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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第14章
185/189

南方の支配者

1週間も更新が遅れてしまい申し訳ありません!

仕事が忙しくなかなか時間が取れず……

次は送れない様に頑張って書いていきます。

 ゆっくりと振り下ろされた全てを切り裂く黒の細剣は、音もなく広間の床を切り裂き、しかし魔王フロスターネを傷つけることはなかった。

「……何のつもりだ?」

 何の痛痒も感じないことを訝しみながらも、フロスターネは苛立たしげにアルクラドを睨む。そんな魔王の視線をそよ風の如く受け流し、アルクラドは言葉を返す。

「我は未だ其方を殺せぬ。戦士アルバリとの誓いがある故な」

「アルバリとの誓い……?」

 情けをかけられたのか、と歪んでいた魔王の表情が緩む。

「死の間際、あの者は言った。其方にも寛大な心遣いを、と」

「そんなものは不要だ! 貴様からの情けなど屈辱以外の何物でもないっ、早く私を殺せ!」

 魔王の顔が再び歪む。アルバリが死にゆく最中にも、自分の為に行動した。そのことは嬉しく思うフロスターネであったが、敵に、それもアルクラドに見逃されのうのうと生きていくなど、考えただけでも虫唾が走った。

「それは出来ぬ、我はアルバリとの誓いを果たさねばならぬ故な」

 しかしアルクラドは魔王の言葉を聞き入れたりはしない。嘘を好まず言葉を違えないアルクラドは、やると言ったことは必ずやる。それが相手にとって良いことであれ悪いことであれ、必ずやるのである。

「其方にとって、何が心遣いとなる?」

「っ……」

 魔王は絶句する。

 先程まで殺し合っていた相手に、何をしてほしいかを尋ねるのか。目的を達せられずただ無為に生きることが、どれだけ苦痛か分かっていないのか。その苦痛の中で、無限にも等しい時間を生きていけというのか。

「ふざけるのも大概にしろっ、私の願いだと!? そんなもの、吸血鬼ヴァンパイアを滅亡の淵へ追いやった貴様の死以外にあるものか! よもや私を見逃したことで、その罪が消えるなど思ってはいないだろうな!?」

「それは出来ぬ、我は未だ死ぬ訳には往かぬ故な」

「ならば私を殺せ! 貴様の気まぐれで生かされるなど御免だ!」

 怒りの収まるところを知らないフロスターネは更に吠える。かつての恨みに加え、アルクラドの言動が更に彼を苛立たせるのである。

「ふむ……どうやら其方は我を酷く憎んでおる様だが、かつて何があったと言うのだ?」

 戦いを始める前から、フロスターネは幾度も呪いの言葉を吐いていたが、それにようやくアルクラドが気を向けた。普段であればアルクラドこそが人の話を聞かず平行線を辿るが、この時は逆であった。

「よくもぬけぬけとっ……! ならば聞け! 愚かしい貴様の所業をっ、我らの憎しみを!」

 自身の過去をまるで他人事の様に尋ねるアルクラドに、魔王はギリギリと歯を鳴らす。そして語り始めた。1000年を超える遥か昔の出来事を。


 遥か遥か昔。

 1000年の時の巡りを幾度も遡った遥か昔、1人の魔族が南の地に居た。何よりも永く生き、何よりも力を持つその魔族は、自由気ままに暮らしていた。そんな彼の元には多くの者が訪れた。

 ある者は強者との戦いを求めて、ある者は強者との繋がりを求めて、ある者は強者の庇護を求めて。

 そうして南の地に多くの者が訪れ、魔族も人族も関係なく様々な種族が集まり、村が出来、町が出来、国が出来た。そして最強の魔族である彼は、彼の知らぬ間に南方の地の支配者として君臨していた。

 未だ広く土地を治める者がいない時代にあって、世界では種族間や部族間での争いが絶えなかった。しかし彼の支配する土地では、個人のケンカはあれども、大きな争いは少しも起きなかった。それはひとえに、かつて争いの仲裁をしたはずが誤って1つの国を消滅させた彼を恐れてのことであるが、歪ながらも平和がもたらされていた。

 その噂は南方を飛び出し、世界の各地に広まった。その噂を聞きつけた力のない者達は、虐げられる暮らしから逃れる為に南方を目指し、その地の支配者に庇護を乞い願った。

 彼は自らに庇護を願う者達に、南方の地での安らかな暮らしを与えた。無論、無条件にではなく、対価を求めた。

 年に1度、乙女の血を捧げ、贅を凝らした食事を奉り、極上の実りを献上し、一族に伝わる伝承を奏する。対価の大小はあれど、そのどれもが庇護を受けようとする者達にとっては僅かなものであった。

