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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第14章
183/189

始祖と魔王

「そんな、バカな……!」

 目を見開き、驚きを隠そうともしない魔王。その様子を見ながら、シャリー達4人は強い既視感を覚えていた。

 作り物の様に整った美貌と漆黒の髪、白磁の如き白く滑らかな肌、そして血を溶かし込んだ様な深紅の瞳を持つ魔王。その姿は、髪の色こそ違えど、彼の前に立つ男とよく似たものだった。

「何故、貴様がここにいる……!?」

「ほう、其方は我を識るか」

 口ぶりからして魔王はアルクラドのことを知っているのだろう、それに気づいたアルクラドが問う。

「何故、貴様がここにいるのだ? 貴様はかつて聖者に討たれたのではなかったのか!?」

 問いには答えず、魔王は自問の様に言葉を続ける。アルクラドが目の前にいるということが、どうしても信じられない様子であった。

「やはり我はかつて聖者に敗れたか。であれば我を北の地に封じたのもまた、その聖者であろうな」

 戦いに敗れ胸に聖剣を突き刺されて封印されたことを、まるで他人事の様に言うアルクラド。いかに壮絶な戦いであろうとも、いかな手段で封じられようとも、過去は過去。アルクラドにとってはさして大きな問題ではないのである。しかし魔王はその物言いが気になったのか、ここにきて初めてアルクラドの眼を見た。

「永きに亘る封印の為か、我は過去の記憶を失くしておる。其方の識る我は、何者であったか?」

 そんな魔王の変化に気付かず、アルクラドは言葉を続ける。自身が封印されたのは遥か昔のことであるが、それを知るのが目の前の男であれば詳しい話を聞くことが出来る。そう半ば確信を持ちながら。

「記憶を……失くして、いる……?」

 魔王が再び目を見開く。その目に宿った驚きは、アルクラドを見た時とはまた違ったものだった。

 広間を満たしていた魔力の揺らめきが、しんと鎮まる。凪の如く穏やかでありながら、しかし嵐の前の静けさの様な空恐ろしさがあった。

「では……覚えていない、と言うのか……」

 ポツポツと、魔王の口から呟きが漏れる。彼は見開いていた目を閉じ、歯を噛みしめ、手を握りしめた。その身体が震えているが、それは恐怖の為ではなかった。

「我らを蔑ろにし、他の種族を優遇したことを……度重なる奏上に耳を傾けなかったことを……そして我らを滅亡へと追いやったことを……それを……何も覚えていないと言うのか!?」

 再び魔力が吹き荒れる。立ち上がった魔王の黒衣と漆黒の髪が激しくはためき、その奥の景色が酷く歪む。

「うむ、憶えておらぬ」

 過去に何があったのかは分からないが、魔王の怒りはシャリー達にもひしひしと伝わってきた。血涙を流さんばかりに怒る魔王に対し、しかしアルクラドは何でもない様に答える。それがまた魔王の怒りを募らせる。もはや相手を怒らせる為にわざとやっているのではないか、と思えるほどだった。

「我の過去は後々聞くとして、それよりも我は其方に言うべき事がある」

 魔王の怒りをそんなことと横に置き、アルクラドは言葉を続ける。魔王は美しい顔を歪めるが、続くアルクラドの言葉を待った。

「其方が起こそうとしている大戦おおいくさ、即刻止めよ。其方が世界を征服したいと言うのならば好きにするが良い。だがその為に多くの命を散らす様な真似は、我が許さぬ」

 魔王は目を丸くする。

 アルクラドが人族側に付き、彼らを守ったことは知っている。魔界へやってきた理由もその為だろうと、予想は付いていた。しかし人の命を慮る言葉が、この男から飛び出すとは思ってもみなかったのである。

 その驚きは、しかしすぐに怒りへと変わる。

「またしても……貴様は我らではなく、他の種族を選ぶのだな……ましてや魔族でもなく人族を……」

 震える魔王の身体。握りしめた真っ白な手から、鮮やかな赤の雫が滴り落ちる。

「我は人族を選んだのでは無い。我の往く道の妨げを払うに過ぎぬ」

「邪魔者に、魔族も人族も関係ないということか……」

 魔王は手を開き、僅かの間、目を閉じた。そして目を開き、血の止まった手を再び握りしめた。

「この戦いの為に多くの時間をかけた、今更止められるはずもない」

 魔王は高座へのきざはしを1段ずつ下りていく。1歩足を踏み出す度に、身の内で沸き立つ怒りを鎮め、魔力を研ぎ澄ませていく。

「我らにとって、貴様も同じく邪魔者だ。退かぬならば、ただ排除するのみ」

 魔王は階下に降り立ち、その深紅の双眸で敵を見つめる。その魔力に揺らぎはなく、ただ相手を殺すという一念だけが込められていた。

「我には敵わぬと、分からぬ其方ではあるまい」

「ほざけっ、幾世も眠りこけ干乾びた貴様に、何が出来る」

 いつもの様に言葉で警告するアルクラドだが、当然ながら相手は聞かない。ただアルクラドを嘲る様に笑うだけであった。

「お前達は下がっていろ。この男の相手が出来るのは私だけだ」

 魔王はアルクラドから目をそらさず、側近達に言う。その有無を言わせぬ言葉に、アリントだけは歯噛みするも、皆何も言わずに従った。

「其方らも下がっておれ。可能な限り離れ、常に魔力を巡らせておくのだ」

 アルクラドはシャリー達に目を向け、魔王と同様、彼らに下がる様に言う。

「アルクラド殿、ご武運を!

