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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第13章
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聖女との戦い

 冷たい輝きを放つ武骨な幅広の剣を、アルクラドに向ける聖女エリー。相手を殺す気の彼女に対し、アルクラドも聖銀の剣を構える。しかしそこに殺気は無い。

「その剣を使ってるからって、魔法使いは聖気使いには勝てないよ。それを教えてあげよう」

 アルクラドに向けていた剣の切っ先を地面に向け、左足を一歩引いて半身の構えを取るエリー。視線は鋭さを増し、辺りは嵐が吹き荒れる様に聖気で満たされていく。

「みんな下がってて、巻き込まれない様にね」

 いよいよ戦いを始めるという時になって、エリーは後ろにいる仲間達に声を掛ける。

「けどよ……」

「私が戦ってる時は、みんなも力を発揮できないでしょ」

 不安げに言う剣士の青年の言葉をエリーが遮る。魔力を用いて戦う彼らもまた、エリーの聖気に魔力を散らされ、本来の力を発揮することが出来ない。それ故のエリーの気遣いであった。

「シャリーよ、其方らも下がっておれ。彼奴の聖気も攻撃も通す気は無いが、魔力を巡らせ備えておれ」

「分かりました。皆さん、後ろへ……」

 アルクラドもシャリーと奇異なる者達アッズの子孫達を後ろへと下がらせる。エリーの攻撃を全て防ぐ自信はあるが万が一ということもある。何より、魔族の血を持つ彼らの命に係わることでは無いが、アルクラドの魔力を近くで感じるのも負担にはなるからである。

 シャリーは山里の住人達と共に後ろへ下がり、いつでも防御が出来る様に魔力を巡らせる。アルクラドが攻撃を通すとも思えないし、聖気による攻撃を防げるとも思わない。しかし万が一に備えて、シャリーは意識を集中させる。

「さて、それじゃあ始めようか」

「うむ」

 互いの仲間が離れていったことを確認して、2人は改めて戦いの構えを取った。互いの距離は20歩ほど、周囲100歩には誰もいない。

「行くよ」

「うむ」

 エリーが先に動いた。

 瞬きの間に距離を詰め、目にも止まらぬ突きを繰り出した。

 アルクラドの胸に吸い込まれる様な突きは、しかし銀の輝きに阻まれる。

 エリーの剣を弾き、上段から剣を振り下ろす。

 身体を僅かに捻り剣を躱し、弾かれた剣を振り下ろす。

 剣を振り上げ、エリーの反撃を迎え撃つ。

 硬く甲高い音が響く。

 アルクラドが剣を振り抜く。

 その勢いに乗り、エリーは後方へと飛び、距離を開ける。

 アルクラドが手元に、巨大な炎を生み出す。大樹を飲み込むほどに巨大で、冷たい山里の空気を一変させたそれが、エリーに向けて放たれた。

 しかし炎は、彼女に近づくにつれて、急激にその大きさを縮めていく。そして彼女に触れる頃には、人を飲み込む程度まで小さくなっていた。

 眼前にまで迫った炎をエリーが剣で切り裂けば、魔法の炎は霧が晴れる様に、跡形もなく消えてしまった。

「やるね、アルクラド」

 瞬く間に行われた激しい攻防の後、エリーが称賛を込めて言う。

「全力を出さねば、稽古にはならぬぞ?」

 対してアルクラドは、何の含みもなく、ただ稽古をつけること、それを果たそうとしていた。

「言うね」

 エリーの笑みが深まる。令嬢然とした愛らしさは鳴りを潜め、武人めいた迫力が溢れ出ていた。

 古の吸血鬼ヴァンパイアと当代随一の聖女。

 2人の戦いが始まったのである。


 山間の窪地に魔力と聖気が吹き荒れ、強大な魔法と目にも止まらぬ剣による、激しい攻防が繰り返されていた。

 火、水、土、風。

 巨大な魔物にさえ致命傷を与える様な、人に向けるには過剰とも言える魔法が、アルクラドの手によって生み出され、エリーに向けて放たれる。

 大地を焦がし、削り、穿ち、切り裂くその魔法は、しかしエリーに近づくにつれ急激に小さくなり、あるものは相手に触れる前に霧散し、あるものは剣のひと振りで消されてしまう。

 エリーはアルクラドの必殺とも言える魔法にも臆すること無く向かい、それらを剣で打ち払い、両者の距離を詰めていく。そして剣の間合いに入ると、目にも止まらぬ刺突や斬撃をアルクラドへと見舞っていく。

