新たな町
護衛依頼初日は何の問題もなく、順調に進んでいた。
太陽が傾きかけ辺りが薄暗くなってきたところで野営の準備を始める。馬車を円形に置き、手分けをして薪や石を拾い集める。その間もロザリーとアルクラドは一行の水を用意している。
中央に大きな焚き火を熾し、それぞれの馬車の前にも各パーティーの焚き火を熾す。そこで各自夕食を食べたり休憩をしたりするが、その前に1度集合し、夜の見張りについての話し合いとなった。
「夜の見張りだが、お前達で分担してやってくれ。順番はお前達で決めてくれて良いが、あまり揉めるなよ。今からしばらくは俺も見張りに参加するが」
グレイの言葉で、見張りの順番の話し合いが始まるが、それはそう呼べるものではなかった。
真っ先にウノー達が初めの見張りをすると主張した。真ん中の順番は睡眠時間が分断されるため、疲れが取れにくく一番大変な時間帯だ。また最初と最後はまとまった睡眠が取れるが、野営に入ってすぐは中々寝付けない。そのためある程度眠気が来てから休める最初の順番が一番楽なのである。
自分達が一番実力があるといいながら、一番楽なところを真っ先に選ぶのだから、人物の程度が知れるというものである。
そんな彼らにいちいち反論しても仕方がないと、マーシルは好きにさせることにした。アルクラドも見張りの順番に興味はない。彼自身はどの順番でも変わりないし、ライカとロザリーの疲れが取れない様であれば自分1人で見張りを行い、彼らは休ませようとも考えていたから。
「アルクラド、お前はどこがいい? 初めての護衛依頼で気疲れもあるだろうから、最後にするか?」
マーシルは先輩冒険者らしく後輩を気遣う姿勢を見せていた。それはアルクラドにとっても心地良いものだった。
「気遣いは不要だ。我らはさして疲れておらぬ。奴らの次に見張りをしよう」
「そうか。それじゃあありがたく、ゆっくり休ませてもらうぜ」
マーシル達もまだ若く活動的な冒険者であるが、長く眠れるに越したことはない。穏やかな笑みでアルクラドに礼を言い、仲間の下へ戻っていった。それを見送りアルクラドもライカ達の所へ戻っていった。
陽が沈み辺りが真っ暗になってから数刻が経った頃、ライカ達の所へ1つの足音が近づいていた。音を立てないよう注意をした静かな歩みだ。ウノーである。
寝たふりをしたままアルクラドはその足音に注意を向ける。歩みが止まったところで、目を開け身体を起こす。
「時間か?」
眠気の一切ない覚めた目で彼が見れば、ウノーは驚いたように言葉を詰まらせていた。
「あぁ……さっさとそいつらを起こして見張りにつけ」
そう言い捨ててウノーは仲間の下へ戻っていく。彼が火のそばで寝転がるのを見届けてアルクラドはライカに声を掛ける。が、眠りが浅かったのか2人のやりとりで目を覚ましていた。眠そうに目をこりながら身体を起こす。
「ぅ~……交代か?」
「ああ。眠たければ寝ていてもいいぞ」
他人の寝起きの気怠そうな様子はいつ見ても不思議だとアルクラドは思う。彼も休息が全く必要ない訳ではないが、眠りの様に意識を落とす必要はない。身体を動かさずじっとしていれば、それで済むのだ。
「いや、アルクラドだけに任せるわけにはいかねぇよ。けどロザリーは寝かせててやろうぜ」
そう言ってライカは馬車に視線をやる。
ロザリーは、御者の男の厚意で荷馬車の中で眠っていた。いくら冒険者とは言え若い娘を土の上で眠らせるのは気が乗らない、と荷を下ろし、ロザリーが横になれる隙間を作ってくれた。初めは辞退しようとしたロザリーだが、御者の押しに負け馬車の中で眠ることにした。その分、ライカ達よりもしっかり休めるので、見張りを頑張ると言っていたが、深い眠りに入ったため起きてくる気配はなかった。誰とでも気安く話せるライカと違い、気疲れもあったのかも知れない。
