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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第12章
162/189

南の果てへ

「何と御礼を申し上げれば良いのか。この御恩を決して忘れぬ様、深く記憶に刻み込みます」

 白亜の屋敷の前、美しい侍女姿の女性が、2人の男女へと優雅な礼をしている。それは王宮に仕える侍女に劣らぬもので、正しく遙か昔の王族を迎えてきた礼であった。

 美しく結い上げられた艶めく金糸の髪、小さく微笑みを湛える滑らかな白磁の肌、仄かに紅い光を宿した澄んだ青い水晶の瞳。

 鈴の音の様な澄んだ声音は聞く者の耳をくすぐり、その流れる様な所作は手足の先まで洗練され、しわの無い艶やかな黒の侍女服が躍る様に僅かに揺れている。

 遙か昔に魔族が建てた屋敷を管理する、その主によって造られた自律人形、マキナである。

「構わぬ。情報と食事の礼の様なものである故な」

 深く感謝の念を込めて礼をするマキナに、アルクラドは素っ気なく言う。

 1300年の時の流れは、マキナの血の通わぬ命にも、終わりをもたらそうとしていた。どう足掻いても逃れ得ぬその定めを、ただ待つばかりであったマキナは、しかしアルクラドによって救われたのである。

 魔力を失った魔石に再び魔力を込めるという、不可能だと言われた方法で以て。

 そんな大変なことをやってのけたと言うのに、アルクラド自身にそのつもりはなかった。マキナにとってみても、そして他の誰が見ても、アルクラドの為したことは、昔語りと食事の礼として釣り合うものではなかった。しかしアルクラドにとっては、その程度の認識なのであった。

 アルクラドに構わないと言われたマキナはしばし沈黙した後、再び礼の言葉を継ぐことはなかった。しかし彼女の様子は、感謝の念に堪えないといったものであった。

 その様子を見ながらシャリーは思う。

 この光景だけ見れば、心打たれる素晴らしいものである、と。

 しかしつい先程の光景を思い出すと、素直にそう思うことが出来なかった。

 アルクラドがマキナを救ったことはとても喜ばしいことであり、それに関しては素直にそう思うことが出来るものであった。1000年以上に亘り守ってきた屋敷をこれからも守っていきたい。そんなマキナの願いが叶ったのだから。

 しかしその為の手段が問題であった。

 それを見た時には、余りの驚愕に開いた口が塞がらず、また思い出せば閉口せずにはいられなかった。


 地下深く、遺跡の奥にある屋敷で一夜を明かし、朝の食事を終えた時のこと。

 これからも屋敷を守っていく為に、身体を治して欲しいとマキナは言う。主に与えられた役目を全うしたいと言う彼女の言葉に、アルクラドは頷き答えた。

 その手を彼女の胸に突き刺すという形で。

 アルクラドの白磁の如く真っ白な手が、マキナのひび割れた白磁の肌を貫いたのだ。その余りの行動に驚き、シャリーが声を上げようとしたその瞬間。

 アルクラドの身体から、途轍もない魔力が解き放たれた。

 声をかけようとしたその体勢のまま、息も出来ず凍り付くシャリーの前で、昏く紅い魔力がマキナの身体を包み込んでいく。

 薄絹越しに見る様に、霞むマキナの姿。彼女を包む魔力は次第に濃密さを増し、最後には彼女の姿を隠してしまっていた。

 その魔力が、マキナの胸の中へと流れ込んでいく。

 突き刺したアルクラドの手の先、マキナの胸の中で魔力が極限まで高まっていく。身体を包み込んでいた魔力が失せ、辺りを圧倒していた魔力の気配も消えていく。代わりにひび割れた胸の隙間から、昏くも紅い輝きが漏れ出ていた。

