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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第14章
188/189

魔族の国

今回は3話連続の更新で、この話はその2つ目です。

1つ目をお読みで無い方は、前話へお戻りください。

 1年の中で最も太陽が高く、強い輝きを放つ夏至の日。ドール王国の王都は、妙な興奮に包まれていた。

 歴史上類を見ない、人族と魔族が国交を結ぶ、その日だからである。

 その1旬前、魔族の国の王である魔王フロスターネは、数名の側近、魔王に次ぐ力を持つ魔人イビルスアリントと、人族の国でいう大臣にあたる魔族、を連れてドールの地に降り立った。

 魔王達は純白のドラゴンに乗ってドール王国に現れた。魔族を纏め上げ1つの国を興す為にギリギリまで魔界に留まっていたので、かつて使役した古代龍エンシェントドラゴンに移動の足となってもらったのである。

 その白龍がドールに着くのと同時に、漆黒のドラゴンが王都ドールに現れた。その背に乗っていたのは、アルクラド達であった。

 エピスから各国要人の守護を依頼されたアルクラドは、フロスターネの到着に合わせてドールにやってきたのである。1人で旅をしていたのなら空を飛んでいけばよかったのだが、シャリー、ライカ、ロザリーの同行者がいた為、今回は黒龍を足として利用したのであった。

 突如として現れた2体の古代龍エンシェントドラゴンに、王都の住人達は大混乱に陥ったが、国は何とか暴動が起きる前にその混乱を鎮めることが出来た。王都の兵士達には事前にドラゴンがやってくる可能性を伝えていたのもあるが、2体のドラゴンが地面に降り立つことなく飛び去っていったのが大きな理由であった。

 尤も空高く飛ぶドラゴンの背から、人が飛び降りてきたのを見た者達は、別種の混乱を抱いていたが。

 王都ドールの地に降り立ったアルクラドとフロスターネ。その後ろではそれぞれの同行者が胸を押さえて激しい呼吸を繰り返していたが、数瞬の間、無言で互いを見ていた。しかしすぐにフロスターネが視線を切り、アリント達を促して歩き出した。アルクラドもフロスターネに何か言うことはなく、シャリー達を伴って歩き出した。

 彼らが目指すのは共に王宮であり、そこへ向かえばエピスとヴァイスが入り口で既に待機していた。

「フロスターネ陛下、ようこそおいで下さいました」

「うむ」

 大仰に礼をするエピスに、鷹揚な頷きを返すフロスターネ。エピスが手で王宮へと続く扉を示し、魔王一行を会合の場へと導き、ヴァイスとアルクラド達はその後ろを追っていく。

 目的の場所に着くまでの間、エピスはフロスターネに色々と話しかけていた。人族国と国交を結んでくれることへの感謝を示し魔族国の様子を尋ねるエピスだが、フロスターネは言葉少なに答えるだけであった。フロスターネの様子は国交樹立に心から納得していると感じられるものではなかったが、少なくとも否定的な言葉は飛び出さなかった。まずはそれだけでも充分だ、とエピスは安心した様子で小さな笑みを作った。

 そして王宮の中を行く一向は、とある部屋の前に着いた。その前に立つ近衛の兵士達が扉を開ける。

「フロスターネ殿、ようこそ参られた」

 ドール国王のシャルルが、立ち上がって魔王一行を迎えた。円卓に座る他の国の大臣達や文官達も立ち上がり、表情を硬くしながらも一国の王への礼を取った。

 それらを一瞥し鷹揚に頷いたフロスターネは、唯一空いていた椅子の元へ行き腰を下ろした。シャルル王を除いた者達が表情を強張らせた。しかしシャルル王は穏やかな表情のままで、他の者達への着席を促した。

 フロスターネの行動は、一国の王として、また一国の王へ対するものとして、相応しくはなかった。王と言えど、共に国の頂に立つ者として、互いに尊重し合わなければならない。しかし最強の吸血鬼ヴァンパイアと比肩しえる魔王に、それを求めても仕方がない。彼らは人族の法や習慣の外にいる存在なのだから。

「それでは早速始めるとしよう」

 ともあれこの場はフロスターネの言動を咎める為の場ではない。人族と魔族が共に歩む未来を、少しでも良くする為の場だ。シャルル王の言葉を以て、人魔友好に向けた話し合いが始まるのであった。


