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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第13章
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聖なる者の来襲

 夜が明け、沢から獲ってきたカンクリーと山に生える芋の類いで、アルクラド達は朝の食事を食べていた。冬は特に食べられる物が少なく、カンクリーとこの芋くらいしか無いのだと言う。

 それで構わなければいつまで居ても良いと言うシルドに、彼らに伝わる自身の過去を聞く間は滞在すると、アルクラドは告げた。

 それを聞き、畏れながらもシルド達は喜んだ。

 アルクラドの為したことを本人に伝えるのは妙な気持ちであったが、アルクラドが自身の過去を知る手伝いが出来ることは、彼らにとって非常に喜ばしいことであった。新たな庇護を期待してのことではない。アルクラドの恩に報いることが出来る、先祖の受けた恩を少しでも返すことが出来るからである。

「何からお話致しましょうか……如何なされましたか?」

 朝食を終えシルドが語り出そうとした時、ふとアルクラドが視線を里の出入り口、山の窪地と大平原をつなぐ道へと向けた。

「何者かがここへ向かって来ておる。4人の人族であるな」

「人族が……!?」

 山里の住人達に緊張と恐怖が走る。人魔大戦が始まる前より、この山里を訪れる者は皆無だった。豊かではなくとも平穏な暮らしをしてきた彼らだが、他者への恐怖は未だ拭い切れていなかったのだ。

「この足音と臭いには憶えがある」

「アルクラド様の知ってる人ですか?」

 魔族の隠れ里に人族がやってくるのは、余り良い状況とは言えない。魔族が人族に再び戦を仕掛けようとしている現状を思えばなおさらである。しかしアルクラドが親しくしている者達は話の分かる者が多い。それがアルクラドの力に恐怖してのことであっても、やってくるのが彼らであれば穏便にことを済ますことが出来るだろう、とシャリーは考えたのだ。

「識ってはおるが、1度顔を合わせたのみである」

 返ってきたアルクラドの答えは、やや不安になるものだった。1度しか顔を合わせていない者が、魔族が大勢いるこの状況にあって話を聞いてくれるかどうか。

 アルクラドを除く全員が緊張の面持ちで、大平原へ続く道を見つめていた。

 そうしてどれほどが経ったか、山の陰から4人の人族が姿を現したのである。品のある衣装に身を包んだ少女、剣士の青年、魔法使いらしき女性、そして商人風の男の4人だ。

「あれ~? 何で君達がこんな所にいるんだい?」

 そのうちの1人が驚きの声を上げた。それと同時に途轍もなく大きな聖気が山里を満たす。シルド達が、そしてシャリーが苦しげにその表情を歪める。

 金髪碧眼。フワフワと柔らかく長い髪をなびかせ、くるりと大きな瞳に強い意志を宿した、美しい少女。彼女の驚きはすぐに消え、代わりに貴族の令嬢然とした愛らしい笑みを浮かべた。

 冷たい輝きを放つ抜き身の剣を手に大量の聖気を撒き散らす少女、ブラム公国の聖女エリーがやってきたのだった。


 プルーシ王国の更に西に位置し、イリグック大平原と接するブラム公国。その国で当代随一と噂の聖気の使い手。それが聖女エリーである。アルクラド達は知らぬことであるが、魔族を狩る聖女としても知られた少女であった。

「ドール王国を出たのは私達の方が早かったはずなのに、どうして君達が先にいるんだい?」

 ドール王国に魔物が攻め込んできた際、助太刀に駆け付けた聖女エリー。しかし戦いは既に終わっており、友人であるライカとロザリー、そしてアルクラドと言葉を交わして、彼女はすぐにドールを発っていった。アルクラドがドールを発ったのはその何日も後であり、彼女よりも先に南の地を踏んでいるのはおかしなことだった。空を飛んで移動するなど、誰も考えもしないのだから。

「けど私は聖女としての仕事で時間を取られたし、それほどおかしなことでもないのかな?」

 強力な聖気の使い手として、エリーはブラム公国にて公的な立場にもあり、各国で公務を行っていた為、アルクラド達よりも遅く大平原に着いた。エリーはそう考えて、勝手に納得していた。