「次のソミュールの町ってどんなとこなんだろうな?」
「そうであるな。何か美味いものでもあれば良いが」
「アルクラドは飯のことばっかだな」
見張りが終わるまでの間、特にすることはなく、取り留めもない話で時間を潰す。ライカは村を出てすぐにフィサンに居付いたため町の外をよくは知らない。それはアルクラドも同じである。
「美味いものを食す事が我の楽しみだ。人との交流も悪くはないが、煩わしくはある」
「確かに色々考えながら喋るのは大変だよな。ムカつく奴もいるしな」
気の良い人間の集まった田舎村出身のライカにも、人の言葉の裏を読みながら会話をする経験はなかった。加えて表裏はないが単純に悪意を感じる相手というのも初めてだった。さしものライカも彼なりには気疲れを感じていたようだ。
「其方もそう感じるか。やはり人間は面倒であるな」
ライカ達を見て、そういう者達ばかりでないことは理解しているが、やはりそう思わずにはいられないアルクラドであった。
そういう会話を続けながら、見張りの時間が過ぎるのを待ち、マーシル達と交代した後、ライカ達は再び眠りに就いた。
2日目も一行は順調に進んでいた。ロザリーは見張りを忘れ寝入ってしまったことをしきりに謝っていたが、疲れが取れた分元気そうであった。
獣をはじめ一切の襲撃はなく、太陽に従い昼食を取り、夜には目的地であるソミュールの町が見える所までやってきた。既に町の出入りをする門が閉まった後であったため、予定通り町の近くで野営をすることとなった。
夜の見張りも初日と同じ順番で行うことになり、それぞれが順番に休息を取っていった。ちなみにウノー達は、少ない食事に耐えきれず他のパーティーから食事を買うことを決めた。しかし他人に売る余裕があったのはライカ達だけであったため、ウノー達はパーティーで大銅貨24枚の余分な出費をしてしまった。
そうしてフィサンを出てから3日目の早朝、太陽が昇ると同時にソミュールの町へ到着した。
ソミュールの町に入ったところで一行は一旦解散となった。
「今から私は商談を行ってくる。明日は明け鐘と同時に出発する。それまでの間、自由に過ごしてくれて構わない。
また宿はこちらで手配するつもりだ。後で案内をするから、宵鐘が鳴る前にこの町のギルドに集まってくれ」
セイルはこれから商談に向かうようで、護衛達は自由行動となった。
「やれやれ、これでやっとまともに寝られるぜ!」
ウノー達から少し嬉しそうな声が上がる。
彼らは食事だけでなく野宿の準備についても怠っていた。依頼主がテントなどを用意する、または馬車の中で眠ることができると考え、薄い毛布しか用意していなかった。
夏とはいえ夜の風は冷たく、薄い毛布では思うように体温を保てず、少しずつ体力を奪われていた。そんな彼らはやっとベッドでゆっくり休むことができるのだ。
「お前ら、飲みに行くぞ!」
そう言ってウノーは仲間を引き連れ、町の中へと消えていった。
「アルクラド、俺達はどうする?」
自由にしていいと言われたが、まだ陽が昇り始めたばかり。人々は活動を始めているが、食べ物を扱う屋台や料理屋など店はまだ開いていない。
「この時間に出来ることはそうないぞ。まともに開いてるのはギルドぐらいだからな」
ライカ達が考え込んでいると、マーシルが話し掛けてきた。
「もう少しすれば町も動き出すが、それまでは身体を休めるか、ギルドで情報を確認するくらいしかやることはない」
彼らもこういった場合は、ギルドで軽く飲み食いをして身体を休めるそうだ。今回もそうするつもりの様だ。また後で、と言って彼らも町の中へ歩いていった。
「どうする、俺らも行くか? けどあいつらもいるんだろ? 何か嫌だな」
どうやらライカにはこの短い間でウノー達への苦手意識が芽生えており、好き好んで同じ場所にいたくない様だ。