 その光はマキナの身体を包み込み、その光の中、ひび割れた肌が傷1つ無い滑らかな白磁へと戻っていく。

 マキナの身体を包み込んでいた光は、一際大きく輝きを放つと、その後、瞬く間に消えてしまった。

 光の消えたマキナから、アルクラドは手を引き抜く。その胸に開いた穴の奥で、昏くも紅く輝く物があった。

 それがもう1度光ると胸の穴は塞がり、しかし服には修復の魔法が施されていないのか、形の良い稜線が僅かに露わになっていた。

「これは……魔晶石が元に、いえそれ以上に……」

 マキナの身体の中で強い魔力を放つ魔石。元に戻るどころか以前よりも強くなった魔力の流れを感じ、調子の変わらぬ穏やかな声に驚愕の色を滲ませて、マキナは呟く。その声は少しもかすれることも無く、滑る様に言葉を紡いでいた。

「アルクラド様……感謝の言葉も御座いません。これでかつての様に、この屋敷と在る事が出来ます」

「礼は不要だ」

 何かを抱く様に胸に手を当て俯くマキナに、アルクラドはいつもの様に言う。

 その様子を見ていたシャリーは、呆然と開いていた口をゆっくりと閉じた。

 それは一瞬のことだった。

 屋敷の中を、圧倒的な魔力が支配した。かと思えば、それは一所に集まり、こごりて魔石の一部となったのである。

 アルクラドは不可能だと言われたことを見事にやってのけたのであった。

 驚きつつも流石はアルクラド、と思うシャリー。しかしそれと同時に彼女はあることを思っていた。

 いきなり胸に手を突き刺すのはどうなのか、と。

 魔石に魔力を込めるには、直に触れるのがいいのだろうということは分かる。魔石が元に戻れば、マキナの胸に空いた穴も塞がる、ということも分かる。

 だが何の前置きも無いのはどうなのだろうか。

 身体が一瞬で再生しないシャリーには分からないことだった。

 しかしマキナの魔石が元に戻り、彼女の身体も元に戻ったのだから、まずはそのことを喜ぶべきだ。

「マキナさん、良かったですね」

「はい、シャリーさんも有難う御座います」

「いえ、私は何も……」

 礼を言うマキナに、シャリーは小さく首を振る。

 そんなシャリーに、それでも、とマキナは言う。そして片足を引き、もう片方の足を緩く曲げ、流れる様な所作で礼をするのであった。


 元に戻った魔石のおかげで身体を再生させたマキナは、2人に昼食を食べていく様に勧めた。片足がきかない状態では取れなかった食材で、昼食を作ると言うのだ。

 もちろん2人がそれに否やと言うはずもなく、颯爽と屋敷を出て行くマキナを見送り、昼食の完成を待つのであった。

 しばらくして戻ってきたマキナが用意した昼食は、朝に食べた魚と芋、そして平べったいキノコを焼いたものだった。平べったく傘の部分だけのキノコであるが、高所の岩肌に生えているらしく、足が悪いままでは決して取れなかった食材であったと言う。

 身も薄く色も黒っぽい為、余り美味しそうに感じなかったが、それから漂ってくる香りが殊の外、素晴らしかった。

 程よく焼けたキノコの香ばしさの中に、熟れた果実が放つ酒精に似た甘く芳醇な香りがあり、キノコのものとは思えぬ芳しさが、食堂中を満たしていた。

 噛めばコリコリとした食感が心地よく、噛むほどに強い旨味が溢れ出してくる。その強さは魚の旨味を消してしまうかと思えたが、キノコの味が魚の旨味を高めており、単体で食べるよりも深い味わいを楽しむことが出来た。

 朝食で2人の健啖ぶりを見ていたマキナは魚と芋の数を倍に増やしていたが、美味しさが増したことで、アルクラド達は朝と変わらぬ速度で料理を平らげてしまうのだった。

 そして昼食が終わると、そろそろ地上へ戻ると言って、アルクラドは立ち上がった。

 いくらでも居てもらって良いと言うマキナだが、引き止めることはせず、2人を玄関まで先導した。そして最後の別れへと至ったのである。

「それではお帰りの道中お気を付け下さい。広場の門番はともかく、通路の罠は行き帰りに関係なく作動しますので」

 屋敷を発つアルクラド達に、何とも気の重くなることを言うマキナ。ドクトルもあえて、罠を解除する仕組みを作らなかったのだと言う。

 自慢の蒐集品が罠で壊れたらどうするのか、自分が外に出る時はどうするのか、やはり誰にも蒐集品を渡す気はなかったのではないか。

 そんな思いが、改めて浮かんでくる。

「うむ」

 アルクラドなら新しく覚えた刻印魔法で罠を無効化できるかとシャリーは思ったが、彼はマキナの言葉に頷いている。どうやら罠だらけの通路をそのまま進むつもりである様だった。

