運び屋との戦い
猫人族の少女2人の足枷を外し、彼女らの信頼を得たアルクラド。
夜も遅く、アルクラドは彼女達に焚き火の前で休んでいく様に提案した。2人はその提案を有り難く受け取り、火の傍で身を寄せ合っている。またアルクラドは魔法で創り出した布を2人に渡す。日中はまだ暑い初秋とはいえ夜は冷えるからだ。
少女達は黒い布に包まれながら、炎と互いの暖かさを噛み締めていた。妹のニャールはその暖かさと奴隷から開放された安堵感から再び寝入ってしまっていた。姉のミャールはまだ不安もあるのか、眠らずにいる。
「あの、本当にありがとうございました」
「礼は要らぬと何度も言っておるであろう。其方らを助けたのは成り行きだ。そもそもは魚を盗んだ盗人として殺すつもりでもあったのだ」
一切の建前なく本音を語るアルクラドに、ミャールは言葉をなくして青ざめる。しかしそうは言いつつ、焚き火の前で休ませ、暖を取る布も与えてくれた。その冷酷さと優しさの同居にミャールは戸惑う。どちらがこの人の本性なのだろうと。
「今はもう休むと良い。奴隷の扱いが如何なるものかは識らぬが、其方らを見ればまともでなかったという事は理解できる」
しかしこの言葉を聞いて、優しい人なのだろうと思うことが出来た。スッと今まで感じていた不安が消えていく様な気がした。眠気もやってきた気がする。
そんな時、ミャールはあることに気が付いた。魚と一緒に串に刺して焼かれていた、大量の毒々しいキノコが無くなっていることに。
「そういえば、アルクラドさんはどうしてあんなに沢山の毒キノコを焼いていたんですか?」
「無論、食す為だが……何? 毒キノコ?」
「えっ、食べる……? まさかもう食べた……?」
お互いにとって予想外過ぎる言葉だったため、しばし沈黙する2人。特にミャールの受けた衝撃は凄まじかった。
色の派手なキノコが毒を持っていることは、自分よりもっと小さな子供でも知っている常識だ。加えて1~2個ならまだしも50個近い数を食べるなど頭がおかしいとしか言いようがなかった。例え1つ食べただけでは死なない毒でも、50個も食べれば確実に致死量である。
対するアルクラドは、まさか毒キノコだったとは思いもせず非常に驚いていた。しかし毒が効かないアルクラドにとっては、毒キノコかどうかは関係ないので、美味しいキノコを独り占め出来るのではないか、などと考えてもいた。
「あんなに沢山食べて、何ともないんですか?」
「うむ。我はただの人族ではない故、あの毒は効かぬのであろう。それよりもあれは本当に毒キノコなのか? 果実の様な美味そうな色をしていたが」
「本当です。ベニイボキノコっていう毒キノコです。っていうか派手な色したキノコって普通は毒持ってますよ」
「なに……?」
年端もいかぬ少女にキノコの常識について教えられるハメになったアルクラド。しかしそれも仕方の無いことである。人族の生活の真似を始めてまだ半年も経っていない。赤ん坊同然なのだから。
そんな驚愕の事実が発覚した後、眠気が強くなってきたのか大きく欠伸をするミャール。妹のニャールを起こさない様に横になり、妹をそっと抱きしめた。
「おやすみなさい、アルクラドさん」
そう言うミャールに、アルクラドは頷きで応える。
ミャールは目を閉じ、睡魔に身を委ね、すぐに小さな寝息が聞こえ始める。
アルクラドは2人を起こさぬよう、静かに火の番を続けるのだった。
翌日、夜明けと共に3人は行動を開始した。
先日魚を獲った沢へ向かい、朝食のための漁を開始した。といっても大掛かりなものではない。沢を泳ぐ魚を氷の矢で射止め、水面に浮かんだ魚をミャールとニャールが捕まえるというものだ。
先日は1人での漁だったため水を操り、沢から生きたまま引き上げる方法を取っていた。しかし今日は2人がどうしても手伝いたいということで、彼女達にも役割のある漁法を選んだのである。
朝の沢の温度はかなり冷たかったが、2人は躊躇うことなく中へ入っていった。またその動きも中々のもので、流れてくる魚を的確に捕らえている。流石は獣の血を引く獣人といったところであった。
そうして昨日よりも多い30尾の魚を捕まえたところで漁は終了となった。
アルクラドとミャールが魚を捌き、ニャールが串に刺して予め組まれた薪の周りに並べていく。全て並べ終えたら、火を点け焼いていく。
魚が焼き上がるまでの間、これからのことを話しておこうとアルクラドは口を開く。
「そなたらはこれからどうするつもりなのだ? 我はコルトンの町に戻る故、町へ向かうなら連れて行く事は出来るが」
