表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第3章
33/189

スレーブ商会再び

 コルトンの町の大通りを、1組の男女が歩いていた。しかし町行く人達はその2人が男なのか女なのか判別できずにいた。

 1人は真っ黒な衣服に身を包んだ、真っ白な肌の麗人。男にも女にも見える顔立ちで線は細いが、背丈は一般的な男よりも高い。対するもう1人は小柄ではあるが頭からスッポリとローブを被っており、性別どころかその顔さえ見ることが出来ない。

 何とも目立つ2人は、アルクラドとセラであった。2人はコルトン一の大商人、スレーブの下を訪れるところである。

 この2人が一緒に町を歩いている理由は、1刻ほど前にあった。

 バーテルの伝言で組織の拠点に戻ったセラが初めに聞いたのは、組織の長であるライカンの意味の分からない命令だった。

「スレーブ商会が猫の奴隷を買ったことを証明しろ? お頭、それ本気で言ってるんですか?」

 セラの反応は組織に属する者としてごく当然の反応であった。組織の中で1、2を争う稼ぎがスレーブ商会との取引だ。奴隷売買の証明など、その稼ぎを失うどころか商会からの報復さえ有り得る。長の正気を疑ってもおかしくはない。

「お前の言いたいことはよく分かる。だが理由は聞かないでくれ。全ての責任は俺が取る。だからアルクラド殿とスレーブ商会に向かい、猫人族キャッツの売買の証明をしてきてくれ」

 しかしライカンは部下の諫言に聞く耳を持たず、頭まで下げて無理を押し通そうとする。いつもと違う長の様子に、セラは戸惑うばかりだった。

「お前はただ売買の証明だけで、後はアルクラド殿に任せておけば良い。最悪の事態に陥ったら、いや陥りそうになった段階で逃げてきて良い」

 ライカンの言う最悪の事態とは、スレーブ側からの報復のことを言っているのだろう。奴隷解放を訴える人物と売買の仲介人が一緒にやって来たら武力を持ち出してもおかしくはない。セラの経験上、スレーブという男はその辺りの判断は早く冷徹であるからだ。

 しかしそれだけにセラは解せない。スレーブとの武力衝突を想定しながらも裏取引の証拠を突き付けに行けと言う。どう考えても矛盾している。

 更に解せないのが、ライカンのアルクラドへの呼び方だった。取引上、表面上は相手への敬意を示さねばならない場面はいくつもあった。その際、ライカンは確かに丁寧な口調で話し、敬称を付けることもあった。しかしそこに敬意は一欠片も含まれてはいなかった。だが、今のライカンからは最大限の敬意が感じられた。組織で最強の長が、確かに強いがそこらの冒険者に敬意を払うなど、全く理解出来なかった。

「・・・分かりました。いつですか?」

 しかしセラはそれらを口にすることなく、命令に応える。上からの命令は絶対だ。組織の長からの命令なのだから、背くわけにはいかない。

「今すぐにだ。準備をして隠し通路で待っていてくれ」

 セラは無言で頭を下げ、部屋を後にした。

「ミャール、ニャール。其方らはここで待っていろ」

 セラが部屋を出た後、アルクラドは猫人族キャッツの2人にそう告げる。驚く2人が口を開く前に、アルクラドは言う。

「今まで其方らを護る為に連れ歩いておったが、ここであれば安全だ。其方らに危害は及ぶまい」

 組織の長であるライカンは、人狼ルーガルーという魔族であった。その魔族が取り纏める組織であれば安全だとアルクラドは判断したのだ。

「その男が其方らを護る。食事も用意してくれるだろう。良いな、ライカン?」

「はっ、お任せ下さい」

 急に口調の変わったライカンに、2人は驚く。先程までのエラそうな態度が、いきなり召使いの様なものに変わったのだ。2人が驚くのも無理はない。

「其方にはいくつか聞きたい事がある。その娘らとその家族を故郷へ送り届けた後、話がしたい。良いか?」

 部屋を出る前、ライカンにそう告げるアルクラド。もちろんライカンに否やはない。

「もちろんです。いつでもいらしてください、お待ちしております」

 そう言ってライカンは恭しく頭を垂れる。その姿にまたも眼を見開く2人。

「其方らの家族を買った者が分かったのだ。解放にそう時は掛からぬだろう。ここでしばし待っておれ」

 最後に依頼主にそう告げて、アルクラドは部屋を後にした。

「皆を、お願いします」

「お願いします」

 そんな2人の声を背中に受けながら、セラの待つ町への隠し通路へと向かって行った。


 スレーブ商会に着いたアルクラドは迷わず2階に続く階段を目指して歩き出す。

 店の中で買い物をしていた客達は、険呑な雰囲気の変な恰好をした2人に不安げな視線を向けていた。

 立ち入り禁止の階段を昇ろうとするアルクラドを商会側の人間が放っておくはずもなく、衛兵が立ちふさがる。またその場に居合わせたスレーブの部下もアルクラドの傍に駆けつける。

