閑話 ~アルクラドと酒宴の刺客達 ~
アルクラド達が王都プルーシへ着いた夜、4人は宿に併設されている食堂で食事を摂っていた。
昼間にさんざん料理を食べたアルクラドだが、ここの料理も悪くない、と嬉々として食べている。
「よう兄さん、美人に囲まれて羨ましいねぇ! 隣いいかい? って……あんた、男か?」
食堂の中が込み合う時間の為か、そこへ商人風の身なりの男がやってきた。4人の中で男がオルテ1人だと見えた為、少し下品の笑みを浮かべていた彼だが、料理を頬張りながら向けられたアルクラドの視線に僅かにたじろいでいた。
「ははは……どうぞ、構わないよ」
女と間違えられたアルクラドが怒らないか心配だったオルテだが、ひとまず席を勧める。長机の端に座っていた彼らだが、1人分の場所は充分にあった。
「悪いね……今日のオススメと麦酒を!」
男はアルクラドに申し訳なさそうな視線を向けた後オルテの隣に座り、給仕に料理を注文した。
「そっちの兄さん、悪かったね。遠くから見たらすげぇ美人に見えてね」
「気にしておらぬ故、謝罪は不要だ」
謝罪に対して返ってきた無感動な声に、男はまだ不安げな表情を見せる。しかし一応は謝罪をしたので、と気持ちを切り替えたのか、大きく息を吐き出し笑顔を見せた。
「俺はこの近辺で商人をやってるんだが、実はデカい山を当ててね。たまには思いきり使って金を回すのもいいかと思っててね、良かったら酒でも奢らせてくれないか?」
料理が来るまで暇なのか、男は急にそんなことを言い出してきた。
「それは羨ましいことだけど、自分の為に使ったらどうだい?」
「俺は嫁もいないし女もいない。楽しみと言ったら思いっきり飲むことだけだからさ、これも何かの縁だし付き合ってくれよ」
オルテは断るが、男は引き下がらない。最後にはアルクラドの謝罪の代わりだ、などとも言いだした。
「それなら、1杯だけ貰おうかな」
「そうこなくっちゃ! 何でも好きなの頼んでくれよ」
渋々ながらといった様子で了承したオルテに、男は手を打ち鳴らせて喜び、給仕を呼びつけた。
「そっちの黒い兄さんは、どんな酒が好きなんだい?」
「我は酒精の強い物が好みである」
「見かけによらず強いんだな。よし、この男前の兄さんにこの店で一番強い酒を!」
給仕が来ると、男は皆の好みを聞いて酒を注文していった。アルクラドは葡萄の焼酒を、他の3人は葡萄酒を注文した。
「それじゃあ……今日の出会いに、乾杯っ!!」
そして全員の酒がテーブルに届いたところで、男の掛け声に合わせて5人で乾杯をした。
「……っぷはぁ!! やっぱり酒は大勢で飲まないとな!」
喉を鳴らしながら麦酒を流し込んだ男は、木杯をゴンッとテーブルに置き大きく息を吐いた。口の周りに白いヒゲが出来ていた。
「そういや兄さん達は何の商売をやってるんだ? ここに泊まってるってことはそうなんだろ?」
この宿に泊まるのは、馬車を牽いて商いをする者達がほとんどである。馬車を用いて長旅をする者が泊まることもあるが、それは珍しいことであった。故に男は、オルテ達もまた商人だと考えたのだ。
「いや、俺達は商人じゃなくて、酒を造ってるんだ。選定会に出る為に王都にやってきたんだ」
「選定会!? そりゃ凄い! もし献上品になったら教えてくれよ、ぜひ俺の商品に入れさせて欲しい!」
選定会と聞いた男が驚きの声を上げる。この国の商人だけあって、選定会に出ることや王室献上品になることが、どれだけの価値を持っているかよく知っているのだ。
「それこそ何かの縁だ。俺はずっとこの宿に泊まってるから、選定会が終わったら来てくれ。優先的に取引するよ」
「さすが兄弟! お~い、こっちに葡萄酒追加だっ!」
男は席に着く前から上機嫌な様子だったが、更に機嫌を良くし、酒の追加を勝手に注文した。しかし今まで飲んでいた酒の酔いの為か、男の上機嫌にあてられたのか、オルテはそれを厭いはしなかった。追加が来ると、酒の残っている木杯を一気に乾し、新しい葡萄酒を受け取った。
「いい飲みっぷりだ! あれ、兄さんはもう焼酒飲んじまったのかい? 顔は赤くなってないし、まだ飲めるかい?」
「うむ」
