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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第12章
159/189

吸血鬼の王

 遥か昔の記憶を辿るマキナは、ほんの少しの沈黙の後、伏せていた顔をアルクラド達の方へと向けた。

「主様ガ、未だコノ屋敷を建てられる前ノ事デス。未だ若く活動的デあった主様は、遺物ノ蒐集の為に様々な土地へト出向かれていマシタ。そうした中デ南方へと赴いた時、アルクラド様ニお会いシタ、そう聞かされていマス」

 マキナの主人であるドクトルは、実際にアルクラドと会っていた様だった。

 しかしアルクラドはそれを聞いても、何も思うところはないのか相槌を打つこともない。静かに記憶の奥底を探るが、どうやらそれに該当するものは見当たらなかった様だ。

「当時、広い領土ヲ持つ国は無く、小国が散在してイタと聞いてイマス。然し南方ニハ複数の小国を束ねる大国ガある、ト言われていマシタ」

 正確には小国が集まり、より大きな国を形作った様だった。

「元々はトアル人物の庇護の下、人々ガ集まった。ソレが南方の小国群ノ成り立ちデス」

 その小国群では、人族、魔族に関係なく国ができており、争いも起きることはなかったと言う。しかし魔族の国の方が強く、その中でもある種族の国が特に力を持っていたのだった。

「その中デハ、吸血鬼ヴァンパイアの国ガ最も大きな力ヲ持っており、実質的ニハ小国群を率いてイタ様です。何故ならば、小国群ニ庇護を与えていた人物モまた、吸血鬼ヴァンパイアだったからデス」

 シャリーはチラリとアルクラドに目を向けた。

 複数の国を自らの庇護下に置く。アルクラドであれば充分可能なことであるが、彼がその様なことをしている姿が想像できなかったのだ。

 アルクラドも、その様な記憶は見当たらないのか、先程からずっと無言のままだ。

「その小国群ニテ、庇護者へ拝謁賜る機会ヲ得て、主様はその御方ノ居城へと向かわれました。しかしこの時、主様はソノ庇護者を侮っていたのデス。人族如きヲ餌に生きる吸血鬼ヴァンパイアナド碌なものではナイ、と」

 ドクトルの人族嫌いは、人族を糧とする吸血鬼ヴァンパイアにまで及んでいたのである。彼の造り上げた罠だらけの遺跡を見れば分かることだが、相当に偏屈な人物であった様だ。

「戦いニ興味は無くとも己ハ優れた魔法の使い手。大国の王デあろうト恐るるニ足らズ。そう息巻いて城へ向かったのデス」

 ドクトルはいくつかの魔族の国と親交があり、その国王とも関わりがあった。押し並べて強者が王を務めることの多い魔族の国にあって、確かに国王達は強い戦士であった。しかし魔力の量や魔法の扱いにおいては、ドクトルには敵わなかったのであった。

 それ故に小国群の庇護者を侮っていたドクトルだが、しかし、とマキナは続ける。

「それハ大きな間違いだった、ト主様は仰っていまシタ。居城に足ヲ踏み入れた時カラ身体の震えガ止まらず、謁見の間を前にシテ足が動かなかったそうデス」

 城を途轍もなく大きな魔力が満たしていた。穏やかに吹く風の様に、敵意も害意もなくただそこに在るだけの魔力が、名高き魔法使いの身体を縛ったのであった。そしてドクトルは、動かない足に鞭を打って進み、高座の前で跪いた。

「耳心地ノ良い穏やかな声デ呼び掛けられた時ノ、臓腑ヲ握り締められた様ナ感覚は、何時までも忘れられナイ。そう何度モ仰られていマシタ」

 我に敵う者無しなどと考えていたドクトルが震えながら顔を上げると、彼を見下ろす小国群の庇護者と目が合った。

「そこニ御座しであったのガ、吸血鬼ヴァンパイアの王にシテ始祖で在らせらレル……」

 マキナは1度言葉を切り、続けた。

 アルクラド様だったのデス、と。


「やっぱりアルクラド様は、王様だったんですね」

「我は憶えておらぬが、この者が言うのであればそうなのであろう」

 漆黒の古代龍エンシェントドラゴンは、南方にある城とその城下町に龍の吐息ブレスを吐き、アルクラドに地を嘗めさせられた、と言っていた。そこからアルクラドは城を持つに相応しい人物、つまり一国の王なのではないか、と2人は予想していたのだ。

「正確ニハ小国群を率いる王ではナク、飽くまでも庇護者でアリ、政には関わりガ無かったとか。また吸血鬼ヴァンパイアの国ノ王も、アルクラド様ではナク別の者だった様です」