「私も嫌だな。嫌なこと言ってくるし、嫌な目で見てくるし……」
それはロザリーも同様で露骨に嫌悪感を表している。
「ふむ。我はどうでもいいが、不愉快な奴らであるのは確かだ。其方らが嫌だと言うのであれば、町の中を回ろうか? 美味いものが見つかるやも知れぬしな」
何もせずじっとしていても構わなかったが、この町にいる時間は限られている。であれば町が動き出すまでの時間も有効に活用すべきだとアルクラドは考えた。ライカ達も賛成の様で、3人は町の中を当てなく歩き始めた。
町中を歩き始めた3人はまずギルドの位置を確認し、町中を散策していった。
朝の早い時間、少なくはあるが人影もあり、時間が経つにつれてどんどん増えていった。また3人の、特にアルクラドの恰好を見て奇妙そうに距離を開ける者がいる反面、話し掛けてくる者もいた。そんな彼らにライカが笑顔で応え、町の情報を色々と仕入れることが出来た。
ソミュールの町の近くに大きな川があり、そこで獲れる魚がこの町の胃袋を支えていた。町人の話によれば、活きの良い魚はどんな料理にしても美味しく、他所から来たのなら絶対に魚を食べるべきだ、と勧められた。
他にも料理の美味しい店やこの町ならではの絶品の料理などを教えてもらうことができた。3人、特にアルクラドは全て食べ尽くそうと心に決めた。
そうしているうちに明け鐘が鳴り終わり、1つ目の昼鐘が町に鳴り響いた。この時から、徐々に色々な店が開きだした。
3人は早速、勧められた料理を食べるために、1つの屋台を目指した。
3人が向かったのは町の西側、町へ入った門と反対側にある門の近くにある串焼きの屋台だ。串焼きと言っても焼いているのは肉ではなく、魚。それも干し魚ではなく、生魚を丸ごと1匹串に刺して焼いていた。
焼かれているのはエファーシと呼ばれる魚で、両手に乗る程の比較的小さな魚だ。しかし身体は太く、身がしっかりと付いているのが見て取れる。
そのエファーシに、同じく川の近くで採れる岩塩を振りかけ、弱い炎でじっくりと焼いている。皮が焦げ脂が滴り、辺りに香ばしい匂いが漂っている。
3人は代金を払い、串を受け取る。
1本の値段が大銅貨1枚と、身の大きさに対してはかなり高い。だが丸々とした身の中でジュワジュワと脂が踊り芳醇な香りが立ちこめる様子を見れば、値段など大して気にならない。舌が美味さを予感し、早く口に運べと催促してくる。
一斉にかぶりつく。
身が解ける様に崩れていく。同時に旨味が溢れてくる。
干し魚とは比べものにならないほど水気を含んだ身からは、噛むほどに旨味を含んだ液体があふれ出てくる。同時に塩の辛味がエファーシの持つ旨味と甘味を引き出し、どこまでも食欲が湧いてくる。
また表面にまぶされた塩がサクサクとした食感を生み出し、身の柔らかさと見事な対比となっている。
もう1口囓れば、腹の中には何と肝が残されたままだった。しかし魚の新鮮さ故に生臭さやえぐみは一切なく、仄かに甘く仄かに苦い。口の中でトロリと溶け、身と絡まっていく。旨味、塩味、甘味、苦味が渾然一体となり、極上の味わいとなっていた。
あっという間に1本を食べ終えた3人。大満足で屋台の主人に礼を言い、次の店へと足を向けた。
次に訪れたのは、海や川に近い町でしか食べられないと言われた料理を提供する食堂。店の中では、魚の焼ける美味しそうな匂いが立ちこめている。
出されたのは薪の炎で豪快に焼いた魚。それを薄く切り、新鮮な野菜と一緒に塩と少しの香辛料で食べる、単純な料理。
しかし特筆すべき点は、焼かれていたはずの魚が、殆ど生だったこと。表面は美味しそうな焼き色が付いているが、透明感のある色合いで捌いたばかりの生魚の色と同じだった。
