人魔の友好
今回はいつもより更に更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
その代わりに、今回は3話連続更新です。
この話はその1つ目です。
季節が春になってから2月が過ぎようとする、穏やかな日差しが心地よいある日。
ドール王国、ラテリア王国、獣国アリテーズ、プルーシ王国に激震が走った。その原因は、プルーシ最南端の町スーデンから鳥が運んできた書簡であった。
各国の首脳陣へ宛てられた書簡には、魔界へ赴いた各国のギルド長や騎士団長、魔法士団長の署名がなされており、魔王討伐の報せが来たのだと彼らは喜んだ。しかしそこに書かれていたのは、彼らが望んだものとは真逆のことであった。
魔王の生存。
最初に手紙に目を通した各国の王は首を傾げた。魔王討伐隊と魔王、殺し合うはずの両者が共に生きている状況が、よく分からなかったのである。魔王に手も足も出ず命からがら逃げだしたのか、魔王を無力化したが殺すには至らなかったのか。そんな考えが浮かぶが、それらしきことは書簡に書かれていない。
そして一体何の報せなのか、と書簡を読み進める国王の目が、飛び出さんばかりに見開かれた。そんな王の様子を見て、一体何が書かれていたのかと、家臣達は王の言葉を待った。
王は目を見開いたまま眉間に皺を作り、無言で書簡を家臣達へと手渡した。それに家臣達が群がり、書かれている文字を追っていく。そんな家臣達の様子は、王と同じであった。初めは不思議そうな顔で書簡を読み進め、そしてある箇所で一様に大きく目を見開いた。
「陛下……これは一体……?」
「そこにある通りだ」
それぞれの国の王と家臣の間で、同じ様なやり取りがなされていた。書簡に書かれた言葉の意味は分かれど意図が通じず、王も家臣も難しい顔で互いを見つめていた。
「一体何故、魔族などと国交を……」
各国の首脳陣を困惑させる、書簡の内容。
それは魔王を王とした魔族の集まりを国として認め、国交を結ぶことを提案したものだった。
アルクラドとフロスターネの戦いが終わった後、緊張の面持ちでエピスは魔王へとある提案を持ちかけた。
「フロスターネ殿……魔族の国を興し、私達人族の国と国交を結んでは頂けませんか?」
アルクラドとフロスターネを除く、全員が驚きに目を見開いた。
かつて互いに殺し合い憎しみ合っていた両種族。人魔大戦の終結を以て300年以上ほとんど交流がなかったが、未だその間に横たわる溝は大きく、友好的な関係が結べるはずもない。
そんな提案をするエピスに、フロスターネは胡乱げな目を向けている。アルクラドは興味がないのか、どこを見るともなく、ただ2人をその視界に入れていた。
「何故人族などと国交を結ばねばならん。魔族を纏め上げ国を興すだけならまだしも、人族共と馴れ合う気などない」
個々の能力が人族より強い魔族が1つの国を作れば、その力は複数の大国にも匹敵する。他国と同盟を結び、互いに助け合う必要などなく、力のない国との関わりは足枷になる。そうフロスターネは考えた。
「戦う力という点においては、確かにフロスターネ殿の仰る通り、我々と国交を結ぶ必要はないでしょう。ですが、吸血鬼の繁栄、そしていずれアルクラド殿を斃すことを考えれば、利があるのではないでしょうか」
「何……?」
人族であるエピスの口から出た言葉に、フロスターネは更に眉をひそめた。吸血鬼の繁栄もアルクラドの死も、人族にとっては決して歓迎できるものではないからだ。吸血鬼は人族の血を糧として生きる為、その繁栄は人族の未来を脅かすものだ。そしてアルクラドの死も、アルクラドが魔王に対する唯一の抑止力である為に、人族は決して望みはしないこと。
だと言うのに、人族と魔族が繋がることがフロスターネの利になる、とエピスは言う。彼女の考えが分からず、フロスターネは睨む様にしてエピスを見つめている。
「それは人族の血を、我らと争うことなく得られるということです。人族の全ての国から死罪となる者を集めれば、かなりの数になります。貴方方の飢えを満たすには充分なのではないでしょうか」
