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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第1章
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初めての依頼

 初めての依頼を受け町を出た翌日、アルクラドは陽が昇ると同時に町の中へ入る手続きの為、門の前にいた。

「本当に外で夜を明かしたんだな……」

 昨日、アルクラドが町を出る際の門番が今朝も担当の様で、呆れつつもどこかほっとした様子でアルクラドを見ていた。

 事の起こりは、昨日の夕方である。


 初めての依頼を受けアルクラドが町の外へ出ようとした時、時刻はすでに夕方を過ぎ陽が沈みかけている時間帯だった。冒険者としての登録や、辞書を調べるのに少なくない時間がかかったのだ。

「もう陽が沈む。夜になれば門を閉めるから、外で野宿をすることになるぞ」

「構わぬ。町の中であろうとなかろうと変わりはない」

 依頼の為に外に出たいアルクラドを門番が引き止めていた。

 夜になれば夜行性の魔物が現れたり、旅人を狙う盗賊の類いが出ることもある。自分に直接関わりのない人間であっても、無為に人の命を危険にさらすのは門番の本意ではなかった。しかも外に出ようとしているのは、10級の薬草採取を受けた駆け出しの冒険者である。町の外での野宿など自殺と変わらない。

「其方も門番の任があろうが、我は大丈夫だ。仮に何かあっても其方の責ではない」

 しかしアルクラドは外へ出ると言って聞かない。最上位の吸血鬼ヴァンパイアである彼にとって夜の森など何の脅威にもならない。

 一切の光のない暗闇も真昼の様に見通す眼があり、優れた聴覚は何者の接近も逃さず察知する。そしてそもそも魔物の方が彼を恐れて近づいてはこない。むしろ人族がいない分、外の方が気が楽なくらいである。

 しばらくの押し問答の後、門番を振り切るようにして町の外へと出ていったのである。


 目的の森へ到着したアルクラドは、薬草を探すため早速その優れた嗅覚を働かせる。

 森に漂う様々な匂いの中から、先ほど覚えた薬草の匂いを嗅ぎ分けていく。

 匂いの元へ行き薬草を採る。

 また匂いを探し、そこへ行き、薬草を採る。

 夜になっても変わらずに薬草を探し続ける。

 匂いを探し、そこへ行き、薬草を採る。

 嗅いで、行って、採る。嗅いで、行って、採る。その繰り返し。

 疲れを知らない彼は、夜通し、陽が昇るまでひたすらに薬草を採り続けた。

 どんどん溜まっていく薬草は、衣服と同じように創り出した大きな袋に入れていき、一杯になれば新しい袋を創り出していく。

 結果、薬草の詰まった袋が3つ、出来上がることになった。

 そうして大袋を3つ携え、町へと戻ってきたのである。


「随分と沢山採った様だが、手当たり次第詰め込んだんじゃないだろうな?」

 駆け出しの冒険者が、たとえ一晩中薬草取りに励んだとしても、アルクラドが持っている量は異常である。少なく見積もっても1つの袋に100束近くは薬草が入っているだろうから。

「それは問題ない。確かに手当たり次第採りはしたが、全て本物だ。匂いを嗅ぎながら確かめたから間違いはない」

 普通の人間ヒューマスは匂いだけで薬草を判別できないが、アルクラドにはそれが分からない。結果、門番は胡乱げな表情のまま「ギルドでどやされても知らねぇぞ」と言って、アルクラドを町へと通したのだった。