「私は、不可侵を破って人族に攻めてきた魔族とそれを纏める魔王を討つ為に魔界へ行く途中だけど、君はここで何をしてるんだい?」

「我はスーデンの町で食した物の正体を識る為である」

 エリーの問いに、山里を訪れた理由を素直に話すアルクラド。魔王討伐と美味の探求と、両者の目的は大きく違っている。

「スーデンで食べた物って?」

「カンクリーなる、虫の様な姿の水辺に棲む生き物である」

 拍子抜けしそうなアルクラドの答えに、しかしエリーは世間話をする様に応じた。

「君は虫を食べるのかい?」

「虫では無い。が、美味であるかに比べれば、虫であるか等、問題になるまい」

「いやいや、大問題だよ」

 ふざける様子なく美味しければ虫でも構わないと言うアルクラドに対し、エリーは大げさな身振りでそれを否定する。気安い友人同士の、冗談めいたやり取りだ。

「それで、そのカンクリーって食べ物は食べられたのかい?」

「うむ、非常に美味であった。其方も食すか? カンクリーはこの近くに棲んでおる故、直ぐに食せるが」

「遠慮しておくよ。それを食べることを否定するつもりは無いけど、少なくとも私は食べたくないね。虫みたいだと言われると、どうしても気にしてしまうからね」

 友人の様なやり取りはなおも続く。アルクラドの提案を、エリーは笑顔で断る。

「食す前から食わぬと言うのは、損ではないか?」

「確かにその通りかも知れないけど、やっぱり抵抗はあるよ。虫なんて普段食べないからね」

「常ならぬ物こそ、食すべきであろう」

「あっはっはっ! ライカ達に聞いてた通り、本当に食べるのが好きなんだね」

 虫でも何でも食べてみろと言う様なアルクラドの言葉に、エリーは大げさに笑って見せる。2人の共通の友人からアルクラドの食狂いについて聞いていたが、話以上のそれだとエリーは思ったのだ。

 そんな2人の様子に、彼女の仲間の3人が、呆れた様な苦い様な表情を見せていた。苦しげなのを悟られまいとしているシャリーも、彼らと同じ様な表情をしていた。

「時にエリーよ。その聖気を抑えよ、この者達が苦しんでおる故な」

 ようやくアルクラドが、エリーの常ならぬ様子について言い及んだ。

 アルクラドは最初から全く気にしていない様であったが、彼女はその身に宿した膨大な聖気を漲らせ、抜き身の剣を手にしてこの山里へやってきたのである。明らかにただ話をしに来ただけの者の様子ではなかった。

「そのつるぎも、直ぐに仕舞うのだ。我は、我に刃を向ける者を生かしては置かぬ故な」

 エリーへの害意を示す様な言葉に、彼女の仲間の表情に険が籠る。しかしエリー自身は屈託のない笑顔を見せた。

「君に危害を加えるつもりはないから、安心してよ。それに聖気だって魔族じゃない君達には関係ないでしょ?」

 聖気を収める様子も、剣を仕舞う素振りも見せずにエリーは言う。

 魔力が命と密接に結びついている魔族は、自身の魔力を散らされるとそれを苦痛と感じてしまう。しかし人族であれば、魔法が使えなかったり違和感を覚える程度で済む。エリーの言葉はアルクラドとシャリーが人族であると思っている故であった。

 しかしこの場で、魔族の血を引かない者は、エリー達4人しかいない。

 力の無い魔族である奇異なる者達アッズの子孫達は露骨に苦しげな表情を見せ、魔族の血が半分流れているシャリーは隠し通せてはいても苦痛を感じている。純粋な魔族であるアルクラドも少なからず聖気の影響を受けているはずだが、その様子は一切感じられなかった。

