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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第14章
181/189

南の果ての古城

 窓の無い広間。そこを照らすのは、その広さから考えれば到底数の足りない、弱く小さい揺れのない光。

 その真っ暗と言ってもいいほどに薄暗い広間の扉が勢いよく開かれた。

「申し上げますっ!」

 広間に駆け込んできたのは、黒い髪を短く切りそろえた細身の青年、魔人イビルスのアリントである。まだ冬の寒い時期だと言うのに額には玉の汗が浮かび、身体からは湯気が立ち昇り、服や肌は酷く汚れていた。その様子に広間にいた幾人から非難めいた目が向くが、彼は気にすることなく進み、高座の前で跪いた。

「申し上げますっ!」

 そしてもう1度同じ言葉を口にし、頭を下げたまま高座からの声を待った。

「一体何事であるか、騒々しい!」

「その様に騒ぎ立て、無礼であろう!」

 しかし彼に返ってきた言葉は、階下にいる者達からであった。

 アリントは僅かに歯噛みする。無礼は承知だが緊急事態なのだ、実力の伴わない老害は黙っていろ、と。

「構わん」

 ブツブツとアリントの行いを責める声を、階上からの言葉が遮った。

「アリント、何があった?」

 良く通る美しい男の声は階下の家臣達に有無を言わせぬ様子で、アリントの言葉を促した。

「アルバリ様より至急魔王様にお言付けをとの命を受け、戦地より立ち戻りました」

 まだ戦いの最中にもかかわらず伝令を命ぜられたアリントは、死に物狂いで大地を駆け、遠く離れた北の地より戻ったのである。

「アルバリが……? 奴は何と言っていた?」

「私の見たことを全て魔王様にお伝えする様に、と」

「……お前は、何を見たと言うのだ?」

 階上に座る魔族の頂点に立つ男、魔王は僅かに考えを巡らせる。ドール攻めを任せた魔人イビルスの戦士アルバリは、魔王に次ぐ力を持つ正しく魔王の右腕。人族に負けるはずもなく、彼からの報告は、成功という言葉のみだと魔王は考えていたのだ。

「2度、強力な魔法が放たれました。燃え盛る炎が1000に及ぶ魔物を焼き、大地より伸びる無数の杭が1000を超える魔物を貫きました」

「そんなバカなっ……」

 1度に1000の敵を屠る魔法を人族が放った。その事実は、側近達にとって信じがたいものだった。それは魔族でさえ放つのが難しい魔法を、人族が放ったということなのだから。

 しかし魔王にさしたる驚きはない。彼にとってその程度の魔法は驚くに値せず、数の多い人族の中にその程度の魔法の使い手がいても不思議ではないと、思っているからだ。

「その後、他の魔族や強力な魔物、魔獣も次々と討たれ、我等の戦力は壊滅状態。アルバリ様と私の2人で、敵陣へと斬り込む状況となりました」

 軍同士の戦いにおいては、魔王側が大敗を喫した。その事実には、魔王も僅かながら表情を歪めた。少なくない時間をかけ魔物や魔獣を集め、オークキングや魔族の戦士を投入してもドールを落とせなかった。それは敵戦力を見誤っていたことに他ならないからである。

 しかしそれだけであれば、それほど大きな問題ではない。同胞が討たれたことは残念だがその数は少なく、魔物や魔獣にしても結局はただの寄せ集め。魔界に大きな痛手はなく、アルバリとアリントがドールを攻め落とすことが出来れば、それで良かったのだから。

「その時、死臭にまみれた焼け野原から1人の男が現れました。底知れぬ魔力を持った、黒づくめの男です」

 ここからが、アリントが本当に伝えなければならない話であった。

「アルクラドと名乗ったその男は、魔族でありながらドールの守手として我らの前に現れました。その男に対し、アルバリ様は家臣の様に振る舞われ、魔王様に協力する様に呼びかけました。しかし男がそれを断り戦いになろうとすると、アルバリ様は私に帰還を命ぜられました。そのアルクラドなる男が、アイレン、アヴェッソの両名を殺したこと、そしてアルバリ様も敵わぬ力を持っていることを魔王様にお伝えする為に」

 薄暗い広間にざわめきが広がる。アリントの話は側近達にとって信じがたいものであり、それはまた魔王も同じであった。

 アルバリ、アヴェッソ、アイレン、アリントは、魔王に次ぐ力を持った上位の魔族なのである。その中でもアルバリは別格で、魔王を除けば魔族でも勝つことの出来ない真の強者なのである。その彼が家臣の様に振る舞い、戦う前から負けを悟る敵とは一体どれほどの力を持っているのか。

