仲間との別れ
盗賊達を全滅させ、危機を脱したライカ達。
互いに見つめあう3人の間には妙な緊張感が走っていた。
「アルクラド……吸血鬼って、本当なのか?」
「吸血鬼ってことは、魔族ってことですよね?」
先に口を開いたのはライカ達であった。
アルクラドの正体を知り衝撃を受けたのか、辛そうな表情を浮かべている。
「そうだ。我は吸血鬼であり、魔族である。其方らを騙すつもりは無かったが、人族の世を渡る為に正体を隠していた」
当初、アルクラドが自身の正体を隠すのは、人との諍いを避けるためだけであった。しかしライカ達と仲間になってからは、彼らの境遇もその理由の1つとなった。
「其方らは魔族に故郷を襲われ、親を失ったのだったな。さぞ魔族への恨みは大きかろう」
仲間である彼らに剣を向けたくなかった。その命を奪いたくなかったのだ。
「其方らの恨みは尤もだ。だが其方らがそうでなくとも、我は其方らの事を仲間であると思っておる。その仲間と剣を交えたくはない。
我は其方らの前から姿を消そう。我に復讐を、などとは考えないでくれ。敵となった以上は容赦はせぬ故」
アルクラドは珍しく饒舌であった。
思いの丈が言葉になって表れているのだ。仲間と戦いたくない。仲間であり続けるために傍を離れる。それが自分に出来る唯一のことであると。
ライカ達は俯き、その表情は見えない。
しかし2人とも身体が小刻みに震えている。ライカに至っては拳を強く握りしめている。
アルクラドはそんな2人の様子を静かに見守った。彼らの言葉を待ちながら。
「ふざけんじゃねぇよ……」
絞り出すような声でライカが言う。
それを聞いてアルクラドは小さく嘆息を漏らす。やはり駄目だったかと。
「俺達をバカにするんじゃねぇ! お前が魔族だろうが吸血鬼だろうが、アルクラドはアルクラドだろう!」
「私達だってアルクラドさんのことを仲間だって思っています。仲間に剣を向けるなんて、そんなこと絶対にしません!」
どうやらアルクラドの心配は杞憂であった様であった。ただ2人の仲間を怒らせるだけだった。
「其方らは我が恐ろしくないのか? 我らは人の血を啜る吸血鬼なのだぞ?」
しかしどうもアルクラドには信じられなかった。太古よりいがみ合ってきた人族と魔族。そして彼はその魔族の中でも隔絶した力を持つ存在なのだ。人からすれば恐怖以外の何ものでもないのだから。
「そりゃ怖いさ。けどそんなの人族も一緒だ。上級冒険者だって暴れたら手が付けられないし、俺達を殺そうとしてたのは同じ人間なんだぜ?
人族でも魔族でも良い奴は良いし、悪い奴は悪い。それでお前は良い奴だ。俺達にはこれで充分なんだよ。
これでこの話は終わりだ! 次変なこと言ったら、それこそぶん殴るからな!」
言われてみれば今回の依頼の討伐対象である盗賊も、人を襲う人族である。悪さをする連中に、人族も魔族もないということだろう。
「そうだな。ありがとう、ライカ、ロザリー」
そう言ったアルクラドは、安堵の表情に薄く笑みを浮かべた。その胸の中には形容しがたい喜びが満ちていた。
「なぁ、アルクラドのこと色々聞かせてくれよ。俺達に言ってないことあるんだろ?」
「私達、もっとアルクラドさんのこと知りたいです」
「そうであるな。少しではあるが己の事を語るとしよう」
アルクラドは2人に対して嘘は吐いていなかったが、誤魔化し言葉を濁すことは多々あった。そうした事をきちんと話すと決め、2人に明かすのだった。
「我は、己自身の事を余り良く識らぬのだ」
歩きながら語り始めたアルクラドのひと言目は、予想外の言葉だった。
「我が識るのは、我が魔族であり吸血鬼である事。果てしない時を生きた事。それら以外の事は余り良く憶えておらぬ」
自分のことを良く知らないというアルクラドに、ライカ達は驚きを隠せなかった。自分達を強くしてくれた者が、自身のことすら良く分かっていないなどとは思わなかったのである。
「無論、全てを識らぬ訳ではない。おぼろげながら、人族と魔族が敵対していた事も憶えておるし、様々な種族がいた事も憶えておる。そうだ、フィサンの北の森の遺跡で封印されていた事も憶えておる。その訳は識らぬがな」
「「封印?」」
聞き馴染みのない言葉に、2人は声を揃えて首を傾げる。
「うむ。その理由も方法も分からぬが、これを胸に刺され封印されておったのだ」
そう言ってアルクラドが見せるのは、いつも使っている聖銀の剣。曇り1つない凜とした輝きを放つ細身の直剣。
