閑話 ~アルクラドと猫人族の宴~
アルクラドの働きにより無事、スレーブの奴隷から解放された猫人族達。集落に戻った彼らは、すぐさま宴の準備に取りかかった。
自分達の救助を依頼したミャールの話によれば、それに対するアルクラドの報酬が一族秘蔵の酒であったからだ。
町で売ることがないだけで、特に隠す必要があるものでもない。住人全ての命の引き替えにしては軽すぎる。大いに酒を振る舞おう。酒を飲むなら宴だ。
その様な考えの下、宴の開かれることとなった。もちろん、傷ついた住人の心を癒やすという目的もあったが。
宴の準備の間、アルクラドはミャールとニャール、そしてその両親のそばに座り、話をしていた。といってもひたすら感謝を述べる2人の両親に、アルクラドが相づちを打っているだけであったが。
そうこうしている内に、猫人族の男衆が狩りから戻ってきた。
山の中に暮らす獣人らしく、あっという間に多種多様な獲物を持ち帰っていた。鳥獣、魚、木の実に果物など、かなりの量の食料が集落に運び込まれていた。
中にはキノコも含まれていたが、以前にアルクラドが食べたベニイボキノコの様な派手な色をしたものは1つとしてなかった。どれもが黒や白、茶色といった地味な色をしたキノコばかりであった。
宴が始まろうとしていた。
集落の中央にいくつかの大きな焚き火が熾され、その周りに様々な食材が並べられていく。
鳥獣は程よい大きさに切り分けられ、あるものは串に刺して、あるものは骨付きのまま、焚き火の周りで焼かれていく。
魚もはらわたを取り除き串に刺され、キノコも同様に串に刺され、焼かれている。木の実は大きな葉で包んで火のそばに置き、果物は食材が焼けるまでの繋ぎとしてめいめいが好きに手に取っている。
アルクラドの前にもいくつかの果物が置かれている。
指先ほどの大きさの真っ赤な果実に、豆を大きくした様な形の薄紫の果実、親指ほどの粒がいくつもある赤紫の果実。
どれもアルクラドが初めて見るものであり、順に食べ、味を確かめていく。
真っ赤な果実は、オギチオンという名のスグリの一種で、強い酸味のある果実だった。噛む度にプチプチとした食感があり、爽やかな香りと仄かな甘味が特徴的だった。
薄紫の果実は、ムベという果実の一種の、イベカという果実だった。柔らかな実を割ると、中には黒い小さな種がいくつもありその周りを綿毛の様な実が覆っている。中の白い部分はトロリとした舌触りで強い甘味があった。イベカの果肉にあたる部分は皮と同じく薄紫で、こちらも甘味が強く、皮には僅かな渋味があった。
最後の赤紫の果実は、ウオヅバマと呼ばれる山に生えるブドウの一種だった。1粒の中に小さな種がいくつもあり、噛みつぶすと強い酸味とエグミが出てきて、更に皮にも強い渋味があった。しかし果肉は程よい酸味と豊かな甘味があり、猫人族達は手で皮をむき実を食べ、種は噛まないように吐き出していた。
それらの果実に舌鼓を打っていると肉が焼けたらしく、各々が木杯を片手に焚き火の周りに群がっていく。木杯の中に注がれているのがどうやら秘蔵の酒らしく、皆、肉を食べながら酒を呑むのだろう。
「アルクラド殿。これが、我ら猫人族が作る一族秘蔵の酒です」
アルクラドが自分も肉を取りに行こうかと思っていた時、猫人族の族長が肉と酒を持って、アルクラドの傍へとやってきた。
肉はどれもいい具合に焦げ目が付き、食欲をそそる香りが溢れ肉汁が滴り落ちている。木杯に注がれた酒は、白く濁っており蒸した穀物の様な甘さと酸味の混じった香りがしていた。
「これはウコルボと言いまして、山の中で採れる豆をよく煮たものによく熟れた果実を入れて造ったものです。上等な酒ではなく、造る時によって味の変わる為、町で売ったりはしていないのです。この様な酒でよければ、どうぞ召し上がってください」
族長の上等ではないという言葉通り、豆の皮だろうか茶色く細かい破片が杯の中に浮かんでいる。匂いもキツく町の酒場で飲んだ酒と比べれば見劣りするものだった。
ひと口飲めば、ほのかな甘さが口の中に広がり、酸味とピリピリとした刺激を舌に感じ、なかなかに爽やかな印象を受けた。しかしドロドロになった豆が液体のほとんどを占める酒であり、舌触りは滑らかとは言えず、飲むというよりも食べているという感覚だった。
「いかがですか・・・?」
無表情で酒を飲むアルクラドの顔を、族長が心配そうに覗き込んでる。