 アルクラドはそれらの攻撃を躱し、時には剣で弾き、反撃を繰り出す。

 エリーもアルクラドの攻撃を躱し反撃に打って出るが、普段と勝手が違うからか攻めあぐね、時折後ろへ大きく跳び距離を取っている。

「魔法は意味を為さぬか……」

「凄い魔力だねぇ……」

 そうした攻防が何度か続いた後、アルクラドは無感動に、エリーは僅かな驚きをもってそう言った。

 アルクラドはエリーから強い聖気を感じるものの、ここまで魔法が通じないとは思っていなかった。エリーはアルクラドの強い魔力を感じていたが、これだけの聖気の中でここまで動けるとは思っていなかった。互いが互いの予想を超えていたのである。

 しかしこの2人の戦いぶりに一番驚いているのは、それぞれの仲間達であった。

 シャリーが驚いたのは、エリーの聖気使いとしての力量の高さである。

 たとえアルクラドが全力を出していなかったとしても、その魔法がほとんど効果を為さない程に弱められているのだ。相手を殺さない様に加減をしているとは言え、アルクラドの放つ魔法は充分に強力だ。それを触れずして弱める、または消してしまうなど、想像を超える聖気を有していることになる。

 魔法使いが付け入る隙は、勝つ要素はあるのか。自身はおろか、あの龍殺しでさえ勝てないのではないか。

 そう思わせるには充分なほど、当代随一の聖女の力は凄まじいものであった。

 対して聖女の仲間達も、シャリーと同様に敵であるアルクラドに対して、途轍もない驚きを感じていた。

 聖気はただ在るだけで魔力を散らす。それ故に魔力の使い手は、聖気の使い手との戦いに苦戦を強いられる。そしてエリーの持つ聖気の量は、ただの聖気使いとは比べ物にならないのだ。

 自身の周囲僅かに留まらず、100歩も200歩も先まで影響を及ぼす彼女の聖気は、放たれた魔法どころかその発動でさえ阻害するのである。ただの魔法使いであれば、彼女の前に立つだけで、魔法を放つことさえ出来なくなってしまうのである。

 しかしアルクラドは魔法を発動させるどころか、エリーに迫るほどの魔法を放っているのである。

 また魔法の発動を阻害するということは、魔力の巡りを阻害することであり、魔力強化も阻害されているのである。エリーが近づけば近づくほど、聖気の影響が強くなり、魔力が散らされる度合いも強くなっていく。それ故に彼女を剣の間合いに収めた状態で魔力強化を行うのは、非常に困難なのである。

 加えてエリーは剣士としての腕前も一流であり、更には聖気による肉体強化も行うことが出来る。そんなエリーと互角にやり合うのは、たとえ剣の技術がどれほど優れていようと、不可能なことである。

 しかしアルクラドは互角にやり合うどころか、それ以上の動きでエリーと戦っているのである。

 エリーの前で、まともに魔法を使い、まともに剣で戦う。彼女の仲間にとって、それは初めて見る光景であった。

 魔族を狩る聖女として知られるエリーは、もちろん魔族と戦ったことがある。魔族は魔力の扱いに秀でた種族であるが、そんな彼らであってもエリーの前ではまともに戦うことが出来なかったのだ。

 そんなエリーの前で力を振るうアルクラドの姿を、本当に人間ヒューマスなのか、と思いながら彼らはじっと見つめていた。

 互いの仲間が驚く中にあって、しかし当の本人達はさしたる驚きも感じていなかった。アルクラドに至っては驚きすらしていない。

 エリーは一瞬驚きはしたものの、冷静に相手の力量を見極めようとしている。ただ武人としての血が騒いでいるのか、何合も剣を打ち合わせ未だ倒れない相手へ、獰猛な笑みを浮かべている。

「まだまだこれからだよ、アルクラド?」

「うむ」

 そう言ってエリー更に聖気を漲らせる。アルクラドも魔法に使っていた魔力を、身体や武器の強化の為に回している。2人の戦いは、第2幕へと移ろうとしていた。


 山間の窪地に硬く甲高い音が響く。

 ある程度距離を取りつつ戦っていた先程までと異なり、2人は少しも間合いを空けることなく戦っていた。

 剣を構えて待つアルクラドに、エリーが斬りかかっていく。

 喉と胸を狙った閃きの様な連続突き、棍棒をかち上げる様な切り上げ、斬撃の裏からの打撃。正面から、左右から、時には背後に回り込んで、縦横無尽に剣を振るい攻撃を仕掛けていく。