 人族の国と魔族の国の国交樹立に向けた話し合いは、思いの外早く進み、しかしある意味では非常に難航した。その原因は双方の常識の違いだった。

 力を重んじる魔族は、力を基準に物事を考える。弱者が強者から搾取される弱肉強食の考えを、程度の大小はあれど、魔族は当たり前だと考えていた。弱者自身が力の無い境遇を嘆けども、自分の意志を通す力を持っていないことが悪いのだ、と自然に思っているのだ。

 そんな考えを持つ者達と、友好の条約を結べるはずもなかった。たとえ国交を結び様々な取り決めがなされたとしても、それを遵守する為の基盤が違うのだ。そんな状態で国交を結んでも、上手くいくはずがない。まずは互いが互いのことを知る必要があった。

 それ故、当初予定されていた条約の締結はなされず、人族と魔族が互いを知るにはどうするべきか、それが話し合われる場となった。そしてその結果、相手の常識を実体験で学ぶのが最も効率的だ、という結論に至った。

 人族が魔族の国で暮らし、魔族が人族の国で暮らす。それをある期間続け、互いの常識を学ぼうと言うのだ。

 この案に対し、人族側は二の足を踏んだ。魔界は凶悪凶暴な魔族の住む地、そして人族の血を糧とする王が治める国。そんな所へ赴くなど、考えただけで震えがしたのである。そこへ行くことになるであろう文官達は特に恐ろしさを感じていた。

 対してフロスターネは案を聞くなり、すぐに頷いた。ひ弱な人族の国へ赴くことを恐れる魔族などおらず、またいても無理やり行かせればいい、と考えているからであった。

「どの国へ人を遣ればよい?」

 フロスターネの問いに、皆は答えに窮した。よく考えてみれば、魔族が自分達の国にやってくることもまた恐ろしかったのである。しかし魔族の国に赴き、魔族を自国に迎え入れなければ話が進まない。どうすべきか、と皆が逡巡している中、3名の文官が自国に来る様に、と声を上げた。

 その3名とは、ドール王国、ラテリア王国、プルーシ王国の文官であった。大国としての意地を見せようとしたのか、彼らが声を上げたのは同時だった。

「ふ……我らが恐ろしかろうが、案ずることはない。魔王の名において、お前達の身の安全は保障しよう」

 目の前に座る人族達の恐れが容易に想像できたフロスターネは、そう言って薄く笑みを作った。いずれは人族も魔族も全て吸血鬼ヴァンパイアの支配下に置くつもりのフロスターネであるが、今の彼にとっては人族は友好を結ぶ相手。その相手を積極的に害するつもりはなかった。

 それ故に努めて穏やかな笑みを作ったつもりであったが、魔王と吸血鬼ヴァンパイアという存在への先入観のせいで、彼の笑みは非常に恐ろしいものとして文官達の目に映った。しかしここで退いては、3つの大国に大きな後れをとってしまうと、残りの国も魔族を受け入れることを決めた。

「ではフロスターネ殿。貴方の国とここにいる10の国とで使節を送り、互いを学ぶ。そして数年の後、改めて条約を締結し、国交を結ぶ。それでよろしいかな?」

「あぁ、問題ない」

 こうして互いを学ぶ為に使節が派遣されることが決まり、この日の会談は終了となった。そして取り決めの内容は異なるが、当初の予定通り夏至の日に、調印式が執り行われることになったのである。


 1年の中で最も太陽の光が強くなる夏至の日。突き抜ける様な青い空には雲1つなく、強い日差しが容赦なくドール王国の都に降り注いでいた。

 人族と魔族が友好を結ぶ。

 そんな歴史的瞬間を見ようと、王宮前の広場には多くの人が押し寄せていた。中には恐ろしい魔族や御伽噺の中でしか知らない吸血鬼ヴァンパイアの姿を見たい、という好奇心に駆られてやってきた者もいる。

 そんな彼らの視線の先にいるのは、各国の国王達。先日の会談には参加していなかった国の王達も、この日はドール王国へとやってきていた。友好は結ぶが、魔族を受け入れることはしなかった国である。

 そんな彼らに囲まれる様にして、ドール王国王シャルル・ド・ドールと魔王フロスターネが向かい合って立っていた。そこから少し離れたところには、護衛役のアルクラドの姿もあった。

