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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第14章
180/189

魔界の地

更新遅れてしまって、申し訳ありません。

日曜日に更新したかったのですが、時間が足りませんでした……

 ドラゴンの来襲から1夜明け、討伐隊は再び魔界を目指して行進を始めた。

 ドラゴンと遭遇するまで、余りに平和な道中に討伐隊の面々は緊張感を欠いて大平原を進んでいた。しかしドラゴンを撃退した後は、別の意味でまた緊張感を欠いていた。

 それは、自分達はドラゴンを退けた、という錯覚をしている故だった。

 確かに討伐隊は1人も欠けることなく、その窮地を脱した。しかしあの場面においてまともに動けた者はごく僅か。そして実際にドラゴンと戦ったのはただ1人。勘違いも甚だしいが、窮地を生き延びドラゴンの肉まで食べたことが、そうさせてしまったのである。

 そんな討伐隊の空気を感じながら、エピスは不安を感じずにはいられなかった。

 魔王と戦うにあたって、討伐隊の全員が全ての力を出し切ろうと、その限界を超えようと、勝つことは出来ない。浮かれていようがいまいが、勝敗に影響は及ぼさない。しかしそこに至るまでの道中で、痛い目を見はしないだろうか。魔王までとはいかずとも強力な魔族と遭遇した時、自分のことを棚上げする形にはなってしまうが、他力本願で何とかなると思ってはいないだろうか。

 そんなことをエピスは考えていた。

 しかしそんなエピスの不安とは裏腹に、ドラゴンとの遭遇以降、それ以前と同様に何もない平和な道が続いていた。魔族どころか、魔物も魔獣も、ただの獣とさえも遭うことはなかった。魔族に関しては何が原因しているか分からないが、しかし魔物などと遭わないことの理由は明白だった。

 それは朝の出発前のこと、アルクラドがドラゴンの亡骸をその前に立って見つめていたのである。

「アルクラド殿、どうされたのですか? そろそろ出発ですが……」

 そこへ隊列の指示と確認に回っていたヴァイスがやってきて、皆が出発の準備をする中、1人龍ドラゴン肉の前に立つアルクラドに声をかけた。

「まだこれだけ肉が残っておる」

「えっ……?」

 返ってきた言葉に思わず素っ頓狂な声を出したヴァイスだが、すぐにその意味を理解した。

 ドラゴンの身体は大きく、500名余りが思い思いに食べても、肉の量は半分も減っていなかった。その正しく山の様に残っている肉を、アルクラドは全て食べきるつもりなのだ、と。

 その気持ちは分からなくもない。ヴァイス自身、ドラゴンの肉の美味さには驚き、感動していた。平時であれば、全て食べ尽くすまでこの地に留まりたい、と思うほどに。しかし今は、人族の未来がかかった戦いへ赴く最中である。それを置いて食欲を優先することは出来ない。

「……アルクラド殿。馬車に積めるだけ積む様に指示をします。また魔界から戻る時も、必ずこの場所を通ります。ですのでアルクラド殿も出発の準備を……」

 アルクラドの美味に対する執着を完全に失わせることは至難。何とか妥協点を見出してもらうべく、ヴァイスは考えを巡らせた。討伐隊の行進を遅らせず、かつドラゴンの肉を食べきる方法を。

「……」

「まだ風の冷たい時期です、肉が傷むのもそれほど早くないでしょう。それにこれだけ大きければ、多少傷んでも充分な量が食べられると思いますが……」

 ヴァイスの提案に対し、口を開かないアルクラドだが、ヴァイスは言葉を重ねる。ヴァイスとてアルクラドがこの戦いの要だということはよく理解している為、必死だ。

「……まぁ良い。馬車1台分あれば、暫くは持つであろう」

 どうやら行進の道中でドラゴン肉を食べられるのならば、とアルクラドは妥協した様であった。

 ホッと胸を撫で下ろすヴァイス。早速、ドラゴンの肉を荷台に積み込む指示を出し、1台の馬車を肉で一杯にした。

 そうして予定通りに出発した討伐隊であるが、その中から漂うドラゴンの臭いに周囲の生き物が寄ってこないのだ。たとえ死しても、ドラゴンドラゴンなのである。

 ちなみに平原に残したドラゴンの肉は、腐るのを防ぐ為と他の生き物に食べられない為に、アルクラドが氷漬けにしたのであった。


 そうして獣にすら襲われることなく残り半分の道を歩いていく討伐隊は、何事もなくイリグック大平原を渡り切り、無事魔族の領域へと足を踏み入れた。

「ここが魔界……」

 誰かが言った。しかしそこに感慨深さの様なものはなく、どこか拍子抜けといった様子であった。

 イリグック大平原と魔界の間に明確な境目があるわけではなく、魔界に近づくにつれて大地が徐々に荒涼としてきていた。それにより魔界が近づいてきたと感じ、町らしき建造物の影が見えてきたことで魔族の領内に入ったと考えたのだ。

