噂の出所と別れの宴
オルテが王室献上品の称号を獲得した翌日、アルクラドとシャリーは王都プルーシのギルドに来ていた。フランクでの噂の出所の調査結果を聞く為である。
オルテの護衛依頼の間、何本もテビアを買ったり、王都で高級料理屋をいくつも巡り、かなり金を使ってしまったアルクラド。しかしドールとラテリアから得た報酬はまだまだ残っているので、依頼を受けるつもりはなかった。
「我はアルクラド。フランクの町より我への言伝が来ておるはずだ」
「少しお待ちください」
受付のギルド員は、アルクラド達の姿をしばし見つめた後、別の職員に声をかけた。アルクラドは言われた通り、彼女が戻ってくるのをじっと待っていた。
「お待たせしました。奥でお話しさせていただきます」
戻ってきた職員はやや緊張の面持ちでそう言い、アルクラド達をギルドの奥の部屋へと案内した。
「初めまして、よく来たね」
通された部屋でアルクラド達を迎えたのは、艶のある茶髪を後ろに撫でつけ、柔和な笑みを浮かべた壮年の男だった。顔には皺が出来始めているものの顔立ち自体は整っており、若き日の男前っぷりが容易に想像できた。
「私はプルーシ王国ギルド長補佐のラインだ。アルクラド君、シャリー君、プルーシ王国へようこそ」
自身の向かいの椅子に座る様に促し、彼も椅子に腰かける。
「ギルド長が今は不在なので、私が代わりに。さて、フランクでの噂の件だったね。まずはそれについて謝らせて欲しい。迷惑をかけてすまなかった」
ギルドの情報漏洩に関して、ラインは深く頭を下げた。何故ギルドの情報が外へ出たのかを聞くつもりだったが、謝られてしまいアルクラド達は首を傾げる。聞けば、偽物の件についてもフランクから報告があったと言う。
「謝罪は不要だ。町で噂が立った事も偽物が現れた事も、元より気にしておらぬ故な」
「そう言ってもらえると助かるよ……それで、噂が流れた原因なんだが……」
アルクラドの言葉にラインはホッと胸を撫で下ろした。落ち着き笑みを浮かべている彼であるが、少なからずアルクラドの力に恐れを抱いていたのだ。
「……ギルド員のおしゃべりが原因だ」
神妙な面持ちでラインは続ける。
「フランクのギルドにおしゃべり好きな職員がいるらしく、ここだけの話だと言って語った彼女の話が、町中に広まったらしい」
何のことはない。噂の始まりはギルド員だという噂通り、職員が話していただけだったのだ。秘匿性の高い情報を扱うギルドが、簡単に情報を外に漏らすはずがない。そんな思い込みがあっただけだった。
「ギルドではこういう話を、公開するのが普通なんですか?」
アルクラド達は自身の情報が公開されることを特別厭いはしないが、積極的に歓迎もしていない。ギルドで便宜を図ってもらえる代わりに、面倒な仕事を依頼される。この2つを比べた時、どうしても面倒が勝ってしまうのだ。
「通常冒険者は自分の名を広めたいと思っている。だから特別優秀な冒険者の情報は公開されることが多い。しかし君達の場合はそれを望んでいないということで、情報は制限されている、んだが……」
ギルド員のおしゃべり欲が勝ってしまったらしい。
噂を広めた本人に聞けば、普通の冒険者は名を広めるものだからしゃべっても良い、と考えたらしかった。しかし一応は制限された情報なので、聞かされた情報を細部までは伝えなかったのだと言う。
冒険者の情報を広める場合、かなり細部まで情報が公開される。もし一番大きな特徴だけを広めれば、偽物が現れるかも知れないからだ。その偽物が悪事や問題を起こすのを防ぐ為、本人しか持ち得ない特徴まで公開するのである。
もし今回、アルクラド達の情報が事細かに噂されていれば、恐らくオルテ達は真似をしなかった。黒ずくめの衣装だけならまだしも、2人の美貌や瞳の色、髪の色を真似ることは出来ないからだ。
「ということは、今回みたいなことが起こる可能性はまだあるってことですか?」
「すまない……今、国中のギルドに確認を急いでいる。また他国へも今回の事例を報告し、注意喚起を行っている」
フランクでの件を受けて、既に起こっている問題の解決と、今後の対策を行っている様だった。
