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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第13章
171/189

勇者の聖剣

 山間の窪地に、一際強い聖気の嵐が吹き荒れる。エリーの手にする金色の剣から、途轍もない量の聖気が溢れ出ている。

「あはははっ! 何これっ、聖気が溢れてくる!?」

 その中で聖女が笑う。

「これが勇者の聖剣……! 凄いっ、これならどんな魔族だって殺せるよ!」

 エリーは眼前に掲げた剣を見つめ、恍惚に似た笑みを浮かべている。

「さっきの言葉の意味が分かっただろう? これだけの聖気……いくら君でもどうしようもないだろう?」

 口の端を吊り上げる彼女は、自身の絶対的有利を確信していた。

「確かに、凄まじい聖気であるな」

 元々膨大であったエリーの聖気が何倍にも膨れ上がったのである。それはアルクラドをして、そう言わしめるほどであった。

「だろう? けど、今更怖気づいても遅いよ? 生き延びたかったら、精々足掻くんだね!」

 随分と機嫌の良さそうなエリーであるが、先程の言葉通り、戦わずしてアルクラドを見逃すつもりはない様であった。

「うむ、掛かってくるが良い」

 もちろんアルクラドにも戦いを避けるという選択肢はなく、構えを取り、龍鱗の剣の魔力を込めていく。

 吹き荒れる嵐を押し返す様に、アルクラドの魔力が辺りに満ちていく。それに呼応し、漆黒の剣がドラゴンの威を放つ。

「まだ全力じゃなかったんだ……それにその力はドラゴンの……」

 更に大きくなった魔力とドラゴンの威を感じ、エリーは僅かに驚く。しかしそれも一瞬のこと。

「いいね……聖剣を使って戦うんだ。それくらいの相手じゃないと、すぐ終わっちゃうからね」

 アルクラドを強大な力を振るうに相応しい相手として認め、エリーは笑みを深めた。

「行くぞっ!!」

 そう言葉を発して、エリーは聖気を撒き散らしながら、アルクラドへと駆けるのであった。


 漆黒と金色の閃きが交差する。

 煌めく聖剣を振るい、エリーが四方八方からアルクラドを攻める。その攻撃は今までにも増して苛烈で、加えて先程までとは比にならない魔力が、膨れあがった聖気によって散らされていく。

 しかし未だ聖剣の力を使いこなせていないのか、聖気の増大には幅があり、散らされる魔力の量にも幅があった。

 エリーの苛烈な攻撃を捌いていくアルクラドであるが、時折予想外の魔力を散らされる為か、剣を大きく弾かれ、また身体ごと弾き飛ばされている。

 大地を踏み締め剣を振るうエリー。深く身体を沈め弾き出された様に剣を振り上げれば、アルクラドの防御ごと身体を宙へと浮き上がらせた。

 宙に浮いたアルクラドへ詰め寄り、エリーは剣を振り下ろした。アルクラドは慌てること無く防御するも、空中では踏ん張りがきかず、地面に向けて吹き飛ばされた。

 音も無く着地したアルクラドは、空を見上げ、降りてくるエリーに視線を向ける。

 エリーの着地と同時に剣を振るうアルクラド。エリーはアルクラドの攻撃を防ぎながら後ろへ飛び、距離を開ける。

「やっぱりすぐには使いこなせないか……でも、まだまだこれからだよ!」

 独り言の様に呟いた後、エリーは再び駆け出す。膨れ上がった聖気で身体を強化して、矢の如き疾走を見せる。

 捻った身体を唸らせ、烈風を巻き起こす勢いで剣を薙ぐ。

 一瞬力を溜めた後、身体の中心に並ぶ急所へ、ほぼ同時ともいえる突きを繰り出す。

 大地から剣をかち上げ、踏み込みの力を余すこと無く伝えた剣を振り下ろす。

 上下左右を問わない攻撃は、全てが必殺の一撃。

 それらを紙一重で躱し、受け流すアルクラド。

 しかしエリーの聖気の増大は不安定で、攻撃は彼女の意図せぬところで激しい緩急が付き、結果としてアルクラドを惑わせていた。

 突如速まる剣筋、強まる剣の衝撃。かと思えば目測よりも遅くに切っ先が届き、迫り合いの最中に後ずさる。それに加えて散らされる魔力の量も変わり、アルクラドはやりにくそうに僅かに顔をしかめる。

