魔王討伐隊の集結
皆様、お待たせいたしました。
随分時間が空きましたが、本日より14章開始です。
また私事ではありますが、この4月より仕事の部署が変わり、以前より話を書く為の時間が減ってしまいました。
隔日更新で頑張りたかったのですが、現状ですと、恐らく土日更新になりそうです。
更新間隔が開いてしまいますが、気長にお待ちいただければ幸いです。
また頂いた感想への返信も難しいかも知れません。
全て見させていただきますが、更新を優先しますので、返信ない場合でもご容赦いただければ幸いです。
双葉の萌え出す春の始まり。
柔らかな陽光が照らす広大な平原を行く、大勢の人影。500名は下らない彼らの様子は一様に物々しい。種々の武器をそれぞれが携え、険しい表情を浮かべている。その中には、彼らに守られる様にして、数多くの馬車が続いている。
大きな戦いの為に、南方を目指している一団であった。
その中で、一切険しい表情を浮かべることなくも、緊張もしていない者が1人。
つば広の帽子、襟高の外套、上下の衣服、手袋、靴。その全てが黒という出で立ちの、女と見紛うばかりの美しい男。肌の露出がほとんどないその格好は、初春とはいえ陽に照らされながら歩くには暑いものだが、男の表情に変化はない。
つばの下から僅かに覗くその肌は白磁の如く白く滑らかで、日々鮮やかさを増していく景色の中で、彼だけが色彩を欠いている様であった。しかし形の良い眉を頂く双眸は血を溶かした様で、美しい鼻梁の下の薄い唇は朱を引いた様に、鮮烈な色彩を放っていた。また背中に垂らした豊かな長い髪は春の陽光を照り返し、銀糸の如く煌めいていた。
吸血鬼の始祖、アルクラドである。
その隣では、鳥の意匠が施された杖を背負った少女が、やや不安げな表情を浮かべている。
手首足首を隠す長い袖の衣服と長い裾のスカートは、アルクラドと揃いの艶やかな黒。形の良い頭から垂れる長い金髪は陽光が凝った様に煌めき、僅かに露出した肌は新雪の様に真っ白だった。髪の間から突き出た耳は木の葉の様に長細く、それら彼女がエルフの血を引くことを物語っていた。
しかし新緑を溶かした瞳の対を成すのは、黒紫の輝きを秘める瞳。そして美しい金髪の中で、1条の黒が走っている。それらは通常のエルフには見られない特徴であり、彼女がエルフとは別の種族の血を引いていることの証左であった。
魔人とエルフの混血のシャリーである。
魔族と魔族の血を引く彼らは、南を目指して歩いていた。魔族と、彼らを統べる魔王を倒す為に集まった多くの人族と共に。
まだ肌寒さを残しつつも、暦の上では春となった最初の日、スーデンの町は常とは異なった雰囲気に包まれていた。
プルーシ王国の端に位置し、交通の要所でもないこの町に、多くの旅人が訪れることは少ない。しかし数日前に、500名を超える戦士達と、彼らの旅を支える物資を運ぶ馬車の群れが押し寄せてきたのであった。魔王討伐の為に、北は遥々ドール王国からやって来た戦士達であった。
町には彼らを全て収容できる数の宿はなく、一部を除いたほとんどの者達は、町の外に野営地を築き寝泊まりしていたが、その物々しい雰囲気が町の中にまで伝わっていたのである。
そんな中、討伐隊の一部の者達は町のギルドの中で、今後の予定について話し合っていた。
スーデンからは町の代表とギルドの代表、討伐隊からは各国のギルドや騎士団、魔法士団の長達が、その話し合いに参加していた。
「数日の内には魔界へ向けて出発します。ですがこの戦いの要となる方が来るまで、しばらく待つつもりです」
そう言うのは、ゆったりとしたローブに身を包んだ、白髪の優しげな女性。老境にあり手肌には皺が目立つが、背筋は伸び凛とした佇まいがあり、また在りし日の美貌が窺える顔立ちをしている。ドール王国屈指の魔法使いであり、ギルド長でもあるエピスである。かつて龍殺しという偉業を成し遂げた彼女は、実質的に討伐隊の代表となっていた。
「それは、アルクラドという冒険者のことでしょうか?」
「ええ、そうです」
それに答えたのはスーデンのギルドの代表。彼もまたエピスの偉業を知る者の1人であり、アルクラドのことを言う彼女の口振りに驚きを隠せないでいた。スーデンにもアルクラドに関する報せは届いているが、素直に信じることは出来なかったのだ。