「剣も聖気も収めるつもりは無いよ。私はここに魔族を、君の後ろにいる化け物共を殺しに来たんだからね」

 エリーは笑顔を消し、冷たい声でそう言った。そして少女が持つには似合わぬ武骨な幅広の剣を、奇異なる者達アッズの子孫達へと向けるのであった。


 山里に満ちていた緊張が極限まで高まる。里の住人達は目に見えて怯え、互いに身を寄せ合っている。

「何故、この者達を殺すと言うのだ?」

「魔族だからだよ」

 アルクラドの問いに返ってきたエリーの答えは、余りにも単純なものだった。

「魔族であると言うだけで殺すのか?」

「そうだよ」

「何故だ?」

「魔族だからさ」

 アルクラドの問いに対し、エリーは間を置かずに淀みなく答える。しかし言葉のやり取りが出来ている様で、実際には会話として成り立ってはいなかった。

「ともかく私の目的は、そいつらを殺すこと。カンクリーを食べるっていう君の目的は果たしたんだから、そこを退いてよ」

「断る」

 語気を強めて言うエリーに、アルクラドは切り捨てる様に言う。

「何故だい? そいつらは君の知り合いってわけでもないだろう?」

「もう知り合うておる。そうで無くとも、この者らを殺させる訳にはいかぬ」

「知り合ったばかりの相手に何故そこまで?」

 今度はエリーが、不思議そうな様子でアルクラドに尋ねる。彼女は知っているのだ、相手が誰であれ魔法使いである以上、聖女である自分には勝てないことを。それ故に謎なのだ、何故聖女を敵に回してまで魔族を庇おうとするのかが。

「我はここでカンクリーを食し、一夜の休息を取った故な」

「何だって……?」

 一宿一飯の恩があるから。そんな風に聞こえたアルクラドの言葉に、エリーは目を丸くする。たったそれだけの理由で、聖女の前に立ちはだかる者がいるなど、彼女は考えもしなかったのだ。

「それだけの理由で……?」

「それだけでは無い。我がこの地に居る間、この者らに害を為す者を払い除ける。我はこの者らにそう言った故、ここを退く訳にはいかぬのだ」

 美味なる食事の礼代わりとして、山里に滞在している間は里の住人を守ると言ったアルクラド。それがあるからこそ、アルクラドはこの場を去るわけにはいかないのだ。

「そんな理由で、魔族とのちっぽけな約束の為に、私と戦うっていうのかい?」

「我は嘘は好まぬ故、言葉は違えぬ」

 エリーは驚きを通り越し、呆れた様な表情をしていた。アルクラドの言葉が、考えが、全くもって理解できなかったのだ

「ねぇ、アルクラド。悪いことは言わないから、そこを退くんだ」

「断る。其方がこの地を去るのだ」

「私は君の為に言ってるんだよ?」

 互いに退けと言う2人。両者は一歩も譲る気はない。

「分からないな……食事の恩がそんなに大きのかい?」

「未知なる美味を味わえたのだ。この者らを守るに値する」

「未知なる美味か……ここで退いてれば、これからもそれを味わえるんだよ」

「退かずともそれは変わるまい」

 穏やかな雰囲気が漂っていた2人の間に、緊張感が走る。正確には、エリーの心の内に、怒りや苛立ちが生まれ始めていた。それに呼応するかの様に、周囲の聖気が荒々しくなっていく。

 決して退こうとしないアルクラドを、強く睨みつけるエリー。鬼気迫る彼女の視線と、圧倒的な聖気の気配に、しかしアルクラドは少しも表情を変えることはない。エリーの目に、更に力が籠る。

「どうあっても退かないつもりかい?」

「先程からそう言っておるであろう」

 最後の警告の様なエリーの言葉。しかしアルクラドは決して首を縦に振らない。

 エリーはアルクラドを睨んだまま、剣の柄を強く握りしめる。

 辺りに漂う戦いの気配が、濃密さを増してきたその時。

 不意に聖気から荒々しさが失せた。

 エリーは肩をすくめ、微笑みを浮かべて首を振っている。

「しょうがないなぁ……」

 そう言って、ため息を吐くのだった。

お読みいただきありがとうございました。

前話の最後でお分かりの方も多かったと思いますが、聖女エリーが再登場です。

不穏な空気が流れていますが、次も会話がメインの話になります。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず無理やりにでもカンクリーを食べていただこう
[一言] 更新いつもお疲れ様です。聖女さますっかり忘れてたので、また読み返してみようと思います。いきなり戦闘に突入するのかな?とも思いましたけど、会話が続くのですね。そこはやはり聖女さまですもんね。次…
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