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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第3章
31/189

奴隷仲介人

 叩きのめしたチンピラからの情報を元に、貧困地区の北側にある古びた教会へとやって来たアルクラド。

 教会の外壁はツタが伸び、いくつかの穴が開いている。屋根にも穴が開いている様で、天井から外の光が差している。かつては信者が訪れ座ったであろう長椅子も、雨風に晒されボロボロに腐っている。

 そんな寂れた教会には誰もいなかった。少なくとも目の届く範囲には。

「セラとやらに会いに来た。奴隷の売買について話を聞きたい」

 そんな誰もいない教会に向かって、声をかけるアルクラド。

 まるでそこにいる誰かに話しかけるような口ぶりに、ミャールとニャールは首を傾げる。

 猫人族キャッツである彼女達は、人間ヒューマスや他の獣人ビースツに比べて耳が良い。その為、他者の気配には敏感だが、この教会には誰もいない様に思えた。

 しかしアルクラドは語りかけるのを止めない。

「どうした? 何故、応えない。無視をしておるのか?」

 虚空に向かって独りで話しかける人物。今のアルクラドはとても可笑しな人物に見えていた。

 しかしアルクラドの異常ともいえる知覚は、教会の中にいる人の気配を感じ取っていた。その者がどこに隠れているのかも、寸分の狂いなく把握している。

 それ故アルクラドはそこに向かって声をかける。まさか相手が隠れているつもりだとは思いもせずに。

「あくまでも無視をするつもりか・・・」

 アルクラドはため息交じりに呟き、歩き出す。足取りに迷いはなく、かつて神父が立っていたであろう講壇へ一直線に向かっていく。

 講壇の前に立ち、手でそれを押す。講壇はそのまま後ろに倒れるが、床板も一緒に持ち上がる。

 床板の下には隠し通路があり、講壇はその入口であった。

 そしてそこには、ローブをかぶった人物が隠れていた。

「其方がセラか?」

「っ・・・!」

 アルクラドが尋ねると同時に、ローブの人物は懐から取り出したナイフで切りかかってきた。

 が、あっさりとアルクラドに腕を掴まれ、隠し通路から引きずり出される。

「がっ・・・!」

 そしてそのまま地面に叩きつけられる。

 苦し紛れに投げつけたナイフはアッサリと受け止められ、代わりに放たれたアルクラドの強烈な殺気に身を凍らせる。

「もう一度問う。其方がセラか?」

 ナイフで襲われたことなど何でもなかった様に、アルクラドは尋ねる。しかし叩きつけられた衝撃と殺気の為に、ローブの人物は身体を丸めて喘いでいる。

 その際ローブが外れ、その顔が露わになった。

 くすんだ金髪を持った女性だった。

 中性的な顔立ちをしており、一目見ただけではチンピラの言った通り、男女の区別はつかないかも知れない。しかしよく見れば、彼女が女性であることは明らかだった。

 ローブの女の息が段々と整ってきたのを見計らい、アルクラドはもう一度尋ねる。

「其方が、セラであるか?」

「・・・そうだ」

 しばしの沈黙の後、ローブの女は自分がセラであることを認めた。

 渋々といった様子であったが、アルクラドの危険性を察知し沈黙を貫くことは出来ないと判断したのだ。

 それを聞き、アルクラドは満足げに頷く。

 ようやくまともな手がかりに辿り着くことが出来たと、改めて質問を始めるのであった。


 目の前に立つセラに向かってアルクラドは尋ねる。これから話をしていく中で重要な、全ての前提となる質問だった。

「其方が奴隷売買の仲介をしていると聞いたが、間違いはないか?」

 彼女が奴隷売買に関わっているかどうか、それはとても大切なことだ。

 彼女が奴隷など関係ない、別の悪事を働いているのであれば、話をする必要はどこにもない。ただの時間の無駄であり、別の手がかりを見つけるために動く必要が出てくる。

 それ故、彼女が本当に話を聞くべき人物なのかを確かめる必要があった。

「間違いないよ。アタシはここで奴隷の仲介人をやってる」

 セラはあっさりと自分が仲介人であることを認めた。

 アルクラドは頷き、次の質問に移る。

「昨日以降、猫人族キャッツの奴隷売買の仲介を行ったか?」

「あぁ。結構な数の猫を捌いたぜ」

 こちらもアッサリと認めた。もう隠す気はないのかも知れない。

 セラが売買の仲介をしたと聞いて、ミャールの表情が暗くなる。手を握りしめ、唇を噛みしめている。

「では、奴隷を買った者は誰だ?」

 核心を突く質問。これにもすぐに答えが返ってくる。

「それは教えられねぇな」

「なに・・・?」

 返ってきたのは拒否の言葉だった。

「裏家業の者にも、裏家業だからこその信頼関係ってものがある。アタシらも客も後ろ暗いことをやってんだ。それをペラペラしゃべる様な奴と一緒に仕事なんか出来ねぇからな」