 充分に魔力強化を行った戦士であっとも対処が困難であろう攻撃を、アルクラドは躱し、いなし、弾いていく。その合間に反撃を繰り出し、しかし相手を斬るには至らない。

 一見エリーが優勢の様だが、互いに傷1つつかないまま戦いは進んでいく。

 息つく間もない攻防の中で、エリーが一際深く身体を沈めた。大地を、足跡が残るほどに強く蹴り、力一杯に剣を振り上げる。渾身の力の籠もった攻撃は、アルクラドの剣を、その身体ごと弾き飛ばした。

 身体が浮き上がり後方へ飛ばされたアルクラドは、無傷で着地をするが、僅かにやりにくそうな表情を見せていた。

 おかしい。

 再びアルクラドに斬りかかるエリーに、そんな思いが浮かんでいた。

 剣を振るう。

 銀の閃き同士が何度もぶつかり、硬く甲高い音を響かせている。

 おかしい。

 アルクラドの剣を見つめ、エリーは訝しげな表情を作る。

「おかしい……」

 ついには怪訝に思う心が、言葉となって漏れ出ていた。

「何が可笑しいと言うのだ?」

 そう問うアルクラドを、エリーは指差す。正確には、彼の手に握られた聖銀の剣を。

「その剣さ。私の攻撃をそれだけ受けて、傷すら付かないなんてあり得ないよ!」

「何故、有り得ぬのだ?」

 驚きを露わにして言うエリーに、アルクラドは首を傾げる。剣が傷付かないことの何があり得ないのか、エリーの言葉の意味が分からないのだ。

「私の剣は、ブラム公国建国以来ずっと大聖堂で聖気を浴びてきた聖銀を使って、聖人の鍛冶師と私が絶えず聖気を籠めながら打ち上げた、聖剣と言ってもいい代物だ。しかもそれを使うのは私だ。それでも折れない剣なんて、あるはずがない」

 ブラム公国建国以来、幾年もの長きに亘り聖気を浴びてきた聖銀は、途轍もない聖気をその内に秘めている。その聖なる銀を用い、希代の聖女と剣を打つ鍛冶師が聖気を籠めながら造り上げた聖銀の剣。それはブラムの国史に残る伝説の聖剣と言っても過言では無い代物であった。

 ただでさえ膨大な聖気を秘める剣を、途轍もない聖気を持つ聖女が振るうのだ。どれだけ魔力で強化されたものであっても、触れた瞬間、あるいはその前から強化は解かれ、いずれは砕かれることになる。

 エリーがあり得ないと言うのも、頷ける話であった。

「その剣は一体何なんだい……?」

「我も識らぬ。とある場所で拾った物を使っておるに過ぎぬ故な」

「拾った、だって……?」

 あることに思い至り恐る恐るといった様子で尋ねるエリーだが、アルクラドの答えに、怪訝そうな様子で言葉を返す。拾った剣が聖剣と打ち合えるなど、信じられるはずもないのである。

「うむ。北国ほっこくの更に北にある、ある遺跡に落ちておった」

 アルクラドの胸に刺さっていたのを男が引き抜き、彼がそれを取り落とした。その文言が抜けているが、嘘ではない。

「遺跡にあった……? まさか本当に失われた聖剣じゃ……でも……」

 エリーの聖剣と打ち合える剣など、それ以上の聖気を内包するもの以外にあり得ない。

 ブラム公国の歴史に残る、伝説の武器でもなければ。

 そのことに思い至ったエリーは、攻撃の手を止め、驚愕した様子でそう呟くのであった。

お読みいただきありがとうございます。

滅茶苦茶強い聖女エリーですが、彼女との決着はもう少し先です。

次はまたちょっとした語りの回になります。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 訂正 「たとえとれほど剣の技術が」は「たとえどれほど剣の技術が」では無いでしょうか? [一言] とても面白く好きな小説です。 これからも頑張ってください。
[気になる点] 聖女若そうだけど今まで魔族と戦う時は相手が弱っていたのにアルクラドは手加減しているかもしれないけど打ち合い出来るほど強いの?
[良い点] 第一話の二人組は本当の秘宝を目の前にしてたんですね。 しかし、聖女様はもしかして正真正銘今までで一番強い相手なのでしょうかね
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