「あの方は討伐隊への参加要請の報せを聞いた様ですし、恐らくは今日にでも来られるでしょう」
アルクラドが町に来るかどうかについて、エピスはもう心配していなかった。そもそもの不安は、アルクラドが報せの届かない所へ行ってしまったかも知れないということで、報せを聞いたなら彼は来る。そうエピスは考えていた。
そこへ部屋の扉を叩く音が響いた。ギルド員が入ってきて、ギルドの代表に耳打ちする。
「件の冒険者が来た様です」
「では、こちらへお通ししてください」
アルクラド到着の報せに、エピスは微笑みながら答える。しかし中には緊張の表情を浮かべる者もいた。特にラテリア王国の騎士団、魔法士団の長達はそれが顕著だった。
しばらくして再び扉を叩く音が部屋に響く。そして扉が開き、漆黒の衣装に身を包んだ2人の男女が現れた。
「アルクラド殿、シャリーさん、お久しぶりです。お2人ともお元気そうで何よりです」
「うむ」
「エピスさんも、お久しぶりです」
エピスが立ち上がり、2人の元へ歩み寄る。にこやかな笑みを浮かべて挨拶を交わすシャリーとエピスに対し、アルクラドは表情を動かさずに小さく頷いている。
「アルクラド殿、お久しぶりです」
「相変わらずだな、アルクラド!」
そこへ2人の男がやって来た。長めの金髪をなびかせた美丈夫と、筋骨隆々の大きな身体と端整な顔立ちをした猩人族。ドール王国騎士団長のヴァイスと、獣国アリテーズのギルド長のバックシルバである。
共にアルクラドの凄まじい力を知る2人であるが、彼らに緊張の様子はない。かつてアルクラドと共に行動したこともあり、その人となりをよく理解しているからである。
「ところでアルクラド殿。魔王討伐に参加しないかも知れない、と伺ったのですが……」
しばし5人が穏やかな様子で言葉を交わし合った後、エピスが表情を変え尋ねる。アルクラドは、魔王討伐における戦いの正しく要であり、彼がいなければ敗北もあり得ると、エピスは考えていた。魔王は、オークキングやアルクラドを傷つけるほどの魔族を従える存在であり、そんな相手を楽に打ち倒せるとは思っていないからである。
「うむ。多くの者が命を落とす事は、我にとっても都合が悪い故な」
「……? アルクラド殿に加わっていただければ、死傷者は随分と減ると思うのですが」
アルクラドの答えに、エピスは言葉を詰まらせた。戦いの犠牲者を減らすには、圧倒的な力で敵を倒すことが最も手っ取り早い。アルクラドの力があればそれも充分可能であり、何故そうしないのかが分からなかったのだ。
「我は、魔族が命を散らす事も望んではおらぬ故な」
「アルクラド様っ……!?」
シャリーの制止空しく、この場にいる全員が耳を疑った。魔王を討つ為に集まった者達の中で、魔族を憂う言葉を発する。まともな考えを持った者であれば、決してしない行為である。
「アルクラド殿、それはどういうことですか?」
エピスがいち早く言葉を返す。発言の内容はともかく、誰かがアルクラドを糾弾し話がこじれない様に。
「ドールの王宮で魔人の男が言っておった。魔界にしかない美味なる食材がある、と」
驚きの表情を浮かべていた者達の内の何人かが、あぁ、と納得げに言葉を漏らした。魔族を皆殺しにしてしまっては、魔界に眠る未知の美味を味わうことが出来なくなる。それをアルクラドが憂慮しているのだ、と。
「では、やはり魔王討伐には加わっていただけないのですか?」
「其方らと魔族の戦いに手を出すつもりは無いが、同行はしよう。元より魔界へ往くつもりである故な」
「本当ですか?」
曇りかけていたエピスの表情が晴れる。人族と魔族、種を賭けた戦いで、犠牲者を一切出さずに済ますことは出来ない。しかしアルクラドが同行してくれれば、その途轍もない魔力を目の当たりにして逃げ出す敵もいるかも知れない。他力本願の様で情けなくはあるが、多くの戦士の命を預かる身として、アルクラドの同行をエピスは喜ばずにはいられなかった。
「其方らの敵が我に歯向かわぬ限り、其方らの戦いに手を出すつもりは無いがな」
「それでも構いません。どうしようも無い時は、助けをお願いするかも知れませんが」
「うむ。知り合うた其方らが命を落とすのも、愉快では無い故な」
アルクラドが少しでも自分達を助ける気があることを聞き、エピスは満足げにほほ笑んだ。そんなエピスの様子を見て、魔族と戦わないという発言を訝しく思いつつも、表立ってそれを口にする者はいなかった。