成り行き上、ひと晩は面倒を見ると勝手に決めていたので、もし彼女達が町へ来ると言うのならば、道中の護衛くらいはしようと考えていた。
「いえ、私達は集落へ戻ります。父さんや母さんも心配してると思いますから」
「そうか。ではこれを食べれば別れであるな」
集落はここから大人の足で1日ほどの所にあるらしいが、彼女達は日暮れまでには到着すると言う。流石は獣人といったところである。
「そろそろ魚が焼ける頃であるな。好きなだけ食すが良い」
「えっ、いいんですか?」
3人で食べるつもりであったアルクラドに対して、ミャールとニャールはそのつもりではなかったのか、彼の言葉に驚いている。彼女達は昨日の罪滅ぼしのために、アルクラドにたくさん食べてもらうつもりで漁に加わったのであった。
「無論だ、この魚はそなたらが獲ったものでもある。もし腹が減っておらぬと言うのであれば、無理に食す必要はないが」
ギュルルルル。
アルクラドの言葉に応えたのは2人の腹の虫だった。やはり我慢していたのだろう、盛大に魚を寄越せと主張している。
「腹は正直であるな。我が食い尽くさぬ内に其方らも疾く食せ」
「はいっ、いただきますっ!」
「いただきますっ!」
アルクラドに1拍遅れ、少女達も魚にかぶりつく。
極限の空腹に加え香草があったため昨日の方が美味しく感じたが、魚自体が美味しいため単体でも充分であった。更に獲れたてをその場で、また気持ちのいい朝晴れの下で食べるのだからより美味しく感じられる。
2人が1本目を食べ終え、アルクラドが4本目に移ろうとした時、アルクラドの耳が自分達に高速で向かってくる馬の足音を捉えた。
アルクラドは4本目を腹に押し込め、立ち上がり足音のする方へと身体を向ける。
「どうしたんですか?」
「馬が来る。何を乗せているかは分からんがな」
2人も驚き、慌てて1本目を口に詰め込み、一生懸命、咀嚼し飲み込む。
そうして警戒を顕にする2人とアルクラドの下に、武器を構えた男を乗せた2頭の馬が現れたのだった。
馬にまたがる2人の男を見た途端、少女達はあからさまに怯え、身体が小刻みに震えている。
「よぉ、探したぜ! どこに行ってたんだよ?」
「そうだぜ、便所にしては長すぎだろ」
この男達の今の発言だけで、彼らがミャールとニャールを攫った盗賊なのだろうと想像できた。それは彼女達の怯え様からも明らかだ。
「おい、てめぇ。そのガキ共をこっちに渡しな。そうすりゃ見逃してやるよ」
ミャール達に向けていた作り笑いを止め、盗賊はアルクラドを睨みつける。互いの武器をアルクラドに向けて盛大に脅しをかける。
「何故だ? この娘らを貴様に渡す理由がない」
しかしアルクラドがその程度の脅しに屈するはずもない。
「理由だぁ? そいつらは俺らの奴隷なんだよ!」
「貴様らの奴隷か。証拠はあるのか?」
「証拠だぁ? んなもん足枷があるだろ、一目瞭ぜ……ん……」
ここでミャール達に足枷が付いていないことに、盗賊は気付く。
「なっ!? 足枷をどうしやがった!」
「足枷? そんなものは識らんな。だが証拠がないのなら、貴様らの奴隷だと言う事は出来ぬな。早々に失せろ。我らは食事の途中なのだ」
そう言って話を切り上げるアルクラド。彼の中ではもう話し合いは終わったのだ。しかし奴隷を取連れ戻しに来た盗賊達がそれで終わるわけにはいかない。
「ふざけんじゃねぇ! 証拠なんか無くてもな、てめぇをぶっ殺しゃあ済む話だ! やるぞ!」
「おうよ!」
怒りを顕にする盗賊は武器を構え直し、馬を走らせる。
真っ直ぐアルクラドに突っ込むのではなく、挟み撃ちをする様に左右に別れていく。
挟み撃ち程度どうでもないが、ミャール達が巻き込まれるのは面白くない。先手必勝で、氷の矢を盗賊に向かって放つ。
水晶の如く澄んだ輝きを放つ氷の矢が2本、アルクラドの前に浮かび上がる。腕を振るう合図に従い、それぞれの目標に向かって高速で飛んでいく。
1人はアルクラドの攻撃を躱しきれず、矢が喉に深々と突き刺さる。その衝撃と激痛で体勢を崩し、馬から転落する。首に空いた大きな穴から大量の血を流し、間もなく息絶えた。
もう1人は何とか反応し氷の矢を剣で弾き飛ばした。しかしその為、攻撃の機会を失い、アルクラドの後ろへと駆けていく。
「ほう、今のを凌ぐか」
本気を出した訳ではなかったが、ただの人間に防がれるとは思っていなかった為、少し驚くアルクラド。しかし彼の中で殺すことは決定している為、見逃すという選択肢はなかった。
再び腕を振るうアルクラド。
現れたのは10を超える氷の矢。
それを全て盗賊に向けて放つ。それも前後左右の4方向から。
