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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第14章
182/189

魔王、現る

 魔界の南の果て。三方を山に囲まれたその地に立つ、荘厳な黒の城。その周囲に広がる町の中を討伐隊は進んでいた。

 町の外れまで届いていた威圧感は、歩を進める毎に強くなり、彼らの足をズシリと重くした。また町中の至る所から討伐隊に向けて、視線と殺気が飛んできていた。山を背にそびえ立つ城に魔王がいるだけでなく、町には魔族の戦士達が潜んでいる様であった。

 しかし肌が震える様な殺気と荒々しい魔力が町に満ちているにもかかわらず、魔族が討伐隊に襲い掛かる様子はなかった。姿を見せることも、陰から攻撃を仕掛けてくることもなかった。

 いつ魔族の戦士達が一斉に襲い掛かってくるか分からない恐怖の中を数刻歩き続け、しかし討伐隊は1度も魔族と戦うことなく、魔王のいる黒の城の前へと辿り着いた。

「ここに魔王が……」

 討伐隊の誰かが言った。

 目の前にそびえ立つ城の荘厳さもさることながら、城の周囲までをも満たす途轍もない魔力に、討伐隊の面々は圧倒されていた。手足が震え、嫌な汗が背筋を流れ落ちた。

 そんな中、エピス達は皆を周囲の警戒に当たらせ、これからどうするかを話し合っていた。

 広い城の中にどれだけの敵が潜んでいるかも分からず、また周囲の町に潜んでいる魔族の数も分からない。城の中に攻め入る者達と、城の外で周囲の敵を相手取る者達とを分ける必要があるが、どう配分すべきか。

 城の中に攻め入る者達は必然的に魔王と対することになる。魔王の力は現状から考えると、到底討伐隊の敵うものではなく、城内に入る者を待つのは恐らくは死。その運命に誰を巻き込むのか。

 城外で討伐隊を指揮する者を除き、エピス達各国の代表たる戦士達が魔王と対するのは避けられない。彼らが行かなければ、ほんの僅かあるかも知れない勝機も潰えてしまう。しかしその僅かの勝機もあるか分からず、城内に誰かを連れ行くことは徒に道連れを増やすだけではないか。

 その様なことを考えているエピス達の元にアルクラド達がやってきた。エピス達の視線が彼に向く、アルクラドは彼らに話しかけることなく、その傍を通り過ぎた。その後ろにいたシャリー、ライカ、ロザリーは、その行動に驚き立ち止まり、アルクラドとエピス達の間で視線を彷徨わせていた。

「アルクラド殿、どちらへ……?」

「魔王とやらの元へ往く」

 躊躇いがちに問うエピスに、アルクラドは何でもない様に答える。

 誰が城内に攻め入ろうとも敗北は濃厚で、アルクラドが付いてきてくれれば怖いものはない。しかしこうもアッサリ動いてくれると、あれこれと考えていたのが馬鹿らしくなってきた。

 しかしアルクラドは、討伐隊と協力し魔王を討つ、そのつもりはない様であった。

「ここから先は我1人で往く。其方らはここで待っておれ」

 アルクラドはエピス達を振り返りそう言った。その言葉に驚き沈黙する彼らに、アルクラドは続けた。

「仮に戦いとなれば、魔王とやらを相手取る事が出来るのは我以外に居らぬ。其方らが束になってかかろうとも、どれだけ死力を尽くそうとも、彼奴の相手にすらなるまい」

 責めるわけでもないアルクラドの言葉。それは事実を述べた言葉であったが故に、エピス達は歯噛みし、しかし二の句を継げなかった。

 イリグック大平原で討伐隊を襲った古代龍エンシェントドラゴンは魔王の差し金であり、それが出来るだけの力を魔王は持っている。討伐隊の中に古代龍エンシェントドラゴンを倒せる者はおらず、つまりは魔王を倒せる者もいないのである。

「彼奴との戦いに於いて其方らが出来る事は何も無い。徒に命を散らさぬ為にも、其方らはここで待つが良いであろう」

 共に魔界を歩いた仲間の命を気遣う様な言葉。しかし聞き様によっては、足手まといが付いてきて面倒を増やすな、とも聞こえる。

 確かにアルクラドの言う通り、魔王のことは彼に任せてしまうのが一番であった。そうすれば死者も出さず、この戦いを収めることが出来るかも知れない。無駄に危険を冒す必要はなく、最も安全で確実な方法だった。

 しかし、とエピスは思う。

 人族の未来をかけた戦いを、完全に他者の手に委ねてしまうのはどうなのか、と。

 もちろんアルクラドが人族でないことを知る者は限られている。実際アルクラドが魔王を討ったとして、討伐隊のほとんどの者はただ喜ぶだけで、魔族に守ってもらったなどと思いはしないだろう。しかしせめて、人魔両族の未来をかけた戦いの行く末だけは見届けたい、と。

「貴方の仰る通り、私達は何も出来ない、ただの足手まといでしょう。ですが、我々の未来が続くにせよ途絶えるにせよ、その行く末を私達の目で見届けさせていただけませんか?」