 アルクラドが王と呼ばれていたのは、同じ種である他の吸血鬼ヴァンパイアをしても及びもつかない、隔絶した力を持っていたが故であった。

「それでドクトルさんは、アルクラド様とどんな話をしたんですか?」

 アルクラドとドクトルの2人に面識があったとなれば、やはり気になるのはその会話の内容だ。それが分かれば、アルクラドの当時の様子がよく分かるのだから。

「実ノ所、余り覚えておられなかったのデス」

「えっ……?」

 しかし思わぬ答えが返ってきた。

「アルクラド様ニ圧倒される余り、問われた事ニ返答するダケで精一杯だったそうデス。息をスルのもやっとの事デ、ソノ美しいお姿以外、何ヲ話したのか覚えてイナイ、と」

 アルクラドの余りの魔力の前に半ば喪心状態であったドクトルは、何故自分が呼ばれたのかもさえ覚えていなかったのだ。

「特別ナ御用があった訳デハなかった様デス。ただアルクラド様が、単ナル余興だト仰られた事ハ、朧気ながら覚えておられマシタ」

 アルクラドが何を話したのか、そしてどういうつもりでドクトルと会ったのかは、結局は分からずじまいだった。

「その後、南方デノ用事もソコソコにこの地へ戻られ、アルクラド様とは2度と会う事ハありませんデシタ。然し主様ハその日の出来事ヲ決してお忘れになりまセンでした」

 ちなみに吸血鬼ヴァンパイアをバカにすることも無くなったと言う。

「それから暫くシテこの屋敷を建てられ、その管理をスル者として私をお造りニなられマシタ。そして屋敷の事ヤ主様のお世話が出来る様になると、お客様ヲお迎えスル事を教えて頂きマシタ」

 そうして一番最初に身に付けさせられたのが、アルクラドに逆らうなと言う教えと、彼の容姿であったと言う。

「お話の内容ヲ覚えておられナイ代わりに、アルクラド様の恐ろしさハ深く記憶に刻まれてイタのでショウ。心酔や崇拝ニ近い様子で、アルクラド様に逆らってはイケない、と」

 自分の力にとても自信のあったドクトルだが、アルクラドとの出会いは彼にとても大きな衝撃を与えた様だった。アルクラドを屋敷に招く機会があるかも分からないというのに、もしもの時に備えて、と何度も繰り返したと言う。

「それから主様ハ、魔法の研究や遺物ノ蒐集により力ヲ注がれる様になられマシタ」

 戦いに興味の無かったドクトルも、魔法使いとして己を高めることには意識を割いてきた。しかしどれだけ時をかけても届かぬ果てがあることを彼は知った。魔法使いとしての研鑽はそこそこに、研究や蒐集に力を入れる様になったのだ。

「屋敷を建てられてカラは、ココに籠もられる事ガ多くなりました。そうして何時だったか、ここを訪れる方カラ、アルクラド様ガ御隠れにナッタとの噂をお聞きになりマシタ。主様ハ鼻で笑っておいでデシタが、真だったのデスね」

 大国の庇護者として名の広まっていた者が姿を消せば、噂になってもおかしくはない。当時はとても大きな報せとして、世界を騒がせたのかも知れない。

 しかしドクトルはそれを信じなかった。アルクラドを直に見た彼は、アルクラドを殺すことなど不可能だ、と思っていた。それ故に、その話題には聞く耳を持たなかったと言う。

 もし彼が少しでも興味を持っていたら、アルクラドの封印の経緯が分かったかも知れない。そう考えると、シャリーは残念に思わずにはいられなかった。が、今となっては悔やんでも詮無きことだった。

「主様ガこの世を去られてカラ1000年以上が経ちますガ、アルクラド様ヲお招きする栄誉ニ預かり、主様モお喜びでショウ」

 一通りアルクラドとドクトルの出会いを語り終えたからか、マキナはそう言って話を締めくくったのだった。


「アルクラド様が庇護していた小国群がどこにあるか、マキナさんは知ってるんですか?」

 3杯目の茶を飲みながら、シャリーが訪ねる。

 黒龍と出会った後、アルクラドの居城があった南方を目指すことにしたが、その正確な所在は分かっていない。もしマキナが彼女の主人からその場所を聞いていれば、目的地への道のりが大きく開ける。

 また人が集まり国になるほど長い時間その地に居たのならば、アルクラドに関する何かが残っている可能性もある。マキナの話では小国群の庇護者であることしか分からなかったが、新たな情報への足掛かりとしては充分である。

「南方ノ地の更に果てだった、ト聞いていマス。ここヨリ更に南に行くト、見渡す限り平野シカない大平原がありマス。当時はこの以南ヲ南方と呼んでいマシタ」

 どうやらマキナは、ドクトルからアルクラドの城の場所を聞かされていた様だった。彼女の言う大平原という言葉に、シャリーは僅かに目を見開いた。

 人族と魔族の領域を分け、人魔大戦の英雄同士が熾烈な戦いを繰り広げた場所、イリグック大平原。両親の出会いの場であるその名前を思い出したからである。

「南方の地ヲ更に南ニ進むと、三方を山ニ囲まれた地に着きマス。その地ニハ幾つかの城が建ってオリ、そここそガアルクラド様の庇護の下デ栄えた小国群で、聳える山ヲ背に建つ最も大きな城ガ、アルクラド様の居城だったのデス」