「はぁあっ!!」

 裂帛の気合と共にエリーが剣を振るう。

 互いの距離は10歩は離れており、剣は届かない。エリーが目測を誤ったのか、と思うアルクラドは、次の瞬間に慌てて跳び上がる。

 膨大な聖気を纏った剣が振り抜かれ、アルクラドの立っていた大地が切り裂かれる。

「よく避けたねっ!」

 エリーは笑みを深め、振り抜いた剣を返し、宙に浮くアルクラドへ切り上げた。アルクラドも剣に魔力を纏わせ、彼女の攻撃を迎え撃つ様に剣を振り下ろした。

 互いの丁度真ん中、宙で何かが弾けた。

 外套をはためかせながら大地に降り立ったアルクラドは、そのまま再び剣を振り下ろす。

 駆け出しながらエリーが掲げた剣の上を、何かが滑っていく。そして目に見えない刃が、大地を深く切り裂いた。

「君も同じことが出来るんだね、凄いやっ!」

 アルクラドに迫る金色の閃きを、漆黒の刃が遮る。

 剣を迫り合う2人。しかし互いの刃は触れ合っておらず、紅き魔力と金色の聖気がせめぎ合っている。

「はははっ! 直に触れていても消しきれない魔力っ! 君は一体何者なんだい!?」

 楽しそうに笑うエリー。アルクラドの剣を弾き、再び苛烈な攻撃を繰り出す。金色の閃きが幾筋も生まれ、紅と黒に阻まれ、宙で弾けていく。

 轟音といってもいい音が、2人を中心に山間の窪地に響く。耳をつんざくその音は、豪雨が屋根を叩く様に、不断に鳴り響いている。

 その中でエリーは攻めの手を緩めることはなく、攻撃は更に苛烈さを増していく。そして聖気の増幅の揺れも小さくなり、大きく膨れ上がった聖気を維持したままエリーは攻め続ける。

 どれほど2人の激しい攻防が続いたか、エリーが一際大きく距離を取った。

 エリーは、胸の前で切っ先を天に向け、剣を構える。辺りに吹き荒れていた聖気が、不意に消える。

 次の瞬間、今までで最も強い聖気が辺りを満たし、古の聖剣が眩い光を放つ。

 アルクラドが腕を突き出し、魔力を解放する。

 エリーが剣を胸に引きつけ、身体を捻る。

 アルクラドの紅く昏い魔力が、シャリー達の居る後方まで、周囲を満たす。

 エリーが突き出した剣先から、聖気が光の刃となってアルクラドへ迫る。

 アルクラドの手のひらに、血溜まりの如く紅き魔力の盾が生み出される。

 深紅の盾に、金色の刃が激突する。

 深紅と金色がせめぎ合い、火花の如く魔力と聖気を散らせている。

 歯を剥き笑うエリーの攻撃を、じっと防ぐアルクラド。

 先に動いたのはアルクラドだった。

 漆黒の剣に更に魔力を込め、真っ赤な刃を作り上げると、それをエリーに向けて振るった。長く伸びた魔力の刃は、大地を削りながらエリーへと迫り、光り輝く聖剣を跳ね上げた。

 切っ先から伸びた聖気の輝きは上方へ逸れ、昏く紅い薄絹の覆いを切り裂き、晴らせた。

 アルクラドは駆け出し、再びエリーへ剣を振るう。

 弾かれた剣を振り下ろし、アルクラドの攻撃を迎えるエリー。

 再び両者の剣が迫り合い、深紅と金色の火花を散らせている。

「あれを防ぐんだ……! 本当に君は凄いねっ!」

「我もあれ程の攻撃が来るとは思わなかった」

 互いの予想以上の攻防に、エリーは愉快そうに、アルクラドは僅かな感心をもって、そう言った。

「けど、そろそろこの剣の力を掴んできたよ。持つ者の聖気を増幅するこの力……正に聖人聖女の為の武器だ」

 剣を跳ね上げ、互いに距離を取る2人。一時、魔力と聖気の嵐が止む。

「もう失敗はしない。次こそはこの聖剣が、その膨大な魔力と共に君の身体を切り裂くよ」

 息つく暇もなかった激しい攻防。呼吸を整える様に深く息を吸い吐き出したエリーは再び剣を構える。彼女の聖気がゆっくりと、しかし確実に大きく大きくなっていく。

 聖剣の力を掴んでてきた、と言う言葉の通り、大きくなる聖気に揺れはなかった。

「うむ。そろそろ稽古も終いにするとしよう」

 アルクラドも剣を構え直し、その魔力を解放していく。

「行くよ」

「うむ」

 再び吹き荒れる魔力と聖気の嵐。戦いの決着が、間近に迫っていたのだった。


 轟音を響かせ交わり合う、深紅と金色の閃き。アルクラドの紅き魔力と、エリーの金色の聖気が、両者の間でせめぎ合っている。

 聖気の刃を生み出し、剣の間合いの内外からの攻撃を織り交ぜ、アルクラドを攻めるエリー。アルクラドはそれらに上手く応じ、僅かな身体の動きで躱し、また受け流していく。

 エリーの攻撃が一旦止むと、今度はアルクラドが攻勢に打って出る。

 彼女に倣い魔力の刃を生み出し、遠近を織り交ぜた攻撃でエリーを攻めていく。それに最初はよく対応していたエリーだが、徐々に躱すことが難しくなり、受け流すよりも正面から剣で受け止めることが多くなってきた。