 血を溶かした様な深紅の瞳を、じっと見つめるエピス。その目には決して退かないという強い意思の光が宿っていた。

「其方らが見ようが見まいが、結果は変わらぬ」

「はい。ですが、見届けることに意味があるのです」

 戦いの結末は分かり切ったものであるのに、それを見ることに一体どんな意味があるのか。アルクラドには分からなかった。しかし彼女があると言うのだから、何かしらの意味があるのだろう、とも思った。

「まぁ良い、好きにせよ」

 しばし考えを巡らせた後、アルクラドはため息交じりにそう言った。誰が付いてこようとも結果は変わらないのだから、殊更に同行を拒否する必要もないと思ったのだ。

「ありがとうございます! すぐに準備を整えます」

 エピスは表情を明るくし、慌ててヴァイス達を振り返った。誰がアルクラドに同行し、誰が城外に残るかを決める為だ。

「アルクラド、俺達もついていっていいか……?」

「私達じゃ、エピスさん達よりもっと足手まといだと思いますけど……」

 そこへライカとロザリーがやってきて、躊躇いがちに問う。自分達の実力が討伐隊の中でも低く、何の手助けも出来ないと自覚している2人。彼らは人族の行く末を見届けるというつもりはなく、単純にアルクラドの戦いを見たい。そんな好奇心に駆られていた。

「好きにすると良い」

「ほんとか!?」

「ありがとうございます!」

 エピス達と比べ更に実力が低いことを気にしているライカ達だったが、アルクラドからしてみれば彼らの力の差など誤差の様なもの。魔王を前にして何も出来ない点に関しても、大きな差はないと考えているのだ。

「アルクラド殿、お待たせしました。行きましょう」

 誰がアルクラドに付いていくのかが決まり、エピスが戻ってきた。町中に潜む魔族の相手をする必要もあり、同行者は討伐隊の代表であるエピスが務めることとなった様だ。またエピス以外にも、後世に長く語り継ぐ役目を年若い誰かに、との話も出たがそこには既にライカ達が収まっていた。2人はアルクラドと親交も深い為、誰も文句を言う者はなかった。

「シャリーよ」

「はい、何ですか?」

 ライカとロザリー、そしてエピスが同行すると決まった時、アルクラドがシャリーに言う。

「魔王とやらと戦いになれば、周囲に被害が及ぶやも識れん。その時は其方が、ライカとロザリーを護ってやるのだ」

「……はい、分かりました!」

 アルクラドの言葉に、僅かの沈黙の後、シャリーは満面の笑みを浮かべて答えた。

 そうしてアルクラドの同行者が決まり、残りの者達は町中の魔族が城内に入らない様に、城の扉を守ることとなった。

「アルクラド殿、ご武運を!」

「お前なら大丈夫だと思うが、気を付けろよ」

 アルクラドを知る者達は、各々の言葉で彼の健闘を祈った。アルクラドはそれに小さな頷きだけを返し、黒の城へと歩き出した。そして正面の扉を押し開け、シャリー、ライカ、ロザリー、エピスの4人と共に、魔王城へと乗り込むのであった。


 魔王城の中は薄暗く、そしてひっそりとしていた。城内は大きな魔力で満たされ、アルクラド以外は震えが止まらなかったが、周囲に人の気配はなかった。

 石柱で支えられた天井は高く、緩やかな曲線を描いている。扉から続くその大広間ともいうべき空間はとても大きく、しかし僅かな数の光でしか照らされていなかった。窓もなく足元さえ覚束ない暗さで、アルクラド以外は、シャリーが魔法で光を出さなければ歩くのもままならないほどだった。

 そんな城の中を、アルクラドは迷うことなく進んでいく。暗さをものともしないだけでなく、城内に満ちる魔力から魔王の位置を正確に捉えているからである。

「アルクラド様、良かったんですか……?」

「何がだ?」

 正面に見える階段へと向かう途中、シャリーが声を潜めて言う。その言葉に首を傾げるアルクラドだが、シャリーは一度後ろを見た後、再び言う。

「エピスさんが付いてきて、大丈夫なんですか?」

 エピスが見ている前では正体を隠す為にも、全力を出せないのではないか。古代龍エンシェントドラゴンを使役し、ドラゴンを一太刀で殺すところを見せておいて今更正体を隠すもないかも知れないが、魔王との戦いになればそれ以上の力を出す必要がある。そうなればアルクラドが人族であるかどうかを疑われるのではないか。シャリーはそれを心配していたのである。

「構わぬ。あの者は我が人族では無いと気付いておる故な」

 努めて声を小さくして話すシャリーに対して、アルクラドは普段の調子で言葉を発した。その声は静かな広間の中で驚くほど鮮明に響き、ライカ、ロザリー、エピスの耳にも届いた。