「貴様は昨日の冒険者だな。何をしに来た?」

 アルクラドへの敵意を隠すことなく睨みつけ、小声でそう告げる。

「其方、サーバンと言ったな。スレーブに会いに来た。そこを通せ」

 アルクラドは彼に一瞥をくれただけで、衛兵と彼を押しやり階段に足をかける。

「待てっ・・・!」

 アルクラドを引き止めようとする2人だが、何かに身体を掴まれたかの様に動きを止める。気付けば商会の中も静まりかえっていた。

「邪魔をするな」

 アルクラドが僅かに漏らした殺気が2人の身体を縛り、この場の空気を凍り付かせていた。ライカンやバーテルといった人間離れした強さを誇る者を知っているセラでさえ、冷や汗を流しながら震える身体を必死に抑えていた。

 衛兵とサーバンが動きを止めたのを見て、アルクラドは再び足を進める。

 スレーブの居場所は分かっている。以前に会った際、その声や臭いを覚えている。アルクラドの鋭すぎる聴覚と嗅覚に従えば、その場所は自ずと知れる。

 そうやって商会の中で迷うことなく歩を進めるアルクラドの背中を、セラは睨む様に見つめていた。

 今この瞬間、セラはアルクラドの強さを感じられずにいた。先程の身も凍る様な殺気が嘘の様である。

 荒くれ者との取引を仲介する関係上、相手の力量を測る眼は持っているつもりだった。その眼に従えば、今のアルクラドは何も感じない弱者の様であった。しかし殺気を放った瞬間だけは、組織の長以上の恐ろしさを感じた。

 案外、お頭もその強さや恐ろしさを感じ、絶対に敵わないと思ったのかも知れない。

 そんな当て推量を、長のメチャクチャな命令の理由だと考えたセラだったが、偶然にもそれはおおよそ正解であった。

 自分が思いついた理由に勝手に納得しながら、セラは少し残念に思っていた。コルトンの表社会にも影響を及ぼす組織の長であるライカンが、戦わずしてアルクラドに負けを認めたのだ。アルクラドの思う様に便宜を図っているのがその証拠だ。

 ライカンやバーテルの戦う力と組織の力が合わされば、何でも出来る。そう思っていただけに、ライカンの選択は残念でならなかった。

 セラがそんなことを考えている内にアルクラドは目的の場所に到着した。

 以前にアルクラドがスレーブと話した時と同じ、建物の奥まった所にある部屋だった。その時と違うのは、扉の前を屈強な戦士が護っていることだった。

「スレーブに話がある。そこを通せ」

 アルクラド達の接近に気が付き、剣を構える2人の戦士に向かって言う。

「誰も通すなとのお達しだ。それ以上近づくんじゃない」

 だが用心棒である彼らが、アルクラドを素直に通すわけにもいかず、止まる気配のない相手を見て身体に力を入れる。

「2度は言わぬ。失せろ」

 もちろんアルクラドも引くはずもなく、歩みを止めることはない。すぐに用心棒の剣の間合いとなった。

「痛い目見ねぇと分からねぇらしい、なっ!」

 用心棒の1人が構えた剣を素早く振り抜く。

 威嚇目的の攻撃。アルクラドが立ち止まればギリギリ切られない攻撃だった。

 そんな紙一重の攻撃であるが、アルクラドに立ち止まるつもりがない以上、確実にアルクラドを切る攻撃だった。そして攻撃された以上、アルクラドに遠慮する理由は何処にもない。