 彼らは彼らなりの決まりと信念の下、悪事を働いているのだろう。だがそんなことはアルクラドの知るところではない。

「其方らの事情は知らぬ。我はこの娘らの家族を解放せねばならぬ。猫人族キャッツの奴隷を解放しろ」

「へぇ、そいつらはあいつらの家族か。だが、それは出来ねぇ相談だ。家族に泣きつかれたぐらいで奴隷を解放してちゃ、この商売はやってられねぇからな。それともアタシらに戦争でも仕掛けるか?」

 ニヤニヤと笑いながらそう問いかけるセラ。どうせそんなことは出来ないだろう、という嘲りがあった。だが、アルクラドの次のひと言で、その表情は一転する。

「我はそれでも構わぬぞ?」

「・・・は?」

 セラはアルクラドが何を言っているのか分からなかった。

 アルクラドは確かに強い。しかしそれは1対1での話である。複数で取り囲んだり、昼夜を問わず襲いかかれば、どんな手練れもいずれは疲れ果て凶刃の餌食となる。個人が組織に戦いを挑むということを理解していないのだろう。そうセラは考えた。

「其方らと戦いになろうとも、我は一向に構わぬ。そもそも其方らは法を犯す者達。其方らを皆殺しにした後、奴隷を解放しても良いのだ」

 そう言うアルクラドの言葉は自信に満ちあふれていた。少なくともセラはそう感じた。

「だが、我は無為に命を奪う事は好まぬ。それ故、こうして言っているのだ。猫人族キャッツを解放しろと。

 解放すれば、其方らに手出しはしない。以後猫人族キャッツに手を出さぬのであれば、其方らが誰を攫い奴隷に堕とそうとも、我は知らぬ」

 奴隷解放に赴いた者とは思えぬ言葉だった。猫人族キャッツ以外の奴隷はどうでもよく、これからも奴隷家業を続けてもいいと言う。

 冗談の様な言い草だが、アルクラドは本気だ。そしてその本気をセラも感じ取った。

 セラは人生の岐路に立たされた様な気持ちで、真剣にアルクラドの言葉を検討し始めた。いつもであれば個人の戯言など切って捨てるにも関わらず、アルクラドの雰囲気に飲まれ、組織の命運が自分の選択にかかっていると考え始めていた。

「おい、何をしている?」

 虚空を見つめ必死に考えを巡らせているセラの背後から、そんな声が聞こえてきた。そして隠し通路から1人の男が姿を現した。

 小ぎれいな鎧を纏い剣を帯びた、騎士然とした男であった。


 隠し通路から出てきた鎧の男は、じっとセラを睨め付ける。

「まさか、組織のことを話そうとしていたんじゃないだろうな?」

「そ、それは・・・」

 男の問いに、図星を突かれたのか言いよどむセラ。

 仲介が彼女の主な役割であり、彼女は本来戦う立場にない。男は、アルクラドとセラの話を初めから聞いていたわけではないが、彼女が戦いに敗れ正常な判断を失ったのだろうと考えた。

「まぁいい。戦いはお前の領分ではないからな」

 そう言って男はアルクラドへ向き直る。

「悪いが死んで貰う。俺達の顔は見られるわけにはいかないんでな」

 そう言いながら男は腰の剣に手をかける。

 1拍遅れて剣が振り抜かれる。

 目にも留まらぬ斬撃。

 上級冒険者でさえ容易に対応できないだろう速度で剣が振るわれる。その刃はアルクラドの白い首へと吸い込まれていく。

 男は手に確かな手応えを感じだ。

 男は剣を振り抜いた姿勢のまま、首を失い死んで逝く者へ僅かの祈りを捧げる。

 目を開けようとした瞬間に感じたのは、頭を締め付ける強い痛みと、身体で風を切る感覚。1拍遅れて全身を走る衝撃と激痛。

「ぐっ・・・!」

 呻く男。

 薄らと目を開ければ、真っ黒な人影が何事もなかったかの様に平然と歩く姿が飛び込んできた。

「バカなっ・・・! 貴様、何故生きている・・・」

 首を切り飛ばされた者が生きているはずがない。男は目の前の光景を信じることが出来なかった。

「如何に疾く剣を振るおうとも、当たらねば命を奪うに至らぬ」

 そうは言うものの、男の剣は確かにアルクラドの首を切断していた。だがその剣と変わらない速度で傷も癒えていた。端から見れば、男が空振りしたか、アルクラドが躱した様に見えただろう。事実、ミャール達だけでなくセラも、アルクラドの首が切られたことを理解していなかった。

