調査依頼
盗賊の襲撃を撃退した護衛依頼から数日が経った頃、それと関連が深そうな依頼が貼り出されていた。
依頼:盗賊の住処の調査
詳細:東の森周辺を調査し、盗賊の居場所を突き止める。
報酬:1人辺り1日、銀貨1枚。有力情報には追加報酬あり。
東の森とは、フィサンの東側に広がる大きな森のことだ。
森の外周付近は光の差し込む明るい森で、魔物や凶暴な獣はおらず様々な種類の植物が自生している。アルクラドが初級の頃に薬草を大量に採取したのも、この東の森である。
森の中心に向かうと木々の密度が高まり薄暗い森となっていくる。しかし獣や植物の分布は外周付近と変わらないため、冒険者はほとんど訪れる事はない場所である。
「この依頼って、この前の護衛依頼と何か関係あるのかな?」
「東の森っていったら、ソミュールに行く時に傍を通ったもんな」
東の森の周辺にはフィサンやソミュールをはじめ多くの町がある。森は広く木は大きく、また危険な生き物がいないことから誰でも簡単に入ることが出来る。そして木を切り木材や薪にして運んだり、薬草などの植物を取ることが出来るため、町の人々の生活を支えているのである。
「詳しい事は聞けば分かるであろう。この依頼を受けるのか?」
中級になってからの依頼ではよくあることなのだが、依頼票ではそれほど依頼の詳しい内容は分からない。必要最低限のことしか書かれていないのだ。
今回の依頼にしても、1日銀貨1枚という報酬が提示されているが、1日の範囲が限定されていない。日の出から日の入りまでの日中を1日と捉えるのか、それとも陽が昇り、沈み、再び昇るまでを1日と捉えるのか。それによって活動時間も変わり、野宿や必要経費の有無も変わっていくる。
今までこの様な曖昧な依頼に対してそれほど深く考えてこなかった3人だが、セイルの護衛依頼の後、曖昧なものを曖昧なままで終わらせない様にするクセが付いた。冒険者としてまた1つ成長したのである。
「取りあえず話を聞いてみようぜ。銀貨1枚はちょっと少ないけど、追加報酬の額によっちゃいい依頼かも知れないし」
話を聞くだけならばタダなので、ひとまず3人は受付へと向かった。
「この依頼ですか。これはフィサン、ソミュールを含めた東の森の周辺の町の冒険者ギルド、商人ギルドの連名依頼です」
初めて耳にする依頼の形式に首を傾げる3人。
「以前皆さんが護衛をしたセイルさんから、東の森に盗賊団が居付いている可能性がある、との報告がありました。また周辺の町のギルドと連絡を取り、ここ最近、盗賊による被害が増えている事実も確認されました。
そこから東の森に盗賊団が居付き、またかなりの規模になっていると予想されています。今回の依頼は、その規模や戦力を把握するための調査依頼となります」
どうやら盗賊に襲われたのはライカ達だけではなく、他の街道を行く旅人や商隊も襲われていた様だ。しかしその関連性に気付くことなく、各町で別々に対応しており、盗賊団の撲滅には至らなかった様だ。
「今回の調査依頼では、盗賊の居場所となる住処と、その戦力、盗賊の数や武器の所有などを掴むことが目的です。依頼票にもある通り、それらに対する有力な情報については別途追加報酬が支払われます。ただしその評価はギルドで行いその重要度によって変動しますので、ここでいくら、とは申し上げられません。ただ銀貨1枚より多いことは確かです。
また今回は調査依頼ではありますが、盗賊を相手にする以上、戦闘になる可能性は充分に考慮した上で、依頼を受けるかどうかを判断してください。セイルさんにお聞きした、皆さんの、特にアルクラドさんの実力であれば問題はないと思いますが」
もちろんアルクラドは、盗賊との戦闘があろうがなかろうが、どちらでも問題はない。先だってはそれなりの規模の盗賊団の半分以上を1人で討伐したのだから。対してライカとロザリーはその戦いでは手を出す暇がなかったため、盗賊との戦闘は経験していない。問題があるとすればこの2人である。
「この依頼受けようぜ」