ライカとロザリーは、何かの間違いではないかと店の主人に問いただす。生焼けの魚を食べるなど、2人には考えられなかったのだ。
しかし主人は、客のそういう反応には慣れているのか、食べれば分かる、とまともに取り合いもせず料理を置いて、厨房へと引っ込んでいった。
2人が本当に食べられるのか、とフォークを持つ手を彷徨わせている中、アルクラドは何の躊躇いもなく、生焼けの魚の切り身を口に放り込んだ。
美味い、としばらくの咀嚼の後、アルクラドは言った。
表面がしっかりと焼かれているため、串焼きに通じる香ばしさが口の中に広がっていく。しかしその食感はプリプリとした弾力があり、旨味がゆっくりと口の中に広がっていく。
甘ささえ感じる旨味は、ネットリとまとわりつき、いつまでも口の中に残っている。その旨味は1切れを食べる度に強くなり、また1口、また1口と料理を口にしてしまうほどだった。
そのアルクラドの様子を見て、ライカとロザリーもほぼ生の魚を食べる決意をする。
恐る恐る切り身を1切れ口に含むと、その美味しさに目を見開いた。魚の臭さなど一切なく、塩の辛味と香辛料の爽やかさが、魚の旨味を更に引き立てていた。
この料理は魚の表面だけを炙ったもので”軽く焼いた”という意味を持つ、ミリィユと呼ばれている。2人はすぐこのミリィユの虜になっていた。
店主の話によると、気温が下がる秋の終わり頃から、魚を一切火にかけず全くの生のままで提供する、クリューという料理もあるそうだ。
ミリィユを食べる前であれば絶対に食べなかった料理であるが、それを食べた今ではどれだけ美味い料理なのか気になって仕方がなかった。
美味であるが不思議な料理を体験した3人は主人に礼を言い、店を後にした。
その後も半分に切った身を調味液につけながら焼いた串焼きや、色々な野菜と一緒に煮込んだものなど、魚を使った様々な料理を食べ歩いた。
途中でライカとロザリーは腹が膨れ食べるのを止めていたが、アルクラドは集合時間になるまで休み無く食べ続けていた。結局、夜の食事の分を残して、持ち金の殆どを食事に費やしていた。
中級昇格以降、何度も見た光景であるが、あの細い身体のどこに大量の食べ物が入っていくのか、2人は呆れながらアルクラドの食事を見るのであった。
その後、5つ目の昼鐘がなった後、ギルドへ向かい、セイル達を待つことになった。ライカ達に続き、マーシル達がギルドに着き、宵鐘が鳴ると同時にセイル達がやってきた。しかし案の定ウノー達は時間通りに現れなかった。
セイルはギルド職員に伝言をし、ウノー達を放置し、今日の宿へとライカ達を案内した。
宿は豪勢ではなく古びた印象の外観をしていたが、中の造りはしっかりしており掃除も行き届いていた。安宿の部類に入るそうだが、部屋やベッドの手入れもちゃんとされており、気持ちよく眠ることが出来そうであった。
部屋で少し身体を休めた後、各々で宿の中の食堂に集まり夕食を摂った。
ウノー達を除けばライカ達、マーシル達は気安い間柄になっていたため、同じテーブルを囲み、一緒に飲み食いをした。
ライカ達3人は酒は初めてで、特にライカとロザリーは恐る恐るといった様子で杯を傾けていた。
2人は甘めの酒が気に入った様で、果実水を飲むように杯を乾し、見事に酔いつぶれ、テーブルに伏して眠りに落ちた。
アルクラドは強い酒が口に合ったようで、彼も水でも飲むかのように杯を傾けていたが、全く酔う様子もなく、マーシル達を驚かせていた。
賑やかな様子で食事は終わり、各自の部屋に戻り、明日に備えてゆっくりと休息を取るのであった。
お読みいただきありがとうございました。
毒の効かない吸血鬼には、当然アルコールは効きません。
全く酔えないのは少しもったいない気がしますけど。
そろそろこの章の戦いが入ってくると思います。
次回もよろしくお願いします。