 それは本当かとアリントを疑う側近達の声を聞きながら、魔王は彼らとは別の疑念を抱いていた。

 まさか……いやしかし、そんなはずは無い。

 僅かに考えを巡らせた後、小さく首を振り、湧きおこった疑念を振り払った。これはただの偶然であり、ただ予想を超える強者が敵として現れただけなのだ、と。

「アリント。それは事実か?」

 最後に魔王が念を押し尋ねる。

「誓って……」

 僅かに歯噛みしながら力強く答えるアリントに、魔王は小さく頷く。

「アルバリが勝てぬ者がいるなど私も信じられないが、敵として立ちはだかったのならば仕方がない。敵は討つのみだ」

 この戦いの為に長い時間をかけて準備をしてきたのだ。たった1人の強敵の出現で、それを諦められるはずもない。

「だが……」

 魔王は続ける。

「アルバリが勝てぬ者が相手であれば、数に頼っても意味はない。徒に死者を増やすだけ、その男は私が相手をする」

 魔族の中でアルバリを倒せるのは魔王のみ。つまりはアルクラドなる男を倒すことが出来るのも魔王だけなのである。

「少しここを離れる」

 そう言って魔王が徐に立ち上がった。

「魔王様、どちらへ……?」

「不要ではあろうが念には念を、と思ってな。西方に棲み着くドラゴン共の元へ行ってくる。奴らに、協力を仰ぐ為に」

 自身が負けるとは露ほども思っていない魔王であるが、自らが手を下すまでもなく敵が果ててくれればそれに越したことはない。仮にドラゴンを退けようとも手傷を負ってくれれば、以後の戦いで魔族側が有利になる。

 魔王は、自分達の勝利を盤石のものにする為に、如何なる労力も厭わない。魔王は自らの力を過信しない。この世に絶対などありはぜす、神の如き力を持つ者でさえ討たれることを、彼は知っているのだ。

「主だった戦士以外は全て避難させろ、我らはこの地で敵を迎える。後は頼んだぞ」

 そう口早に指示を出すと、魔王は広間を後にした。その後姿を跪きながら見送った後、アリントと側近達は魔王の指示の通り動き始めるのであった。


 緑の少ない痩せた大地を行く魔王討伐隊。彼らの行く道は、不気味なほどに静かだった。

 アルクラドの為に馬車に積みこんでいたドラゴンの肉も既になくなり、獣や小型の魔獣や魔物などは寄ってくる様になった。しかし魔族だけはその姿を1度も現すことはなく、また途中でいくつかの町を通ったが、やはりその全てがもぬけの殻であった。

 敵の本拠地である魔界において、魔族が1度も現れない。敵の襲撃がなくイリグック大平原では気を緩ませていた討伐隊の面々だが、さすがにこの状況には違和感を覚えずにはいられなかった。何か大きな策略に陥っているのではないか、と。しかし彼らは進まぬわけにはいかなかった。どの道、進まなければ人族の未来に暗い影を落とすことになるのだから。

 そうして彼らが魔界に入ってから10日ほどが経った頃、いい加減見飽きた景色に変化が現れた。

 緑の乏しい魔界の大地は、僅かに起伏はあるものの、見通しの良い平野として広がっていた。背の高い木は少なく、遠くにぼんやりと山が見える。ただそれだけだった。しかし南に進むにつれて、前方の山々がはっきりと見える様になってきたのだ。

 山々の連なりは、南の果てを頂点として東西に広がり、ちょうど扇の様な形を作っていた。そしてその頂点に、僅かながら建造物の影を見ることが出来た。決して自然の物ではない、人工的な形を。

 その建物の場所まで、まだ3日はかかりそうな距離にいるが、遥か遠くまでを見通すアルクラドの眼はその姿をはっきりと捉えていた。

 黒々とした石材で造られた荘厳な城は、雨風に晒された跡こそあるものの、危なげなく山を背に鎮座していた。中央に高い尖塔があり、その左右に一段低い尖塔が立っている。色彩は豊かとはいえないが精緻な彫像が各所に置かれ、城の形と像の配置は見事なまでの左右対称だった。城の周囲に城壁はなく、小さな城がいくつか立ち、その周りには町が広がっていた。