 顔を歪め舌打ちをして、受けた剣を弾き返すエリー。その額には玉の汗が浮かび、大きく肩を上下させて荒い呼吸を繰り返している。

 おかしい。

 息苦しさを感じながらも苛烈な攻撃を繰り出すエリーの頭に、そんな考えが過ぎっていた。

 おかしい。

 聖剣に込めた聖気を何倍にも増幅させ、身体を強化し、聖気の刃を生み出し、斬りかかる。自身が傍にいるだけで、剣に触れるだけで魔力が散るはずなのに、敵の魔力は一向に消え去らない。

 おかしい。

 当代随一と言われるエリーの聖気は、聖剣の力で何倍にも膨れ上がっている。山間の里を支配するだけの聖気は、しかし同等以上の魔力によってせき止められ、あまつさえ飲み込まれようとしていた。

 エリーの聖気は徐々にその大きさを増し、しかしアルクラドはそれに難なく対処している。先程までのやりにくそうな表情は消え、いつもの無感動な表情を浮かべている。

「っ……! 舐めるなぁ!!」

 それがエリーを甚く苛立たせた。

 取るに足らない相手に対する様な表情が、自分に向けられているのだ。古の勇者の聖剣を手にした、当代最強の聖女に対して。

 怒りに任せて放たれた攻撃は、威力は今までで一番強いものの、アルクラドにしてみれば隙だらけであった。

「がっ……!?」

 剣を振り上げたエリーの胴体を、アルクラドの剣が叩いた。

 身体を折り曲げ、エリーは空へと弾き飛ばされた。

 途轍もない衝撃と激痛に耐え、喉の奥からせり上がってくるものを抑え込み、エリーは薄っすらと目を開けた。

 身体が空を切り、地面が急激に遠ざかっていく。ただの人間ヒューマスであれば、全身が砕ける高さ。しかしエリーにとっては問題ない。

 上昇が止まり、身体が地面に引き寄せられる直前の、一瞬の停滞。エリーの頭上に黒い影が落ちる。

「っ……!」

 慌てて身体を捻ったエリーの目に映ったのは、漆黒の外套を羽の様に広げ、漆黒の剣を振り下ろすアルクラドの姿。

 聖剣を振るい迎え撃つが、宙で踏ん張ることは出来ず、地面が急激に近づいて来る。

 全身の骨が砕けた様な激痛が走る。身体から全ての空気が失せ、胸が締め付けられ、赤い視界の中で閃光がちらつく。

 うずくまり喘ぐエリーの視界に、黒い足が映った。

 訳も分からず、剣を振るう。

 明滅する聖剣を、艶やかな黒の剣が迎え撃つ。

 エリーの攻撃はあっさりと弾かれ、またもや身体ごと吹き飛ばされた。地面を転がり何度も跳ね、ようやく止まる頃には、両者の距離は100歩も開いていた。

「がはっ……! ゴホッゴホッ……!」

 何度も咳き込みながらも、エリーは剣を支えにして何とか起き上がる。

 ボロボロの身体を支える手や脚は、今にも崩れ落ちそうなほどに震えている。全身は土に塗れ、柔肌には幾つもの擦り傷がつき、口の端からは血を流している。

「もう終いの様であるな」

 エリーがもう戦えない状態であることは、誰が見ても明らかであった。アルクラドは魔力を抑え、構えを解いてエリーの元へと歩み寄る。満身創痍の彼女も既に聖気を発してはおらず、もう嵐は過ぎ去った。

「おかしい……おかしい……おかしい……」

 虚ろな目でアルクラドを見つめるエリーは、うわ言の様に何かを呟いている。

 古の勇者の剣によってもたらされた、強大な力。その力の愉悦から目覚めた彼女が気付いた事実は、とてもではないが信じられるものではなかった。

 古の魔族、その頂点に君臨していた大魔族を滅ぼした勇者の剣。その聖剣の力を圧倒する力の持ち主。そんな者がいるはずがない。

 だが、それは目の前にいる。

「お前は……お前は一体、何者だっ!?」

 何度目かになるエリーの言葉。

 それは決して存在し得ぬ者に対する、戦慄の叫びだった。

お読みいただきありがとうございます。

伝説の武器で凄いパワーアップしたエリーとの戦いでしたが、

(もちろんですが)アルクラドの勝利で終わりそうです。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] アルクラド様が強すぎてびっくりです。笑 あっ、もちろんエリーの強さあってのびっくりです!笑 はー、楽しかった♪ いつも更新ありがとうございます☆
[良い点] 書きたいものを書いてるのは良い。 [気になる点] バトルシーンが間延びして、読みづらい。 [一言] なろうを読む人は、作者の自己満にすぐ気づきます。臨場感と細かい説明は近いようで遠いです。…
[良い点] 教えるアルクラドとエリー、噛み合いませんでしたね。 なのでエリーに得るものがあったかまだ分からん結果に。 常に目の前の現実を直視し理解するようになって頂きたい、それがアルクラドの求める識る…
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