表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第12章
160/189

試練の褒美

 絵画や彫像の並ぶ白亜の廊下を、マキナを先頭に歩くアルクラドとシャリー。石床を叩く3つの靴音が、規則的に響いている。

 絵画はかつて実際にあったものなのか、自然の風景や城などが描かれていた。彫像はかつてドクトルと親交のあった諸国の王達なのか、豪奢な衣装に身を包んだ男達の堂々とした立ち姿が表されていた。

「こちらガ主様の宝物庫デス」

 そんな廊下を暫く歩いて着いたのは、人が1人やっと通れる様な小さく簡素な扉の前。その片開きの扉には、簡素な作りには不釣り合いな、頑丈な錠前が取り付けられていた。

「この扉モ錠前にも、特別ナ仕掛けはありまセン。タダ通ってはいけナイ、と示してイルだけデス」

 マキナは腰に提げていた鍵を穴に差し込み、開錠した。特別な仕掛けはないと言いつつ、鍵の回る動きは滑らかだった。魔法的な仕掛けがないだけで、作りが上等なのか日頃からよく手入れされているのだろう。

 扉を開けるとその先は短い通路であり、その奥には白い壁が待ち構えていた。しかしよく見ると壁の中央に手の形をした窪みがあり、僅かな隙間が左右を分ける縦の線を描いていた。

「ココが主様と私ダケが開けられる扉デ、この先ガ主様の宝物庫デス」

 そう言うとマキナは壁の窪みに右手を当てた。壁が僅かに光を放ち、手を当てたところから左右に開き、ヒヤリとした風が流れ込んできた。

 扉が開いても、マキナは壁に手を当てた姿のまま静止していた。がすぐにアルクラド達に向き直り、扉の奥を示した。

「トウゾ、ご自由にご覧下サイ」

 宝物庫は、小さな屋敷が収まってしまいそうなほど大きな、1つの部屋だった。

 線を引いた様に真四角な部屋は広く高く、幾つもの書架の様なものが規則的に並べられている。その高さは天井に届くほどで、どうやって並べたのか、棚は上から下までほとんど全ての箇所が埋まっていた。

「この中カラお好きなモノを、お好きなダケお持ち下サイ」

「好きなだけですか!?」

「ハイ」

 驚くシャリーに、マキナは事も無げに答える。

 自身の造った自律人形に、吝嗇りんしょくのきらいがあると言われたドクトルである。そんな彼だから、たとえ自身の蒐集品を譲るに相応しい人物であっても、1つか2つしか渡さない。シャリーは勝手にそう思い込んでいたのだ。

「主様ハ、一体どれだけの者ガこの試練を乗り越えられるのダロウ、と仰られていマシタ。殆ど誰モ乗り越えられナイのだから、屋敷に到達出来た者ニハ好きなだけくれてヤレ、とも」

 ドクトルは自身の造った罠の群れの恐ろしさを、自覚していた様だった。もしかすると何だかんだと言いつつ、持ち前の吝嗇を発揮し、やはり誰にも渡すつもりはなかったのかも知れない。

「お好きなダケ見て頂いて構いまセン。サァ、どうぞ」

 マキナは扉の傍に移り顔を伏せると、後は2人に委ねた。この中にある物を全て把握しているのはドクトルだけであり、マキナにはアルクラド達が物を選ぶ手助けが出来ないのだ。そしてドクトルからも、手出しをしない様に言いつけられていたのだ。

 そんなマキナをしばし見つめた後、アルクラド達は宝物庫の中へと向き直った。そして無数にある収蔵品を吟味する為に、その中を歩き回るのであった。


 宝物庫の中は、様々な物で埋め尽くされていた。

 革張りの豪華な装丁の本、皮紙を丸めた巻物、文字なのか絵なのか単なる傷なのかが刻まれた石版、一見何の変哲も無いどこにでもありそうな石の礫、など歴史的に価値のありそうなもの。

 魔力を帯びた武器や防具、禍々しい気配を漂わせる装飾品、規則的な紋様の刻まれた杖に、神秘的な佇まいの大きな水晶など、戦いの道具や魔法具としての価値がありそうなもの。

 それらは似た様なもの同士が続けて並べられているかと思えば、全く関連の無さそうなものが隣に並べてあったりする。整然と並ぶ棚とは違いそこに規則性は無く、またあったとしてもドクトルにしか分からないものであった。

 その中で、アルクラドは魔法具などには目もくれず、書物や巻物などを物色している。魔力を用いて行うことであれば何でも出来てしまうアルクラドにとって、魔法具や魔法の武具は持っていても意味がないからだ。

 並べられた書物を流し見る様に棚の前を歩き、時折立ち止まり、手に取って中を確認している。アルクラドの見る本は全て、今の言葉とは違う文字で記されていた。しかしその文字の連なりをアルクラドの目は確かに追っていた。

