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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第12章
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遺跡の魔法と自律人形

 1000年以上前の魔法使いが独自に研究していた魔法。それを駆使して造り上げられた自律人形を、昨日その魔法について学んだばかりにもかかわらず、治すことが出来ると言うアルクラド。

「アルクラド様、本当ですか!?」

「我は嘘は好まぬ」

 アルクラドなら出来るだろうと思っていたシャリーだが、いざ出来ると言われると問わずにはいられなかった

「ドクトルは自身の魔法を『刻印魔法』と名付けておる。物に呪文を刻んで発動させる魔法の類である」

 刻印魔法という言葉は初めて聞くが、魔法の内容そのものはシャリーも知ったものであった。遺跡に入った時に思った様に、簡易的なものであれば使える者も多い魔法で、特別なものでもない。だが、ドクトルの編み出した刻印魔法には、広く知られるその魔法とは決定的に違う要素があった。

「どの様な呪文を刻めば魔法を長く維持出来るのか。ドクトルはそれを深く追求しておった様だ」

 木片に火の魔法の呪文を刻んだ場合、そこに魔力が込められると火が生み出される。そして込められた魔力が無くなるか、木が燃え尽きてしまえば火は消える。呪文が刻まれたものが石で燃えることがなくとも、魔力が無くなれば火は消えてしまう。たとえ呪文が刻まれたものが永く残ろうとも、魔力を込める者がいなければ魔法は発動しないのである。

 しかしドクトルの魔法は、その点を解消したと言う。

「周囲から魔力を取り込む呪文を刻む事で、魔法を長く維持させておる様だ。故に1度魔法を発動させれば、魔力を込める者が居らずとも魔法は維持される。遺跡が魔力を帯びておったのも、その為であるな」

 ドクトルが遺跡に施していたのは、建材の状態を保持する魔法と、罠を作動させる魔法、そして周囲から取り込んだ魔力でその2つを維持する魔法であった。

 ドクトルがそれらの魔法を発動させたのは、彼がこの世を去る前。それから1000年以上に亘り魔法は維持され、今もまだその効果を正しく発揮していた。

 そんなドクトルの編み出した刻印魔法を、簡単なものの様に言うアルクラド。しかしそれは決して簡単なものではない。

 どうすれば周囲から魔力を取り込むことが出来るのか。このことを理解することが、そもそも非常に難しい。そして理解できなければ呪文を唱えることが出来ず、呪文が無ければ刻むことが出来ない。

 その様な、ほとんどの者が理解しえないものを呪文として刻むだけでも大変だというのに、取り込んだ魔力を魔法の維持に充てる呪文も刻むのだ。魔法というものを深く理解していなければ、出来ない芸当であろう。

「マキナに施されたものはそれよりも複雑ではあるが、再現は可能であろう」

 マキナに施された魔法についても、研究を纏めた書物に記されていた。しかしマキナはただ動けばいいというものではなく、人と同じ様に動き、話し、また周囲の状況に応じて行動することが求められる。その為、遺跡のものと比べ、非常に複雑な魔法が施されていた。

 だがアルクラドはそんな魔法でさえ、使えるだろうと事も無げに言う。魔法というものにおいて、アルクラドに不可能は無いのかも知れない。

「お気持ちハ非常に有難いのデスガ、それハ不可能デス」

 マキナを治すことが可能だと言うアルクラドに表情を明るくするシャリーだが、マキナは緩く首を振る。自分の身体が治るということを、彼女自身が否定したのである。

「マキナさん、どういうことですか? アルクラド様ならきっと……」

 穏やかな声音で言いながら首を振るマキナに、アルクラドならば治せる、とシャリーは戸惑いながらも言う。アルクラドが可能と言ったならば、それは確かに可能なのである。しかしマキナはなおも首を振る。

「アルクラド様ガ主様の魔法ヲお使いにナル事に疑いハありまセン。主様ガ敵わナイと仰られた御方デスから」

 ですが、とマキナは続ける。

「主様ニ施して頂いた魔法ハ、今モ正しく維持されていマス。問題ハ、先程も申しマシタ通り、魔晶石の魔力ガ失われてイル事なのデス」

「魔石はもう、ないんですか……?」

 あっと声を上げたシャリーは、慌ててそう言葉を繋いだ。ドクトルの刻印魔法をアルクラドが使える事に喜んでいたが、本当の問題は別にあったのだ。

 魔力が結晶となったものと言われる魔石だが、魔力がどのようにして結晶となるのかは分かっていない。加えて豊富にあるわけではなく、とても希少なものでもある。

「主様ガ亡くなられる前ニ修復を行って頂きマシタが、その時ノ魔晶石が最後ノ1つデシタ」

 新たな魔石にアルクラドが魔法を刻み込めば、と考えたシャリーであったが、どうやらその手も使えない様だった。

 マキナの場合、周囲から魔力を取り込むだけでは必要な魔力が全く足りず、どうしても魔石が必要らしかった。またただの魔石ではマキナの核として不充分で、魔石としての高い質が求められるのだと言う。