 皆が驚き、シャリー、ライカ、ロザリーはアルクラドとエピスを交互に見やった。そしてエピスは目を丸くしてアルクラドを見つめていた。

「エピスさん、その、いつから知ってたんですか?」

「えっと、疑い自体は初めてアルクラド殿に会った時からですが、それを確かめたのは先のドラゴンの来襲の後です」

 驚くシャリーの問いにエピスは答える。それを聞き、シャリーはある意味では納得した。エピスほどの優れた魔法使いであれば、アルクラドの内に秘められた魔力を感じ取ることが出来る。あれに気付いたのならば、アルクラドが人族であるかを疑っても不思議ではない。しかしそんな相手に、その正体を尋ねるなど、随分と命知らずな行動を取ったものだ、とも思わずにはいられなかった。

「ですが、我々の為に魔王と戦っていただくのです。アルクラド殿が何者であるかなど関係ありません」

 なのでここで見聞きしたことを口外にするつもりはない、とエピスは言う。

「其方らの為に戦う訳では無いがな」

 結果的に見ればアルクラドが人族の為に魔王と戦う形になるが、多くの命が散り未知の味が失われることを防ぐのが本来の目的である。それが果たされるのであれば、どちらの種族がこの世を支配するかなど、アルクラドにとっては些末な問題なのである。

 そうしているうちに正面にあった階段を上りきり、その先にある扉の前にやってきた。装飾のない簡素な造りながら、木製のその扉は重厚感に溢れていた。その扉の向こうからは、凪の様に静かで、しかし息苦しいまでの途方もない魔力が感じられた。

 この先に魔王がいる。誰もがそう確信した。

 その恐ろしさに自然と足が止まるシャリー達をしり目に、アルクラドは無造作に扉を開ける。

 僅かに軋む音を立てながら開いた扉の先には、今までと変わらない、暗闇といっていいほどの薄暗い空間が広がっていた。その中をシャリーの魔法の光が照らす。

 そこは柱のない空間で舞踏が出来そうなほどの広さがあった。そして扉から正面に進んだ先にはきざはしがありその上に高座が置かれている。

「其方が魔王とやらか」

 きざはしに向かいながら、アルクラドが高座の人物に問いかける。未だ影の中にいる彼の様子を窺うことは出来ないが、敵が来たと認識したのか広間に満ちる魔力が揺れ動いていく。

「貴様、無礼であろう!」

「魔王様の御前であるぞ!」

 沈黙を続ける高座の人物に代わり、階下にいる者達が答えた。彼らは魔王の側近達であり、その中にはアルクラドの身知った顔もあった。かつてアルクラドがドールで戦ったアルバリと共にいた男、魔人イビルスのアリントである。アルクラドの態度に憤る他の側近達と違い、彼は忌々しそうに顔を歪め、またアルクラドの秘められた魔力に冷や汗を浮かべていた。

「魔族のくせに、人族風情に味方しおって!」

「闇夜の支配者たる魔王様を其方呼ばわりなど……身の程を知れ!」

 対して側近達はアルクラドの本当の魔力に気付いていないのか、アルクラドを罵り続けている。それを見て、権力を持った者は人族も魔族も変わらないのだな、とエピスは思った。同時に、自国の宰相や大臣達が同じ様なことをアルクラドにやっていたことを思い出し、1人身震いをしていた。

 対してアルクラドは、いつもの様に敵の戯言などどこ吹く風、と聞き流して、はいなかった。

「ふっ……」

 アルクラドにしては珍しい、僅かながらも感情の籠った笑い。滑稽なものを鼻で笑う様な、嘲りの籠った笑みであった。

 その笑みにシャリー、ライカ、ロザリーの3人は酷く驚き、膨大な魔力を放つ魔王への恐怖も一時忘れた。対して魔王の側近達は怒りが最高潮に達したのか、今までにない大声で喚き出した。

「貴様っ、何が可笑しい!」

「何が可笑しい、か……」

 怒りを爆発させる側近達に対して、アルクラドは僅かに首を傾げる。相手が何に対して憤っているのか、全く分かっていないのだ。

「この我を前にして、闇夜の支配者を称する……これが滑稽で無ければ何だと言うのだ?」

 闇夜の支配者。

 その言葉に、シャリー達はハッとする。それはどこかで聞いた、ある者の名乗りの口上。彼らの視線がアルクラドに向く中、アルクラドはその視線を高座の上へと向ける。

「そうは思わぬか、魔王とやらよ?」

 自然と皆の視線が、高座に集まる。

 魔法の光が高座の上を照らす。その光の中に、1人の姿が浮かび上がる。

 艶やかな漆黒の髪と、白磁の如き滑らかな白い肌、そして驚くほど整った美しい顔。

 その美貌は驚愕に染め上げられ、見開かれたその目の中では、血を溶かした様な深紅の光が揺れているのだった。

お読みいただきありがとうございます。

ついに魔王登場です! がちゃんと喋るのは次からです。

何だかどこかで聞いた様な言葉や、どこかで見た様な容貌ですが、

その辺りも次で明らかになっていきます。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] カッコ良すぎて舞った
[良い点] おもろい
[良い点] お、アルクラドの口上で出てきた闇夜の支配者を、魔王は詐称した疑いが? 昔のアルクラドを見ていて憧れてたんでしょうかね
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