ちなみに1人の冒険者の為にこれだけ必死になっているのは、北にある3国からの強い要請があったからだと言う。当初はそれほど大きな問題ではなく、情報を公開して対応すればいいと考えていたプルーシのギルドだが、北の3国、特にドールとアリテーズのギルド長からかなりのお叱りを受けたのだと言う。
「聞けば北の3国では、といっても獣国にはギルドは1つしかないが、情報の制限を徹底していた様でね。気を悪くしないで聞いて欲しいんだが、私達は君達の情報の全てを信じていなかったんだ。ドールの魔女でさえパーティーで龍を倒したのに、それを1人で出来るのか、ってね」
だから君の情報制限に対して余り深く考えなかったんだ、とラインは言う。
「ふむ……其方らが信じまいとも構わぬが、疑うのであれば喚ぶ事も出来るが」
「止めてくれ。アリテーズから龍を使役したと報告があったよ。正直今でも信じられない気持ちだけど、こんなところに龍を喚ばれちゃかなわないからね」
自分の眼で見ていない以上やはり信じられないラインだが、アリテーズのギルド長の人となりは知っているし、ドールのギルド長が龍を討ったのは紛れもない事実だ。その2人が、アルクラドが龍を使役した、また自分より強いというのだから、嘘ではないのだろうと思っていた。
「さて、こちらからの報告は以上だ。君の様な冒険者には危険な依頼を処理してもらいたいものだが、迷惑をかけた手前そうはいかない。だがお詫び代わりの依頼を用意したのだが、興味はないかな?」
フランクの件について、噂の原因、ギルドの不手際の謝罪、そして現在行っている対策を話したところで、ラインは話題を変えた。この件に関してはもう終わったと判断したのだ。
「詫び代わりの依頼?」
「ああ。君達が古い物に興味があると聞いてね、ぴったりな依頼だと思うよ」
アルクラドが食いついたと見て、ラインは口の端を僅かに吊り上げた。
「この国にはとある遺跡がある。建国当初から発見されているんだが、未だその全貌が明らかにされていないんだ」
ライン曰く、プルーシ王国は人魔大戦の後に興った国らしいが、それでも300年に近い歴史を持つことになる。300年以上前から存在し、未だ全てが解明されていない遺跡。確かにアルクラド達の目的に合致するものだった。
「つまりはその調査が依頼と言う事であるか?」
「そうなるね。もうずっと依頼板に貼りっぱなしの古びた依頼だ。失敗しても罰則はないから、ぜひ受けて欲しいな」
今の国王の前の、そのまた前の治世の頃からある依頼で、余りに達成が困難な為、もう誰も受けることすらしないのだと言う。
「その依頼を受けるとしよう」
目的と合致する依頼であり、失敗による罰則もないとなれば、受けない理由はなかった。
「本当かい!? それじゃあ早速詳細を話したいけど、時間はあるかな?」
「うむ、宵鐘が鳴るまでであれば構わぬ」
ラインは顔を綻ばせ、詳細を説明する為の資料を持って来させた。彼は、遺跡の場所や内部構造などを事細かに説明した。
それらを聞き終えたアルクラドは、翌日から依頼に取り掛かることを約束し、ギルドを後にするのだった。
「乾杯っ!!」
喜びに満ちた声と、涼やかな音が料理屋の一角に響く。
アルクラドがラインの元を離れた後、アルクラド達4人は、王都の高級料理屋で食事を共にしていた。
「アルクラドさん、今回は本当にありがとうございました」
「シャリーさんもありがとうございました。お2人のおかげで、献上者になれました」
王室献上品の称号を得られたのはアルクラドのおかげだと、オルテとシルヴァは何度もアルクラドにお礼を言った。しかしいつもの様に、礼は不要だ、と言うアルクラドだったが、それでは2人の気が収まらない。その為、お祝いと感謝の意味を込めて、4人で食事をしようと提案したのである。それにはすぐに頷いた為、王都の高級料理屋で食事となったのである。
「そういえば、カンエーダ様とヴァイダルのやつ、企みを全て話したそうですよ」
昼の内にオルテの元を使者が訪れ、氷果酒を3等級とも買っていった。それ故アルクラドに食事を振る舞う金があるのだが、加えてオルテには知る権利がある、とカンエーダ達の企ての全貌も聞かされていた。