しかしライカは気負いはないのか、あっさりと入りを受けようと提案する。
「受けるの? 前みたいに盗賊と戦うかもしれないんだよ?」
対してロザリーは盗賊への恐怖や人に刃を向けることの抵抗感があるのか、余り乗り気ではない。
「そうだけど、何とかなるだろ。アルクラドもいるし、最悪逃げればいいんだからさ。それに盗賊なんていなくなった方がいいんだから、少しでも早く退治できる様に俺達も手伝おうぜ」
アルクラドがいることで若干楽観的になっているライカだが、その根幹にあるのは早く盗賊の脅威を取り除きたいという思いだった。彼自身、魔族の襲撃という理不尽で親しい人間を失い、それがその思いに繋がっているのだろう。
それを聞きロザリーがハッとした表情を見せる。彼女も境遇はライカと同じであり、同じ思いを持っているのだ。
「受けられる場合、依頼による拘束時間は陽が出ている時間となります。朝にギルドに集合し依頼証を受け取り、それを門番に見せて調査に向かってください。そして日没までにギルドに戻り、依頼証を返却してください。これで1日分の報酬が支払われます。毎日必ず戻る義務はありませんが、森に何日いたとしても報酬は1日分ですので、ご注意ください。
また依頼を辞めたい場合は、依頼証の返却時に申し出てください。当日の申し出となった場合は違約金が発生しますので、ご注意ください。
説明は以上です」
依頼の説明を聞き、3人は依頼を受けることにした。
銀貨1枚という報酬は中級の依頼としては少ないが、生活をしていく上では充分な金額だ。宿に泊まり3食食べてもお釣りがくる。調査が主な内容であり戦闘がなければ武器の消耗もないためその維持費もかからない。損はしない依頼なのだ。
「それでは明日から依頼を始めていただきます。明け鐘が鳴る頃にギルドに来て下さい。よろしくお願いします」
依頼を受けた翌日、明け鐘が鳴る前にライカ達3人はギルドに集まっていた。
「それではこれが依頼証です。町を出る際、町に戻る際は必ず門番に提示をしてください。紛失による罰則はありませんが、報酬が支払われませんのでお気を付けください。
それでは気を付けていってらっしゃいませ」
受付の女性に見送られ、ライカ達はギルドを後にした。
この依頼は誰かと合同で受けるわけではないが、同じ依頼を受けているだろう冒険者がチラホラ見受けられた。彼らは皆、我先にとギルドから出て行った。
合同ではない分、追加報酬は早い者勝ちなのである。既に誰かが得た情報をギルドに持ち帰っても、それは報酬には繋がらない。少しでも早く、他の人間よりも多く情報を得るために、皆すぐに森へ向かったのである。
「俺達も早く行こうぜ!」
それにあてられたのか、ライカも出発を急いている。
今回の依頼では、野宿の必要性が必ずしもあるわけではない。そのため野宿に必要なものを購入する必要もなく、今すぐ出発しても問題はない。
「そう急く事もあるまい。盗賊共が逃げる訳でもなかろうに」
「でも追加報酬は早い者勝ちだぜ、きっと。誰かと同じ情報だったら、それはさっき聞いたってなるだろうし」
焦るライカをたしなめようとしたアルクラドだが、逆に反論を受けてしまった。その言葉にロザリーとアルクラドはハッとする。
「野宿の準備もいらないし、その分早く出た方がいいんじゃないか?」
「ライカの言うとおりですね。もう出ましょうか」
「そうであるな」
3人はそう言い合って、ギルドを発ち、町の外へと向かっていった。
東の森に到着した3人は早速、盗賊の痕跡を探しながら森の奥へと進んでいった。
森の外周付近は人の出入りも多いため、地面が踏み固められ道のようなものが出来ている。それ以外の獣道や草の生い茂った場所に、人の足跡がないかを探していく。また鉈で枝を払った跡など、人しか付けない痕跡も見逃さない様に、目を凝らして森の中を歩いて行く。
しかし依頼を受けた冒険者の数が多いのか、至る所に新しい足跡や枝を払った跡が残されていた。仮に盗賊のものがあったとしても分からない状態になってしまっていた。