 そうして南方の地には更に人が集まり、いくつもの国が群をなす様になっていた。そして南方の小国群は、強大な支配者の恐怖を基にした平和の中で時を刻んでいった。

 しかしそれにも終わりが訪れた。

 力なき者達が安らかに暮らすことの出来る小国群であったが、その在り方を快く思わない者達がいた。それは力ある魔族達だった。

 支配者への恐怖故行動を起こしはしない彼らであるが、長きに亘り不満を募らせていた。何故優れた力を持つ自分達と、圧倒的に力の劣る者達とが同等に扱われるのか。何故力なき者が、他者の威を借りてのうのうと生きているのか、と。

 そしてその中でも最も不満を抱いていたのが、吸血鬼ヴァンパイアの一族だった。

 彼らにとって、弱者が支配者の庇護下で安らかに暮らしていることなど、どうでも良かった。圧倒的な魔力と不死身ともいえる再生能力を持つ吸血鬼ヴァンパイアにとって、自分達以外は等しく弱者であると考えていたからだ。

 そんな彼らが一体何に不満を抱いていたかと言うと、自由に人族の血を飲めぬことにであった。

 吸血鬼ヴァンパイア達は小国群の中に国を築いており、人族もまたいくつかの国を築いていた。そんなすぐ近くに自分達の食糧が暮らしているというのに、人族達もまた支配者の庇護下にある為、その血を飲むことは出来なかったのである。

 もちろん彼らの吸血が一切禁じられていたわけではなく、重罪を犯した者達がその牙の餌食となっていた。しかしそれだけで彼らの欲望を満たせるはずもなく、不満は徐々に、しかし確実に大きくなっていった。

 そうしてどれだけの時が経った頃か、吸血鬼ヴァンパイアの国の住人達は決意をした。

 支配者を討とう、と。

 それが容易でないことは、彼ら自身が誰よりも分かっていた。しかし欲望を押さえ付けられたまま生きるのは、死んでいるのと変わりない。ならば命を懸けて、自分達の生を取り戻す為に戦おう。

 そう決意した吸血鬼ヴァンパイア達は、種を残す為の僅かの者を除き、皆が支配者を討つ戦士となった。また自分達だけでなく、とある人間ヒューマスの国にも話を持ち掛け、強大な支配者を討つ為の準備を整えていったのである。

 そして最後にもう1度だけ、我等に吸血鬼ヴァンパイアとしての生を、と奏上した。しかし支配者は彼らの言葉に、耳を貸すことはなかった。

 其方達は良く生きておる。この地に住まう者達の安寧を乱す事は出来ぬ、と。

 吸血鬼ヴァンパイアの戦士達は、深くため息を吐いた。返ってきたのは、幾度の奏上の度に支配者が口にした言葉。全く予想通りの、少しの希望も見いだせない奏上を一蹴する言葉。

 戦士達の先頭に立つ吸血鬼ヴァンパイアの国の王が、ゆっくりと剣を抜き、支配者に突き付けた。その切っ先を僅かに振るわせながら、眉一つ動かさない支配者に彼は言った。

 ……貴様を討ち、我等は吸血鬼ヴァンパイアとしての生を取り戻す、と。

 その言葉を聞き、戦士達は覚悟を決めた。

 支配者は自らに歯向かう者を赦しはしない。剣を向けその刃を振るえば、待つのは死のみ。皆それをよく分かっているのだ。

 ここで剣を収めるならば赦そう。

 と、魔力を漲らせる戦士達に、支配者は言った。しかし戦士達は剣を引くことはなかった。ただ生きるだけの生に意味などなく、ならばそれを掴み取る為に足掻きながら死んでいこう、と。

 決して退かぬ戦士達の意思を感じた支配者は、何の感慨も見せずに彼らとの戦いに応じた。

 支配者との戦いは、とても激しいものであった。

 小国群の中には支配者を神と崇める者もいるほどに、彼の力は強大で凄まじかった。そんな彼の攻撃を受ければ、いかな吸血鬼ヴァンパイアと言えどただでは済まなかった。しかしこの戦いには聖気使いの戦士達、そして聖気使いの中でも大聖者と呼ばれる戦士が加わっており、その彼らが吸血鬼ヴァンパイア達を守っていた。

 誰よりも前に出て戦う吸血鬼ヴァンパイア達は支配者の攻撃を直に受けていたが、聖戦士達がその威力を弱めた為に、吸血鬼ヴァンパイア達は一撃で絶命することを免れ、何とか傷を治し何度も支配者に挑んでいった。

 両者一歩も引かぬ戦いは更に激しくなり、互いを酷く消耗させていった。

 度重なる再生を繰り返し、しかしそれにも限界が訪れ、吸血鬼ヴァンパイア達は1人また1人と倒れていった。そしてそれは支配者も同じだった。聖気に魔力を散らされながら止むことのない吸血鬼ヴァンパイアの攻撃を受け続け、休息も補給も出来ずに力を削られていったのである。

