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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第12章
153/189

閉ざされた遺跡

皆様、お待たせしました。

本日より更新再開、12章のスタートとなります。

 肌を刺す様な寒さが和らぎ、陽気も感じられる様になってきた、冬と春の狭間。薄くベールのかかった青空の下を歩く、2つの影があった。

 1つは身に着けるもの全てが真っ黒な、女と見紛うほどの美貌を持った男である。薄雲越しの柔らかな陽光に銀糸が輝き、黒衣から覗く白磁の肌は仄かな光を湛えていた。つば広帽の下では、鮮血の溶けた瞳が深紅に輝き、朱を引いた様な薄い唇は固く結ばれている。まだ冷たさの残る風と共に、背中まで垂れた豊かな髪が踊っている。時折、風に揺れる外套の中から、赤みがかった革の鞘に収まった2本の剣が覗いている。

 もう1つは、男と同じく全身を黒で包んだ、美しい少女である。艶のある黒衣の袖や裾は手首足首を覆うほどに長く、首には防寒の為に黒布が巻きつけられている。陽気が顔を覗かせる様になり、彼女の形の良い頭からは黒布の覆いが取り去られていた。金糸の如く煌めく髪には1条の黒が走り、髪の隙間から細い葉の様な耳が覗いている。新緑と黒紫の瞳が、透ける様な白い肌の中で、神秘的な輝きを放っていた。小さな身体には似つかわしくない、鳥の意匠が施された大きな杖を携えている。

 気持ちのいい景色の中、やや重苦しい黒ずくめの2人組。

 とある依頼の為に、王都の東の外れにある遺跡へと向かっている途中の、吸血鬼(ヴァンパイア)のアルクラドとエルフのシャリーであった。


 アルクラド達が王都を発つ前日、2人は王都ギルドのある部屋で、ギルド長補佐のラインから依頼の説明を受けていた。もうずっと解決されておらず、依頼主である国でさえ諦めている依頼だった。

「問題の遺跡の名前はグッシュロース。我が国の古い言葉で、閉ざされたという意味だが、皆はただ遺跡と呼んでいる。この国で遺跡と呼ばれるものは、グッシュロース1つだけだからね」

 柔和な顔立ちの男は、部下に持ってこさせた資料を広げながらそう切り出した。

「遺跡は王都を東に半日も歩かぬ所にあってね、歩いていけば、少し離れた所からでも大きな石造りの建物が見えてくるよ。遺跡と呼ぶには余りにも新しい建造物がね」

 ラインの話はこうだった。

 グッシュロースは今からおよそ300年前に見つかった遺跡であった。300年前はプルーシ王国が成立する前後の時代であり、その時から既に過去の建造物として捉えられていたと言う。

 遺跡の外観は石を積み上げて作った真四角の建物で、その入り口は人が1人通れる程度の大きさである。中には外観と同じく真四角の広い空間が広がっており、幾つかの区画に分けられていると言う。

「解明されていないと言ったけれど、この建物の中に限って言えば調査しつくされてるんだ。何せ見つかってから300年の間、数えきれないほどの人間が訪れたからね」

 グッシュロースという名前に反して、建物の入り口には扉さえなく、常に開放されていると言う。その為、誰でも自由に出入りすることが出来、遺跡の調査に大勢の者が訪れたと言う。

「それじゃあ、私達は何をすればいいんですか?」

 調査しつくされたという建物の中で何を調べればいいのか、とシャリーは尋ねる。

「うん、その場所に関して言えばもう何もすることはない。けれどその建物の中に1つの扉があってね、300年大勢の人間が訪れたにもかかわらず、その先に入った者はほとんどいないんだ。だから依頼というのは、その扉の先の調査なんだ」

 中が幾つかの区画に分かれた建物の中には、入り口から真っすぐ進んだ先に、大きな扉があると言う。馬車さえ通れそうな幅で、人の背丈の3倍の高さの大きな扉は、建物と同じ材質の石で作られている様だった。

 それは押しても引いても開かず、破壊という強硬手段を用いても破ることが出来ない、正しく閉ざされたグッシュロース扉であった。

「ほとんどいない……ということは入った人がいるってことですか?」

「そうなんだ。何故入ることが出来たのか、実際に入った本人にも分かっていないんだがね」

 遺跡には国の調査団や冒険者が多く訪れ、その中で稀に扉を開ける者がいるのだと言う。扉が開くと、しかし何故かその開けた本人しか通ることが出来ず、同行していた者達は誰1人として入れなかったらしい。