カンエーダとヴァイダルの目的は、やはり王室献上品の称号を守ること。ヴァイダルがその地位に拘るのは当然だが、カンエーダは彼の氷果酒を専売的に扱っていた。称号の取り下げは氷果酒の販売に悪影響を及ぼすからと、称号がオルテの手に渡るのを何とかして阻止しようとしていたのである。
1度目の選定会でオルテが勝った時から、オルテの氷果酒の悪評を広め、またヴァイダルの氷果酒をかなり安く提供してオルテの物を買わせない、など色々と策を講じていたと言う。
しかしオルテが選定会に出ることはどうしても止められず、無理矢理出られない様にしてやろうと、強硬手段に出たのである。つまりオルテの酒をダメにするという方法である。
カンエーダは幾人かの者を雇い、オルテの貯蔵庫を襲わせたり、旅の道中で積荷を襲わせたりしていた。しかし何故かオルテの酒は無事で、選定会への参加を許してしまったのである。
「もしかして途中であった旅人達がそうだったんでしょうか」
積荷を狙う者がいると聞いて思い当たるのは、冬空の下で焚き火を囲んだ旅人達だけである。オルテの荷車に近づく機会があったのは彼らだけだが、礼儀正しい彼らは何もせずに翌朝別れただけであった。
「アルクラドさんはどう思いますか?」
「分からぬ。夜に寝惚けていたと言う者や、道に迷ったと言う者は居ったが、其方の酒を害そうとする者は無かった」
選定会を終えるまでのことを思い出してみても、アルクラドの記憶の中に怪しげな行動を取った人物はいなかった。シャリーはアルクラドの話を聞き何かを察していたが、敢えては言うまいと口をつぐんでいた。
「後は我が家の畑の所有権も狙っていたみたいです」
オルテ家の畑は、特に質の高い葡萄が生る優れた畑であり、そこを手に入れることが出来れば、更にヴァイダルの氷果酒の価値が上がる、と考えていたのである。
オルテ家に対する支援も、結局はその為の建前であり、オルテの酒を売れなくしたり、多額の利子を要求し、最終的に畑を巻き上げるつもりだったのだ。
「アルクラドさんと出会わなければ、その支援に乗っていたと思います。本当にありがとうございます」
「報酬は得た故、更なる礼は不要だと何度も言っておる」
料理と酒を交互に口に運び、その組み合わせを楽しみながらアルクラドは言う。テビアは食後の楽しみにとってあり、今はこの店で供される酒を楽しんでいる。
「アルクラドさん達はこれからどうするんですか?」
「我らは王都を発つ。ある依頼を受け、明日からそれに取り掛かる故な」
護衛依頼は選定会までであり、4人が行動を共にするのもこれで終わりであった。
アルクラド達は、氷果酒を味わうという当初の目的は達した。次は古い伝承を知るという目的を達する為、この国にある遺跡に赴くのだ。
「そうですか。俺達は村に戻るつもりです。その後は、フランクの町でもう1度迷惑をかけた店の人達に謝るつもりです」
アルクラドと出会った時、その時に得た金で支払いをした店がある一方で、まだ金を払っていない店もあった。オルテ達は、そこへの支払いと、脅しをかけた全ての店に謝罪をして回るつもりであった。
「そう簡単には許してもらえないかも知れませんが、黒い服の人が冷たい目で見られない様に、何度も謝ります」
自らが貶めたアルクラド達の名誉も回復させなければ、ともオルテ達は考えていた。
「さて、そろそろ料理も終わりの様ですし、最後にテビアでもう1度乾杯をしましょう」
話をしている内に、料理はほとんど食べ終わっていた。氷果酒の供に乾酪などを注文し、給仕にテビアの瓶を持ってこさせる。
よく冷えたテビアが、硝子杯に注がれ、辺りに芳醇な香りが満ちていく。
「それでは……アルクラドさん達のこれからの活躍と、またいつか会えることを願って……」
杯を掲げるオルテに、皆が倣う。
「乾杯っ!!」
喜びに満ちた声と涼やかな音が響く。
大仕事を終えた後の、最上の氷果酒の味わいは、最高なのは言うまでもなかった。
お読みいただきありがとうございます。
蛇足的な感じですが、
ずっとぼかしてきた噂の原因とヴァイダル達の企てが明らかとなりました。
11章は今話で終了、閑話を挟んで次章に移ります。
次回もよろしくお願いします。