 プルーシの地下遺跡で、その管理者である自律人形のマキナから聞いた通り、古の小国群の姿がそこにあった。

「あれがアルクラドの言ってた、昔の国の集まりなのか?」

「まだよく見えないですけど、お城っぽい建物が見えますね」

 ただの人間ヒューマスであるライカやロザリーにも、遠くに見える建物が城らしき形をしていることは見て取れた。アルクラドの過去に繋がるかも知れないものの為、2人とも興味津々である。

「うむ。我の記憶には無いが、聞いた通りの姿であるな」

 魔界の地を踏んでも、かつての居城を目にしても、アルクラドの記憶が甦る気配はなかった。だがアルクラドに落胆の様子はない。記憶が戻らなければそれでも構わない、という考えは以前から変わっていないのだ。

「討伐隊もあの城を目指すらしいし、ちょうど良かったな」

 討伐隊は地面に残った魔族達の足跡を追って魔界を進んでいた。そして南方に城が見え出した頃から、足跡の進む先が2つに分かれたのである。

 1つはそのまま南へ進むもので、足跡は余りはっきりとは残っておらず、南へ移動した魔族の数も少ないだろうと思われた。そしてもう1つが西側へと向かうもので、こちらの方が足跡がはっきりと残っていた為、数多くの魔族がこちらの方向へ進んでいると考えられた。

 このまま南進するか、西側の足跡を追うか。

 その分かれ道を前にした討伐隊は、そのまま南進することを決めた。

 魔族が町を置いて移動した理由が分からなかったが、ここに来て避難の為に移動したのだろうという考えが強くなっていた。もし戦力を集中させどこかで討伐隊を迎え撃つなら、山に退路を断たれたこの地を選ぶとは考えづらい。古代龍エンシェントドラゴンをも従える魔王がいるのだから、主戦力を南方の城に集め、残りを西側へ避難させたと考える方が自然に思えたのだ。

 これで挟み撃ちにでもされれば目も当てられないが、それは西へ向かっても同じこと。と、討伐隊は歩調を早めて、遠くに見える城を目指して進んでいった。

 そうして朧気だった城の姿がはっきりと浮かび上がってきた頃、討伐隊は皆、言い知れぬ胸のざわめきを感じていた。徐々に左右の山々が迫ってくる為か、空を覆いだした分厚い雲の為か、威厳に満ちた黒の城の立ち姿の為か、辺りに満ちる空気がやたらと重苦しく感じられたのだ。

 そして黒の城を見つけてから3日が過ぎ、その周りに広がる町の外れに到着した時、討伐隊は南進が正しい選択であったと確信した。

 まだ遠くにあるにもかかわらず、黒の城から伝わってくる威圧感。それは先の古代龍エンシェントドラゴンのものに勝るとも劣らない凄まじいものだった。

 この先に魔王がいる。

 討伐隊の全員がそう確信していた。魔力に敏感でない戦士達もそうであり、魔法使いの中には青ざめた顔で震えている者までいた。

 そしてアルクラドももちろん、この先にいる人物の気配を正確に感じ取っていた。エピス達、各国最強の戦士達とも隔絶した、強大な力の気配を。

「どうやらこの先に魔王とやらが居る様であるな」

 魔界に来た一番の目的は、魔界にしかない食材や料理を食べる為であったが、町がみなもぬけの殻であった為、それは叶わなかった。その原因がこの戦にあるなら、魔王をどうにかすればいいのである。幸いにして第2の目的であった古の小国群とかつての居城が目の前にあり、魔王もそこにいる。2つの目的を同時に果たすことが出来、また第1の目的の為にもなる。であれば、ここで立ち止まっている理由は1つもなかった。

 誰に言うでもなく独り呟いたアルクラドは、討伐隊の面々が足を止める中、魔王の待つ城へと歩を進めるのであった。

お読みいただきありがとうございました。

魔王様、とりあえず声だけの登場です。

次で魔王城に突入しますので、そこでその姿を現すでしょう。

次回もよろしくお願いします。

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皆さま、ぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] 神の如き力を持つものってアルクラドのことかな? 次話が待ち遠しい
[良い点] 魔王はアルクラドを知っていそうで。 彼がいないからこその人間への攻勢だとしたら、目論見が根本から崩れそうですね
[一言] うおおお!!!盛り上がって参りました!!! 次回が待ちきれません!!!
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