戦いの結末
今回もまた更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした!
昔語りを終え、瞳に怨嗟の炎を燃やすフロスターネを見つめるアルクラド。
その眼からは、過去を顧みているのか、それともフロスターネの嘆きに何の痛痒も感じていないのか、それを読み取ることは出来ない。ただ魔王を、いつもの無感動な目で見下ろしているだけであった。
「まぁ良い、過ぎた事だ」
どうやら自らの過去について考えてはいたが、その行いに対する悔恨の念が湧いたわけではなかった様だ。
「まぁ良いだと!? 同族を皆殺しにした貴様の罪が消えたとでも思っているのか!?」
「消えはせぬであろう。だが其方の祖父らは、赦されぬと識りつつ我に剣を向けたのであろう? その覚悟を持った者達の行いに、他者が嘴を挟むべきでは無い」
「私は吸血鬼の国の王であった祖父の血を引く者、決して他者などではない!」
「他者である、その戦いに身を投じた者以外は皆等しく。母の胎の中に居り生まれてすらいなかった其方は、紛う事無く他者である。その時の記憶を失っておる我も又な」
過去などどうでも良いと言う様なアルクラドの言葉に憤るフロスターネだが、アルクラドに死者を愚弄するつもりはない。強い覚悟を持ち命を賭して向かってきた者達を、容赦なく殺しはしても彼らに一定の敬意を払っていた。
「私は他者ではない! たとえ貴様を殺す戦いに赴けなかったとしても、祖父と父、そして母の想いを受け継いでいるのだ!」
だがフロスターネにとっては、アルクラドが死者に払う敬意などどうでもよかった。アルクラドが一族を大勢殺し苦境に貶めたこと、その恨みをいかに晴らし、吸血鬼に再び繁栄をもたらすこと、それが一番肝要なのである。
「故に私は、一族の繁栄と、それを邪魔立てする貴様の死を望む! 私に心遣いをと言うのならば、即刻その命を断て!」
「話にならぬな……」
アルクラドが嘆息気味に呟く。いつまでも平行線を辿る2人の話に対するアルクラドの言葉は、フロスターネの言葉でもあった。
「まぁ良い。何が其方への心遣いとなるかは分からぬが、それ程までに我の命を欲するならば何時でも殺しに来るが良い。その時の為に其方を見逃すを以て、アルバリとの誓いを果たすとしよう」
吸血鬼の繁栄とアルクラドを殺すという望みは、フロスターネが生きていなければならない。故にその可能性を残すことが、彼への心遣いになると考えたのだ。
「私を見逃すだと? ならば傷が癒えればすぐにでもっ……」
「だが見逃すのは一度きりである。次に我に刃を向ければ、その時は其方を殺す」
しかしフロスターネは今にも飛び掛からん勢いで吠えるが、その言葉をアルクラドが遮る。アルクラドに何度も見逃すつもりはなく、すぐに戦いを挑まれては見逃した意味がなくなってしまうからだ。
「此度の傷を癒しながら、再び吸血鬼に繁栄を齎し、そして我を殺すに足る力を得たならば我を殺しに来るが良い」
「我らの繁栄、それは即ち吸血鬼が頂点に立ち、全てを支配するということだ。それを貴様は許容すると言うのか?」
「世を支配したいのならば好きにするが良い。だが無為に多くの命を散らす事は赦さぬ。此度の様な大戦を起こすならば、雪辱の機会を待たずして其方は死ぬ事になる」
世界を支配するなどどうでもいいが、人の命が散るのは許さない。2度目となるこの言葉の意味を、今度はよく反芻するフロスターネ。
「……何が狙いだ? 他者のことなど露ほども気にかけぬ貴様が、何故他者の命を守ろうとする」
だが、1度目とは違い幾分冷静になった頭で考えてみても、アルクラドの意図は分からなかった。
「其方の言う通り、命自体はどうでも良い。だが命が失われればその者の知識が失われる。そうなれば未知の食材の調理法が失われ、未知なる味を食す事が出来なくなってしまう。故に多くの命が散る事は看過出来ぬのだ」
臆面なく言うアルクラドに、フロスターネは言葉を失った。
「……は? 貴様、今何と言った……?」
半ば茫然とした様子で問うフロスターネに、アルクラドは先程の言葉を一言一句違わずに繰り返す。それを聞き、フロスターネの頭は更に混乱する。