「扉を開けた者達は、その後おおよそ2つの行動を取った。すぐさま引き返すか、そのまま奥へと進むかの2つをね」

 遺跡を訪れた者は、所属は違えどその調査が目的だった。扉の奥に進むことが出来たのなら、目的を達する為の行動を取るのが望ましいことである。しかし全く見知らぬ場所を1人で調査する危険を避け、多くの者はすぐに扉の奥から戻ってきたと言う。

 彼らが戻った後、再び扉を開けようとすると果たして扉は開いた。そしてやはり開けた当人以外は入ることが出来なかった。しかし扉を開けた者達の共通点を見出すことが出来ず、どうすれば開けることが出来るのかは分からず仕舞いだったと言う。

 ちなみにすぐに引き返した者達以外は、未だに扉の奥から戻ってきていない。また1度は戻ってきた後で再び中に入り、そのまま戻ってきていない者がいる。つまりは奥へと進み、遺跡の中で果てたのである。

「彼らの話によれば、扉の奥は入り組んだ通路になっているらしい。扉と同じ幅と高さを持った通路が真っすぐ伸び、そこから左右へ横道が伸びていたらしい。扉の近くから見ただけらしく、詳しい様子は分かっていないがね」

 扉の近くから見える範囲で言えば通路は真っすぐで、等間隔に炎ではない光が灯っていたと言う。

「君達が扉を開けられるかは分からない。だがもし開けられたのなら少しでも中の調査を、可能なら扉を開ける条件を明らかにして欲しいね」

 現在調査が進んでいない一番の原因は扉が開かないこと。もしその条件が分かれば人を集め、数の力で調査を進めることが出来る。プルーシ王国側の考えとしては、扉の奥の調査よりも扉の開け方を調べて欲しいというのが、本音だった。

「かつて扉の破壊を試みたと言ったな。此度も開かねば破壊しても構わぬのか?」

「そうだね、出来れば壊さずに済ませて欲しいけど、中に入れない様であれば破壊してもらって構わないよ。もし出来るのなら、だけどね」

 調査が出来なくても構わないと言われた依頼だったが、受けるからには失敗するつもりのないアルクラド。どの様な手段を用いても扉の奥へと進むつもりだった。

 扉の破壊の許可を求めるアルクラドに対して、ラインはことのほかあっさりと許可を出した。遺跡の保全よりも調査を優先したい様だが、その根底には壊せはしないだろうという思いが透いて見えていた。

「そうか。ならば扉の奥に関して、何らかの情報を持ち帰る事が出来るであろう」

 破壊してもいいのなら、アルクラドの前に障害などあって無い様なものだ。何らかの調査結果を得られると、アルクラド達は確信していた。

「よろしく頼むよ」

 ラインは薄く微笑んで答えた。アルクラド達の力を全面的に疑っているわけではないが、信じているわけでもない、そんな様子であった。

 そうしてラインと別れたアルクラド達は、ある夫婦と夕食を共にし、翌日グッシュロースへ向かうのであった。


 太陽が天の頂を通り過ぎた頃、アルクラド達は閉ざされた遺跡、グッシュロースへと辿り着いた。

「これがグッシュロースですか……確かに遺跡という感じはしませんね……」

 それが遺跡の外観を見たシャリーが率直な感想だった。

 石を積み上げて作られた、線を引いた様に真四角な建物。王宮の様な大きさを持つわけではないが、屋敷や邸宅ほどの大きさは持っていた。長く雨風に晒されたであろう石造りの建物は、確かに風化の跡が見られる。しかしその度合いは極めて軽度で、決して300年以上が経った建物の様子ではなかった。

「何らかの魔法が掛けられておる。この遺跡とその奥に魔力の流れがある」

 シャリーも僅かに感じていた魔力の気配。そこに確かな魔法の存在をアルクラドは認めていた。

「これだけ新しく見えるのも、そのせいなんでしょうかね」

「恐らくはそうであろう」

 2人の知識に建物をきれいに保つ様な魔法はなかったが、武器強化の例を見ても、魔力が何らかの形で遺跡の保全に関わっているのは明らかであった。

「往くぞ」

「はい」

 ひとまず目指すのは建物自体ではなく中の扉だ、と2人は遺跡へと足を踏み入れた。

「……光よ」

 シャリーが短い詠唱で魔法の光を生み出す。アルクラドには関係のないことだが、中には松明の炎が2つあるだけで僅かな光しか差し込んでおらず、シャリーにはほとんど何も見えなかったからだ。

 遺跡の中は、ラインから聞いた通り、真四角な広い空間であった。天井も高く、屋敷の中の広間の様であった。広間の左右には隣の広間へ行く為の出入り口があり、正面には両開きであろう大きな扉があった。

 開かずの扉とも呼ばれる大きな扉。それは入口から30歩ほどの所にあり、建物と同じ材質で作られた石扉の様であった。しかし建物の中で雨風の影響が少なかったのか、正に作られたばかりといった様子であった。

