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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第2章
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盗賊の襲撃

 護衛依頼4日目、一行は予定通り明け鐘と共にソミュールの町を出発した。

 ウノー達が遅れるかと思われたが、グレイとマーシルが部屋に入り込み彼らを叩き起こしたため、定刻通りに町を発つことができた。

 また前日に酔いつぶれたライカとロザリーだが、酒が残るようなことはなくいつも通りに起きることができた。しかしその時の気持ち悪さを覚えていたのか、しばらく酒は飲みたくない、とこぼしていた。

 往路と同様、道中は平和そのものだった。天気もよく順調に進み、太陽が空の頂点に昇った頃に昼の休憩を取った。予定通りに出発できたため、フィサンへの到着は、翌日の閉門には間に合いそうであった。

 そんな様子で昼休憩を終え再び出発してしばらく経った時、先頭の馬車が急に止まった。どうした、と皆が馬車の前を見れば、街道を横切るように何本もの丸太が転がされていた。

「敵襲だ! 備えろ!」

 グレイの怒鳴り声が響く。馬車を1ヶ所に集め、その周りを囲って守る。

 馬車を守る陣形が整ったところで、丸太を置いた犯人達が姿を現した。

 ボロボロの薄汚い服や防具を身につけ、ろくに手入れもされていない武器を構えた、無精髭の男達。盗賊である。

「荷物に有り金、馬車ごと全部置いてきな! 大人しくしてりゃ痛い目見ないで済むぜ」

「おっ、女もいるじゃねぇか!」

「年増だろ?」

「いや、若い娘もいるぜ!」

「こっち来いよ! 俺達が可愛がってやるぜ!」

 セイルの商隊を囲む盗賊達。口々にわめきながら、距離を詰めてくる。その数は30を超え、ライカ達護衛の3倍以上の数がいる。体つきもしっかりとしており、食い詰め者がヤケになったにわか盗賊ではなく、略奪を生業としている本物の盗賊達であった。

「くそっ! こんな数の盗賊が出るなんて聞いてないぞ!」

 剣を構えたウノーが声を震わせながら叫んだ。

 通常、これだけの規模の盗賊団が目撃されれば、町でもっと注意喚起がなされ、ギルドにも盗賊討伐の依頼が張り出される。それがなかったのだから、出てくる盗賊など、食い詰め者のにわか盗賊だと高をくくっていたのだ。

「おい、どうするんだ? この人数差だ。勝てるかどうかも分からねぇぞ」

 マーシルも剣を抜きながら、グレイに尋ねる。弱気な発言の割に、彼は戦う気満々だ。盗賊に屈すれば妻を奪い去られてしまうのだから、降参という選択肢は初めからない。

 グレイも難しい顔をしている。盗賊の数が同じか少し多いくらいなら充分に対応出来た。しかし3倍の人数差はかなり厳しい。それだけ数の暴力は強力なのだ。

「おい、あの全身黒い奴、人形みてぇな顔してるな」

「男か……? どっちの娼館に持っていっても、かなりの値段になるぜ、ありゃあ」

「あっちのガキもそこそこの値が付くんじゃねぇか?」

「今日の収獲は上々だな!」

 盗賊達は、獲物が動かないのを怖じ気づいたと決めつけ、その品定めをしていた。当初は女性であるレイン、ソシエ、ロザリーをさらうつもりでいたが、その中にライカとアルクラドも追加されたのだ。既に彼らの頭の中では、ライカ達を売りつける算段が描かれており、まだ手にしてもいない金を思って嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 積荷を全て強奪されれば命は助かっても今後の生活は非常に厳しいものとなる。更に言えば盗賊が約束通り見逃してくれるかどうかも怪しい。