 しかしそこから見える景色は、皆の想像していたものとは大きく異なっていた。

 大地は岩が多く荒涼とした印象を受けるが、不毛の大地というわけではなく僅かながら短い草が生えている。遠くに見える山にも緑は少ないが、はげ山ではなく数は少なくとも木々が生えていた。

 魔界は、人族領とは全く異なる世界だと思っていた討伐隊の面々であるが、目にしたのはただの痩せた土地だった。討伐隊の中には緑の乏しい土地に生まれた者もおり、彼らからすれば見慣れた光景ですらあった。

 また遠くに見えていた建造物に近づき、その細部が分かるにつれて、人族領の物と変わらないということが分かってきた。木材が乏しいのかほとんど全てが石造りであるが、屋根があり壁があり窓があり扉がある。

 魔族とは凶悪な化け物で、そんな奴らは一体どんなところに住んでいるのか。討伐隊の多くはそんなことを考えており、しかし魔族が自分達と変わらぬ様子で暮らしてる光景が思い浮かび、戸惑いまた意気を削がれたのである。

「ここは本当に魔界なのか……?」

 中には大平原の先も、未だ人族の住む領域なのでは、と考えるものもいるほどだった。それだけ魔界とは人族にとって未知の領域であり、目の前の光景はある意味では信じがたいものであった。

「とにかく進みましょう。今までよりも一層周囲への警戒を怠らない様に」

 動揺する討伐隊の面々へ、そうエピスから通達があった。驚きや動揺があったとしても、ここは既に敵地。その心構えでいなければ、簡単に命を落としてしまう。それは自分自身にも言い聞かせる言葉であった。

 そうして敵襲を警戒しながら、討伐隊が魔族の町らしき場所へ向かうと、そこはもぬけの殻であった。

 町が荒廃しているわけではない。建物も雨風にさらされた跡こそあるものの健在で、最近まで誰かがここで暮らしていたことは明らかだった。そんな彼らがどこへ行ったのか、現状を考えると避難、または徴兵と見るのが妥当だった。

 さてどうするか。エピスを含めた討伐隊を率いる者達は考えた。

 敵の町に赴き、戦いが起こらず無用な消耗をさけられたことは、まず喜ばしいことだ。しかしこれから何が起こるか、まだ分からない。出来ることならこの町で1月近くの行軍の疲れを癒したいところだが、この様子が見せかけで、夜に奇襲をされないとも限らない。

「皆さん、聞いてください。今日はこの町で1晩休息を取ります。警戒を解くわけにはいきませんが、各自屋根の下で身体を休めてください」

 この町に着くまで戦いらしい戦いはしていなくとも、野営が続けば疲れは溜まる。加えてここからは厳しい戦いが予想される。出来るだけ身体を休め、少しでも良い状態で戦いに臨むべきだ。そうエピス達は考えた。

「ですが、この町は魔族のものでしょうが、必要以上に荒らすことは禁じます。非常時ですので屋根を借り食料を使うことは致し方ありませんが、家屋を破壊し食物を廃棄するなど決してしない様に」

 討伐隊を率いるエピス達は歴戦の戦士であるが、彼らもまた魔族のことをよく知っているわけではない。しかし得体の知れない化け物でないことは知っている。彼らにもまた日々の生活があるのだ。

 魔王との戦いは互いの未来がかかったものだが、相手を根絶やしにする為の戦いではない。魔王を討てばその様な戦いになる可能性がないとは言い切れないが、今までの様に交流が途絶えるのだとすれば魔族達の住む場所が必要となる。それを全て奪ってしまえば、未来を失った魔族がなりふり構わず人族の領域へなだれ込んで来るのだから。