 町に戻ったアルクラドは早速ギルドへと向かった。依頼完了の報告をするためだ。

 ギルドの中へ入ると、まばらながら活動を始めている冒険者の姿があった。

 彼らの視線を集めながら、アルクラドは報告の受付へと向かい、ギルドカードを提示する。

「依頼の完了報告だ。3つの依頼、全てだ」

「それでは買取の受付で、採取した薬草を提出してください。数を確認し、依頼完了の処理と報酬のお渡しを行います」

 ギルドカードを受け取った女性は、買取の受付へと手を向ける。アルクラドがそちらへ向かうと、彼女もカードを持って買取受付へと向かっていく。

 買取受付の、昨日とは違うがやはり強面の厳つい男性とひと言ふた言話した後、彼女は自身の持ち場へと戻っていった。

「よし、採ってきた薬草を出してくれ。……なんだこれは?」

「採取した薬草だ。確認を頼む」

 台の上に置かれた大袋3つを見て、男性は口を半開きのまま目を丸くしている。彼もこんな数が出されるとは思ってもいなかったのだろう。

「これは、全部本物か? 適当な草を詰めただけじゃないだろうな?」

「うむ、全て依頼にあった薬草だ。ただそれぞれの数は数えておらぬ故、確認をしてくれ」

 視線から疑いの色が消えない受付の男性に対し、アルクラドは堂々としたものであった。本人は依頼通りに薬草を採取してきたと思っているので、当然と言えば当然である。

「数が数だ。ちょっと待っていろ……」

 受付の男性は渋々といった様子で、袋の中から草を取りだし、1つ1つ依頼の薬草かを確かめていく。

 確認をし始めたあたりはまだ疑いの色が濃かったが、徐々にそれは驚きの表情へと変わっていく。

 何度が驚きの視線をアルクラドに向けるが、そのまま何も言うことはなく、次々に薬草を確認していく。

 少なくない時間をかけて、ようやく全ての薬草の確認が終わった。

「全部、本物だ……」

 受付の男性は、信じられないといった様子で、ポツリと呟いた。

 結果

 傷薬の材料、105束。銅貨21枚。

 毒薬の材料、130束。銅貨26枚。

 解毒剤の材料、110束。銅貨66枚。

 合計で銅貨113枚が今回の報酬となった。

「ほら、依頼達成の報酬だ……」

 受付の男性が、数枚の硬貨を台の上に置く。

 銀貨1枚、大銅貨1枚と銅貨3枚だ。

「それとお前は、10級の依頼を10回以上達成したことになる。次回から9級の依頼を受けることができる」

 薬草を5束集めれば、依頼を1回こなしたことになるようで、アルクラドは69回分の薬草採取の依頼を達成したことになり、見事9級への昇格を果たしたのである。

 一回の依頼で、10回分の薬草を採ってくる駆け出しもいないわけではないが、これほど大幅に超過する駆け出しは初めてだったのか、受付の男性も感心を通り越して、あきれ顔であった。