その後、話の流れは元に戻り、今後の予定が具体的に決められていった。アルクラドがすぐに来た為、出発は明日となり、この日は討伐隊の最後の安息の日となった。また討伐隊への食糧支援などについても話し合われたが、それはアルクラドには関係のないことであった。
その日の夜、スーデンの町の料理屋や酒場は、いつもであれば有り得ないほどの盛況ぶりを見せていた。安らかに過ごせる最後の夜を満喫しようと、討伐隊の面々が押し寄せた為である。
日頃それほど人が訪れないスーデンで、500名を超える冒険者達を全て収容することは出来ず、どの店も全て満席。そこに入れなかった者達へ向けて、町人達が即席の屋台で料理や酒を売り始め、店の内外で大騒ぎとなっていた。
アルクラドも、そんな騒がしい店の中で、食事を取っていた。シャリーと、そして馬車の護衛役として依頼に参加しているライカ、ロザリーと共に。
「またアルクラドと一緒に依頼が受けられて、嬉しいよ!」
「前と同じで一緒には戦えませんけど、移動してる間は一緒にいられますよね」
イリグック大平原から町へやってくるアルクラド達を見つけたライカとロザリー。アルクラドと一緒に食事をしようと、ギルドでの話し合いが終わるのを待っていたのである。そんな2人との食事の為に選んだのは、アルクラドが初めてカンクリーを食べた店であった。
奇異なる者達の子孫達の暮らす山里で、これでもかというほどカンクリーを食べたアルクラド。しかし美味なものは何度食べても美味であり、ライカ達にもそれを味わってもらおうと考えたのだ。
「これがアルクラドのオススメか……んっ、美味いっ!」
「ほんとだっ、すごく美味しいっ!」
新しく訪れた町で、美味しい料理屋を探して回る。そんなかつてのことを思い出しながらカンクリーを口にしたライカ達は、その美味しさに目を見開いた。
「この町では食せぬが、獲ったばかりであれば、火を通さずとも食す事が出来る」
「へぇ……生でも美味いのか?」
「全然火を通さないのは、ちょっと抵抗がありますね……」
アルクラドの言う焼く以外の食べ方に興味を示す2人。以前に表面を軽く焼いただけの、生同然の魚料理を食べた経験から、火を通さない食べ方にも拒絶を示すことはなかった。
「興味があるのならば、この戦の後にでも、カンクリーの獲れる地へと往くとしよう」
「アルクラド様、いいんですか……?」
ライカ達を山里へ連れて行こうとするアルクラドに、シャリーは小さく言う。山里へ行くということは、奇異なる者達の子孫達と会うということであり、魔族との繋がりを示すということでもある。が、シャリーはすぐにあることを思い出した。
「うむ。この者らは我を識っておる故な」
それと同時にアルクラドが言う。そもそもライカ達はアルクラドが魔族であることを知っているので、魔族との繋がりなど些細な問題なのである。
「なぁ、このカンクリーってのはどんな生き物なんだ?」
「すごく強い味ですけど、肉って感じじゃないし……魚か何かですか?」
小声で話すアルクラド達の前で、ライカ達はアルクラドと旅が出来ると喜んでいる。そして今食べている美味なる食材の、生きている姿に興味を持ち始めていた。
「それは、あまり気にしない方がいいと思いますよ……」
カンクリー自体に興味を示す2人に何と言うべきか迷いつつも、シャリーはそう告げた。彼女もアルクラドと同じく、数日に亘りカンクリーを、その腸まで食べており、もうあの姿に忌避感は一切なかった。しかしライカ達はそうではない。
「川辺に棲む、蜘蛛の様な生き物である」
ライカ達がシャリーの言葉の意味を考えているうちに、アルクラドが問いに答えた。その静かな声は、幸いにして騒がしい店内でカンクリーを食べる他の客には届かなかった。しかし目の前に座る2人の耳には、その言葉が一言一句正確に届いていた。
「「えっ……?」」
聞かなければ良かった。そんな想いの籠った2人の声は、喧騒に紛れ、飲み込まれ、消えていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
アルクラド含め、討伐隊の面々がスーデンに集まりました。
次から魔界へと向かって行きます。
次回もよろしくお願いします。