 加えて言えば、魔界の珍しい食材を無駄にすると怒り出しそうな人物がいることも、町を必要以上に荒らさない様に伝えた理由の1つであった。

 そうして討伐隊の面々は、久方ぶりに夜風に晒されず、柔らかな寝床の上で1夜を過ごすのであった。


 一方、討伐隊の面々が今夜の寝床を探している中、エピス達は町の中心の大きな建物の中に集まり、話し合いの場を設けていた。この町を出た後、どの様に動くかについての話し合いである。

ドラゴンとの遭遇の後、先んじて魔界へ偵察隊を出していました」

 この戦いにおいて最も憂慮すべきは魔王の強さであるが、魔王と遭遇できるかどうかも考慮しなければならない。もし魔王側も自分達と同じ様に人族領を目指して行進していれば、どこかで行き違う可能性がないとも言えない。また魔王が自身の拠点で待ち構えていたとしても、魔界を虱潰しに探しても体力を徒に消費するだけである。

 それを防ぐ為にも、いくつかの冒険者パーティーを斥候として、先行させていたのである。

「彼らが出発してから我々が大平原を渡り切るまで、およそ10日。その日数を期限として、彼らには戻ってくる様に伝えています」

 何事もなければ今日のうちに戻ってくるはずだ、とエピスは言い、アルクラドへと目を向ける。

「彼らが戻るまでこの町に留まるということでよろしいでしょうか、アルクラド殿。元々、魔界に用があったご様子でしたが」

 魔王討伐に参加するつもりはなくとも、魔界に行くつもりはあると言っていたアルクラド。何か急ぎの用があるのではとエピスは思ったが、アルクラドは考える素振りも見せずに頷いた。

「構わぬ。魔界の南の果てへ往くつもりであるが、急ぎでは無い。暫しこの町に留まろうとも問題は無い」

「南の果て、ですか。そこに何が……?」

「古くに栄えた国の城だ。今も遺っておるかは分からぬが」

 アルクラドが食事以外を目的にする。それを聞いたエピスとヴァイスは、そんなことは初めてだった為、とても驚いた。また何故その城を目指すのかを気にせずにはいられなかった。

「南の果ての古城か……それも古い伝承か何かか?」

 エピス達は知らぬことだが、ラテリアやアリテーズの王とその側近達は、アルクラドが食事以外にも目的があって旅をしていることを知っている。そのうちの1人であるバックシルバが、牙を剥いてアルクラドに笑いかける。

「その様な物だ」

 詳しく話すと色々と問題が出てくる為、アルクラドはただ頷くに留めた。その様子を皆も察したのか、誰もそれ以上深く追求することはなかった。

「それでは、偵察隊が遅れていることも考えて、しばらくはこの町に留まりましょう。もし待っても戻らない場合は、彼らと魔族の足跡を探りながら魔界を進むとしましょう。皆さん、それでよろしいですか?」

 エピスの言葉に皆が頷く。それ以外に取れる方策がないということもあるが、闇雲に動くよりも偵察隊を待つ方が賢明なのは皆の思うところであった。しかし偵察隊はその日のうちに、自分達の責務を果たして討伐隊の元へと戻ってきた。

 彼らの話によれば、この先にもいくつか町があり、その全てがもぬけの殻。そして魔族や馬の足跡、そして轍を見つけることが出来たと言うのだ。そしてそれらは、避難なのか戦力の集中なのかは分からないが、全て南の方角へと向かっているのだと言う。

 奇しくも討伐隊の目指す方角と、アルクラドの目指す方向が一致した。

 魔族達の向かう先に魔王が必ず居るとは限らないが、その可能性は大いにある。またアルクラドの目的地との一致も偶然だとは思えなかった。現状、魔族が南へ向かったということ以外に情報がないが、この場にいる者達は確信めいたものを感じていた。

 そして何事もない平和な夜を過ごした討伐隊は、翌朝、南へと向けて再び行進を始めるのであった。

お読みいただきありがとうございます。

いよいよ魔界に入りましたが、今のところ何もありません。

何故、魔族は南へ向かったのか、魔王や古城は何処に。

そろそろいい加減、魔王の影くらいは登場させようかと思っています。

次回もよろしくお願いします。

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[良い点] やっぱり城とられてますかね。 アルクラドの肖像画か像でも残ってないか
[気になる点] 南端で地理的に攻められずらいし昔強くて尊敬された人いたみたいだからアルクラド・ザ・サードとしてやっとこかな、てなるかな。
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