「不思議な味だ。町で飲んだ酒の方が美味だと感じるが、この酒は何故が飲む手が止まらぬ」
アルクラドはすぐに1杯目の酒を飲み干した。
族長は、集落の恩人であるアルクラドが酒を気に入ってくれたことにホッとした。恩人であるアルクラドだが、牢屋で見た怪力で暴れられればたまったものではないからだ。
アルクラドの傍には一抱えもある瓶が置かれ、アルクラドが木杯を乾すとすぐに、ミャールやニャールが酒を注ぎ足していく。酒と同時に食も進み、総じて健啖である獣人の大人が1人では食べきれない量の肉がアルクラドの腹に収まり、周囲を驚かせた。
アルクラドは遠慮するなという言葉に従い、本当に遠慮なく肉を食い、酒を飲んだ。
気がつけば2つ目の瓶がそろそろ空になりそうであり、男衆が狩り集めてきた食材のほとんどがなくなっていた。
猫人族達も大いに食べ、飲み、騒いだ。自分達の生還を喜ぶ宴であり、実りに感謝を捧げる祭りや春の訪れを祝う祭りよりも、盛大に騒ぎ立てた。
いつも以上に食べて飲んだ自覚のある猫人族達だが、アルクラドはそんな彼らの誰よりも多くの肉を食い、酒を飲んだ。
猫人族達は、宴で食べる以上の食料を狩ってきたつもりであり、明日以降の糧にしようと考えていたが、それがなくなる勢いで食べ、まだ余裕のありそうなアルクラドに驚きと共に呆れていた。
そんなアルクラドを見て、族長は不安を募らせていた。
森で自給自足をする一族故、獲物は森の中から探してくればいい。しかし獲物の少なくなる冬に備え、備蓄は必要である。
もしアルクラドがもっと食事を寄越せと言ってきたらどうしよう。狩りを待てず、備蓄を食らい付くされたらどうしよう。そんな考えが族長の頭によぎっていた。
「族長よ、宴は終わりか?」
アルクラドがそう訪ねた時、族長はビクリと肩を跳ね上げた。
「え、えぇ・・・そろそろお開きにしようと思っていますが、まだ足りませんか・・・?」
「宴が続くのであればまだ食すが、終わりならばそれで良い」
まだ食う気だったのかと心の中で呟きながら、族長は静かに安堵のため息をついた。
「そうですか。寝床は準備しております。お休みの際は我が家へいらしてください」
そう言って族長は自分の家へ戻っていった。周りで騒いでいた猫人族達も自分達の家へと戻り始めている。
「私達もそろそろ戻りましょうか」
「アルクラドさん、本当にありがとうございました」
夜も更け、眠そうにしているミャールとニャールを抱き上げ、2人の両親が立ち上がる。
「礼は不要だ」
ただ依頼を受けその報酬は既に得ているのだから、とアルクラドは言う。
「それでもお礼は言わせてください。私達のことは依頼でも、娘達のことはそれに関係なく助けていただいたんですから」
「では、其方らは娘らを助けた事に対し何を報酬として支払う?」
「えっ?」
礼は不要と言ったアルクラドから報酬を要求する言葉が飛び出したことに2人の親は一瞬驚く。
「その娘らを助けたのは成り行きだ。当初は盗人として首を刎ねるつもりでもあった故な」
アルクラドの言葉に2人はぎょっとして、1歩、2歩と下がり娘を庇うように半身になる。
「その後は依頼を受けた故、娘らの保護も依頼の内だ。それでも礼をと言うなら何か報酬を支払え。そうでなければ礼は要らぬ」
「・・・それでも感謝はしています。では、失礼します」
娘の首を刎ねるという発言のせいで感謝の気持ちはかなり減じていたが、最後に幾分か残った感謝だけ伝え4人はアルクラドから離れていった。
追加報酬の話の際に、ミャールが口を開きかけ何かを言おうとしたが、その言葉が発せられることはなかった。代わりにニャールと一緒に感謝の言葉を口にし、親に抱かれ彼女らの家へと戻っていった。
集落から人の影がなくなり、真っ暗な中にぼんやりと浮かぶ焚き火の傍にはアルクラドだけとなっていた。
少しだけ残っていた酒と肉を腹に収め、アルクラドは立ち上がった。
もうこの集落ですることは何もない。猫人族達とわざわざ別れの言葉を交わす必要もない。
アルクラドはコルトンの町へと向かって歩き出した。ライカンから魔族や魔界についての話を聞くために。
お読みいただきありがとうございます。
短めの閑話でした。もう1話、閑話を入れる予定です。
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