」
アルクラドも問題ないと頷く。アルクラドの受けた依頼は街道の脅威の排除であり、特に目的地があるわけではない。街道から離れようとも、脅威の元を断てるのならば問題ないと判断した。
「それじゃあ、証明部位を剥ぎ取ったら移動しよう。アルクラド、死体の処分を頼めるか?」
ビリーは皆に指示をした後、魔法が使えるアルクラドに死体の焼却を依頼する。
「屍を焼くのだな」
アルクラドは頷き、皆に交ざって証明部位の剥ぎ取りに混じる。魔物は20体以上いたが、4人でやればすぐ終わり、焼却をして移動となった。
移動後しばらくはアルクラドの無詠唱魔法に注目が集まった。魔法使いとも何度も組んだことのあるビリー達だが、アルクラドほど速く強い魔法を使う者に会ったことはなかったのだ。
そうしてビリー達は、過去にオークの出現率が高かった場所を回ったが、それはある意味では成果がなく、ある意味では成果があった。
向かったいくつかの場所には異常の原因となりそうなものはなく、オークの影もなかった。ビリー達には伝えていないが、アルクラドの鼻にもオークやゴブリンの臭いはかからなかった。
対して街道の脅威を取り除く意味では大きな成果であった。移動を始めてからもオークやゴブリンの上位種がたびたび現れたのだ。数こそ初めほど多くないが、数体の上位種が種族に関係なく現れ、結果として50体以上の上位種を狩ることになった。
これで街道の脅威はかなり取り除けた為、本来であれば喜ばしいことである。しかし普段、ほとんどと言っていいほど見ることのない上位種が、一気にこれだけ確認されたのである。
これはただ事ではない。ビリー達はその思いを強くした。そして不安げな表情を見せるビリー達の傍で、アルクラドは真面目な顔をして、今晩の夕食のことを考えていた。
見当違いなことを考えてるアルクラドを引き連れ、ビリー達は不安の中セーラノの町へ引き返していった。
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