 アルクラドにとってみればどれも大した罠では無かったが、他の者からすれば全てが必殺の、凶悪な罠なのだ。

 またあの通路を行かねばならない。

 再び苦難が待ち受けていることを確信し、シャリーは項垂れるのであった。

「アルクラド様、シャリーさん。また何れこの屋敷へいらして下さい。主様共々、お2人を再びお招き出来る事を、心待ちにしております」

「うむ」

「はい、またお会いしましょう」

 最後の別れを交わす3人。

 マキナの礼に見送られ、アルクラドとシャリーは屋敷を背に歩き出した。

 振り返ることなく歩き続けるアルクラドと、時折後ろを振り返るシャリー。そんな2人の姿を、マキナは見えなくなるまで、見届けるのであった。


 アルクラドとシャリーが遺跡を出た翌日。

 依頼の報告の為に、2人はプルーシのギルド長補佐ラインの元を訪れていた。

「それで、遺跡の一番奥に到達した、というのは本当なのかな?」

 部下から予め報告を受けていたラインは、期待を隠せぬといった様子でアルクラド達に尋ねた。

「我は嘘を好まぬ」

「それで中の様子はどうなっていたんだい?」

 いつもの様に答えるアルクラドに、ラインは待ちきれぬ様子で先を促す。

 アルクラドは入り口の扉から、順に遺跡のことを語っていく。

 入り口に設けられた扉の仕組みと、開く為の条件。最奥に至るまでの通路に仕掛けられた罠の種類と、その設置場所。最奥に眠る屋敷と、それを建てた魔族のこと。そしてその屋敷に収められた蒐集品の数々と、屋敷を守る自律人形のこと。

 その話を聞きながら、ラインは何度も表情を変えていた。

 扉の開け方が分かったと知れば顔を綻ばせ、遺跡に仕掛けられた数々の罠に顔を曇らせ、屋敷に眠る品々の凄まじさに目を輝かせていた。

「魔族の血を引いた者が扉を開けることが出来る。このことに間違いは無いんだね?」

 色々と聞きたいことがあったが、まずは遺跡の中に入る方法を確かめなければならない。そうラインは考えた。

「うむ。屋敷を管理する者の言葉である。加えて遺跡の主の記した書物にもそうあった故、間違いは無いであろう」

「扉を開けることが出来たということは、君達にも魔族の血が……?」

「扉が開いたのだ。我らにはその血が流れておるのだろう」

 そうだと頷くアルクラドの言葉に、ラインは難しい顔をした。

 扉の開け方が分かったのは喜ばしい。しかし魔族の血を引く者が開けられる、というのには少なからず問題があった。

 人族と魔族の間には、今も大きな溝が横たわっている。ライン自身はそれほど気にしないが、もし扉を開ける条件が一般に知られてしまえば、扉を開けた者達が酷い扱いを受けるかも知れない。また大きな混乱が起きる可能性も、無いとは言い切れなかった。

 条件を隠したまま人を集めることも出来るが、確実に隠し通せる保証はどこにも無い。その為、大々的に人を集めるのは躊躇われた。しかし凶悪な罠を乗り越え、遺跡の最奥に辿り着くには数がいる。

「アルクラド君、扉を壊してもらえないかな?」

 遺跡が宝を守る為のものだと分かった以上、優先すべきは最奥に眠る宝である。その扉を壊してしまえば、誰でも遺跡の中に入ることが出来る。そうすれば魔族の血を引く者を集めずとも、国を挙げて遺跡の攻略を進めることが出来る。