「あんた達も、扉を見にきたのかい?」

 遺跡の中には冒険者らしき男女が6人おり、それぞれが扉のあちこちに触れていた。そのうちの1人の男がアルクラドに声をかけた。

「うむ、遺跡調査の依頼で来た」

「もしかしてあの依頼を受けたのかい? もう誰も受けねぇやつだが、扉を開ける自信があるのかい?」

 聞けば彼らは別の依頼で遺跡を訪れ、もしかしたら開くのでは、と扉を調べているのだと言う。出入り自由な遺跡の中には獣や魔物が棲みつくこともあり、彼らの目的はその調査と討伐だと言う。彼らはよくこの遺跡を訪れ何度も扉を開けようと試みている様だが、成果は1度も無かったらしい。

「何も棲みついてなかったし、俺達はもう帰るよ。頑張って扉を開けてくれよ、そうすりゃ俺達にも仕事ができるからな」

 そう笑いながらアルクラドに言って、リーダーであろう彼は、仲間に撤収を呼びかけた。今まで何度も駄目だったからか、皆はすぐに扉から離れ、アルクラド達と挨拶を交わして、遺跡の外へと出ていった。

「かなり魔力が込められていますね」

「うむ」

 冒険者達が出ていった後、シャリーの呟く様な言葉にアルクラドが頷く。

 遺跡全体に流れるものとは比べ物にならない魔力が、大きな石扉に込められていた。魔力の扱いに心得がある者であれば、魔法使いでなくとも感じられるほどの大きな魔力。もしこれだけの魔力が全て防御に充てられていたならば、今まで破壊されなかったことも頷けるほどだった。

 ラインから建物や扉に流れる魔力の説明はなかったが、扉の魔力を見逃す者がいるとは考えづらい。魔力が何らかの働きをしていることに気付いた者はいたが、明確な答えを出せなかったのだろう。そう考えた2人は、改めて扉を調べてみることにした。

「壊すのは最後の手段として、少し扉を調べてみましょうか」

「うむ」

 扉に近づく2人。地面と扉や扉の左右の間には少しの隙間もなく、風も光も漏れ出てはいなかった。扉には取っ手もなく、蝶番もなく、どの様な形で開くのかも分からなかった。分かったことといえば、かなりの魔力が込められているということだけだった。

「う~ん、どうやったら開くんでしょうか……」

 首を捻るシャリー。精霊魔法など高度な魔法を使う彼女であるが、魔法的なカラクリに対する知識は乏しかった。それはアルクラドも同じなのか、彫像の様にじっと動かず扉を見つめていた。

「押しても駄目でしたよね……」

 1人で呟き、非力な自分が押しても開きはしないと思いながらも、シャリーはペタリと扉に手を触れてみた。

「っ……!」

 突如、軽い違和感を覚え、シャリーは慌てて手を放す。

「シャリーよ……」

「大丈夫です。魔力が吸い取られて、ちょっと驚きました」

 アルクラドの声に、シャリーは苦笑いを浮かべながら振り返る。一般的な魔法使いからしても僅かな量の魔力が、身体から吸い取られたのである。その意図せぬ魔力の動きに驚きはしたが、すぐに違和感も消え活動には一切影響はなかった。

 しかし問題はないと振り返ったシャリーの目に映ったのは、前を指さすアルクラドの姿だった。視線も指先も、シャリーではなく扉に向けられている。

「シャリーよ、見よ」

 視線を動かさぬままアルクラドが言う。首を傾げつつシャリーは振り返る。

 その目に映ったものを見て、アルクラドの呼びかけが、シャリーを気遣ったものではなかったのだと分かった。

「開きましたね」

「うむ」

 開け方の分からない大きな石扉が、音も無く左右に開いていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

よく言うダンジョンとは違うかもしれませんが、冒険者の定番、遺跡探求です。

遺跡で2人を待ち受けるものとは一体……!?

次回もよろしくお願いします。


ふと、シャリーが杖を持っている描写を全然していないことに気付きました……

今章からちゃんと書いていきますので、あれ? と思わないでいただけると幸いです……

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皆さま、ぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 行きは無事に開きましたが、帰りは破壊して脱出ですかね
[一言] 予想は、「魔力でエルフ(魔族)の血があるかどうか判別してあったら入れる」かな。混血は何世代も前なら有り得そう。でも割と入ってる人いるみたいだし違うかな。
[一言] シャリーの杖のことは自分も全く忘れてました。笑 遺跡のミステリー、ワクワクしますね。これからも楽しみにしてます。そろそろ魔王軍がどうなったか、また語られるのかなぁと思ってましたが、のんびりお…
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