 何はともあれ、依頼を達成し金を得ることができた。

 アルクラドはある種の満足感と共に報酬を得、すぐさまギルドの外へと出ていった。向かうのはもちろん、町に来てすぐに食べた串焼きの露店である。

 銅貨数枚で1本を食べることができたのだから、銀貨がある今は10本単位で食べることが可能だ。

 町への通行料並の金を1日で得ることができたが、それはすぐさま串焼き代で消えてしまいそうである。


 アルクラドの初めての報酬は、やはりそのほとんどが串焼きの代金に消えてしまった。

 陽が高くなり昼が近くなった頃、開店直後に露店に向かい、財布を渡して買えるだけの串焼きを注文した。

 店の店主は戸惑いながら銀貨1枚分の串焼きを作り、アルクラドに手渡す。彼はそれを、非常に美味しそうに、しかしあっという間に食べてしまった。

 報酬を得てから大して間を置かずその大半を使ってしまったアルクラドは、再びギルドへ向かい、依頼板の前で依頼用紙を眺めていた。

 昨日も行って薬草採取の依頼もあるが、階級の上がったアルクラドは9級の依頼を受けることができるようになっている。


 依頼:ゴブリン討伐

 内容:ゴブリンを倒し、その証拠として両耳を提出

 報酬:左右の耳1組につき銅貨2枚


 依頼:ホーンラビット討伐

 内容:ホーンラビットを倒し、その証拠として角を提出

 報酬:角1本につき銅貨1枚


 などといった魔物の討伐依頼が受けられるようになった。10級の依頼と比べ、若干その危険度が増している。アルクラドには関係のない話であるが。

 討伐対象の名前を見て、アルクラドはそれらに覚えがあった。

 ゴブリンはアルクラドが眠りにつく前から存在する魔物で、人間ヒューマスの子供の様な身体の、緑色の体表を持つ醜い魔物である。

 ホーンラビットには覚えはなかったが、辞書を調べている際に、その絵を見ていた。角の生えた、通常よりも2回り以上大きな兎の魔物である。

 そのどちらの魔物も、先日薬草を採取した森の中に生息している。

 アルクラドは2つの討伐依頼と併せて、昨日の薬草採取の依頼も受けることにして、受付へと向かっていった。


 依頼を受け、町の外へ向かったアルクラド。

 今回は昼になったばかりの時間帯であったため、門番に止められることもなく外へと出ることができた。

 昨日と同様に匂いを頼りに薬草を探しながら討伐対象であるゴブリンとホーンラビットを探す。

 どちらの魔物も繁殖能力が高く放っておくと町に被害が出る可能性があり、それを未然に防ぐための間引きの為の討伐であった。常にそれなりの数が森にいるため、嫌でも遭遇するだろう、と言うのが受付の女性の言である。

 順調に薬草が溜まっていく中、アルクラドはふと気がついた。

 先ほどから全く魔物に遭遇しておらず、その姿さえ見ていない。更によくよく考えてみれば、昨日の依頼の際も、森の中で夜を明かしたにもかかわらず、魔物には遭遇しなかった。

 何故だ。

 そう考えた時、自分が最上位の魔族であることを思い出した。最下級の魔物であるゴブリンなどが彼を襲うはずはなかった。そもそも野生に生きるものたちは本能でアルクラドの脅威を察して彼から離れていっていた。

 簡単だと思っていた依頼の難易度が急に高くなった。本来何もしなくても寄ってくる魔物を、こちらから探しださなければならないのだから。

 アルクラドはため息をつき、気持ちを切り替える。自身が無意識に放つ威圧の気配を消し、森の中の音や匂いに意識を向ける。

 ただの人間ヒューマスであれば木々のざわめきや土の匂いしか拾えないが、彼はその中の生物特有の音と匂いを的確に拾っていく。その拾った情報を分析し獲物を割り出す。

「見つけた……」

 唯一の武器である聖銀の剣を構え、見つけた獲物へと駆け出す。

 手にした当初は不快感があったものの、今は慣れたのか大して何も感じなくなっていた。それどころか妙に手に馴染んでいた。永きに渡って彼の心の臓を貫いていたからだろうか。

 木々の中を走り、少し開けたところに出ると、小さな群れをなしたゴブリンが食事をしている最中であった。銀の煌めきが、動物の死骸にかぶりつくゴブリン達の首を悉くはねていく。

 ゴブリン達はアルクラドの接近に気がつくことがないまま、その命を散らすのだった。


 最初の狩りを成功させ、更にはゴブリンの匂いを覚えたアルクラドは、怒濤の勢いでゴブリンを狩りだしていた。

 薬草採取の時と同じように匂いで獲物を見つけ、音もなく忍び寄り首を刈り取る。途中でホーンラビットも発見しその匂いを覚えたことで、狩りの速度が大幅に上がっていた。

 ゴブリンもホーンラビットも弱い魔物であり、駆け出しの冒険者でも余程の数に囲まれない限り危険はない。しかしアルクラドの様に、森全体に索敵の網を張り巡らせ、すぐさま察知し狩るなどということは到底できない。そのため、下級冒険者としてはあり得ない速度で、討伐部位が溜まっていた。

 アルクラドのゴブリン狩り、ホーンラビット狩りは夜を徹して行われ、空が白み陽が昇るころには、根絶やしになったのではないかと思えるほど、2種の魔物を刈り尽くしていた。

 薬草取りに使った大袋1つが一杯になるほど、ゴブリンの耳とホーンラビットの角を詰め込み、ついでに薬草も3袋分採取していた。

 これだけあれば十分だろうと、アルクラドは気分を良くして町へと戻っていった。

お読みいただきありがとうございます。

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