 ドクトルは、アルクラドとの話の内容は覚えておらずとも、そこに至るまでのことはしっかりと覚えていた様だ。

「そこに行くまで、どれくらいの時間がかかったんでしょう?」

「詳しくハ話されまセンでしたが、片道デ1月以上ノ旅だった様デス。戦場いくさばノ中を通る事モあった様ですし、何事も無けレバもう少し早く着くカモ知れまセンガ」

 当時の争いに、人族、魔族は関係なく、その代わりに小競り合いが多かったと言う。現在は魔王による統制が行われている為、魔族同士の争いはない。しかし人族と魔族の本格的な戦いが始まろうとしている中、人族側に属するアルクラド達からすれば、魔界の全てが敵陣である。

 目的地に着くまで時間が余計にかかるかはさておくとして、何事も起こらない、ということはまずあり得ないだろう。

「主様ガ亡くなられてカラここを訪れる方ハいなくなったノデ、私は外の状況ヲ知りません。もしかするト、アルクラド様の居城モ既に無いかも知れまセン」

 ドクトルがこの世を去ったのは、今からおよそ1300年前。魔族としてもとても長い700年という時を生き、その人生に幕を下ろしたのだと言う。

 1300年という長い時間が経てば、様々なものが変わる。

 国が興り、衰え、途絶え、新たな国が興るには充分な時間である。国が変われば、以前の建物が破壊されることもある。歴史を塗り替える為に、書物が燃やされることもある。またその1300年の間には、長く続いた人魔大戦もあった。ただ戦いに明け暮れる日々の中で歴史は忘れ去られ、過去を知る者達も戦いの中で命を落としていったかも知れない。

 それから今に至るまで、ドクトルの知人はおろか遺跡の踏破者さえ現れなかったと言う。外界との接触もなく管理の為に屋敷から離れられないマキナに、外の情報を得る術はなかったのである。

「無ければそれで構わぬ。己の過去を辿ってはいるが、過去は過去。今を生きる我を我が識っておれば、それで良い」

 南の果てへ行っても、アルクラドの居城も彼を知る者も、既にないかも知れない。ただアルクラドはそれでも一向に構わなかった。アルクラドの終わりの無い生において、変わらぬものはただ1つしかない。そのただ1つ以外のものは、等しく移ろい、最後には消えていくのだ。

 今は自分がどれだけ生きたかさえ覚えていないアルクラドであるが、移ろいゆく世の常はどこかで覚えているのかも知れなかった。

「主様ガアルクラド様の事を調べてイレバ良かったのですガ、詮索するナド不敬極まるト仰られて……お力ニなれず申し訳ナク存じマス」

「構わぬ。我の城の場所や当時の事等、多くの情報を得られた故な」

 申し訳なさそうに頭を下げるマキナだが、アルクラド達が得た情報は多い。

 元々アルクラドの過去については、ほとんど何も分からない状態であった。それが黒龍との邂逅で、南方にアルクラドの居城があることが分かったが、ただそれだけだ。何をしていたのかも、いつまでその城に居たのかも分からなかった。

 しかしマキナの話で、複数の国を庇護していたことが分かり、居城の場所も分かった。またドクトルがこの屋敷を建てアルクラドの死の噂を聞くまで、つまりは少なくとも1700年ほど前までは封印されていなかったのである。

 依然として遥か昔の話ではあるが、全く何も分からないことに比べれば大きな前進である。

「……そうデスカ。アルクラド様ガ記憶を取り戻される事ヲ、祈っておりマス。サテ、そろそろ向かいマショウか」

 アルクラドに向かって静かに頭を下げたマキナは、両手を合わせて立ち上がった。

「向かう……ってどこにですか?」

 さも当然の様に言うマキナだが、アルクラド達には彼女と一緒に向かう場所に心当たりはなかった。

「この屋敷ニ至るマデに設けられた苦難ノ道のりは、ココに収められている品々を譲渡するに相応しい人物ヲ選り分けるもの。見事ココまで辿り着かれたお2人ニハ、主様ノ言いつけ通り、彼の蒐集品ヲお譲りしマス」

 アルクラドのことを知る者に出会えたことと、彼女の語るアルクラドの過去にばかり気が向いており、遺跡のことなど忘れてしまっていた。

「さぁコチラへどうぞ。主様ご自慢ノ宝物庫へとご案内致しマス」

 扉を開けるマキナに促されて席を立ち、廊下へ出る2人。そうしてマキナの先導の下、彼女の主人が生涯をかけて集めた品々が眠る保管庫へと向かうのであった。

お読みいただきありがとうございました。

ほんの少しですが、アルクラドの過去語りの回でした。

次は宝物庫からお宝を頂きます。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1300年熟成のお酒で身有れば興味をひかれるでしょうが、物品だったらどんな秘宝でも無碍にされてもおかしくなさそうな。 そして、今のアルクラド城は魔王が住んでそうですね
[一言] 記憶が戻ると良いなぁ。
[一言] アルクラド様の過去が聞けて良かったでした。当時は魔力を抑えず、フルオープン状態だったんですね、きっと。また飛んで一気に南下しようって言い出しそうで怖いとシャリーが思ってないか心配。笑 更新…
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