「断る。遺跡の主の遺志に反する故な」

 だがアルクラドは首を振る。

「ギルドの依頼であったとしてもかい?」

「無論だ。扉を開き、苦難の道を越えた者が、宝を得る。あれはそう言う場所である故な」

 遺跡には、ドクトルの定めた決まりがある。定められた決まりがあるのなら、それに従うべき。そう考えるが故に、アルクラドはラインの頼みを承諾しなかった。

「では、扉を開けた者達を、その屋敷まで先導してくれないか?」

 扉の破壊が駄目ならばと、遺跡を行く者達が罠の餌食にならない様に先導を頼むライン。

「断る。それも遺跡の主の遺志に反する故な」

 しかしアルクラドは首を縦に振らない。ただ導かれたのでは、苦難を乗り越えたとは言わないからだ。

「……では、君が得た書物を譲ってくれないか?」

 他者の遺跡攻略に一切手を貸す気の無いアルクラドに、ラインは閉口するが、努めて冷静に言葉を続ける。遺跡を造った者の魔法を理解すれば、遺跡攻略への道が開けるかも知れない、と考えたのだ。

「それは出来ぬ」

「出来ない……? 何故だい?」

 先程までと異なる答えに、ラインは首を傾げる。

「あの書物は全て目を通した故、屋敷へ置いて来た」

「……は?」

 目を丸くして驚くラインは、開いた口が塞がらなかった。

「今、何て……?」

「全て目を通した故、あの書物は置いて来た、と言ったのだ」

 ラインは信じられない気持ちだった。何故置いてきたのだ、仮にも冒険者なら金目の物は持ち帰れ、と叫びそうになるのを必死に抑えていた。

「……もう1度、罠のことを詳しく教えてくれないかい? 少しでも命を落とす者を減らしたいからね」

「うむ、それであれば構わぬ」

 ラインは、アルクラドに遺跡攻略の協力を求めるのは諦め、もう1度罠について詳しく聞くことにするのであった。

 そうして一通りの報告を終えると、アルクラド達は報酬を受け取り、部屋を後にした。

 報酬の額は、大金貨1枚。大金ではあるが、プルーシ建国以来、誰も分からなかった遺跡の謎を解いた報酬としては、充分ではないかも知れない。しかし今後、遺跡を攻略できるかが分からないことを踏まえれば、妥当な額であると言えなくもなかった。

 アルクラドとしては、そもそも報酬よりも遺跡の中で得られる情報の方が重要だったわけで、報酬の額には少しも文句はなかった。

「魔界の、更に南を目指すんだったね」

 アルクラド達を見送る際、2人の次の目的地を聞いていたラインは、そう問いかけた。

「うむ」

「魔族に何らかの動きあり、って噂もあるし危険だと思うけど、君達には関係ないんだろうね」

 魔族の土地へ行くだけでも危険な上に、近頃は南方で不穏な空気が流れていると噂されている。そんなところへ行って優秀な冒険者が命を落としてしまうのは、ギルドの者としては避けたいことだった。

「うむ、大して危険でもあるまい」

 しかしこうも事も無げに言うアルクラドを見ると、止めても無駄で、そもそもその必要もないのだろうと、自然と思えてしまう。

 ラインは今更ながら、アルクラド達の実力に関する噂に、実感を持ち始めていた。

「何はともあれ、気を付けて。またプルーシに来た時は、今度こそ面倒な依頼をお願いするよ」

 これから大変になるぞ、と憂鬱な気持ちになりつつも、それを表に出さずに2人を見送るライン。

 そんなラインの視線の先で、いざ南の果てへ、とアルクラド達はギルドを後にするのであった。

お読みいただきありがとうございます。

最後は少し駆け足だった様な気もしますが、これで12章は終わりです。

閑話を挟んで、次章に移ります。

魔界が近づき、アルクラドの過去が少し明らかになりました。

次章以降、この辺りを少しずつ掘り下げていくことになると思います。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 3000年分位チャージしましたかね。 有無を言わさぬ即行動に対してのシャーリーの常識的な不満が良い味です。 帰りも罠作動はキツいですね。 ギルドが作る攻略マップにもちゃんと書かれるかどうか…
[一言] 新しいお仲魔が~と思ったのですが…
[一言] 12章お疲れ様でした。アルクラド様らしい終わり方でしたね。 これから過去がわかっていくのかもしれないですけど、きっと大事な約束として封印されたのかな、その時記憶が無くなるかもしれなくても、構…
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