かつてアルクラドの支配下で行われていた様に、国交を結べば人族の血を提供しようとエピスは言うのだった。だがフロスターネは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「ふんっ、下らん……ただ与えられるだけでは我らの渇きは癒えん。その為に、我が一族が命を賭して戦ったことが理解できんのか?」
「ですが我らを狩り続ければ、いずれ私達は吸血鬼を討つ為に剣を取り立ち上がるでしょう」
それがどうした、と言いたげにフロスターネは嘆息する。
「そしてそれが、アルクラド殿を動かすかも知れませんよ?」
「……っ!」
ハッとしたフロスターネは、忌々しげに表情を歪めグッと歯を噛みしめた。人族との戦いなど、吸血鬼にとってみれば騒がしい食事の様なものであり、望むところであった。加えて魔王たるフロスターネがいれば、決して負けることはない。だがしかし、それは龍よりも恐ろしい化け物を揺り起こす可能性を秘めていた。
「アルクラド殿が必ず動くとは限りませんが、動かないとも限りません。ですので、アルクラド殿を斃すに足る力を得るまでは、不用意に人族を狩らぬ方がいいのではないでしょうか」
半分脅しの様なエピスの提案。しかし吸血鬼に好き勝手に動かれては、アルクラドが動く前に人族に大きな影響が出てしまう。そうならない為にも、エピスは必死だった。
「我らは糧を得て、貴様達は一時の安寧を得る、か……」
アルクラドが動かない様に行動を制限されるのは腹立たしかったが、提案に乗るのも悪くないともフロスターネは考えた。アルクラドの顔色を窺いながら行動するのも、彼を殺すまでの間だけ。いずれは誰憚ることなく、自由に動ける様になるのだ。それが分かっていれば、待つことが出来る。吸血鬼は、エルフでさえ及びもつかない長い時を生きるのだから。
「その案に乗るのも一興か。だが今この場で決めることは出来ん。我ら魔族は、国というものを忘れて久しいからな」
アルクラドの没後、魔界はかつての様に部族単位で集まる様になり、いくつか残った国も戦いに重きを置き、友好的な国交などは生まれなかった。そしていつしか人魔大戦が起こり、皆が戦いに明け暮れた。国という形態を失って1000年以上、魔族達は国というものの在り方を覚えてはいなかった。
「もちろんです。国を興し民を纏めるだけでも、煩雑に感じることが多いでしょう。ましてや常識の違う人族との交流は更に面倒に感じるでしょう。しかしかつてアルクラド殿の下で、歪ながらも両種族は交流を持っていたのです。アルクラド殿を超えんとするフロスターネ殿であれば、出来ると私は思います」
アルクラドと比べる様な言葉に、フロスターネは僅かに頬をひきつらせた。安い挑発だとは分かっていても、反応せずにはいられなかったのだ。
「……いいだろう。しばし検討し、答えを出そう」
「分かりました。次の春の季節に遣いを寄越しますので、それまでにお答えを」
フロスターネの答えに、エピスは安堵の息を漏らす。確証が得られたわけではないが、今は前向きに検討してくれるだけで充分だった。加えてフロスターネは提案を受け入れてくれるだろう、という思いがエピスにはあった。これこそ何の確証もない話であったが。
「話が済んだのならば、往くぞ」
エピスとフロスターネの話し合いが終わったのを見て、アルクラドは返事を待たずに歩き出した。シャリー達が慌てて後を追い、エピスは最後に一礼をした後、それに続いた。
この場の思い付きである、上手くいくかも分からないエピスの提案に魔王が乗った。そうして人族と魔族が、友好に向けてゆっくりと動き出すのであった。
魔族と国交を結ぶ、という前代未聞の提案がエピスからなされてから次の春が来るまでの間、人族の国は大忙しであった。
魔族との友好が本当に人族に利をもたらすのかの検討、魔族と交わす条約の草案、調印を執り行う場所の選定、その警備も問題、そして討伐隊に参加していなかった国への根回し、など。とても1年で処理しきれる問題ではなかった。しかし期日は既に決められてしまっている為、やるしかなかった。