他者の血を糧とする吸血鬼が、他の種族の様に食料を口にするというだけでもおかしい。だというのに、口にする必要のない食料を守る為に、魔王の前に立ちはだかったアルクラド。何をどうすればその様な行動に至ったのか、フロスターネの知る吸血鬼の常識では理解できぬものであった。
「貴様……そんな物の為に、私の悲願を潰したと言うのか……?」
「今の我にとっては何よりも重き物故な」
アルクラドの行動原理が食欲、それも血では無く人の食事であったことが、フロスターネは信じられなかった。そんな下らない理由で願いを潰され、怒りが湧くと同時にフロスターネは言い知れぬ脱力感すら覚えていた。だがそのおかげで、彼はある意味冷静になることが出来た。
「……いいだろう。アルバリの想いを無駄にするわけにはいかん、貴様の心遣いとやらを受け入れよう」
一族の繁栄の足掛かりとなる戦いがたった1人の食欲の為に阻まれたのは甚だ腹立たしいが、これはある種の好機だとフロスターネは捉えた。
この戦いの為に万全を期したフロスターネであったが、アルクラドが敵として現れるなど全く想定の埒外だった。しかし戦いが本格化する前にアルクラドが現れた為、魔界に大きな被害は出ていない。力ある魔族の戦士が数名命を落としたが、その代わりに化物の存在を知ることが出来た。敵を知れば打倒の為にすべきことが見えてくる。幸いにして時はフロスターネの味方であり、力を蓄え策を練る時間が増えたとも言える。
激昂し頭に血が上っていた時には思いもしなかったが、今ここで感情に任せて動いてはいけないと思える様になっていた。もしここで命を落とせば、今までの全てが無駄になるのだから。
「うむ」
フロスターネの言葉を聞き、アルクラドは満足そうに頷く。これで面倒事が全て片付いた、とそう考えていた。確かにアルクラドにとってはそうだが、他の者達、特に人族達には簡単には見過ごすことの出来ない問題が残ってしまった。
アルクラドでなければ打倒し得ない魔王の存在、そしてその魔王が世界征服の意思を失っていないことである。
アルクラドが見逃すと言った以上フロスターネがここで死ぬことはなく、それらは人族全体の大きな問題となってくる。加えて魔王は人族の血を糧とする吸血鬼であり、その繁栄を望んでいる。吸血鬼の数が増えれば、その牙の餌食となる人族が増えるということである。
この戦いにおいて多くの死者が出ることは避けられたが、人族の未来には未だ暗雲が立ち込めていた。
アルクラドに同行した者の中で、国の政に関わることのあるエピスは、戦いが終わったばかりだと言うのに言い知れぬ不安と焦燥感に苛まれていた。アルクラドが魔王に対する抑止力になることは確かだが、どんな時でも助けてくれるわけではない。今回の様な大きな戦いにならない限りは、自分達で何とかしなければならないのだ。
エピスはグッと手を握りしめ、貼りつく様な感覚を覚える喉で、努めて穏やかな声で魔王に話しかけた。
「……フロスターネ殿、よろしいでしょうか」
「……何だ、人間よ」
今までアルクラドにしか向けられていなかった視線が、初めて他者へと向けられる。エピスはその紅い瞳を見つめながら、心臓の撞く早鐘を抑える様に深い呼吸を繰り返す。
「魔王フロスターネ殿。私達と……」
そして人族の未来を少しでも明るく照らす為に、ある提案を魔王へと持ち掛けるのであった。
エピスとフロスターネの話し合いが終わると、アルクラドはすぐにきびすを返し扉へと向かって歩き出した。ここですべきことはもうない、とでも言うかの様に。
もちろん魔王がそれを止めることはない。アルクラドの心遣いを受け入れたとはいえ、いずれは殺す相手であり憎しみは少しも減じていない。さっさと失せてくれるに越したことはないのだ。
そうしてアルクラド達が城から出ると、ヴァイス達が駆け寄ってきた。その表情には喜びと安堵を浮かべていた。
城の中から伝わってきた激しい魔力のぶつかり合いが収まり、アルクラド達5人が無事に出てきたということは、無事に魔王を討伐することが出来た、と考えたからだ。しかしそれらの表情は、エピスの言葉で驚きと戸惑いへと変貌した。
「戦いは無事終わりました。ですが、魔王は死んではいません」
訝しげな表情を浮かべる彼らが二の句を継ぐ前に、エピスは言葉を続けた。
「その訳は今から説明します。ヴェルデさん、人払いを」