「貴様では我を殺す事は出来ぬ」

 アルクラドは倒れ伏す男の傍で彼を見下ろす。そしてゆっくりとした動作で剣を抜き、男に突き付ける。

「セラとやらには言ったが、貴様にも伝えよう。貴様らが奴隷とした猫人族キャッツを解放しさえすれば、後は貴様らが何をしようとも我は知らぬ。

 素直に解放すれば良し。抵抗するならば貴様らを皆殺しにする。貴様がそこから出てきたという事は、そこから組織とやらに通じるのだろうからな」

 隠し通路にはまずセラがおり、その後に鎧の男が出てきた。組織の本拠地ではないにしても、何かしらの拠点があるのは間違いないだろう。

 アルクラドとしてはそこに乗り込み、出会う者に順に奴隷について聞いて回っても問題はない。ただそれには時間がかかる。組織に所属する人間から話を聞ければ、それが一番早いのだ。だからセラなり鎧の男なりが素直に喋ってくれるのが一番良い。

 鎧の男は黙ったままじっとアルクラドを見上げている。セラと同様、アルクラドの言葉について考えを巡らせていた。

 男はアルクラドの言葉が間違いなく本当であると感じていた。

 男は組織の中でも最強に近い力を持っている。その自分が手も足も出なかった。敵を切った手応えはあるのに、その攻撃が通じていなかった。更に何故攻撃が通じないのかが全く分からない。手応えがあったのだから何かしらは切ったのだろうが、何か身代わりを切ったのか、それとも魔法による幻覚か。

 どちらにしても、身代わりを出す瞬間も魔法を掛けられる瞬間も、何もわからなかった。それは2人の力量が余りにもかけ離れている証左であった。

 ともかく自分が手も足も出ない男が相手であれば、組織の壊滅は必至。そんな相手が問答無用で組織に乗り込んでくることは、何としても避けなければならない。

 男は意を決する。

「俺の一存では決められん。だが、俺達の上の人の下へ案内しよう」

「お、おいっ、バーテル!」

 セラが慌てた様な声を上げる。自分もアルクラドに組織のことについて話そうとしていたくせに、話すのを止めようとしている。

「この男の危険性が分からん奴は黙っていろ。・・・案内するのは俺達の組織の頭だ。その人に会うまでは組織への攻撃は待ってくれないか」

 セラにバーテルと呼ばれた男は、彼女を黙らせた後、視線をアルクラドに向ける。もしアルクラドが、今すぐに話せと言ったらどうするべきか、と思いながら。

「いいだろう。其奴の下へ案内しろ」

 バーテルの想像に反して、アルクラドは即答で彼の提案を受け入れる。

 驚くバーテルだが、アルクラドとしては手間が減る分、彼の提案はありがたいものだった。探し回ることなく事情に一番詳しい者に会えるのだから。

「こっちだ、着いて来てくれ。・・・セラ。ここの後始末を頼む」

 バーテルは痛みを堪えつつ立ち上がる。痛みはあるが骨折などの重症はなさそうで、日常的な動きをする分には問題なかった。

 アルクラドとの戦いで損傷した教会は、セラに修理などを任せることにした。隠し通路の扉かつ蓋であった講壇はバラバラになっており、通路は丸見え。長椅子もいくつか破損し、経年劣化ではなく何者かが暴れたと分かる壊れ方だった。

 そんな所の後始末を任されたセラは嫌そうな顔をしていたが、貧困地区で顔の広い彼女であれば問題ないだろうとバーテルは思っていた。

 隠し通路へと降りその奥へと歩くバーテルの後ろを、アルクラドとミャール達が続いていく。

 通路は、ある程度木材で補強されてはいるものの、地面を掘ったままの姿であった。大勢の人間が通ることは想定されていないのか、幅も高さも最低限の大きさであった。

 そんな通路を、背の高いアルクラドとバーテルは、窮屈そうに身体を縮めながら歩いていた。

 分かれ道もない一本道を奥に100歩ほど進むと、土や岩がむき出しになった通路には似つかわしくない、重厚な扉が現れた。かなりの重量であろう分厚い木の扉に、所々補強の為に金属板が取り付けてある。

 バーテルはその扉を一定の調子で叩いていく。木の部分と金属の部分を代わる代わる叩いていく。

 10回、扉を叩くと、同じ調子でもう2度、扉を叩く。すると扉の内側から、閂を外す様な音が聞こえてきた。

 すぐに扉が開く。

 扉の向こうは地下室の様な所であり、そこには1人の男が控えていた。バーテルの後ろにいるアルクラド達に不審の目を向けるが、バーテルはそれを眼で制した。

「ここで待っていてくれ。すぐに頭に話してくる」

 アルクラドは頷き、それを見たバーテルは地上へ続くだろう階段を昇っていく。

 アルクラドは言われた通り扉を抜けたすぐの所でバーテルを待ったいた。扉守の男からの視線を気にすることもなく。

 すぐにバーテルが戻った来た。

「頭があんたに会うそうだ。着いて来てくれ」

 バーテルの言葉に満足そうに頷く。奴隷売買を仲介する組織の頭との話し合い。かなり有益な情報が得られるだろう。そう考えながらバーテルの後を追って行った。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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