人魔の友好の利については、エピスが半ば脅す様な形で主要国の王達を説得した。
魔王がアルクラドを斃した時、人族と魔族が敵対したままであれば、確実に人族は滅ぼされてしまう。そうなる前に友誼を結び、友となり、情を抱かせるべきだ。加えて人族の食事を食べさせれば、吸血鬼の血に対する欲求が逸れるかも知れない。実際に人族と友誼を結び、血よりも人の食べ物に夢中な吸血鬼がいるのだから、やってみる価値はある、と。
エピスの言葉はいずれも確証のあるものではなかったが、何もしなければ人族が滅んでしまうことだけは皆理解できた。かの暴虐の魔女が手も足も出ない、と言っているのだから。
ともかく魔族と国交を結ぶ方向で話が纏まり、法務を担当する者達は条約の草案作成に取り掛かった。それと併行し、エピス達討伐隊を率いた面々は、他国を説得する為に各国を渡り歩いた。その多くはドール王国やラテリア王国の様な大国ではなく、ほとんど二つ返事で提案を受け入れた。彼らに思う所がなかったわけではないが、大きな力を持たない彼らには承諾以外の道はなかったのだ。
その結果は、エピス達にとって予想通りのものだった。だが1つ予想外のことが起きた。それはブラム公国の反応であった。
大国ではないがそれと同等の影響力を持ち、あの魔族を狩る聖女を擁する公国からは、強い反発が予想されていた。ブラム公国は魔族殲滅を国是としているわけではないが、全ての魔族を滅ぼすという聖女の意向を受け、魔族には特に厳しい立場を取っていた。
そんな彼らもまた、二つ返事でエピス達の提案を受け入れたのである。裏で何かを企んでいるのではないか、と疑いたくなるほどあっさりと。だが一番時間がかかると思っていた公国の説得が早く済んだのは、時間のない中でありがたいことだった。
そうして各国への根回しが済んだ後は、調印を執り行う場所の選定が進められたが、これはすぐに決まった。当初は人魔大戦で最も激しい戦いが繰り広げられたイリグック大平原で、との意見があったが、ドール王国で調印が執り行われることとなった。かの地は過去の戦の象徴であり、この度の魔族の侵攻ではドール王国で最も激しい戦いが繰り広げられた。そのドール王国で調印を執り行うことで、魔族と真に友好を結ぼうという、人族の意思を見せることとしたのである。
調印式の場所が決まれば、各国要人の守護をどうするかを決めるだけである。が、これはある意味、考えても仕方がないことであった。フロスターネは他の魔族とは一線を画す力を持っており、もし暴れればアルクラド以外に止めることは出来ない。それ故にアルクラドに護衛を依頼することとなった。
こうなることが予め分かっていたのか、エピスは魔界から帰る道中で、既にアルクラドに依頼をしていた。いずれ開かれる式典で国王達を守って欲しい、詳しい話をする為に来春頃にドール王国に来て欲しい、と。
こうして人魔友好に向けた準備が着々と進められ、春が近づき魔王の元への使者が遣わされた。魔王から人族と国交を結ぶという言葉を聞いた使者は、調印式の日取りといつまでにドールに来て欲しいのかを魔王へ伝えた。
使者が帰った後、フロスターネ達はドールへ赴く準備を始めた。知らされた日取りはおよそ4か月後。魔界の南端からドールまで、人族ならギリギリ間に合うかどうかだが、魔王からすれば十分すぎる時間だった。精強な魔族は人族よりも速く長く歩くことが出来、またその気になれば龍や魔法を駆使して空を飛べるのだから。
そうして魔王はギリギリまで魔界に留まり、約束の日が近づくと数名の魔族を連れ、ドール王国へ向かうのであった。
お読みいただきありがとうございます。
魔王が生き残った時点で予想されていた方もいらっしゃったかと思いますが、
魔族の国が出来て、国同士の付き合いをすることになりました。
果たして上手くいくのでしょうか……?
次は連続更新の2つ目です。