「アルクラド、死ぬなよ!」

「アルクラドさん、気を付けてください!」

「アルクラド様、お気をつけて!」

 彼らはひと言声をかけると、一目散に部屋の隅に寄り、アルクラド達から見ればそよ風の様な魔力を周囲に巡らせた。

 互いの仲間が離れたことを確認し、アルクラドと魔王は再び向かい合った。静かながら濃密な魔力が溢れ、周囲の景色がユラユラと揺れている。

「我らは互いに古きを識る者。戦いの前に名乗りを上げるとしよう」

「……いいだろう」

 今では珍しくなった戦いの前の口上。かつては必ず行われていたその儀式を行おうと言うアルクラドに、魔王も首を縦に振った。

 ひと呼吸の間、沈黙が流れた。

「我が名はアルクラド

 闇夜を支配する者にして、陽の下を往く者

 悠久の時を生くる者にして、血を飲み啜る者

 吸血鬼ヴァンパイアにして、その始祖たる者なり」

 アルクラドの魔力が高まり、周囲の景色が更に歪み、髪や衣服が揺れている。

「我が名はフロスターネ

 夜を統べる者にして、魔を統べる者

 死の理を外れし者にして、生き血を糧とする者

 吸血鬼ヴァンパイアにして、その新たな王たる者なり」

 魔王フロスターネも更に魔力を高め、右手をアルクラドに差し向ける。

「貴様に再び敗北を……そして2度とは覚めぬ眠りを与えてやろう」

「ふむ……来るが良い」

 アルクラドと魔王、吸血鬼ヴァンパイア吸血鬼ヴァンパイア

 両者の戦いの火蓋が、切られたのであった。


 かつて南方の土地を支配した魔族と、現在魔族を率いる魔王との戦い。それは凄まじいものでありながら、常とは異なる様相を呈していた。

 両者の距離は10歩ほど。剣で戦うほどの距離において、2人は巨大な炎を生み出した。その大きさは優に人を飲み込むほどで、肌が焼け付く様な熱が広間を満たしていく。

 相手どころか自分自身も焼き焦がしてしまいそうな炎を、両者は間合いを詰めながら無造作に、互いに向けて撃ち放った。

 灼熱の炎が、アルクラドとフロスターネに直撃し、その身体を飲み込む。2つの炎は1つとなり、天井を焦がし、広間を朱に染め上げた。

 未だ燃え盛る炎。それが煙のように消えると、そこには髪の1本すら焦げていない2人が姿があった。

 その手には、それぞれ深紅の輝きを放つ血の剣が握られていた。

 同時に振るわれた剣が交差し、僅かに競り合う。互いの剣を弾き1歩下がり、再び踏み出し剣を振り下ろす。

 互いの肩口に剣が吸い込まれ、互いの身体を斜めに両断する。

 息の触れ合う距離で、深紅の視線がぶつかる。

 互いに握りしめた左手を開き、血爪サングリィーフを纏う。紅き鋭爪が魔王の喉を抉り、始祖の胸を貫く。そして互いの身体に突き刺さった血爪サングリィーフを抜くことなく、その手から爆炎を生み出した。

 再び広間が朱に染まり、炎が消えた後に立つ2人は、やはり一切の傷を負っていなかった。

 そんな2人の戦いの様子を見る、それぞれの仲間達は呆気に取られていた。

 互いの攻撃の1つ1つが、人族はおろか並みの魔族でさえ1撃で絶命してしまう様なもの。そんな攻撃を、2人は一切防ごうとも、避けようともしないのだ。2人の持つ再生能力が余りに高く、傍目には攻撃が一切通じていない様に見えている。しかしその全ての攻撃が互いの身体を著しく破壊しているのだ。

 再び攻撃を始めた、アルクラドとフロスターネ。

 彼らの身体を、魔法の炎が焼き焦がし、風が切り裂き、氷が貫き、剣が両断し、血爪サングリィーフが抉る。

 それでも彼らは、ただ攻撃だけを続ける。

 人族と大差がないほど身体の脆い吸血鬼ヴァンパイアであるが、彼らの持つ再生能力が、それ即ち防御の力なのである。盾を持ち攻撃を防ぐ代わりに、硬い鱗で身を守る代わりに、傷つく傍から身体を治すのである。