 セイルは既に覚悟を決めた表情をしていたが、グレイは決断出来ずにいた。命の危機を感じる焦燥感の中、誰もが動けずにいた。

「此奴らは殺しても構わぬのだったな」

 そんな中ポツリ、とアルクラドが呟いた。

 誰に尋ねるでもない呟きに皆がアルクラドに目をやれば、いつの間にか手には銀色に煌めく細剣が握られていた。羽虫を払うかの様に腕を振るう。

 ゴトッゴトッゴトッ……

 何かが落ちる音。

 アルクラドの前に立っていた盗賊5人、彼らの頭がその股下に落ちていた。

 一閃。

 誰の目にも留まらなかった銀の閃きが、5人の命をいとも簡単に奪い去った。

 目の前の光景に理解が追いつかず、誰も言葉を発しない。

「む……もしや拙かったのか?」

 誰も何も応えないことに不安を覚えたのか、少し自信のなさそうな声音になる。しかし眉1つ動かさず剣を翻し、再び一閃。駄目かと聞きながら、もう3人の胴を両断した。

「「「ぎぃゃぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」」」

 断面からおびただしい量の血を流しながらも即死には至らず、地獄の苦しみに断末魔の叫びを上げる。しかしすぐさま力尽き、血反吐を吐きながら死に絶えていった。

「て、てめぇ、よくも!」

「囲め! 殺せ!」

 仲間の3分の1近くが殺された事実をようやく理解し、盗賊達が怒りの声を上げる。アルクラドが脅威だとは認識しつつも、その本当の実力は理解できていないのか、彼の周りに群がってくる。

「グレイよ、殺して構わぬのであろう?」

 怒り心頭の盗賊に囲まれてもアルクラドはどこ吹く風。そんなことよりも人を殺し何らかの問題にならないか、とそのことだけが心配であった。

「あ、あぁ……全く問題ねぇ……」

 目の前の出来事に理解が追いつかず、グレイはそう返すだけで精一杯だった。そのグレイの言葉にアルクラドは一安心。胸をなで下ろす。

 一閃。

 新たに4人、両脚を切り落とされ、絶叫と共に地面に這いつくばる。

「ど、どうなってやがる!?」

「なんで攻撃が届くんだ!?」

 今になってようやくアルクラドの異常さに気付いた盗賊達。彼は1歩も動いていないというのに、ただ剣を振るうだけで首が、胴が、脚が切り飛ばされる。剣の間合いから10歩も20歩も離れているのに。

 その理由は魔力による『武器強化』の応用技術。

 武器を魔力で覆うことにより、その切れ味や強度を増すことが出来る。その応用で、武器を覆った魔力の形を変え、刀身を伸ばしているのだ。つまり魔力で作った刃で敵を切り裂いているのだ。

 アルクラドは大した労力も感じず使っているが、かなり高度な技術である。その証拠に、この場にいる人間は彼が何をしているのか全く分からなかった。

「おいっ、今のうちだ!」

 皆がアルクラドに呆気にとられている中、マーシルがいち早く正気を取り戻した。仲間に呼びかけ、盗賊に襲いかかる。

 両手持ちの大剣を斜めに振り下ろす。

 それに気付いた盗賊は慌てて武器で防御するが、マーシルの筋肉に武器の重さが加わった攻撃は、生半可な防御では防げない。大剣の圧倒的な威力に盗賊は防御の上から叩き切られ、そのまま絶命した。

 ジキルも盗賊に襲いかかる。彼の巧みな剣技は盗賊に防御すら許さず、剣の隙間を縫って悉く致命傷を与えていった。

 レインとソシエは、いつでも2人を支援できる様、弓を構え、魔力を溜めて、鋭い視線で敵を睨みつけていた。

 この段になってようやくウノー達も身体の動きを取り戻した。アルクラドが3分の1以上を殺し、まだ彼の周りに10人近くの盗賊が集まっている。マーシル達も5~6人を切り伏せ、ウノー達の近くには混乱に陥った盗賊が5人だけ。

 剣士のウノーと槍使いのトーレスが走り出し、一番近くの盗賊に襲いかかる。盗賊は防御をする間もなく、首を切られ、胸を突かれて絶命した。

 これで3対3となりいつもの調子を取り戻したウノー達。すぐにでも上級に上がると豪語するだけはあり、危なげなく盗賊達を倒していった。

 気が付けば、盗賊達の数は9人まで減ってしまっていた。


 盗賊の頭は、一体何が起きているのか分からなかった。

 瞬く間に5人の首が落ちた。

 次の瞬間には、3人が身体を上下に両断され、絶叫と共に絶命した。

 少し時間をおいて、またしても一瞬で4人の脚が切り飛ばされ、弱々しくはあるが今も苦しみに喘いでいる。

 そして気が付けば、他の冒険者も気力を取り戻し、次々と仲間を倒していっている。もう自分と8人の手下しか残っていない。3倍以上あった数の有利が、この短時間で逆転してしまった。

 盗賊達は決して弱くはなかった。しかし魔物達との戦いになれた冒険者を1対1で倒せるほどの実力は持っていなかった。それを数の力で補っていたのだが、それももう叶わない。絶体絶命であった。