誰彼構わず話せることではない為、まずは各国の討伐隊を率いている者達から説明をしていく。つまりドール王国の騎士団長ヴァイス、ラテリア王国の騎士団長と魔法士団長のクライスとマージュ、そしてアリテーズのギルド長であるバックシルバにである。
「アルクラド殿のことも話して構いませんか?」
ヴェルデが離れ周囲の警戒に当たっていた討伐隊の面々を遠ざけるのを確認して、エピスはアルクラドへと目を向ける。城での出来事を話そうと思えば、どうしてもアルクラドについて触れることになるからだ。
「構わぬ」
硬い表情のエピスに対し、もう自身の正体を隠すつもりはないのか、アルクラドは間を置かずに答えを返した。アルクラドに頷きを返したエピスは、緊張の面持ちで再びヴァイス達へと視線を向けた。
そうしてエピスは語り始めた、魔王の城の中での出来事を。そしてアルクラドが人族ではなく、魔族であることを。
エピスの語る話を、皆は一言も言葉を挟むことなく聞いていた。アルクラドが吸血鬼の始祖であることを、アルクラドと魔王にまつわる因縁を、アルクラドが魔王を見逃した理由を、そして自分達の未来に残された問題を。
それらを全て聞き終えた後、皆の浮かべる表情は複雑なものだった。喜べばいいのか嘆けばいいのか分からず、しかし大きすぎる問題に頭を抱えずにはいられなかった。喫緊の危機は去ったものの、未来に再び危機が訪れる可能性を残してしまったのだから。
本音を言えばアルクラドに魔王を殺して欲しかったが、アルクラドが殺さないと言った以上それは叶わないということを、ヴァイスやバックシルバは良く分かっていた。そしてアルクラドが抑止力になるとは言え、常にそれを当てには出来ないことも。
「しかしアルクラドが吸血鬼、それもその始祖とは……」
「只者ではないとは思っていましたが、それほどとは……」
またそれと同時に、皆はアルクラドの正体について驚きを隠せないでいた。だがその驚きは、吸血鬼という御伽噺の中でしか語られない存在へのものであり、アルクラドが人族でないことには一切驚きを感じていなかった。
古代龍を従え、龍を一撃で殺し、町一体を覆う魔力を持つ魔王を打倒する存在が、人族に居るはずがない。
彼らにとってみれば、アルクラドが人族だと言われた方が驚きだったに違いない。特にアルクラドと関わりのあるヴァイスとバックシルバは、長年の謎が解けたかの様な顔をしていた。
「さて皆さん。私がフロスターネ殿に持ちかけた提案は、私の全くの独断です。それが正しいのかさえ分かりません。ですから、国へ持ち帰って国王陛下へと奏上し、よく検討してください。当然、結論が出るまでは他言は無用です」
エピスの魔王への提案。それもまた驚きを禁じ得ない、前代未聞のものであった。しかしアルクラドの力を当てに出来ないとなれば、それが人族の未来を照らす最善のものにも思えた。
パンッ、とエピスは胸の前で手を合わせた。俯き難しそうな顔で思案を巡らせていた面々の視線が、彼女へと向く。
「何はともあれ、戦いは終わりました。まずは誰も命を落とさなかったことを喜び、この報せを国に届けることが必要でしょう」
未来のことは、今後しっかりと考えていかなければならない問題である。しかしそれは人族全体の問題であり、国同士が手を結ばなければ対処できないものであり、今ここで考えに耽ることに意味はない。まずは自分達の無事を喜び、自国の民の不安を払拭することが大事であった。
問題が根本から解決したわけではなく、それを未来へと先延ばしにしてしまった。しかし束の間の平和を得ることが出来た。エピスの言うことは尤もであり、その平和を享受する中で未来へ向けて動けばいいのだ、と皆は表情を明るくする。
「さぁ、皆さん。国へ帰りましょう」
こうして蓋を開けて見れば人族側に一切被害が出ることなく、人魔それぞれの未来を懸けた戦いは終わり、討伐隊は帰路につくのであった。
ちなみにアルクラドとの約束通り、討伐隊は赤龍と戦った場所を通ってイリグック大平原を渡った。もちろんアルクラドがそこを素通りするはずもなく、討伐隊の面々と共に再び龍の肉を食らい、その味に舌鼓を打つのであった。
お読みいただきありがとうございます。
アルバリとの約束通り、今回はとりあえず魔王の命は繋がりました。
そしてかなり強引にまとめた感がありますが、これで魔王との戦いはお終い、
次話でエピスが持ちかけた提案を明らかにして、締めとなります。
次回もよろしくお願いします。