 故に吸血鬼ヴァンパイアは防御も回避もしない。攻撃の意思を固めれば、他のことは何も考えない。それが吸血鬼ヴァンパイアの戦い方なのである。

 そしてそんな戦いをどれだけ続けた後か、彼らはふと攻撃の手を止め、互いに距離を取った。

「この様な攻撃で我らが死なぬ事は、吸血鬼ヴァンパイアである其方が良く識っておるであろう」

「ふん……時に取り残された骨董品にはこれで充分と考えたまでだ。だが腐っても始祖たる存在……ただの攻撃では死なぬ様だな」

 凄まじい攻撃の応酬を無意味と断じるアルクラドに、フロスターネは僅かに表情を歪めながら言葉を返す。

 そんな2人の言葉を、彼らを見守る仲間達は信じられない気持ちで聞いていた。

 ドラゴンでさえ殺してしまえる攻撃が無意味であるという、吸血鬼ヴァンパイアの不死性に。そしてそんな不死身の吸血鬼ヴァンパイアを殺せるという、更に強力な攻撃があることに。

「お前達、よく見ていろ! これが魔の頂であり、吸血鬼ヴァンパイアを殺す手段だ!」

 フロスターネが側近達、正確にはアリントに向けて言う。アルバリ亡き今、魔王に次ぐ力を持ち、頂に至る可能性を持つ魔人イビルスの青年に向けて。

 フロスターネは腕を真横に伸ばし、その手に魔力を集める。目に見えるほど濃密な魔力が青い炎の様に揺らめき、その周囲の景色を酷く歪ませる。

「其は全てを壊す者……其は全てを滅ぼす者……其の往く道には塵も残らず、全て等しく無に還さん……破滅を齎す者ルイナ・アドゥーチェ

 フロスターネが手のひらに集まる魔力を握りしめた。その手には剣の柄が握られ、腕を引けば揺らめく魔力が刃を為していく。

 ゾワリ、と肌が粟立つのを、シャリー達、そしてアリント達は感じた。

 それはフロスターネの生み出した剣が放つ魔力の凄まじさの為でもあったが、それだけではなかった。

 破滅が剣の形をして、魔王の手に握られている。

 一見何の変哲もない簡素な外見の剣が、全てを破滅させる。そう思える根拠も理由もないが、あの剣が振るわれればそれ即ち破滅である、と皆が感じていた。

 だが、アルクラドの表情に変化はない。魔王の生み出した破滅をもたらす剣を、無感動に見つめている。そしてアルクラドもまた、魔王のした様に腕を突き出し、その先に魔力を集める。昏く紅い魔力が手のひらの中で揺らめき、周囲の景色を酷く歪める。

 アルクラドはその魔力を、呪文を唱えることなく握りしめ、紅を纏った黒の細剣を生み出した。

 凄まじい魔力を感じる剣ながら、しかし魔王の持つ剣の様な、訳なく恐怖を感じるものではなかった。

「手加減のつもりか……? それとも、それが貴様の限界か!?」

 言うが早いか、フロスターネは駆け出し、アルクラド目がけて破滅の剣を振るう。アルクラドは避けることはせず、しかし黒剣で以て破滅を迎え撃った。

 硬質な音が広間に響く。その度に、アルクラドの剣にひびが入っていく。

「ただの魔力で何合も打ち合うとは見事だが、その剣はもう持つまい……これで終わりだ!」

 そう言いながら振り下ろされた魔王の剣が、黒剣を粉々に打ち砕き、刃を返した魔王は、剣を失ったアルクラドに向けて、剣を振り上げた。

 眼下より迫る破滅を、アルクラドは後ろに跳ぶことで、躱した。

「嘘……」

 誰かが呆然と呟いた。

 破滅の直撃を避けたアルクラドだが、1歩遅く、剣を持っていた右腕を切られてしまった。

 しかし驚くべきはそこではなかった。

 床に転がる手、手首のない腕、滴る深紅の雫。

 吸血鬼ヴァンパイアの始祖たるアルクラドの手が、誰の目にも明らかに、切り落とされているのであった。

お読みいただきありがとうございます。

皆さんお気づきだったかも知れませんが、魔王も吸血鬼でした。

実はかなり前から、めちゃくちゃ分かりずらい伏線を張っていました。お暇があれば、前の話を読み返してみてください。

激おこの魔王、アルクラドと過去に何かあったっぽいですが、それは一先ず置いて、最強同士の戦いです。

どんな攻撃も無傷(に見えるくらいの速さで治ってた)のアルクラドですが、腕を切り落とされて、しかも治らない!

大丈夫か、アルクラド!? どうなる、アルクラド!?

次回もよろしくお願いします。

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皆さま、ぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] 女性型魔王を期待してました
[一言] 超然としたアルクラドの対比として他のキャラ達の人間臭さが際立つところがこの作品の面白いところ。 で、 「魔王様」もやっぱり「人間臭く」って、好感もてますw
[気になる点] 魔王はなぜアルクラドが干乾びていた事を知っていたか気になる… [一言] アルクラド頑張れー!
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