そうやって苦労しながら痕跡を探す2人をアルクラドは静かに見ていた。今回も2人の成長のため、アルクラドは手を出していない。
彼はこの森に到着した時から、既に様々な情報を得ていた。
3人と同じく依頼で森にやってきた冒険者達の臭いや足跡。それに混じった時間の経った人間の臭いと足跡。そして乾いた血の臭い。それらがずっと森の奥へ続いている。
これを辿れば難なく盗賊の住処へ辿り着くことが出来る。しかしそれではライカ達の力にはならない。だからアルクラドは、情報を得たことをひと言も伝えず、ただ黙って2人の後を付いていくのだ。
森の中心部が近づいてくると先ほどまで森に溢れていた冒険者達の痕跡もなくなり、生い茂る草木と僅かな獣道が見えるだけだった。そして僅かに、つけられてから時間が経ったと思われる足跡を見つけることができた。
「これ、きっと盗賊の足跡だよね」
「ああ……さっきまでのと違って、古いやつに見えるしな」
ライカ達もそれを見逃さず、その足跡の周りを注意深く観察している。それは更に森の奥へと続いており、恐らくこの先に盗賊達がいるのだろうと思われた。
そうしてしばらく歩いていると、森の奥から人の話し声が聞こえてきた。
まだ遠く何を話しているかは分からないが、声の主がライカ達に近づいてきている様だった。
調査に来ている冒険者か、それとも盗賊か。まずはその姿を確認するため、3人は近くの木の陰に身を潜める。
声が段々大きくなってくる。声は男のもので、数は分からず、話の内容もまだ聞き取れない。その内に会話の内容よりも先に、その姿を捉えた。
数は3人。髪や髭は伸び放題。武器だけはまともな物を持っているが、薄汚れた小汚い服を身につけている。
盗賊だった。
「盗賊だ。どうする、戦うか?」
「私達で勝てる? 別に戦わなくていいんでしょ?」
盗賊達に聞こえないように、小声で話し合うライカとロザリー。
情報を得るのが優先であり、盗賊を討伐する必要はない。ロザリーは、やはり人との戦いは不安なのか及び腰だ。
「奴らを生け捕りにすれば、多くの情報が得られるのではないか?」
そこへアルクラドのひと言。
「奴らの事を一番に知っているのは奴らであろう。其方らであれば、奴らに後れを取る事もあるまい」
中級昇級以来、ライカとロザリーは変わらずアルクラドの訓練を受けている。今まで盗賊など人と戦う機会はなかったが、その実力は充分に付いていた。
アルクラドの言葉に2人は無言で頷きあう。
2人は息を潜めて、盗賊達が近づいてくるのをじっと待つ。数は同じだが、アルクラドが手出ししないことを考えると、自分達が不利。その不利を奇襲で覆そうというのだ。
「冒険者共が来てるって本当かよ?」
「ああ、かなりの数みたいだぜ。見つけたら出来るだけ殺しとけ、だとさ」
「若い女とかいねぇかな? 久々に犯りてぇよ」
盗賊達が近づいてきたことで会話の内容も明らかになった。盗賊らしい下品な会話に、2人は苦い表情を作る。
そんな下品な笑い声と、足音が近づいてくる。2人は息を殺し、盗賊が通り過ぎるのをじっと待つ。
声が一層大きくなり、すぐそばに盗賊がいるのが分かった。
うるさいくらいに鼓動が大きくなる。
木の向こうを盗賊が通り過ぎる。鼓動で居場所がバレそうだ。
すぐに遠ざかる気配を感じ、横目で見れば、盗賊達の後ろ姿が目に入った。
2人はすぐさま躍り出る。
「火よ!」
静かに込められたいた魔力が、ロザリーの声に合わせ、火を生み出す。人の顔を包む程の大きさの火が3つ、盗賊達へと襲いかかる。
髪や服が僅かに焦げるだけの威嚇程度の魔法であるが、いきなり顔面が火に包まれた盗賊達は混乱状態に陥った。
その隙を見逃さず、ライカが駆け出す。
不完全ながら魔力強化を使ったライカは風の如く駆け出し、あっという間に盗賊達の懐に飛び込んだ。
渾身の力を込めて剣を振るう。
狙うは首。
隙だらけの喉元に刃が吸い込まれる。肉を断つ感触が、剣を通して手のひらに伝わる。