「なっ! やめっ!」
1本でも何とか反応できた程度の実力の盗賊に、それを避ける術はなかった。今度は1本も躱すことが出来ず、盗賊の頭や首のいたる所から鏃が飛び出す結果となった。
「2人共、怪我は無いか?」
「はい、大丈夫です」
「大丈夫……」
盗賊達が近づく間もなかった為、怪我は当然ないが、やはりまだ怯えが残っている様子だった。
「此奴らが其方らを攫った者達か?」
「はい、そうです。それと私達を運ぶ馬車の護衛もしていました」
「でも、もう1人いたよ……」
アルクラドが確認すれば、今しがた殺した者が盗賊で間違いない様だった。しかし2人の話ではもう1人、奴隷を運ぶ馬車の護衛がいる様だ。
「もう1人か……むっ……?」
ひとまず追手はどうにかしたので、これからどうするべきかと考えていた矢先。アルクラドが再び、こちらへ近付いて来る1頭の馬の足音を捉えた。
「どうやらその1人がやって来た様だ」
「えっ……?」
すぐさまミャール達の耳にも馬の足音が聞こえてきた。人間にはまだ聞こえない距離だが、猫人族である彼女達は耳が良い為だ。
「2人共、下がっていろ。残りの1人がどれだけ強くとも我の敵ではない故、安心すると良い」
ミャール達を焚き火の傍へと下がらせ、足音のする方へ身体を向けるアルクラド。程なくして馬に乗った男が1人現れた。
「旨そうな匂いがすると思って来てみりゃ……何だこりゃ?」
そう言ったのは線の細い印象を受ける男だった。
先程の2人もそうだったが、ミャール達を攫った男達は、盗賊らしい汚らしさがない。髪やひげが伸び放題というわけでもなく、身なりもそれなりに整っている。単なる盗賊というわけではなさそうであった。
「あんたがやったのか?」
「うむ。我に刃を向けた故、殺した」
「へぇ……なかなか強ぇんだな」
そう言いながら男は、アルクラドやミュール達に鋭い視線を送る。アルクラドの実力を見極め、この場で起こった事を正確に掴む為に。その目にミャール達の足が留まると、男の目が見開かれ更に鋭くなる。
「単に強いだけじゃねぇってわけか……こりゃ俺の手にゃ負えねぇな」
男は自分だけに聞こえる小さな声で、確かめる様に呟く。
正直に言って、男はアルクラドの実力を見極めることは出来なかった。見たところ隙だらけで攻撃し放題にも見えるが、その反面、身体に緊張が一切見られない。そのちぐはぐさが不気味だし、何より部下を2人、無傷で倒している。恐らく強者故の隙、緊張の無さだと男は判断した。
更に少女達の足枷が外れていることが、どれだけ異常なのかを男は理解した。足枷を無理矢理外せば只では済まない。人を軽々と消し飛ばす大爆発が起きるのだから。それを無効化したのだ、相当な魔法の知識と技術が無ければ出来る芸当ではない。
目の前の黒に身を包んだ白い麗人は相当に厄介な相手だと、男は結論づけた。
深い溜息をついて、馬を元来た道へと向ける。
「なぁ、あんた。このまま俺が引き返せば、見逃してくれるか?」
「好きにするが良い。我に刃向かわぬのならば、殺しはせぬ」
今にも逃げ出しそうな恰好の男の言葉に、アルクラドは興味なさげに応える。彼にとって男は何の脅威にもならない、取るに足らない存在だ。自身が害されたわけでもない為、わざわざ殺すつもりはなかった。
「そりゃありがたい! そいつらの敵を討ってやりてぇが、俺ぁ逃げるぜ!
それとガキども! てめぇらの村に俺の仲間が向かってる。家族を助けたきゃ、2人だけで村に来い!
じゃあな!」
男は言うが早いか馬を走らせ、あっという間にアルクラド達の前から姿を消した。
アルクラドはその後ろ姿から視線を外し、ミャール達を見やる。既に盗賊の男への興味は失せていた。
これで面倒事が1つ片付いたと思っていたが、ミャール達の様子がおかしいことに気が付いた。
「どうしたのだ?」
ミャール達、猫人族の少女達は呆然としていた。脅威が去ったのだから喜べばいいものの、難しい顔で男の去った方をじっと見つめている。彼女達は、男の放った言葉の意味を考えていた。単なる戯れ言だと聞き流したアルクラドと違って。
男は言った、自分達の集落に、男の仲間が向かっていると。
男は何者か。
自分達を攫い、奴隷にしようとしていた男。
そんな男の仲間が集落に向かった目的は何か。
1つしかない。
家族に危険が迫っている!
「どうしよう……」
ミャールの不安げな呟きが、朝の森に広がっていった。
お読みいただきありがとうございます。
毒キノコの中には本当に美味しいものもあるようです。
非常に興味があります。
次回もよろしくお願いします。