 そもそも希少な魔石の、更に質の高いもの。用意するのにどれだけ時間がかかるか分からず、マキナを治すことは不可能に思えた。

「魔晶石ガ無ければドウする事も出来まセン」

 既に自らの死を受け入れた様なマキナの言葉に、シャリーは唇を噛んで俯く。が、アルクラドはその様子を不思議そうに見ていた。

「魔晶石の魔力が失われているだけであれば、問題はより簡単ではないか」

「アルクラド様、どういうことですか……?」

 アルクラドの言葉に、シャリーは伏せていた顔を上げて尋ねる。

 魔石の魔力が失われたことの、どこが簡単な問題なのか。

 マキナの核として必要なのは、希少かつ特別な魔石である。マキナを治すにはそれが必要なのだから、問題は簡単どころかどうしようもないものに思えた。

 シャリーは不安の中に僅かな期待を込め、そしてマキナは続く言葉を待ちながら、静かにアルクラドを見つめている。

「再び魔力を込めれば良いだけである故な」

 そんな2人に見つめられながら、アルクラドは事も無げに、そう言うのであった。


 魔晶石に魔力を込めれば良い。

 そう言うアルクラドの言葉に先に答えたのは、マキナであった。

「アルクラド様、それハ不可能デス。ご存知ノ通り、いくら魔力ヲ込めた所で、魔晶石ハそれを留めマセンので」

 マキナは再び首を振り、きっぱりとそう告げた。

 魔石は元に戻せない、魔石とはそういうものであるから。もしそれが可能であるならば、ドクトルは周囲から魔力を取り込む魔法を魔石に施したことだろう。そうすればマキナの身体がボロボロになっていくことはなかったのだから。

 しかしそれが出来ないからこそ、マキナが緩やかに死に向かっていくと分かっていながら、魔石を新しいものに替えることしか出来なかったのである。

「可能だ。これからもこの屋敷が在るならば、管理する者は必要であろう。其方が望むならば魔晶石に魔力を込めよう。其方からは我の情報と食事を得た故な」

 だがアルクラドは、当然の様に可能だと言う。頑なに首を振り不可能だと言うマキナを、不思議そうに見てさえいる。

「たとえアルクラド様デモ、それハ……」

「可能だ」

 可能だと言うアルクラドに、それでもマキナは決して頷こうとしなかった。

 いずれは朽ちるとしても、それは今すぐでは無い。アルクラドが可能だと言っても、魔石が元に戻る確証はどこにも無い。

 下手をすれば残り短い命を、消してしまうかも知れない。主に与えられた命が、呆気なく消えてしまうかも知れない。

 そうなるくらいなら、少しでも長くこの屋敷と共に在りたい。自らの主人の様に、途切れ行く意識の中でこの場所を感じながら眠りに落ちたい。

 そんな思いが、マキナの中にあるのかも知れなかった。

「では選べ。何れここを訪れるであろう者達を迎える時、其方は屋敷の管理者として在るのか、朽ちた人形として在るのかを」

 しかしアルクラドは構うこと無く、マキナに告げる。可能か不可能かではなく、どう在りたいのかの選択を迫る。

「これカラ訪れる者、デスカ……?」

「うむ。我らはギルドの依頼でこの遺跡の調査に来た。故に、遺跡の扉を開く方法、そしてこの屋敷と其方の事を、我はギルドに報告する事になる」

 アルクラドの言葉に、マキナの声と瞳の奥の光が、戸惑うように揺れる。

「これまでは扉を開く方法が不明であった。しかし今後は魔族の血を引く者を集め、数を揃えた上で遺跡に挑む事が出来る。そうなれば、近くここを訪れる者も現れるであろう」

 アルクラドが遺跡の最奥まで辿り着いたと知れば、ギルドはその詳細を徹底的に聞いてくるだろう。そして受けた依頼である以上、アルクラドはそれらを報告し、それを聞けばギルドは遺跡攻略により一層力を入れるだろう。

「ココに人ガ……」

 マキナは僅かに俯き、手を口元へやった。その姿勢のまま微動だにせず、1つの言葉も発しない。

 その様子をアルクラドは静かに、シャリーは緊張の面持ちで見つめている。

「何れ朽ちるハ万物ノ理。なれば私ハこの身体ガ朽ちるマデ、我ガ主様の屋敷ヲ守らねばなりマセン」

 変わらず穏やかな声音で言うマキナだが、澄んだ瞳の奥で決意めいたものが輝いていた。

「然し碌ニ動かぬ身体デただ在るダケでは、主様ヨリ与えられた役目ヲ放棄している事ニ他なりマセン」

 シャリーの表情がほぐれ、パッと明るくなる。

「アルクラド様。私ノ魔晶石に再び魔力を、この身体ニ再び仮初めノ命ヲお与え下サイ」

 魔石に再び魔力を込めるなど出来ないと、マキナはドクトルから聞かされていた。たとえアルクラドであっても出来ない、と彼女は思っていた。

 しかしそんなことは関係ない。

 屋敷と共にただ在るのではなく、屋敷を守っていく。その役目を果たす為に在るのだ、と決めたのだから。

「うむ」

 柔らかな笑みを浮かべるマキナに、アルクラドは頷く。

 見ればいつもはめている黒手袋が消え、マキナにも劣らない白磁の如く白く滑らかな肌が露わになったいる。

 その手袋を外した右手を、アルクラドは何の躊躇いも無く、マキナの胸に突き刺すのだった。

お読みいただきありがとうございます。

アルクラド、一体何を……!?

マキナはちゃんと治るのか、そして彼女と遺跡の今後は……?

過去の事が少し明らかになった12章でしたが、次でお終いとなります。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 出来るというのなら出来るのでしょう。 あとは他に出来る存在がいるのかと、その方法がどうして彼にしか分からないかですかね
[一言] 罠はまだ作動してるんだから、直そうと試みるかどうかにこれから冒険者がやって来ることは関係ないと思うけどなあ。どうして魔力を留めていられるか説明する以外にないと思うけど。
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