 そうして冒頭だけを読み棚に戻し、また新たな書物を手に取る。これを繰り返している。

 対してシャリーは魔法具などの置かれた棚を中心に眺めている。

 初めはアルクラドの後について書物の棚を見ていたが、それらの文字が全く読めなかったのだ。中には文字かどうかも判別できないものもあり、早々に魔法具の棚へと移ったのであった。

 そうして魔法具の類いを見るシャリーだが、なかなかもらっていこうと思うものが見つからなかった。魔法の武具の類は、そもそも近接戦闘を得意としないシャリーには無用の長物。また魔法の杖の類はエルフの英雄の杖に敵わず、そもそも母の形見を手放すつもりはない。魔力を帯びた装飾品もその用途が分からず、そもそもそれらが放つ禍々しい気配の為に使う気にはなれない。

 その為シャリーは、収蔵品から伝わる気配を頼りに、難しい顔をしながら棚の間を歩き回るのであった。

 そうしてしばらく宝物庫を歩き回った2人は、各々が欲しいと思う物を手に持って、マキナの元へ戻ってきた。

「オヤ。お2人共、お1つデ宜しいのデスカ?」

 アルクラドもシャリーも、手にしているのは1つのものだけだった。

 アルクラドが持つのは革張りの書物で、しかし他の書物の様な豪華な装丁はなされていなかった。革張りというだけで充分に高価ではあるが、他の書物と比べれば作りは簡素で、しかし僅かながらに魔力を帯びていた。

 シャリーが持つのは1本の小枝で、手のひらに収まる小さな枝の先には1枚の小さな葉が付いていた。驚くべきことに、それは小枝を模して作られた物ではなく、生木であった。幹から切り離され1000年以上経っているというのに、葉は枯れず青々しく、枝はしなやかであった。そしてその驚くべき生命力に加え、この小枝には強い精霊の力が宿っているのであった。

「アルクラド様、それは何の本なんですか?」

「ドクトルが自らの研究を記した書物だ。遺跡に施されている魔法についても書かれておる。其方のそれは、精霊の宿る木であるか?」

「精霊が宿っているわけではないんですが、その力が残されているというか……」

 その気になればどの様な魔法でも使えてしまえるアルクラドであるが、ドクトルの研究していた内容には興味を引かれたのか、その成果をまとめた書物を選んでいた。

 対してシャリーは、自分が選んだ物が何であるかよく分かってはいなかったが、エルフと関わりの深い精霊の力に引かれ、葉の付いた小枝を選んだのであった。

「マタ中をご覧になりたケレバ、私ニお声掛け下サイ。それではモウ随分と夜も更けておりマスので、お部屋ニご案内致しマス」

 この屋敷に着いた時から外は既に真夜中であり、もう4刻もすれば空が白み始める時間であった。マキナは扉に手を差し向け、2人の退出を促した。

 3人が宝物庫を出ると扉はひとりでに閉まり、元の白い壁へと戻った。それを見届けたマキナは簡素な扉に錠を下ろし、2人を先導し寝室へと向かっていった。

「コチラが寝室デス。ドウゾ、ごゆっくりトお休み下サイ」

 そう言ってマキナが案内したのは、天蓋付きのベッドと文机を備えた窓の無い広い寝室だった。1300年、誰も訪れなかったというのに、屋敷全体でも言えることだが、掃除の行き届いた清潔な部屋だった。ベッドの上の寝具も皺なく整えられており、マキナの日頃の手入れがよく分かる様だった。

「お目覚めの頃、簡単デスガお食事ヲご用意致しマス。それデハお休みなさいマセ」

 それぞれの部屋に入っていくアルクラドとシャリーを見届けた後、マキナはそう言って深く腰を折った。

 文机に置かれた光が部屋を優しく照らす中、シャリーは柔らかいベッドに身を委ね、すぐさま眠りに落ちていった。アルクラドは文机に腰掛け、宝物庫から持ち出した書物に目を落とすのだった。


「おはようございマス」

 マキナが控えめに寝室の扉を叩く音で、アルクラドとシャリーは朝の訪れを知った。優しく部屋に響く声と音にゆっくりと目を覚ましたシャリーに対し、アルクラドは昨夜と全く変わらぬ姿勢のままその声を聞いていた。

 マキナに連れられ食堂へ向かうと、既に朝食が用意されていた。

「簡単デハありますガ、食材ハ全て今朝取ったモノです。お口に合うト良いのデスガ」

 食卓に並べられているのは、マキナががこの広場で取った食材を調理したものだと言う。彼女の言う通り、確かに焼いた魚と茹でた芋と野草という簡素な食事であった。しかし出来たての食事からは温かな湯気が立ち上り、焼けた魚の香ばしい香りが漂っている。冒険者が依頼の最中に食べる食事としては充分に贅沢だった。