 そして長く続いた戦いも、終焉を迎えた。

 数多くの吸血鬼ヴァンパイアと聖戦士を退けた支配者の胸を、大聖者の持つ聖剣が貫いたのだ。

 胸を貫かれ身体中の魔力を散らされながらも、彼は無感動な様子で自身の胸に刺さる聖剣とそれを為した大聖者を見ていた。ただ最後に見事、と呟き、その瞳を閉じた。

 吸血鬼ヴァンパイア達が己が誇りを取り戻す為に引き起こした戦いは、彼らの勝利で幕を下ろした。吸血鬼ヴァンパイア達は己が生を取り戻す為に足掻き、見事、強大な支配者の呪縛から解き放たれたのだ。

 しかしその代償は大きかった。

 戦いに加わった吸血鬼ヴァンパイアの戦士達は例外なく、その命を散らしてしまったのだから。

 他ならぬ吸血鬼ヴァンパイアの始祖の手によって。

 

 アルクラドが吸血鬼ヴァンパイアを滅亡の淵に追いやった。

 フロスターネが何度も口にしたその言葉を、シャリー達はどこか比喩的なものだと考えていた。だがそれは比喩でも何でもなかった。

 正しくアルクラドが、その手で、吸血鬼ヴァンパイアを殺した。吸血鬼ヴァンパイアがお伽噺の中でしか語られなくなったのは、その始祖であるアルクラドの行いの為であった。

吸血鬼ヴァンパイアの国の王であった祖父は、その務めとして最前線で戦い、その息子であった父もそれに倣った。そして他ならぬ貴様の手で殺されたのだっ……!」

 昔語りをするフロスターネは淡々とした様子だったが、語りを終える頃には再び怒りと憎しみの炎が燃え上がっていた。

「それだけではない! 貴様が戦士達を皆殺しにした為に数えるほどしか我らの一族は残らず、戦乱巻き起こる世界で怯えながらの生活を強いられたのだ!」

 魔族の中でも強い力を持った吸血鬼ヴァンパイアといえど、アルクラドやフロスターネの様に極まった力を持つ者は少ない。それだけの力を持つ者はアルクラドとの戦いで命を落とし、僅かに残った吸血鬼ヴァンパイア達は皆、並の力しか持たぬ者達だった。彼らには多勢に無勢の戦いを制する力はなく、アルクラドの没後、争いの絶えなくなった南方の地で弱者の如く生きることとなっていた。

「そして私を身籠っていた母は、その劣悪な状況の中で私を産み落とし、著しく調子を崩した。母は義父と夫を殺し、一族を苦境に貶めた貴様を呪い、その中で死んでいった……言葉は違えぬ嘘は好まぬ、と常より言っていたそうだが、貴様の信条は値するのか!? 同族をその手で殺し、苦しめ、滅ぼさんとするに値するのか!?」

 フロスターネを産み臥せがちだった彼の母は、常より語っていた。吸血鬼ヴァンパイアとはいかなるものか、彼の祖父や父がどれほど素晴らしい人物であったか、支配者からの冷遇がいかなるものであったか、支配者に立ち向かった戦士達がいかに立派だったか、そして数えるほどに数を減らした吸血鬼ヴァンパイアの暮らしがいかに惨めだったかを。そして彼女は呪った。義父と夫と友と同胞を殺した支配者のことを。そして夢見た。吸血鬼ヴァンパイアが全ての頂点に君臨する世界を。

 そんな母の言葉を幾度も聞くうちに、彼女の持つ畏敬の念、憎しみ、夢はフロスターネのものになった。顔を知らぬ祖父と父を心から尊敬し、そんな彼らを殺した支配者を深く憎み、吸血鬼ヴァンパイアの支配する世界を正しく夢に見た。

 故にフロスターネの憎しみの炎も、世界の征服を成し遂げられなかった口惜しさも消えることはなかった。

 そんなフロスターネを感情の読めぬ瞳で見つめながら、アルクラドはその言葉を静かに聞いていた。

「そうか……我が其方の祖父らを、吸血鬼ヴァンパイアらを殺したか……」

 そして静かに、そう呟くのであった。

お読みいただきありがとうございます。

かなりさらっと流しましたが、アルクラドの過去が判明しました。

自身の過去を知ったアルクラドはどうするのか? まだ殺さないと言っていた魔王の処遇はいかに?

次回もよろしくお願いします。

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[一言] ただの逆恨みだよなあ… そんなに血吸いたきゃ庇護下から離れて好きに国作るなりすりゃ済んだ話だろうし
[気になる点] 次が気になって気になって仕方ないです
[一言] すっごい自業自得だった…! こんな理由であんな堂々と出来るなんて凄いわ。 おれは恥ずかしくて無理。
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