「今日この日は、永久に語り継がれる歴史的な日となろう」

 シャルル王は集まる民衆へと視線を向けた。その言葉が拡声の魔法によって拡がり、彼らの耳に届く。ざわめきは鎮まり、驚くほどの静寂が訪れた。

「我らの知る人族と魔族の歴史は、戦いの歴史だ。長きに亘って争っていたが故に憎しみは深く、今も大きな溝が我らの間に横たわっている。そして我らは互いに交わることなく暮らしてきた。その暮らしは確かに平穏なものであったと言える。しかしそれでは駄目なのだと、気づかされた。

 此度の魔族の侵攻は、大戦おおいくさとなる前に収めることが出来た。このまま交流を断てば、再び平穏な暮らしを得ることが出来るであろう。しかしそれは長き目で見れば束の間の平穏。憎しみを抱えた者が再び戦を起こすかも知れん。此度の侵攻が忘れられた頃に、今度は人族が侵攻を企てるかも知れん。そうして戦いと束の間の平穏が繰り返されるであろう。

 余はそれを望まぬ。哀しき負の連鎖を断ち切り、真の意味での平穏を願う。故に、積年の憎しみは水に流し、魔族と手を取り合おうと決めた。

 その第一歩が今日この日である」

 シャルル王の宣言が終わると、再びざわめきが広がり出した。この場に居る者の全てが、王の言葉に心から賛同しているわけではなかった。魔族と手を取り合うなど出来るわけがないと思う者は、民衆だけでなく政に関わる者の中にもいた。だが裏を返せば、全ての者が魔族と手を取り合うことに後ろ向きなわけではなかった。

「人族達よ……」

 シャルル王に続き、魔王が口を開いた。酷く冷たく聞こえたその声に、民衆達は押し黙った。

「私はお前達のことを知らぬ。だがお前達も我らのことを知らぬであろう。

 長命な魔族の中には、先の大戦を克明に覚えている者もいる、人族に憎しみを持つ者も。しかし全ての者がそうではない。人族を知らぬ魔族にとって、お前達は姿形の違う見知らぬ相手でしかない。人族と見れば見境なく襲う者など、ほとんどおらぬ。

 1度その眼で我らを見てみることだ。姿形や常識は違えど、お前達とそうは変わらぬ筈だ。私自身、人族と友好を結ぶなど考えもしなかったが、我らもまたお前達を見てみることにしよう」

 フロスターネの言葉は、シャルル王の様に熱を持ったものではなかった。真意の読めない、口先だけの言葉なのでは、とも思えた。しかしその声に、民衆達は僅かな温かみの様なものを感じていた。魔王の人族とさして変わらぬ見た目も相まって、魔族とも分かり合えるのではという思いが浮かびもした。それ故に、魔族との友好に現実味が帯びるのを感じたのであった。

「人族の国を代表し、ドール王国シャルル・ド・ドールの名において、魔族と手を取り合うことをここに誓おう!」

「魔王フロスターネの名において、人族と歩みを共にすることを誓おう!」

 互いの想いを述べた後、2人は大きく宣言した。

 フロスターネが、いつかアルクラドを殺し世界を支配するつもりであることを知る者からすれば、彼の言葉は白々しいものに聞こえたかも知れない。だがどうして、彼の真意を知るにもかかわらず、魔王の宣言を疑うことはなかった。

 嘘を好まぬ吸血鬼ヴァンパイアを知っているからか、魔王が一族をどれだけ誇りに思っているかを知っているからか、彼が言葉を違えるとは思えなかったのである。少なくともアルクラドが死ぬまでは、結んだ友好を解くことはないだろうと思えたのである。

「我ら人族国は、魔族の国を認め友好を結ぶ。今日この日より、人族と魔族の新たな歴史が始まるのである!」

 各国の王が署名をし、改めてシャルル王が人魔の友好を宣言した。

 こうして魔族の国「ヘルドシュタット」が生まれ、人族の国との友好を結んだ。そして覚束ない足取りながらも、一歩ずつ真の友好に向かって、歩き出すのであった。

お読みいただきありがとうございます。

無理やりまとめた感が自分自身でも拭えないのですが、魔王騒動はハッピーエンド的な感じでお終いとなります。

いきなり友好を結ぶといっても、そこかしこで問題が起きて、上手くいかないことも多いのでしょうが、それはまた別のお話ということで。

次が連続更新3つ目です。

よろしくお願いします。

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