 振られた剣を2本の指で摘まむアルクラド。

「えっ・・・?」

 それだけで男の剣はピクリとも動かすことが出来なくなった。

 驚きの余り呆ける男をよそに、剣を摘まんだまま手を後ろに引く。剣に引っ張られ男は踏ん張る間もなく、体勢を崩す。

 その顔面を鷲掴みにする。丁度、球を投げる構えの様な状態で、アルクラドは男の頭を掴んでいた。

 そしてそのまま、正しく球を投げる様に、大きく振りかぶった腕を、力任せに振り下ろした。

 男の身体が、目にも留まらぬ速さで部屋の扉へと激突した。

 男の首からは鳴ってはいけない鈍い音がなり、1拍遅れて、扉が吹き飛ぶ轟音が響き渡った。

 頑丈なはずの扉は蝶番ごと吹き飛び、用心棒は2人同時に部屋の中に転がり込んだ。1人は首があらぬ方向を向き、息絶えていた。

 道が開けたことに満足そうに頷くアルクラドは、後ろにいるセラに視線を向ける。

「往くぞ」

 それだけを告げて遮るもののなくなった部屋へと足を踏み入れた。

 そんなアルクラドの様子を、セラは眼をまん丸に見開いて見つめていた。


「何事だ!?」

 部屋の中に2人の男の声が響いた。

 1人は全体的に丸みを帯びた身体をした、普段は柔和な笑みを浮かべている、スレーブ商会の主スレーブ・マスタ。

 もう1人はスレーブの客人か、取引相手か、スレーブ以上に肥え太った身形の良い男だった。

「スレーブ、其方は嘘を吐いていた様だな。だがもう嘘は通じぬぞ」

 いきなり部屋がぶち破られたことに驚きつつも、スレーブは毅然とした態度でアルクラドに応じた。

「また君か・・・情報が欲しければいつでも来いとは言ったが、この様な不作法を許したつもりはないぞ?」

 そう言いつつも冷や汗の止まらないスレーブ。扉を護らせていた用心棒は、スレーブが雇う者達の中でも腕利きであったが、その彼らがこうも簡単にやられてしまっている。それに加えて扉が吹き飛ぶほどの勢いで、大の男2人が飛び込んでくるなど滅多にあることではない。

 もしかすると、アルクラドは自分の想像以上に厄介な相手なのではないか。そんな思いがスレーブの胸に浮かんできていた。

「スレーブ殿、この男は何者なのかね? 扉を破って入室するなど、野蛮人の所行だな」

 そんな中、もう1人の男が胡乱げな視線をアルクラドに向けながら言う。

「申し訳ございません。私が奴隷を買ったなどと嘯く者でして・・・昨日の話し合いでそれは勘違いだと分かってくれたと思っていたのですが・・・」

 男の言葉にスレーブはやけに丁寧な口調で答える。下手な貴族よりも力のあるスレーブがここまでへりくだるのだから、相手は余程地位のある者なのだろう。

「何と、それは面倒なことだ。おい貴様。妙な言いがかりは止して、さっさと出て行け」

 不機嫌そうにアルクラドに命令する男に1度だけ目を向けるも、アルクラドはすぐに興味が失せた様に視線を外した。

「勘違いなどではない。今日はその証拠も用意した」

 そのまま貴族らしき男はいないものとして話を進めるアルクラド。しかしそれが男の気に障った。

「貴様っ! 何だその態度は! 私を誰だと思っている!?」

 男は机を手のひらで叩き立ち上がった。無視をされたことが余程、頭に来たのか男の顔は真っ赤になっていた。

「其方に用はない。黙っておれ」

 男に興味は一切なかったが、喚き散らし喧しいことこの上なかった。が、アルクラドの言葉に男は更に激昂する。

「き、貴様っ・・・! おいっ! この無礼者を叩き切ってしまえ!」

 怒りが頂点に達した男は、傍に控えていた護衛の男に命じる。護衛の男は表情を変えることなく剣を抜く。

「我に剣を向けるならば、殺す」

 男にそう言うアルクラド。だが殺気も放たずに言われたこの忠告は、男の手を止めることはなかった。

 雇い主である貴族の男の命令通り、アルクラドを切り伏せるために護衛の男は剣を振るう。

 しかしその剣は、アルクラドに振るわれることもなく、男の身体ごと切り払われた。

「がぁっ・・・!」

 この場に居た誰もが、何が起こったのか分からなかった。膝から崩れ落ちた男の首が、気付けば落ちていたこと以外は。

「ひっ、ひぃえぇっ・・・!」

 貴族の男が腰を抜かして、後ずさる。驚きの余り、上手く呼吸が出来ていない。

「邪魔をするな。であれば殺しはしない」

 ガタガタと震える男にそれだけ言うと、アルクラドはスレーブに向き直る。

「邪魔が入ったな。スレーブ、其方が奴隷を買った証拠を用意した。故に言い逃れは無用だ。猫人族キャッツを解放しろ」

 そう言ってアルクラドはセラへと視線を向ける。

 アルクラドの背に隠れ今まで誰の目にも触れなかったセラが、スレーブの眼前へと足を踏み出す。

 スレーブの、コルトンの町における天下の崩壊の始まりであった。

お読みいただきありがとうございます。

この話でスレーブ勢と戦って、解放の流れにするつもりでしたが、思いの外長くなったので、一旦切ります。次回で戦いから解放の流れになるかと。

次回もよろしくお願いします。

そして何と! まさかの日間ランキングにランクインしており、ニヤニヤが止まりません!

ブックマークに評価、ありがとうございます!

あとこの数日で、PVの伸び数がエライことになっているのに気付いて驚いています。皆様、本当にありがとうございます!

これからも頑張りますので、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~~~『骨董魔族の放浪記~蘇った吸血鬼、自由気ままに旅に出る』~~~ ~~~「kadokawa ドラゴンノベルス」様より好評発売中です!!~~~
表紙絵
皆さま、ぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