返す刃でもう1人に襲いかかる。
盗賊はライカの攻撃に気付くが、間に合わない。
肩口から胴の半ばまで剣が食い込む。
力任せの攻撃は、肉を潰し、骨を砕く。
苦しみの絶叫を上げた盗賊は、すぐに動かなくなった。
「くそっ! てめぇら、よくもやりやがったな!」
残りの1人が何とか混乱から立ち直り、ライカに向けて剣を振るう。が、苦し紛れの剣はライカを傷つけることはなく、難なくはじき返されてしまう。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
ライカは荒い息をつきながら、残った盗賊を睨みつける。
手のひらが気持ち悪い。人を斬った感触が今も残っている。
剣が今も肉を切り続けているかの様にその感覚を伝え続ける。
早く剣を放り出してしまいたいのに、手が強張り離れない。
「くそっ、このガキッ! てめぇ、ただじゃっ……!」
「良くやった。初めてにしては上出来であろう」
仲間が殺されたことに怒る盗賊の言葉は、首を締め上げられたことで途絶えた。
アルクラドが片手で男の首を掴み、宙づりにしながら首を絞めている。盗賊は必死に抜け出そうともがいているが、アルクラドの拘束は一切緩まない。ついに盗賊は手足をダラリと下げ動かなくなった。
「殺したのか……?」
「殺してはおらぬ。此奴から情報を得るのだからな」
恐る恐る尋ねるライカに、アルクラドは盗賊を地面に放り投げながら答える。
「騒がれても面倒だ。すぐにでもギルドへ戻るとしよう」
まだ森の調査を始めてそれほど時間は経っていないが、調査対象である盗賊の1人を生け捕りにしたのだ。調査の成果としては上々だろう。
更に慣れない人との戦いを終えた2人、特にライカは、精神的に非常に疲弊していた。
2人もアルクラドの提案に従い、ギルドへと戻ることにした。
殺した2人の盗賊はアルクラドが『送り火』の魔法で灰に返し、生け捕りにした1人はアルクラドが担いで帰った。
ちなみに、アルクラドは盗賊の逃走防止に、手足を砕こう、と提案した。しかしいくら盗賊でもそれは余りに不憫だと、2人が必死に止めたため、衣服で手足を縛る形に落ち着いたのであった。
ライカ達が戻ると、ギルド内は騒然とした。まさか調査依頼で盗賊を生け捕りにしてくるなど想像していなかったからである。
盗賊はギルドに引き渡し、後の尋問などはギルドが行うこととなった。
「皆さん、これは大手柄ですよ。
盗賊からの尋問でかなり詳しい情報が得られるでしょう。そうなれば安全かつ確実に討伐へ乗り出すことが出来ます。
また皆さんへの追加報酬ですが、パーティーに対して金貨1枚が支払われます。調査依頼の報酬の受け取り時に確認してください」
「「金貨っ!?」」
初めて人を殺め精神的に参っていたライカとロザリーだが、追加報酬の額を聞いて、そんなものは吹き飛んでしまった。
金貨は一般的な庶民であれば、見る機会などほとんどない。田舎者の2人であればなおさらである。元々、依頼を切り上げるつもりでいた3人だが、すぐさま報酬を受け取りに受付へと向かった。
銀色に輝く硬貨の中に1枚、神々しい輝きを放つ黄金色の硬貨が鎮座している。その輝きの美しさに、2人は口を開いたまま呆然と見つめていた。
自分達が持っているのは恐ろしいということで、金貨はアルクラドが持つこととなり、パーティーの資金として管理されることとなった。
調査依頼の後、ライカとロザリーは少し休息を入れることにした。金貨のおかげで少しは心の負担は軽くなったものの、やはりまだ疲労は抜けきってはいなかったからだ。
その間、アルクラドは1人で依頼を受け、町の料理屋で食事を食べるいつもの生活を送った。
そして盗賊をギルドに引き渡してから3日後、盗賊討伐の依頼が張り出された。
お読みいただきありがとうございます。
アルクラドの「そなた」を「其方」に変えました。
マイナーチェンジですが、今までの分も変更しております。
次回もよろしくお願いします。