オルテと肩を組み自分の酒を呷った男は、アルクラドの杯が空であることに気付いた。追加を勧めるとアルクラドが頷いた為、男はニィっと笑った。
「お~い、葡萄の焼酒、瓶で持ってきてくれ!」
真っ白な顔を真っ赤に染めてやろうと思ったのか、酒を瓶で注文した。酒精の強い焼酒を1人で飲んでしまう者は、そういない。男は完全にアルクラドを酔い潰す気でいた。
しかし彼は知らなかった。アルクラドがどれだけ酒に強いかを。ドワーフの銘酒「ドワーフ殺し」を使った飲み比べでは、ドワーフが死にそうなほどの酒を飲み、勝利を収めたことを。
しかしその様なことをわざわざ言う必要もなく、アルクラドは平然と焼酒を飲み進めていった。
その飲みっぷりにオルテも男も大興奮で、どんどん酒を飲んでいった。そしてその興奮が周りに伝わったのか、何人かの男達がアルクラドに飲み比べを挑んできたのである。
焼酒を1本空にした後だと言うのに、平然と杯を傾けるアルクラドの様子に、見知らぬ男達同士が一致団結。この男前をベロンベロンにしてしまえ、と息巻いていた。
どこかで見た絵だ、とシャリーは思いながら、その様子を静かに眺めていた。
アルクラドと男達の間に焼酒のかめが置かれ、そこからそれぞれの杯に酒が注がれていく。2人同時に酒を飲み、杯を逆さに向けて空であることを示す。それが何度も何度も繰り返された。
1人、2人と男達が顔を青くして倒れ、食堂の外に放り出されていく。
最初は4人だった飲み比べの相手が、盛り上がりにあてられて10人となったが、そのうちの9人は既に退場してしまった。そして残りの1人ももう限界だった。視線が全く定まっておらず、顔は真っ青。ついには手から杯を落とし、手足を投げだして倒れてしまった。
最後の1人が食堂の外に放り出されたところで、もう誰も参加する者はおらず、飲み比べはアルクラドの勝利となった。
「兄さん、あんたどれだけ酒に強いんだ……」
アルクラドの飲みっぷりに、飲み比べには参加しなかった商人の男は、驚きを隠せないでいた。
「流石にもう、限界だよな……?」
「我は未だ飲めるが」
男の表情は、驚きを通り越して呆れた物になってしまった。
「というか、兄弟の方がベロンベロンだな……」
アルクラド達の飲み比べの盛り上がりに調子づいたオルテは、顔を真っ赤にし足元が覚束なくなるまで飲んでしまっていた。
「ここいらでお開きにしようか」
「うむ。この者は我が部屋へ運ぶ。酒を奢って貰い感謝する」
「いいってことよ」
部屋に戻るにもいい時間だった為、4人は席を立ち、アルクラドは酔いつぶれたオルテを担ぎ上げた。
「じゃあな兄さん達。良い夢見なよ」
男はそう言って笑い、アルクラド達の元から離れていった。
「私達も部屋に戻りましょうか」
「アルクラドさん、すみません……」
「構わぬ」
男が去ったのを見届けて、アルクラド達も食堂を後にする。シルヴァは夫を運んでくれているアルクラドに申し訳なさそうにしていたが、アルクラドは気に留めることもなかった。
そして彼をベッドに横たえた後、アルクラドとシャリーは自分達の部屋へと戻っていった。
「アルクラド様、私はもう休みますね」
「うむ」
部屋に戻ったシャリーは、野宿の疲れと酔いの為に、すぐにベッドに横たわり、眠りに就いた。アルクラドは窓辺に腰掛け、オルテの酒を害そうとする者がいないか、一応警戒しながら夜を過ごした。
何もない夜だった。
真夜中に、寝惚けた男が自分の馬車と間違えてオルテの荷車に近づいたが、何もない夜であった。
その翌日も、食堂の中で同じ様な飲み比べが開かれたが、その夜も何もなかった。
同じ様に真夜中に、寝惚けた男が自分の馬車と間違えてオルテの荷車に近づいたが、何もない夜であった。
そうして候補品の飲み比べの日となり、その中をオルテの氷果酒は見事に勝ち残った。
もちろんその夜も何もなく、オルテは無事、選定会に臨むことが出来たのであった。
お読みいただきありがとうございます。
王都についてから選定会に臨むまでの一幕でした。
今回の旅は、本当に何もない平穏な者でした……
少し時間を頂きまして、次から12章となります。
次回もよろしくお願いします。