「これは、銘は識らぬが、聖銀で造られた剣。聖銀は魔力を散らす、魔族の天敵だ。故に我の封印に使われたのであろう」
聖銀は人族、魔族に関わらずその魔力を、そして発動した魔法をも打ち払う聖なる金属。高位の聖職者が聖気を込めた、または聖気に満ちた場所で自然に取り込んだ金属が聖銀と呼ばれる。内包する聖気の多寡でその効力は変わるが、聖気は魔族にとって毒になるため、聖銀は魔族の天敵なのである、本来は。
「そんな剣を、アルクラドが持ってて大丈夫なのか?」
「これを手にした時は多少の不快感はあったが、今はそれすら感じぬ。100年以上、我の胸に刺さっていたのだ、我に馴染んだのであろう」
並の吸血鬼であれば、聖銀を胸に突き立てられればすぐに魔力が霧散し、その命も亡くしてしまう。途方もない力を持つ始祖たるアルクラドだからこそ、封印という形で済んでいるのである。
「後は良く憶えておらぬ。知己の者もいたのであろうが誰も思い出せぬ。我がどこで何をしていたのかも分からぬ。
封印が解けた後は、すぐさまフィサンに向かい冒険者となった。それからの事は、魔族である事以外は、其方らに話した通りだ」
ライカ達はアルクラドとパーティーを組んだ時、彼が世界を識る為に冒険者となり旅をしていると言っていたのを思い出した。種族について不明と答えたのは魔族である事を隠した為で、過去の話をしなかったのは記憶を失っていたからだったのだ。
「誰も知っている人がいない世界で1人なんて、寂しくないですか?」
アルクラドの境遇を思いロザリーが目を潤ませて尋ねる。
「元より憶えておらぬ故、寂しさも感じぬ。我を識る者達を憶えておったのならば、或いは感じるものもあるやもしれんがな。
それに今は、其方らを含め、あの町で知己を得た。もうこの世界に独りという事はないであろう」
ロザリーの表情が一転、嬉しそうなものに変わる。今の言葉で本当にアルクラドの仲間になれた様な気がした。
「そうなんだ。それよりアルクラドはこれからどうするんだ?
これからもフィサンで冒険者を続けるのか? それとも別の町に行くのか?」
アルクラドの言葉が聞けて嬉しかったのはロザリーだけではない。ライカは嬉しそうにアルクラドの今後について尋ねる。
ライカとロザリーは、フィサンの町にそれほど執着があるわけではない。村から一番近い町だったためそこで冒険者となり、ただそのまま居付いただけなのだ。
多少の愛着はあれど、あの町に居続ける理由はない。アルクラドがフィサンを出るのならば一緒について行こうと考えていた。これはライカの独断であるが、彼はロザリーも同じ考えであると信じていた。
「我は町を出るつもりだ。そして、其方らからも離れるつもりだ」
「「えっ?」」
これからも一緒に居られると思っていた2人は、揃って首を傾げるのだった。
突然告げられた別れの言葉にライカ達は驚きを隠せないでいる。
今し方ずっと仲間であると言ったばかりなのだから、それも無理からぬ話である。
「なんでだよ!? 俺達はアルクラドが魔族でも気にしないし、今まで通りでいいだろ?」
「其方らはそうだが、他の人間はどうなのだ? 盗賊を討伐した程度では、魔族を味方だとは考えぬであろう?」
「それはそうだけど……」
「でもアルクラドさんは、見た目は魔族に見えないですし、今まで通り過ごせるんじゃないですか?」
確かにアルクラドの外見は人族に寄ったものである。牙さえ見られなければ魔族だとは思われないだろう。
「だが確実に隠し通せる訳でもあるまい。此度の戦いの様子を聞かれれば我が只者ではない事は分かるであろうし、誰に見られておらぬとも限らぬ。
そうなった時、我だけでなく其方らにも害が及ぼう。魔族に通ずる者として、同じ人族から剣を向けられるやもしれん」
アルクラドは未だこの森の中で活動する冒険者達を知覚していた。只の人が視認できる距離には冒険者達はいないが、獣人など知覚に優れたものや、魔法で周囲を探っている者がいないとは限らない。
アルクラドとしては人族としての生活が終わることは残念だが、人族に命を狙われることに対しては特に何も感じない。彼にとって人族も魔族も等しく脅威になりえない。羽虫に集られる煩わしさ程度にしか感じない。
しかし人間であるライカとロザリーはそうはいかない。
魔族は言うに及ばず、身体能力に優れた獣人や上級冒険者など人間の強者にもまだまだ及ばない。同格である中級冒険者であっても、囲まれれば苦戦は必至、悪くすれば簡単に負けてしまう。