 取れたてで臭みのない魚は、大ぶりながら柔らかく、身がホロホロと崩れる様。脂も少なく味わいはそれほど強くないが、塩による味付けが繊細な甘味を引き出していた。芋は柔らかくしっとりとしており、大地の養分をたっぷり吸い取っているのか芋とは思えない甘味を持っていた。

 食事の美味しさもあって、アルクラド達は大ぶりの魚2尾と拳大の芋2つをペロリと平らげた。美味しい食事に礼を言った2人は、マキナの淹れた茶を飲みひと息ついている。

「マキナさんは、ドクトルさんが亡くなってからずっとここに?」

 茶を飲みひと息ついたところで、ポットの傍に立つマキナにシャリーが問う。

「ハイ。この屋敷ノ管理、それガ私の役目デスから」

 マキナの答えに、手入れの行き届いた屋敷や寝室の様子が思い出される。もちろんこの食堂にも塵は1つもなく、食器類には曇りすら無い。それはマキナが毎日、屋敷の管理者として手入れをしているからに他ならない。1300年という長い間、主を亡くしても変わらずに。

「独りで、寂しくないですか?」

「私ハ寂しさを感じまセン。タダこの屋敷とココに居る人達の為ニ在るだけ。コノ屋敷がある限りハ……」

 ただ在るだけと言うマキナの声音は、変わらず穏やかなもの。しかしその奥に、何か揺らぐものを感じるのは、気のせいではない様に思えた。

「その……マキナさんは、身体を治せないんですか?」

 そんな彼女の動かない片足やひび割れた肌を見ながら、シャリーが躊躇いがちに尋ねる。

 出会った時から気にはなっていたが、屋敷の中にいる分にはそれほど不自由はしないのか、と触れずにいた。しかし今更ながら、彼女がこれからもこの姿で時を過ごしていく、そのことに思い至ったのである。

「私ニモ身体の修復ノ魔法は施されていマス。本来でアレバ、手足が砕けテモ治す事が出来マス」

 シャリーが尋ねたのは、遺跡の動く石像や鋼の巨人の様に、マキナの身体も再生するのではと思ったからだ。その問いに、マキナは本来ならば、と答えた。

「生き物ノ心の臓ニ代わり、魔晶石がコノ仮初めの命ヲ司っていマス。デスガ、長い時が過ぎ、ソレが役目を終えようとしているノデス」

 魔晶石。今では魔石と呼ばれる、魔力が結晶となったと言われるもの。それが内に込めていた魔力を、使い果たそうとしている、とマキナは言う。

「コノ身体を動かす事ニ精一杯で、他ニ回す魔力が残されていナイのです」

 マキナの創造主は1000年以上も前にこの世を去り、彼女の身体を治し再び魔法を施せる者はもう居ない。永遠のものなど無く、血の巡らぬ彼女の命にも終わりが近づいていたのだ。

「そうだったんですね、ごめんなさい」

「構いマセン、何れ朽ちるハ万物ノ理デスので」

 聞いてはいけないことだったと目を伏せるシャリーだが、ふとアルクラドが宝物庫から持ち出した書物に思い至り、視線を向けた。

 アルクラドが手にした書物は遺跡の魔法について書かれている、とアルクラドは言っていた。もしマキナの魔法も遺跡のものと同種であれば、研究を纏めた書物に書かれているのではないか。もしそうであれば、マキナを治すことが出来るのではないか。

「アルクラド様……マキナさんのこと、何とか出来ないでしょうか?」

 アルクラドならもしや、とシャリーは思う。

 途轍もなく膨大な魔力を、極めて精緻に操るアルクラドなら、よく分からない遺跡の魔法でも、それについて記された書物を読めば何とか出来るのではないか。

「恐らくは可能であろう」

 そう考えたシャリーの問いに、アルクラドは事も無げに答えた。

 余りに呆気なく返ってきた答えに、アルクラドなら出来ると思ってはいても、出来てしまうのかと呆然とせずにはいられなかった。

 その2人の様子を静かに見つめるマキナ。

 その眼窩に納まった水晶の瞳の奥で、光が僅かに揺らめくのであった。

お読みいただきありがとうございます。

今後の旅に役立つか分からない物を選んだ2人、どこかの伏線にはなるかも知れません。

マキナを治せると豪語するアルクラド、彼女の身体は治るのか?

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~~~『骨董魔族の放浪記~蘇った吸血鬼、自由気ままに旅に出る』~~~ ~~~「kadokawa ドラゴンノベルス」様より好評発売中です!!~~~
表紙絵
皆さま、ぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 魔力の枯渇が寿命と割り切っている存在はそれを伸ばしたいものでしょうか。 ただ、自身が居続けたいことより、この遺跡を守り続けたいということはあるかもしれませんね [気になる点] アルクラド達…
[一言] アルクラドが魔力を注ぎ過ぎて、主従関係が変わってしまうのかな。 仲間に成りたそうな目をしているから連れて行って欲しい。 マキナがいれば食事に困らなそう。
[一言] 頼む。治してやってほしい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