「た、たすけてくれ……」

「何でもする! 命だけはっ……」

 アルクラドの異常性に気が付いた盗賊達は、武器を地面に向け後ずさりながら命乞いをする。中には膝をつきアルクラドを崇めるようにして嘆願する者もいる。

 その様子を見てアルクラドは剣を下ろす。彼らから戦う意志が感じられず、これ以上の戦いは無意味だろうと判断したからだ。

「此奴らにもう戦う意志はあるまい。どうするのだ?」

 盗賊達に背を向け、護衛のリーダーであるグレイに尋ねる。盗賊が出た場合、殺しても構わないと聞いた。実際に殺して良いとも言われた。しかし盗賊が降参した場合、どうすべきなのかをアルクラドは知らなかった。

「武器を捨てさせて拘束する。町でギルドに引き渡せばある程度報奨金も……」

「危ねぇ! アルクラド!」

 グレイの言葉をライカの怒声が遮った。

 盗賊の頭が、腰だめに剣を構え、アルクラドの背中目がけて突進していた。

 アルクラドはライカの声に反応し振り返るが、間に合わない。振り向いたアルクラドの腹に、盗賊の剣が突き刺さった。真っ黒な外套から鈍い輝きが突きだした。

「アルクラド~!!」

「いやぁ~!」

 ライカとロザリーの悲鳴が重なる。2人は慌ててアルクラドの下へ駆け寄る。

「騙し討ちか……力無き者であれば仕方あるまい」

 平然としたアルクラドの声が返ってきた。

 彼は盗賊から剣を奪い取り、無造作に投げ捨てる。

 カラン、と音を立て地面に落ちた剣は相変わらずの鈍色。そこに血の汚れは一切付いていなかった。

「アルクラド、無事なのか!?」

「お腹、大丈夫ですか?」

 心配そうにアルクラドを見上げるう2人に、彼は緩く微笑みかける。

「我が、あの様な鈍間に刺されるわけがなかろう。衣が破れたに過ぎぬ」

 服に開いた穴を見せるアルクラド。確かにそこに血が滲むということはなかった。仲間に怪我がなくホッと安堵の息を漏らすライカとロザリー。

「ば、ばかな……!」

 一方、盗賊の頭は信じられない様子でアルクラドを見つめていた。彼の視線は、自分の手とアルクラドとを何度も行き来している。

 手に残る感触。

 それは何度も経験した、最近では愉悦さえ覚えるようになった馴染みの感触。

 それを感じた瞬間、彼は密かに唇を歪め笑っていた。

 った! と

 しかしどうだ。

 刺した相手は血の一滴も流さず、ピンピンしている。そんな人間がいるはずがない。

「化け物……!」

 そう呟き盗賊の頭は腰を落とす。

「さて、貴様らに降伏の意志はない様だ。望み通り戦いの果てに逝くが良い」

 アルクラドは再び聖銀の剣を構え、盗賊達を見据える。

 アルクラドの身体から殺気が溢れ出す。

 まるで突風が吹き荒れたかの様に、皆が腕で顔を覆った。アルクラドの殺気を、物理的な圧力があるかの様に身体が感じてしまったのだ。

 風は凪ぎ、虫はおろか草木さえも、怯えて声を押し殺している。ライカ達も息をするのがやっとだった。

 殺気の余波だけでそれなのだから、直接殺気を向けられた盗賊達は、それだけでは済まなかった。

 鎖で縛られたかの様に身体は動かず、真綿で絞められたかの様に息苦しい。余りの恐怖に臭気漂う水溜まりを作り、泡を吹き白目をむき、それでも辛うじて意識を保っていた。

「た、たすけ、て……」

「死、にたく、ねぇ……」

 この期に及んで盗賊達は命乞いを止めない。もう赦されないのだと身体が理解しても、糞尿にまみれ尊厳をなくしても、一縷の望みに賭け必死に嘆願する。

「見苦しい。せめて最期は戦士たれと思うたが、元より賤しい盗人ぬすびとか……」

 つまらなさそうに鼻を鳴らし、アルクラドは盗賊達に手を向ける。

 地面から土が浮き上がり、分かれ、固まり、形を作る。腕ほどの大きさの石の杭が9本、アルクラドの前に浮き上がる。

 彼は何処をとも見るでもなく視線を逸らし、払うように腕を振るう。

 9本の杭が盗賊達の胸の真ん中に吸い込まれた。

「あ゛か゛ぁ゛ぁ゛……!」

「う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……」

「い゛あ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」

 胸からおびただしい量の血を溢れさせ、苦しみに喘ぐ盗賊達。その瞳から光が消えるのに、長くはかからなかった。

お読みいただきありがとうございます。

アルクラドがちょっぴり力を出しました。

全力を書くのは随分先になりそうですが、小出しにしていきます。

次回もよろしくお願いします。

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