そんな彼らが魔族であるアルクラドと一緒にいれば、要らぬ厄介を抱えてしまう。最悪、人族の裏切り者にもなりうる。
アルクラドはそれを良しとしなかった。
仲間であるからこそ、自身が原因の厄介など、彼らに抱えさせたくはなかった。人間としての歩みを続けて欲しかった。
「其方らは弱い、己の身すら守れぬ程にな」
「それは……」
アルクラドの無遠慮な言葉に俯く2人。
「だが、我も好んで其方らから離れたい訳ではない。其方らが、周囲の誹りから己を守り己の意思を貫く程強くなった時、そして力を付けた其方らの名を我が耳にした時、再び歩みを共にしよう」
「本当か!?」
「本当ですか!?」
バッと2人は顔を上げる。驚きと喜びの共存した表情で2人は固まっている。
「無論だ、我は嘘は好まぬ。他者を気にかけぬ我の耳に、その名が届くのは中々に骨が折れようがな」
「へっ! すぐに強くなって俺達の名前を聞かせてやるよ」
「そうです! すぐに会いに行きますからね!」
アルクラドの言葉に2人はやる気をみなぎらせる。強くなろうとは常々思っている。しかし今、強くなるための明確な目標が出来たのだ。
「うむ、楽しみにしていよう。人間の一生など我にとっては瞬きの間の様なもの。すぐに相見える事であろう」
1000を超える歳月を生きてきた彼にとっては、100年に満たない人の一生はあっという間。ライカ達が成長する時間など、待ったうちにも入らないだろう。
「我はこのままこの地から去るとしよう。町に戻り何があったのかと聞かれても面倒だ。依頼については其方らに任せよう。我の件を含め真実を違わず伝えるか、其方らの都合の良い様に伝えるか」
このまま町に戻れば確実に面倒事が待ち構えている。そう考えたアルクラドは盗賊を討伐した東の森から直接、旅立とう考えていた。
「今からって、旅の準備とかはどうするんだよ?」
「そうですよ。それにもうすぐ夜で危険ですよ?」
「ふっ、其方ら誰に向かって言っておるのだ? 我は吸血鬼であり夜は我の時間、危険などありはしない。旅の支度も、休息も睡眠も不要な我には意味のないものだ」
2人の心配をアルクラドは鼻で笑う様に退ける。同時に現在の吸血鬼に対する認識を改めて理解した。盗賊の頭エービルの言う様に、既におとぎ話、物語の中でしかその名を聞くことはないのだろう。
「そっか。そういえば野宿の時も簡単に獲物を狩ってきてたもんな」
「今度からは私達でやらないとダメなんだよね」
アルクラドとパーティーを組んでいる時は、彼のおかげで狩りが難しく美味な鳥獣を野宿で食べることができた。それを自分達だけで出来るかと言われれば不安な2人。これからの依頼、冒険中の食事事情を思って憂鬱にもなっていた。
「その様な事で憂鬱になっていてどうするのだ? 世界に名を轟かせる事に比べれば容易かろう」
「けど今度から野宿の時の飯が、旨くない干し肉に変わるんだぜ? そんなの嫌だろ?」
「む、確かにそれはそうであるな……」
今まで野宿ではその場で狩った肉を焼いて食べていた。干し肉とは比べられないほど美味しい。仮にそれが食べられなくなるとすれば、憂鬱になるのも仕方がない。フィサンの町で食い意地に目覚めたアルクラドは、それを想像しライカに同意を示す。
「まずは美味なる物を食せる様、強くなる必要があるようであるな。なに、其方らであれ問題はなかろう。
ライカ、ロザリー。其方らと再び相見える時を楽しみにしているぞ」
アルクラドは唐突に2人に背を向ける。森と街道の境目がすぐ目の前に迫っていた。
目に見える範囲に人影はないが、アルクラドの知覚は周囲の冒険者の気配を感じ取っていたのだ。
「アルクラド! 絶対にお前に会いに行くからな、待ってろよ!」
「アルクラドさん、すぐに私達の名前を聞かせてあげますから!」
突然の別れに慌てて声を上げるライカとロザリー。
アルクラドは、それに返事を返すこともなく、身振りで応えることもなく、振り返ることもなく、2人から離れていく。ライカ達はその姿が見えなくなるまで、その背中を見送っていた。
こうして人間の知己を得た吸血鬼は、何の躊躇いもなく、仲間の下を去っていった。
成長した2人との再会を待ち望んで。
お読みいただきありがとうございます。
これで2章はお終い、閑話を挟んで3章に移ります。
次回もよろしくお願いします。





